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問題は残れど事態は収束……かな?(2)
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と、言いますか“私”という人質が居なくなり、彼の手駒は此処には居ない。
もしかしたら子供達が操られている可能性はあるけれど、この子達は今動ける状態では無いだろう。
ダメ押しで、どうやら傀儡状態は彼自身の能力では無く、あの魔道具の能力らしいので、それを壊した今、彼に誰かを使役する能力は無い。
此処で魔法を使われると厄介だが、詠唱の時点で、【精霊眼】ならば発動前に魔力の胎動が視えるはずだ。
魔法が使われると分かれば、その前にルビーン達に叩いてもらえば良い。
最悪私達の持つ守護の魔道具が発動するだけだ。
そういえば、傀儡に対しては守護の魔道具が発動しなかったんだよねぇ。つまりあれは呪術の類って事になるのかな?
お兄様の御守が発動しなかった事を考えても【呪術】に対して魔法専用の魔道具は効果が無いらしい。
私の現時点の力量では両方に効果が出る魔道具は錬成出来ない。
今、欲しいと思ってしまうのは所詮無いものねだりだ。
それにしても、傀儡が呪術だとすると、このエセ好青年の元友人とやらは呪術の才能があったって事になるのかな?
呪術を悪しき事に使用する輩に協力し、魔道具を渡してしまうなんて。
全く、歴代の呪術師の方々が築き上げたモノをぶち壊しかねない事をしでかすなんて、何を考えているのやら。
そう言う意味では目の前のエセ好青年とその元友人は同類だったのかもしれない。
主に人でなしという意味でだが。
私が救出されてから目の前の青年は動く様子が見られない。
俯いているが、その表情はさぞ怒りや憎しみで歪んでいる事でしょうね。
あれだけ他人を見下していたのに、その他人にしてやられたのだから。
私の事を神子だのなんだと言っていたけれど、どうせ心の中では見下していたでしょうしねぇ。その証拠に時折目が私を蔑んでいたし。
気づかないとでも思っていたのだろうか?
私を讃える言葉を紡ぎながら、その目には蔑みが宿っていた。
だからこそ私は彼を“そういう人間”だと判じた。――無意識下とはいえ、他人を見下している人間だと。
自分が頂点だと思っている人間にこの仕打ちはさぞかしきいただろう。
腹が立ち過ぎて顔をも上げられないのかもしれない。
とはいえ、そんな彼の心境に私達が付き合ってあげる道理はないわけだけど。
「さぁ、もはや貴方に逃げ場など御座いません。最後くらい大人しく投降なさってはいかが?」
皮肉を込めて、嘲るように紡いだ言葉にピクリと肩が動いた。
乗って来た。
私は内心笑うと次の行動を待つ。
飛び掛かってくる事だけには警戒して。
けれど、この青年は驚愕する行動をとるのだった。
青年はゆっくりと顔を上げた――のだが、何故かその顔は恍惚に染められていたのだ。
「素晴らしい!!??」
「……はい?」
眸は煌き、私を見る眼差しは尊敬一択。
頬は薔薇色に染まり、目は潤んでいる。
これだと誰かに恋焦がれているようだが、まぁ顔立ちはそこそこ整っているから見れなくはない。
場 所 が 此 処 で な け れ ば ね !
つい先ほどまで言葉では讃えながらも目には蔑みが籠っていた。
そんな相手がその蔑みを一掃し、ひたすら尊敬だけを宿している。
はっきり言って、急変し過ぎて気持ち悪い。
「ああ! ああ! 神子様! 愚かな私をお許し下さい!」
近づこうとした青年をテルミーミアスさんが阻んでくれた。
腰が引けている自覚はあるけど、どうしようもない。
単純に怖いです、この人。
阻んだテルミーミアスさんも見えていないのか、青年は私だけを見ていた。
「私は愚かにも魔道具に操られる神子様を見て落胆してしまったのです! ですが! 貴女様はやはり凡愚の魔道具など効かなかった! 冷静に場を分析し、状況をひっくり返し、遂にはこの場において支配者となられた! ああ! 少しでも貴女様を疑った愚かな私をお許し下さい!」
青年の絶叫染みた言葉が部屋に響き渡る。
先程までの人を喰ったような、自分を頂点に……ある種自身を超越者とすら思っていたのではないかと言う雰囲気を醸し出していた青年はもはやどこにもいない。
此処にいるのは狂信者とも言えるただの“人”だった。
これは……私が何を言っても逆効果になるのでは?
恐ろしい事に気づいてしまい、開こうとした口を閉ざし、私はそろっとお兄様の方を見る。
するとお兄様だけではなくヴァイディーウス殿下も私と同じ事を思ったのか、私に「喋るな」と首を横に振った。
ですよね。
これって私が何を話しても絶対これ以上に狂いますよね?
え? どうしよう?
「ああ、至高の方。貴女様さえいらっしゃれば他には何もいりません。永久に私を御傍に置いて下さい」
いや、要らないです。
……と、言えればいいのになぁ。
そっと青年から目を逸らす。
オソラキレイ――建物の地下だから空なんて見えませんけどね!
「貴女様程清廉な方はいらっしゃらない! 王家にも貴女様程、場を支配する力を持つ者はいない! 国王だとて貴女様の足元にも及ばないでしょう!」
あ、騎士の方々から殺気があふれ出てる。
そーですよねぇ。
騎士は国にも忠誠を誓っているけど、今代の陛下にも忠誠を誓っているのだから、こんな小娘に及ばないなんて言われれば怒りますよね。
殿下達は苦笑なさっているけど。
懐が深いのか、狂人の言葉なんて意に介していないのか……両方かな?
後、そろそろルビーンとザフィーアの顔も怖いのですが。
目で「コイツ斬っていいか?」って聞かないで。
重要参考人だし、生きて捕獲しないとダメだろうから。
所で何がそんなに彼等を怒らせているのでしょうか?
「<え? ルビーン達が怒る理由あるの?>」
「<あるんじゃねーの?>」
「<あ、ここなら【念話】届くんだ>」
「<あー。場所じゃなくてオマエの状態だな。傀儡状態だと通じなかったからな>」
「<成程>」
一応何度かクロイツに呼びかけたんだけど、通話状態の悪い電話みたいな感じで通じなかったんだよね。
今回の【傀儡】って多分精神に影響するぐらい強力なやつだったのかね?
幾ら【使い魔契約】しても……うーん、だからこそかな?
精神で繋がっている状態で私の精神を半分くらい支配していたから、通じるものも通じなかったって所かなぁ。
「<うーん。こればっかりは魔道具を解析したわけでもないから分からないなぁ。後で調べてみようかな。……いや、それはともかく。騎士の皆様方が怒るのは分かるんだけどさ。ルビーン達は不愉快になっても怒る理由はないんじゃない?>」
「<あー。多分だが、あのサイコ野郎はだ>」
「<サイコ野郎って>」
「<どーみてもサイコ野郎じゃねーか。んでだ。あの野郎はオマエを神みたいに思っているよな?>」
クロイツさんや、間違った事は言ってないかもしれないけど、正直すぎるのは時に人を傷つけますよ?
例えば、今の私みたいにね?
悪寒が止まらないのですが。
「<少なくとも国王陛下よりは上らしいよぉ>」
「<まぁ頑張れ。けどまぁサイコ野郎の言葉を聞く限り、オマエの実像からは大分かけ離れているわけだ>」
「<まぁそんな人間いるわけないでしょう、とは思うけど。……真剣に聞くと精神汚染されそうだから聞かない方がいいと思うよ?>」
少なくとも「清廉」とか言われても、鼻で笑うよね。
私を見て本気で言っているのが分かるから鳥肌ものなんだけど。
「<オマエも聞いてるじゃねーか。で、そーなるとサイコ野郎はオマエに理想を押し付けているわけだ。それが気に入らないじゃねーの?>」
「<ん?>」
私に理想を押し付ける行為がルビーン達にとっては気に入らない、と?
怒る程のことですかね?
