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感情の振り幅が大きすぎてどうしよう?
しおりを挟む森の中を迷う事なく進む叔母様を必死に追いかける中、私の心の中は疑問で一杯だった。
今の所の一番の謎は叔母様の足取りに全く迷いがない事である。
右を見ても木、左を見ても木。
そんな、まさに森! と言ったこの場所で叔母様の歩む足取りに迷いが一切感じられない。
目印を付けている様子もなければ、何かを目印にしている様子すら見えないのだ。
実の所「え? どういう事?」と問い詰めたいくらいである。
魔力か何かで道しるべを見ているのかと思って【精霊眼】を発動させたけど、全くその気配も感じられない。
ここまで来ると叔母様は「絶対に目的地」にたどり着く【スキル】でももっているのは? と考えてしまう程だ。
私と同じ疑問をヴァイディーウス様とロアベーツィア様も感じているらしく、不思議そうに叔母様を見ているし、リアは密かに目印を付けていた。
叔母様と同じく動じないのはルビーンとザフィーアぐらいだ。
「(あれ? 叔母様って獣人の血を引いている? ってラーズシュタイン家の家系図に獣人は記されていないし、父母を同じくしているお父様には一切、その兆候はないから有り得ない。え? じゃあ何で?)」
思考が振り出しに戻った事に僅かに頭痛を感じる。
叔母様はただの研究者ではないかもしれない。
結局、特殊技能が必須な研究者でもやっているのだろうか?
そう考えるとどことなくしっくりくるのも確かである。
この森がただの森ではない事や国の上層部が持っている権利と同じ物を有している、という事実。
それらを鑑みると叔母様がただの一研究者とはとても思えない。
「(とは言え、その研究に“迷わない”って【スキル】が必須とかおかしな話だけど)」
叔母様が普通の研究者ではなくとも問題はないと言えばないのだが。
いや、あるにはあるか。
問題としてすぐに思い浮かぶのは此処で置いて行かれたら帰れなさそうだという所だろうか。
流石にそんな事はしないだろうけど。
……うん、大丈夫、のはず。
言い切れない自分に内心苦笑しつつ周囲を見渡す。
何処となく違和感を感じるのは気のせいだろうか?
「<魔物が一切でてこねぇな>」
「<ああ。そういえば?>」
クロイツに言われて初めて気づく。
確かに魔物の気配を感じない。
それどころか獣の気配すら感じられない。
此れだけの規模の森ならば魔物が出てもおかしくはないし、獣がいてもおかしくない。
木々が騒めく音もするし、生物の気配もする。
けど、襲ってくるような大型の獣や魔物となると気配すら感じないのだ。
それが酷く不思議だった。
森の恵みは豊富そうなのに。
生態系のリサイクルが狂っているようには思えないのだけれど。
それとも、そこにこの森の謎が潜んでいるのだろうか?
「<この森って何で許可制……禁足地なんだろうね?>」
「<普通に近隣の村や町を支えられそうな場所だもんな>」
「<うん>」
豊富な森の恵み。
多分人を害する規模の魔物や獣が存在しない。
樹木には詳しくないけど、多分使えない物ではないと思う。
つまりこの森は人にとってお宝の山と言える。
乱獲や無茶な収穫をしなければ充分共存できるはず。
人側の一方的な言い分だとは思うが、近くに森や街がある以上、この森を遊ばせておくには相当の理由が必要になるのではないかと思うのだ。
生半可な理由では勝手に森の中に入り、それこそ乱獲などが横行しかねない。
ルールの無い存在程恐ろしいモノもないだろう。
それとも無法者でさえ近づき難い程の“何か”でもあるのだろうか?
ある意味、魅力的なこの森がどうして禁足地になんてなっているのか。
こうして何事も無く歩いていければいける程、謎は深まっていく。
「<てっきり遺跡から危険な何かが見つかった、とかかと思ったけど>」
「<それにしちゃ普通すぎんな>」
「<と、思う。後、叔母様も平然としているし>」
近くの街で購入した物もそういった危険な場所に向かうための装備にしては手薄過ぎる。
弱い魔物は叔母様の覇気、というか強者のオーラを恐れて近づいてこないとしても、それが効かないくらいの大物や、逆に鈍感な小物が襲ってくる可能性は否定できないのに。
ここまで無防備でいいものなんだろうか?
