273 / 299
感情の振り幅が大きすぎてどうしよう?(3)
しおりを挟む叔母様の笑みを見た瞬間、私は背筋に怖気が走り、その場を飛びのいた。
殿下方を叔母様の視線から護るように間に入るとリアが近づいて私の横についてくれた。
「キースダーリエ嬢?」
不思議そうな殿下達の方を振り向く事も出来ず、私は只管叔母様の一挙手一投足を睨みつける。
叔母様は私にとって敵ではない?
どうしてそれが真実なのだと思い込んだ?
叔母様……叔母は私にとって領域外の存在だというのに。
確かに、ラーズシュタイン家に居た頃から森に入るまでの叔母からそんな雰囲気は一切感じ取れなかった。
お父様にお母様、そしてお兄様にラーズシュタインの家の者達、皆が叔母を受け入れていた。
だからこそ私も叔母が私達を直ぐに害する存在ではないと考えた。
けれど、叔母は自身を【探究者】だと言った。
自身の覚悟一つに左右される【職】だと。
ならば【探究者】に肉親の情など、国家権力など通じるのだろうか?
答えは「否」だ。
その程度の脆弱な覚悟では決して【探究者】などと呼べないだろう。
「(つまり、叔母は決して心を許してはいけない人物って事になる)」
自身を戒めるように言い聞かせる。
お父様やお母様、お兄様の顔が浮かんでは消える。
ここで追及する事は家族を悲しませる行為かもしれない。
だとしても、私に問い詰めない、という選択肢は、ない。
「此処は一体“何なんですか?”」
「キースダーリエちゃん?」
叔母がまるで別人のように見える。
酷く現実味の無い存在のようだ。
まるで幻のような霧がかかったような……。
実像を結んでいないように見えるのだ。
――そして、この森自体も。
「先程の境界線のようなモノを越えた途端、魔力濃度が跳ね上がりましたわ。そして周囲の全てが“曖昧”になった気がいたしますの」
「「っ!?」」
殿下達も私の言葉に周囲を見渡し、気づいたのだろう。
後ろで息をのむ気配を感じた。
何よりリアがとても厳しい眼差しを叔母に向けていた。
「それに、どうして“今までワタクシ達がその事に気づかなかったのですの?”」
場が静まり返る。
境界線を越えてからそれなりに歩いた。
あの境界線から今までの間、周囲の景色に変化はない。
曖昧なまま、変わっていないのだ。
明らかにおかしいのに。
明らかにこの場は普通じゃないのに。
私達の誰一人とてその事に気づかなかった。
そんな事有り得るの?
「そんな事有り得ませんわ。そこまでワタクシ達は鈍感では御座いませんもの」
冷静に周囲を観察し、適切な言動をとる事ができるヴァイディーウス様。
周囲を観察し、勘も鋭いロアベーツィア様。
多分、何かしらの戦闘術を仕込まれているリア。
何より獣人のルビーンとザフィーア。
たとえ私が気づかずとも、私達の誰も気づかなかった、なんてあり得ない。
つまり、何かによって私達の目は眩まされていた。
「眼くらましをされていた、ということですか」
「多分、そのようなモノではないかと思います」
悔しそうな警戒した声のヴァイディーウス様の呟きに私は頷く。
「ヴァイディーウス様、ロアベーツィア様。この場の魔力濃度に見覚えが御座いませんか?」
「魔力濃度? たしかに濃いとは思いますが……」
「種類こそ違えどまるで神殿のように濃いとは思いません?」
一瞬目を見開いたヴァイディーウス様だったが、直ぐに小さく頷いた。
「そうですね。あの場では神気に満ちていましたが、同じくらい魔力濃度も濃い場所でした」
「現実感がないところもにてるな」
遅れてロアベーツィア様も頷く。
二人の同意を得て私は再び叔母様の方を向く。
「ワタクシ達は一体何処に連れていかれようとしていますの? この先に何方がいらっしゃいますの? 秘密主義も過ぎればあやしいだけですわよ?」
どれだけ質問を連ねても叔母は答えてはくれず、ただ現実味の無い微笑みで立っているだけだった。
まるで生気の感じられない有様に嫌悪感すら沸いてくる。
「お答え下さい!」
何を問うても答えぬ相手に私はカタナを取り出し鯉口を切る。
相手は高位魔術師。
有り得ないとは思うけど、誰かが叔母に化けている場合だとしても、その実力は確かだろう。
相手が本気で戦う気ならば私では勝ち目がない。
「(最悪、殿下達だけでも逃がさないと)」
ラーズシュタイン家の恥はラーズシュタインの人間である私が拭うべきだ。
脳裏を悲し気な表情をしたお兄様方が過る。
此処で敵対行為に出れば、想像は現実になるだろう。
きつく目を瞑り歯を食いしばる。
「(家族の悲しい顔を見たくない。けど……けど、本当に叔母様が“敵”だとしたら……)」
殿下達を見捨て、叔母に味方する?
