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理不尽な世界の片隅で友と杯を交わす(3)

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 意外な答えに俺は顔を上げるとノギアギーツを見た。

「羨望?」
「はい。……これはテルミーミアスには言えませんが、僕にとって騎士とは“なれたからなった”ものなのです」

 おっと、確かにアスには言えないこと言い出したぞ。

「先程も言いましたが、僕は代々文官を輩出した家の人間です。だからでしょうか。僕の幼い頃の目標は錬金術師でした」
「へぇ」

 似合うと素直に思った。
 感心する俺にノギアギーツは苦笑した。

「ですが、僕には錬金術を使いこなす上で決定的な欠陥を持っていたがために目標を諦めしかありませんでした」
「そう、なの?」
「はい。知っているかもしれませんが、僕は魔力を体外に排出出来ない体質です。身体強化や体表に魔法を纏わせることぐらいは出来ますが、魔道具などを使わなければ魔法は使えません。又は魔力はあるので、それを吸収し、排出する補助具があれば魔法は使えますが、不便ではありますね」
「そんな体質ってあるんだね」
「珍しい体質なのは確かですね。幼い頃は少しの排出も出来ず、自分の魔力が体内に留まり続けたことにより魔力酔いを起こし、倒れることもままあったほどなんですよ?」
「え?! そこまで深刻な体質なの!?」

 ってか魔力ってそこまで厄介なものなの?
 俺、普通に使ってたし、魔力酔いってのも経験したことないんだけど。
 あ、そんなに魔力が無いからかな?

「僕のような体質ではない限り、魔力は自然と体外に排出されるので、魔力保有量がどれだけ多くても問題ありません。平民出身とお聞きしましたが、貴方の魔力は平均よりは多いのでは?」
「心読まないでよねぇ」

 いや、本当に魔法使えないの?
 それとも【スキル】持ちとか?
 あれならきっと体質とか関係ないよね?
 疑いの目で見るけど、ノギアギーツはどこ吹く風だった。

「今の貴方が分かりやすいだけだと思いますが? ともかく、錬金術の基礎である【注入】が出来ない僕は錬金術師にはなれません。こればかりは努力でどうにかなる話ではありませんでした。ですから僕は夢を諦めるしかありませんでした」
「そっか」
「さしもの僕もその事実の前には落ち込みました。何方かと言えば自身が研究者気質であることも自覚がありましたので、余計に、だったのかもしれません」

 あー、確かにノギアギーツは研究者気質だね。
 好奇心が旺盛で細かい作業が苦じゃない。
 多分反復作業も苦手じゃないじゃないかな?

「目標を取り上げられた僕はそれから暫く何をすれば良いのか分からなくなりました。そんな僕を心配し家族が色々勧めてくれた、その中に一つに剣術がありました」
「その才があった?」
「だと思います。少なくとも騎士になれるだけの才能はありました。ですから僕にとって騎士とは目標が取り上げられた時、偶々見つけた才能でなれた、とかなりひどい認識なのです」
「アスが聞いたら怒りそう」
「本当に」

 苦笑するノギアギーツに俺も笑う。
 頭の中でアスが怒りまくった挙句、拗ねる姿が浮かんだ。
 代々騎士や兵士を輩出する家に生まれて、誰に言われることなく騎士を目指し、今騎士となっているアスには思いもつかない話だ。
 騎士になりたくてなったわけじゃない人間がいるなんてアスは考えてもいないだろうね。

「俺とかノギアギーツみたいな騎士になりたくてなったんじゃなくて、他の理由でなった騎士の方が多いのにね? 特に平民にはさ」
「おや? 騎士は平民にとって憧れの職なのでは?」
「笑って言うことじゃないよね? 本当は分かってるでしょ? 平民にとって騎士はさ、憧れでもあるけど、それ以上に安定した収入って所が魅力的なんだってさ」

 現実的に剣や魔法に覚えがあるなら騎士や冒険者になった方が稼ぎは良い。
 特に騎士は立身出世という意味では他にない。
 なんと言っても貴族になれるかもしれないからね。

「平民にとって貴族は同じ存在じゃないけど、なれれば夢のような暮らしが出来ると憧れる存在でもあるからね」
「そんな良いものでもないのですけれどね」
「本当にねぇ? いや、俺が言ったら怒られそうだけど」
「実際に貴族になってますからね、貴方は」

 あくまで貴族の後見人がつくだけだし、頑張って一代限りの騎士爵や準男爵って所とは言え、平民にとってみれば夢を夢のままにせず、実現することが出来る所まで来ているって思われるからねぇ。
 多分今ですら扱いも平民より貴族よりだろうし。
 覚えることの多い礼儀作法などを思い出し、顔を顰める。
 そんな俺にノギアギーツは肩を竦めた。
 
「と、まぁ自身が熱望してなった騎士ではないので、錬金術師として目覚ましい活躍を約束されたキースダーリエ嬢に対して羨望を感じますね。努力も相応になさっているでしょうが、それが許される才能と環境に」
「現当主も錬金術師なんだっけ?」
「ええ。高位のランク持ちです。……とは言え、環境故に少々の憐憫もなくもないですが」
「環境故?」