森の深部へ向かっている(多分)にしては色々ちぐはぐすぎるのだ。
御蔭で困惑しっぱなしだ。
「<一応、ルビーン達も警戒してないし、危険は無いんだろうけど>」
「<問題は一体どこに向かってるのやらってやつだなぁ>」
「<本当にね>」
聞いても教えてくれないし。
さて、どうしよう?
いい加減疑問の一つでも解消してくれまいか? それともその価値も無いとでも? なんて、投げやりな気分になりかけた時、叔母様が初めて足を止めた。
「ここね」
「え? 目的地についたのですか?」
目の前には変わらず木々しか見えませんが?
首を傾げると叔母様に笑われてしまった。
確かに、淑女として感情を出し過ぎかもしれませんけど。
叔母様の謎行動が過ぎるせいだと思うのですが?!
心の内をぶちまけそうな衝動を必死に抑える。
ただし猫は戻ってきていない。
そも、緊張感を何処かから拾ってこないと猫も戻ってきてくれません。
いや、長閑すぎて、逆に緊張を保てないのですが?!
心の奥底から叫びだしたい気分です。
そんな私の心の叫びが聞こえたのか、叔母様はついにコロコロと音を立てて笑い出した。
憮然とした態度を隠せなくなった私に叔母様は眉を下げた。
「ごめんなさい。貴女は普段から大人びているものだから、子供らしい姿を見ると安心してしまうの」
まぁ言いたい事は分かるけどさぁ。
と、何かを返そうとした時、何故かヴァイディーウス様が私の後ろから叔母様に声をかけた。
え? 何で?
「キースダーリエ嬢にとってはその対応こそが普通だと思いますよ?」
「ええ、殿下のおっしゃる通りなのでしょう。ですけれど。私にとっては可愛い姪なのです。ですから、可愛らしい姿をもっと見たいのですわ」
えぇと、私を挟んで何のやり取りをなさっているのでしょうかね?
一体どうしましたヴァイディーウス様?
謎に歩かされ続けたせいで叔母様に疑心でも沸きました?
ああ、それは私の事か。
とは言え、ヴァイディーウス様が私と同じ疑問に辿り着いてもおかしくはないし、その結果この状況ならば、流石にフォローできないのですが。
さて、どうしようかと思って言うといつの間にか近づいてきていたロアベーツィア様がヴァイディーウス様と叔母様を見て苦笑なさっていた。
「兄上はキースダーリエ嬢を気に入っているからな。いつもの姿を否定されて少々思うところがあったのではないか?」
「そこまで深刻なお話ではないと思うですけれど」
そしてヴァイディーウス様に気に入られているのは初耳です。
あ、友人として思ってもらっているって事か。
なら、光栄です? かな?
何となく笑顔の攻防っぽいのが叔母様とヴァイディーウス様の間に起こったけど、すぐに収束した。
うんうん、やっぱり対した事じゃなかったみたい。
ヴァイディーウス様は何時もと変わらぬ様子で私達の所まで下がった。
それを見届けた叔母様は周囲を慎重に見回しつつ自身の眼前に手を伸ばした。
「【我らは真理の探究者。理を解し守護する者也。森を愛し、森に愛されし者達よ。探究者として汝等に永劫の友好を誓う。我等の願いを受け入れたまえ。我等に道を開き給え!】」
叔母様の指先から波紋が広がり、中空へと消えていく。
何かが解かれていくのが分かった。
その何かは解かれていき、最後に柔らかい風が通り完全に消失した。
「(相変わらず森、だけど。空気が変わった?)」
劇的に何かが変わったのではなく、何処か雰囲気が変わった、のだろうか?
と、言うよりも魔力濃度が濃くなった気が?
その変かには皆気づいているのか、口を開かず、誰もが叔母様を見ていた。
注目を集める中、叔母様は腕を下ろし振り返ると微笑んだ。
「ここはこれから行く場所への正規の道ですわ。近道でもありますわね」
「正規の道? 近道? という事は他にも道があるという事ですか?」
「ええ。時間はかかるけど、ないこともないわ。そちらは少々危険度が上がりますけれどね」
魔物や大型の獣がいないのは正規の道を辿ってきたからって事?
この森は普通の森とは言えない。
今、何となくその事だけは飲み込む事が出来た。
とは言え、やっぱり説明が欲しくなるのですが、多分機密事項とか言われるだけなんだろうなぁ。
もう、叔母様の秘密主義に慣れるしかないのでは?
「では、進みましょう。もう少しでつきますわ」
笑みが意味深に見えるのは私の穿ち過ぎなのでしょうか?
そんな言葉を飲み込み私は小さくため息をつくと先に続くのだった。
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