きっと叔母は“私だけ”ならば攻撃してくる事はないだろう。
此処までの道中での私に対する甘さの全てが嘘だとは思えない。
きっと、私だけならば味方になる事だって可能だ。
そうすればお兄様達……特にお母様の悲しい顔は見ずにすむかもしれない。
私は其処で小さく頭を振った。
「(そんな事をしてどうなると言うの? 家族が悲しむ姿は見たくない。けど、私にとって殿下達は懐に入ってはいなくても友人には違いない)」
それにお父様は公人としても私人としても陛下に変わらぬ敬意を抱いているし、殿下達とて可愛がっている。
此処で殿下達を見捨てれば悲しむに違い無い。
「(違う)」
お父様に責任を押し付けるなんて嫌だ。
私は私の意志で叔母と敵対し、殿下達を護る事を選んだのだ。
天秤にかけて叔母よりも殿下達が勝っただけ。
「(そもそも叔母は本当に私達を敵対しているの?)」
王城での一時が急に思い浮かび迷いが生まれる。
けれど、再び頭を振る。
「(あの時の叔母に敵対意志は感じられなかった。だとしても現状はあまりにもおかしい。それに【探究者】たる叔母は覚悟一つで味方にも敵にもなり得る。だってそれが【探究者】という【職】なんだろうから)」
未だに現実味の無い叔母を味方と判断する材料はない。
逆にあやしい証拠なら山ほど出て来ている。
この状況で味方かもしれない、なんて考えるのは楽観的過ぎる。
そこまで私は叔母という人間を信じる事は出来ない。
私は一度だけ大きく深呼吸をすると叔母を睨みつける。
「もう一度だけお聞きますわ」
答えいかんによっては武力行使も厭わない。
「貴女の目的は何なんですの?」
――貴女は味方ですか? それとも敵、ですか?
私の最後通告同然の問いに、それでも叔母はただ微笑むだけだった。
それが答えだと、歯を食いしばり脳裏に浮かぶ悲しむ家族の想像を振り払う。
そして、攻撃の明確の証として抜刀しようとしたその時――。
「あまり遊び過ぎると嫌われるぞ?」
突然、その声は耳朶を打ったのだった。
0
お気に入りに追加
1,249
あなたにおすすめの小説
さて、本当に身勝手だったのは誰だったのかな?
水神瑠架
ファンタジー
時代に合わせて移り変わりながらも根底の理念は変わらない学園。その中でも区切りとして大切な行事――卒業パーティーにおいて一組の婚約者達がその場に合わぬ姿で対峙していた。
◇
色々練習のために婚約破棄物のテンプレ設定をお借りして書いて見ました。「ざまぁ物」としては少々パンチに欠けると思いますので、相手方の派手な自滅劇がお好きな方には物足りない物だと思いますが、それでもよければお読み頂ければ幸いです。
断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!
柊
ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」
ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。
「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」
そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。
(やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。
※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。
公爵令嬢は薬師を目指す~悪役令嬢ってなんですの?~【短編版】
ゆうの
ファンタジー
公爵令嬢、ミネルヴァ・メディシスは時折夢に見る。「治癒の神力を授かることができなかった落ちこぼれのミネルヴァ・メディシス」が、婚約者である第一王子殿下と恋に落ちた男爵令嬢に毒を盛り、断罪される夢を。
――しかし、夢から覚めたミネルヴァは、そのたびに、思うのだ。「医者の家系《メディシス》に生まれた自分がよりによって誰かに毒を盛るなんて真似をするはずがないのに」と。
これは、「治癒の神力」を授かれなかったミネルヴァが、それでもメディシスの人間たろうと努力した、その先の話。
※ 様子見で(一応)短編として投稿します。反響次第では長編化しようかと(「その後」を含めて書きたいエピソードは山ほどある)。
悪役令嬢はモブ化した
F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。
しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す!
領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。
「……なんなのこれは。意味がわからないわ」
乙女ゲームのシナリオはこわい。
*注*誰にも前世の記憶はありません。
ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。
性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。
作者の趣味100%でダンジョンが出ました。
転生したら大好きな乙女ゲームの世界だったけど私は妹ポジでしたので、元気に小姑ムーブを繰り広げます!
つなかん
ファンタジー
なんちゃってヴィクトリア王朝を舞台にした乙女ゲーム、『ネバーランドの花束』の世界に転生!? しかし、そのポジションはヒロインではなく少ししか出番のない元婚約者の妹! これはNTRどころの騒ぎではないんだが!
第一章で殺されるはずの推しを救済してしまったことで、原作の乙女ゲーム展開はまったくなくなってしまい――。
***
黒髪で、魔法を使うことができる唯一の家系、ブラッドリー家。その能力を公共事業に生かし、莫大な富と権力を持っていた。一方、遺伝によってのみ継承する魔力を独占するため、下の兄弟たちは成長速度に制限を加えられる負の側面もあった。陰謀渦巻くパラレル展開へ。
このやってられない世界で
みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。
悪役令嬢・キーラになったらしいけど、
そのフラグは初っ端に折れてしまった。
主人公のヒロインをそっちのけの、
よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、
王子様に捕まってしまったキーラは
楽しく生き残ることができるのか。
誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。
木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。
彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。
こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。
だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。
そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。
そんな私に、解放される日がやって来た。
それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。
全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。
私は、自由を得たのである。
その自由を謳歌しながら、私は思っていた。
悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる