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お兄様の一大事と「私」の異変(3)

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「<え? 滅茶苦茶美人さん!>」
「<おい。突っ込み所はそこかよ?>」
「<えぇ。……じゃあ学園って服装は自由なんだなぁ、とか?>」
「<いや、そーいう事でもねーんだけどな?>」

 学園の呪術の先生は滅茶苦茶美人でした。
 闇の貴色である漆黒の髪が腰まであって、緩く後ろで縛っている。
 眸は翡翠色で、理知的な光が宿っている事が一目見ただけで分かる。
 露出の多い服装だけど、下品じゃなく、むしろ豊満な肢体を包むならばこの方が色気を抑えられるって感じだ。
 まさか露出した方が色気を抑えられるとは。

 え? こんな美人さんがいたら生徒達の初恋泥棒になりませんか?

 思わず、そんな事を思ってぽけらと見ているとクロイツが「<オマエ……いや、なんでもねー>」なんて意味深な事を呟いていた。
 けど、そんなクロイツに突っ込む事もせず私はそのまま美人先生を視線で追っていた。――この時は本当にクロイツが何を考えているか、気にならなった。本当なら、そんな事有り得ないのに。
 美人先生の視線が一回りして私……正確には私の後ろの花を見て眉を顰めた。
 そのお顔すらお美しいのですが。
 先生はそのままカツカツと近づいてきたかと思うとお兄様のベッドの脇に立ち、お兄様をじっと見つめた。
 多分検診なんだと思うけど、こんな美人に見つめられて、お兄様良く平気だなぁとどうでも良い事を考えてしまう。
 と、言うか先程まで怒りで一杯の頭に強制的に外部から情報を突っ込まれて、一時的に鎮静化してしまったみたいだ。――それだけだとこの時の「私」は本気でそう思っていた。
 むしろ怒りは奥底で燻っているけど、今なら少しは冷静な判断が出来そうだとすら思っていたのだ。
 そういう意味ではよかったのかもしれない、と考えている私をクロイツが何とも不思議な眼差しで見ている事すら気づかずに。

「確かに【呪い】の痕跡があるさね。【呪物】もその花で間違いない。けど解せないねぇ。これだけの痕跡を残しているという事は相当強い呪いだったはずだよ。それを誰が吹き飛ばしたんだい?」
「吹き飛ばす?」
「ええ。これは呪術師が【解呪】したんじゃなく、この子に纏わりつく【呪式】を誰かが力づくで吹き飛ばしたんだねぇ。だから媒介は壊れていないのに、この子には残滓が残っているだけの状態になっている。はっきり言って相当強い力で吹き飛ばしたんじゃないかねぇ」
「成程」

 先生とお兄様の会話を聞いて私は内心冷や汗をかいていた。
 多分、力づくで吹き飛ばしたのは私だ。
 というか、絶対私だと思う。
 お兄様に纏わりつく悍ましい黒い何かがお兄様を害するモノだと思った私は、それを排除する事しか考えられなかった。
 だから「お兄様から離れなさい!」と心のなかで叫んだ。
 もしかしたら精霊にも命じたかもしれない。
 その結果「解呪」ではなく「呪いを力づくで壊した」
 けど、それははっきり言って賢いやり方とは言えないはずだ。
 【呪術】とは繊細なモノだと聞いている。
 今回は偶々お兄様の表面のモノを吹き飛ばすだけでお兄様は目を覚ます事が出来た。
 けど、もし体の深くまで潜り込んでいたら?
 お兄様の魔力に複雑に絡み合っていたら?
 何を考えず吹き飛ばした結果、とんでもない事になっていたかもしれないのだ。
 怒りで後先考えずにやらかしてしまったが、私は今回偶然上手くいったに過ぎない事にようやく気付いた。
 私のせいでお兄様の容体が悪化してしまっていたかもしれないと知り、ざぁと血が引いていく音が耳の中に響いている。
 私は今、きっと血の気の引いた顔をしているだろう。
 
 私のミスでお兄様が危険に陥る所だった。ああ、此処には初対面の人もいるのに。どうして私は貴族として繕えないのだろうか? いや、そんな事どうでも良いのだ。反省すべきは自分の考え無しの行動だ。いや、此処に来るまで散々貴族としてあるまじき行為をしてきたのだ。今からでも遅くない。少しは繕わなければ。

 頭の中でグルグルと様々な言葉が飛び交っている。
 何時も以上に思考が纏まらない。
 幾らお兄様が倒れて心に余裕が無いとは言っても此処まで制御が効かないのはおかしい。
 一体「私」は今何が起こっているのだろうか? ――自分の体なのに、自分の思考なのに、自分以外の“自分”がいるみたいだった。