いや、その像が悪逆非道とか外道とか――実像に近いとは突っ込まない欲しいんだけどさ――言われてるなら怒るのは分かるけど。
一応清廉で優秀な存在と思い込んでいるみたいだし、例えられている私程拒否感はないのでは?
分からないという意志が通じたのかクロイツは溜息をついて更に解説してくれた。
「<つまりな。あの犬っコロどもにしてみればだ。自分達はオマエという実物大の人間を見て、心に触れ、それに感銘を受けて【主】として仰いだってのに、方向性が違っても明らかに盲信してるサイコ野郎は夢に夢みてやがる。それだけでも腹が立つのに、あのサイコ野郎はオマエの無二の理解者のように振舞い、それを疑っていない。んなの魂まで捧げているアイツ等にしてみりゃー面白くねーはな。後はまー犬っコロ共とサイコ野郎は傍からみればどーるいな訳だ。実情はともかく、傍から見ればって話だがな。そりゃ一緒にすんじゃねーよと思うだろ?>」
「<あー、あー、成程>」
最初の方の説明は「えー、そこまで怒る事かなぁ?」と思わなくもないけど、最後のは納得出来る。
そりゃアレと同類は嫌だよね。
けど、盲信具合は傍から見れば同じだと周囲は判断する。
あのサイコな青年のせいで自分達もそういった存在に見える、と。
「<それは私でも嫌だわ>」
「<ってか、オマエに理想を重ねる行為自体あの犬っコロ共にとっちゃ嫌悪の対象なんだろーよ>」
「<えぇ。そんなの沢山いると思うけど? 何のために猫被ってるのさ>」
「<そりゃ猫かぶりに騙されてるやつらには、んな事思わねーだろーよ。けどよ、サイコ野郎はオマエの素を見て、やらかしたんだろ? なのに、あーだから嫌悪の対象なんだよ>」
「<そんなもんかねー>」
確かにエセ好青年はあの謁見の時に私を見初めた――気持ち悪い表現であるが、一番近いと思う――らしい。
だから、私が素に近かったのは、まぁあると思う。
けれど、完全な素か? と言われると「違う」と答える。
つまり猫かぶりに騙されている方々と同類でしかないと思うんだけど。
うーん。
完全に理解は出来ないけど、何かしらルビーン達の琴線に触れる言動だったぐらいに考えておけばいいかな?
私に二人を完全に理解する事は出来ませんし、する気もありません。
ある程度の理解と許容でいいと思います。
他人を完全に理解する事なんて出来ないし。
必要性も感じないしねぇ。
「<取り敢えず、あのエセ好青年の言動がルビーン達の気に障った、と>」
「<オマエ。此処までオレに説明させといて、それかよ>」
「<いや、ある程度は理解出来たけど、全部理解して納得するのは無理。そこまでする気もないし>」
相手がお兄様や家族ならともかく、ルビーン達にはそこまでの気はおきません。
そこまで言い切るとクロイツに溜息をつかれた。
「<あの犬っコロ共だと、それだけ理解してくれりゃ喜びそーな所がなー。オマエもオマエだが。アイツ等もアイツ等なんだよなー。変人主従だよ、本当に>」
「<あら。私はそれでいいんじゃなかったの? 貴方だって同類の癖に>」
「<……まーなー>」
私達は“普通”にはなれない。
なる気もない。
けれど、それでいいのだから。
私達はそうやって生きていけば良いのだ。
と、私とクロイツが何となく分かりあっていると突然青年がテルミーミアスを突き飛ばし、私を見て叫んだ。
「さぁ、神子様。私と共に、かの【闇の聖獣】に代わり、神の使徒として高みへと昇る存在となりましょう!!」
青年の叫んだ内容に私達の誰もが固まった。
…………………は?
「……は?」
確かに普通で居られないのは認めますよ?
けど神の使徒とか何の冗談なんです?
