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感情の振り幅が大きすぎてどうしよう?(3)
しおりを挟む叔母様の笑みを見た瞬間、私は背筋に怖気が走り、その場を飛びのいた。
殿下方を叔母様の視線から護るように間に入るとリアが近づいて私の横についてくれた。
「キースダーリエ嬢?」
不思議そうな殿下達の方を振り向く事も出来ず、私は只管叔母様の一挙手一投足を睨みつける。
叔母様は私にとって敵ではない?
どうしてそれが真実なのだと思い込んだ?
叔母様……叔母は私にとって領域外の存在だというのに。
確かに、ラーズシュタイン家に居た頃から森に入るまでの叔母からそんな雰囲気は一切感じ取れなかった。
お父様にお母様、そしてお兄様にラーズシュタインの家の者達、皆が叔母を受け入れていた。
だからこそ私も叔母が私達を直ぐに害する存在ではないと考えた。
けれど、叔母は自身を【探究者】だと言った。
自身の覚悟一つに左右される【職】だと。
ならば【探究者】に肉親の情など、国家権力など通じるのだろうか?
答えは「否」だ。
その程度の脆弱な覚悟では決して【探究者】などと呼べないだろう。
「(つまり、叔母は決して心を許してはいけない人物って事になる)」
自身を戒めるように言い聞かせる。
お父様やお母様、お兄様の顔が浮かんでは消える。
ここで追及する事は家族を悲しませる行為かもしれない。
だとしても、私に問い詰めない、という選択肢は、ない。
「此処は一体“何なんですか?”」
「キースダーリエちゃん?」
叔母がまるで別人のように見える。
酷く現実味の無い存在のようだ。
まるで幻のような霧がかかったような……。
実像を結んでいないように見えるのだ。
――そして、この森自体も。
「先程の境界線のようなモノを越えた途端、魔力濃度が跳ね上がりましたわ。そして周囲の全てが“曖昧”になった気がいたしますの」
「「っ!?」」
殿下達も私の言葉に周囲を見渡し、気づいたのだろう。
後ろで息をのむ気配を感じた。
何よりリアがとても厳しい眼差しを叔母に向けていた。
「それに、どうして“今までワタクシ達がその事に気づかなかったのですの?”」
場が静まり返る。
境界線を越えてからそれなりに歩いた。
あの境界線から今までの間、周囲の景色に変化はない。
曖昧なまま、変わっていないのだ。
明らかにおかしいのに。
明らかにこの場は普通じゃないのに。
私達の誰一人とてその事に気づかなかった。
そんな事有り得るの?
「そんな事有り得ませんわ。そこまでワタクシ達は鈍感では御座いませんもの」
冷静に周囲を観察し、適切な言動をとる事ができるヴァイディーウス様。
周囲を観察し、勘も鋭いロアベーツィア様。
多分、何かしらの戦闘術を仕込まれているリア。
何より獣人のルビーンとザフィーア。
たとえ私が気づかずとも、私達の誰も気づかなかった、なんてあり得ない。
つまり、何かによって私達の目は眩まされていた。
「眼くらましをされていた、ということですか」
「多分、そのようなモノではないかと思います」
悔しそうな警戒した声のヴァイディーウス様の呟きに私は頷く。
「ヴァイディーウス様、ロアベーツィア様。この場の魔力濃度に見覚えが御座いませんか?」
「魔力濃度? たしかに濃いとは思いますが……」
「種類こそ違えどまるで神殿のように濃いとは思いません?」
一瞬目を見開いたヴァイディーウス様だったが、直ぐに小さく頷いた。
「そうですね。あの場では神気に満ちていましたが、同じくらい魔力濃度も濃い場所でした」
「現実感がないところもにてるな」
遅れてロアベーツィア様も頷く。
二人の同意を得て私は再び叔母様の方を向く。
「ワタクシ達は一体何処に連れていかれようとしていますの? この先に何方がいらっしゃいますの? 秘密主義も過ぎればあやしいだけですわよ?」
どれだけ質問を連ねても叔母は答えてはくれず、ただ現実味の無い微笑みで立っているだけだった。
まるで生気の感じられない有様に嫌悪感すら沸いてくる。
「お答え下さい!」
何を問うても答えぬ相手に私はカタナを取り出し鯉口を切る。
相手は高位魔術師。
有り得ないとは思うけど、誰かが叔母に化けている場合だとしても、その実力は確かだろう。
相手が本気で戦う気ならば私では勝ち目がない。
「(最悪、殿下達だけでも逃がさないと)」
ラーズシュタイン家の恥はラーズシュタインの人間である私が拭うべきだ。
脳裏を悲し気な表情をしたお兄様方が過る。
此処で敵対行為に出れば、想像は現実になるだろう。
きつく目を瞑り歯を食いしばる。
「(家族の悲しい顔を見たくない。けど……けど、本当に叔母様が“敵”だとしたら……)」
殿下達を見捨て、叔母に味方する?
きっと叔母は“私だけ”ならば攻撃してくる事はないだろう。
此処までの道中での私に対する甘さの全てが嘘だとは思えない。
きっと、私だけならば味方になる事だって可能だ。
そうすればお兄様達……特にお母様の悲しい顔は見ずにすむかもしれない。
私は其処で小さく頭を振った。
「(そんな事をしてどうなると言うの? 家族が悲しむ姿は見たくない。けど、私にとって殿下達は懐に入ってはいなくても友人には違いない)」
それにお父様は公人としても私人としても陛下に変わらぬ敬意を抱いているし、殿下達とて可愛がっている。
此処で殿下達を見捨てれば悲しむに違い無い。
「(違う)」
お父様に責任を押し付けるなんて嫌だ。
私は私の意志で叔母と敵対し、殿下達を護る事を選んだのだ。
天秤にかけて叔母よりも殿下達が勝っただけ。
「(そもそも叔母は本当に私達を敵対しているの?)」
王城での一時が急に思い浮かび迷いが生まれる。
けれど、再び頭を振る。
「(あの時の叔母に敵対意志は感じられなかった。だとしても現状はあまりにもおかしい。それに【探究者】たる叔母は覚悟一つで味方にも敵にもなり得る。だってそれが【探究者】という【職】なんだろうから)」
未だに現実味の無い叔母を味方と判断する材料はない。
逆にあやしい証拠なら山ほど出て来ている。
この状況で味方かもしれない、なんて考えるのは楽観的過ぎる。
そこまで私は叔母という人間を信じる事は出来ない。
私は一度だけ大きく深呼吸をすると叔母を睨みつける。
「もう一度だけお聞きますわ」
答えいかんによっては武力行使も厭わない。
「貴女の目的は何なんですの?」
――貴女は味方ですか? それとも敵、ですか?
私の最後通告同然の問いに、それでも叔母はただ微笑むだけだった。
それが答えだと、歯を食いしばり脳裏に浮かぶ悲しむ家族の想像を振り払う。
そして、攻撃の明確の証として抜刀しようとしたその時――。
「あまり遊び過ぎると嫌われるぞ?」
突然、その声は耳朶を打ったのだった。
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