 環境が整っているからこそ努力することが出来る。
 なのにそこに憐れみを覚えるっておかしくない?
 首を傾げた俺を馬鹿にすることなくノギアギーツは理由を教えてくれた。

「キースダーリエ嬢が錬金術を極めることは難しいことでしょう」
「本人が諦めることはなさそうだけど?」
「高位貴族の令嬢である以上、キースダーリエ嬢はどこかに嫁がねばなりません。他家との縁を深めるためか、恋愛の末は分かりませんが。それが高位貴族の令嬢の宿命です」
「うーん。ま、それは分かるけど?」
「少し想像しにくいかもしれませんが、貴族にとって婚姻は一種の契約です。最近は恋愛結婚も増えては来ましたが、それでも、どうしても相手を選ぶ際に家格を気にせざるを得ません。それが高位貴族ならばなおさらです」

 めんどくさいな、と素直に思ってしまった。
 それが顔に出ていたのかノギアギーツに苦笑された。

「平民の少女が貴族の男性と恋仲になり貴族に嫁入りする話や家格の低い家が高位の家に嫁ぐなど、物語にはよくある話ですが、実際そのためには多大な努力を必要となりますし、場合によっては何かしらの功績が必要となります。ただ愛し、愛されるだけでは貴族の婚姻は成立しないのです」
「殺伐としてるなぁ。けど、分かる気もする。もうさ、アスでさえ、所作とか俺とは段違いだし。あれが積み重ねられた経験ってやつなんだなぁって思うもんな」

 俺だって貴族の後見人がついて、というか形式上養子に入った形になった時マナーとか詰め込まれた。
 けど、咄嗟の時にでるのはやっぱ生まれ育った環境で培われたものなんだよね。
 元々俺って物語に感情移入とかしないけど、騎士になってから余計冷めた目で見るようになったし。

「キースダーリエ嬢には立派な兄君がいらっしゃりますし、本人も当主になる気は無いようです。分家を建てるつもりなさそうなので、残るはどこかに嫁ぐことです。ですがその場合錬金術師になることは諦めなければいけないでしょうね。相手に理解あったとしても貴族の当主夫人は片手間で出来ることではありませんから」
「あれだけ錬金術大好きでも、いつかは辞めないといけないってことかぁ」

 高位貴族だと逆に家の家格が高すぎて自由な第二夫人とか愛人にもなれないしね。
 あれ? この国って第二夫人って認められてたっけ?
 自分に関係ないから忘れちゃった。
 と、そんなことを考えながら聞いていると、ノギアギーツは小さくため息をついた。

「家格の低い家に嫁ぐことも出来ない。ある意味、環境故に錬金術を諦めなければいけない所には憐れみを感じます。高位貴族故に錬金術を思う存分出来ますが、高位貴族故に途中でやめなければいけない。酷い矛盾ですよね」
「……はぁ。世の中ままならない、ってね」
「そうですね。ですから、今こうして僕たちはここにいるわけですしね」
「そりゃアスも酔いつぶれてねちゃうよねぇ」

 俺はグラスを持ち上げると少し前に出し軽く揺する。
 ノギアギーツは俺の動作に苦笑すると同じようにグラスを待ちあげ前に出した。
 カツンと軽い音が部屋に吸い込まれて消えていく。

「理不尽な世の中にかんぱーい」
「ままならい世界に乾杯」

 酒と一緒に苦々しい思いも飲み込む。
 貴族だろうが、平民だろうが。
 家格が高かろうが、低かろうが。
 それぞれに悩みはあって、世界は理不尽でままならない。
 けど、結局俺達はそんな世界で生きていくしかない。

「ま、気が向いたらこの感情も昇華させてみるよ」
「無理はなさらずに」
「無理してどうにかなるもんじゃないからねぇ。アスにばれない程度に隠すよ」
「些細ながら手を貸しましょうか?」

 目元と口元を月形に歪めるノギアギーツに俺も似たように笑う。
 ここまでくれば一蓮托生、だよね。

「じゃあ、お願いしようかな――ギーツ?」

 ギーツは数度目を瞬いたが、直ぐに苦笑を象る。

「分かりました。ですがあまり期待はしないで下さいね? ――レーノ?」

 この日、俺は共犯者という名の友人を得たのである。




 ちなみに、この後色々あって何とかこの幼稚な感情を昇華させようと頑張ったのだけれど、キースダーリエ嬢は俺の予想の上を行く行動ばかり。
 結局、殿下付きのはずの俺達も振り回されることになるのである。
 「俺、やっぱキースダーリエ嬢、嫌いだわ」なんてギーツに言って笑われるのは然程未来の話ではなかったりする。




「そう言えば、今は騎士で満足してるの?」
「ええ。個人的に興味深い方々もいらっしゃいますしね」
「あれ? その中に俺も混ざったりしてない? 大丈夫?」
「さぁ、どうでしょうね?」
「うわぁ。やっぱり、ギーツは研究者気質だわ!」

 この夜、俺はこいつを曲者認定から外すことは絶対にないと決意した。



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