青年は焦点の合っていない目で天を仰ぎ、哄笑した。
「闇の使徒は現れない。当然です! 神子様がいらっしゃるのだから!」
「“闇の安寧を護る会”とは聖獣様の安寧を願い祈る会だったはずでは?」
何処か呆れたような、気持ち悪いと言いたいような、何とも言えない表情でヴァイディーウス殿下が言った言葉に青年は嘲りの笑みを浮かべた。
「勿論闇の女神は敬意を持っていますよ? 神子様に加護を授けて下さったのですから。ですが会の目的はあくまで「闇の安寧」を護る事です。……そう! 神子様と言う新しい闇の使徒を護る事! それこそが教団の目的なのです!」
既に人々に忘れられた聖獣など、神子様には到底及びません! と叫んだ青年の言葉に頭痛を感じる。
こいつ、とんでもない事言い出した、と。
私は【水の聖獣様】にお逢いした事がある。
そこに在るだけで圧倒される程の強大な力。
きっと、あれでも人のために力を抑えていらっしゃっていたのだろう。
もし敵となって前になったと想定した時。
私は絶対に勝てないと思った。
【聖獣】とはそういった存在なのだ。
人の埒外に存在する神の使徒。
それを高々人風情が排し、自らがその地位に立つなど。
神嫌いを自認する私だって考えた事すらないぐらい“ありえない話”だった。
自然と青年を見る目に小さな呆れと大きな恐れが宿る。
青年が本気で言っている事が分かるからこそ恐ろしい。
「<神殺しの概念を知っている『わたし』でも心から言えないぐらい遠大な話であり無謀極まり無い話だね。しかも強制的に巻き込まれるなんて冗談じゃない>」
「<頭イッてるにも程があんだろ>」
『神話』『昔話』
『日本』には神殺しの話は存在した。
勿論現実にあったかどうか、なんて論ずるだけ無駄だ。
けれど『私達』は神殺しの概念を知っている。
そこに何を思うかは人それぞれだが、有り得るという事を理解している。
だからこそ青年を狂っていると判じ、多少の恐怖を抱いても過剰に何かを思う事は無い。
けれど、この世界の存在にとって青年の思想は異端どころか、未知の生物を相手にしているような気分になるだろう。
実際テルミーミアスさん達は恐怖を感じているし、ヴァイディーウス殿下ですら理解しようとして失敗している。
ロアベーツィア殿下なんか、吐き気すら感じているのか口元を抑えている。
ルビーン達が少々顔を顰めているだけで済んでいるのは僥倖だろう。
青年は意図せず逆転していた此方の優位性を崩した。
このままでは青年を捕縛など出来ないかもしれない。
「<クロイツ。アレの動きを止める事は出来る?>」
「<あー。でかくなりゃできなくはねーが>」
「<いっそ意識を狩って、これ以上話せないようにしたいんだけど>」
「<確かに。これ以上しゃべらせると厄介そーだしな>」
クロイツが私の肩から降りた。
気持ちよく話している所悪いけど、これ以上のお喋りは無用だよね。……後は牢屋で幾らでもどうぞ!
私がクロイツに頼んで青年を捕縛しようとしたその時、青年の足元の血だまりが何か形になっているのが目に入った。
瞬間、私は全ての思考を手放し反射で動いていた。
「ロアベーツィア殿下! 部屋が出て下さい!」
お兄様を部屋の外に突き飛ばしながら私は叫ぶ。
私の奇行に驚いた殿下達は動いてくれない。
けれど私の意志を悟ったのかクロイツが殿下達に体当たりして部屋の外に追い出してくれた。
「キースダーリエ様! 使い魔殿!?」
テルミーミアスさんの驚愕した声が聞こえるけど、私はそれどころではない。
影に手を突っ込むとカタナを引っ張り出し駆け出す。
けど、一歩遅かった。
青年は「やはり神子様はお気づきになるのですね」と笑い床に血文字で何かを記した。
途端部屋全体が光りだす。
と、同時にインテッセレーノさんが力が抜けたように膝をつき、テルミーミアスさんとノギアギーツさんが眩暈を感じたかのようにふらついたのが見えた。
けれど、私はそんな彼等に声をかける事が出来なかった。
光は何時しか黒い霞となり、私に襲い掛かって来たのだ。
「ダーリエ!」「「キースダーリエ嬢!?」」
部屋の外から聞こえた声を最後に私の体は闇の塊に飲み込まれていった。
応援ありがとうございます!
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