「とは言え、誰がやったのかは大体分かりますけれど。……其方のお嬢様は一体何方?」
「あっ。申し訳御座いません。ワタクシはラーズシュタイン家のキースダーリエと申します。此度はお兄様が原因不明でお倒れになったと聞き、此方に。前触れの無い訪問等ご無礼を謝罪致したく思います。本当に申し訳御座いません」

 翡翠の眸に見下ろされて私は慌てて頭を下げる。
 家格の問題はあるけど、今回やらかしているのは私だ。
 それに私はまだ学園にも通えない年であり子供で、相手は学園にも勤めている大人なのだ。
 権威を傘に何でもして良いわけではない。
 これでラーズシュタイン家の心象が悪く成れば今後のお兄様の学園生活にも影響があるかもしれない。
 一部とはいえ冷静になった頭が最悪の状況を描き出し嫌な汗が背中を伝う。
 けど、私みたいな小娘が頭を下げたせいか先生は何も言わなかった。
 あまりに長く何も言われないので恐る恐る顔を上げると、先生は目を丸くして私を見ていた。

 えぇと、その反応も予想外なんですが?

 どうして良いか分からず意味も無く見つめ合い状態になっていると、先生の方が我に返ったのか、コホンと咳払いをしたかと思うと勝気な笑みを浮かべた。

「あたしは平民の出の呪術師な訳だけど? それでもアンタはあたしに頭を下げるのかい?」

 挑発混じりだったのは分かるけど、言っている意味がイマイチ分からなかった。

「無礼を働いたのはワタクシです。そして貴女はこの学園の人間なのですから、謝罪をするのに何の問題が?」

 思ったままを言ったら、また驚いた顔をされてしまった。
 いや、確かに学園長とかにも謝罪しないといけないかもしれないけど、取りあえず御足労頂いた人に謝罪するのは間違ってないと思うんだけど。

 ……すみません。そろそろ熱い視線に溶けそうなのですが? 私、そんなに変な事いいましたかね?

 美人が真顔で無言は怖いなぁと現実逃避をしつつ、どうしようかと思っていると何故か先生に盛大にため息をつかれてしまった。
 先生の中で私という人物の評価がどう変わったのか聞きたいような、聞きたくないような微妙な気分になる。
 怖いし、そんな場合じゃないから聞きませんけどね。

「あれだけの口上が言えるんだ。そこら辺の貴族よりも頭の回転は早いだろうし、知識が拙いわけでもないだろうに。……そう言えばアンタはこの物言いにも服装にも何も言わないし、あたしを見下す様子もない。一体何を考えているんだい?」
「何を、と申されましても。ただ只管にお綺麗な方だなぁ、と」
「は?」

 あの、先生?
 少々キャラが崩れておりませんかね?
 とはいえ、此処まで言ってしまったのだ。
 これはもう思っている事を全部言ってしまっても問題ないだろう。

「平民出身の方が王立学園で教鞭を取っていらしているという事はさぞ優秀な呪術師の方だと思われます。その上容姿端麗で自分を魅せる方法を熟知なさっていらっしゃるみたいですし、さぞ学園の生徒の初恋泥棒になっているのだろうなぁ、と思いました」
「…………」
「実際学園の卒業生にご婚約のお申し出とか御座いませんか? 無いとはとても思えませんもの。……ああ、それとも、既にご結婚なさっているとか? 申し訳ありません。ワタクシその可能性を失念しておりましたわ! 知的で呪術師としても優秀、そして容姿端麗となればとっくに良き伴侶がいらっしゃるも道理ですわね。ならご成婚の時は在学生や卒業生の方々の涙で雨の後のようになっていたでしょうね」
「……アンタは【呪術師】がどういった存在か、分かってるのかい?」
「繊細な魔力操作が出来ない人間はなれない、程度は分かりますが?」
「じゃあ、呪術師が魔術師に比べて魔力量が低い奴が多い事も知って、それでもアンタはあたし達が優秀だと言うのかい?」

 声のトーンが少し低くなった気がした。
 確かに優秀な呪術師だとしても、初級魔法はともかく中級魔法が使えない、なんて人がザラだという話は知っている。
 けど、私個人の考えとしてはそれは別に呪術師が低く見られて良い理由なるとは思っていない。

「魔力を持つ者としての傲慢かもしれません。ですが、ワタクシは魔力量で格が決まるとは思っておりません」
「へぇ?」
「幾ら膨大な魔力を持とうとも、使いこなす事が出来なければ無駄と云うモノです。力任せで吹き飛ばす事は出来ても、結局、根本を解決できないように。魔力をいかに操作し、そして自分の望む効果を出すか。自分の描いたままに魔法を使いこなす事。それがワタクシが考える優秀な方々ですわ」

 タンネルブルクさん達は高い魔力量を持つ。
 けれど、彼等が高位の冒険者なのは、それを自由自在に使いこなしているからだ。
 シュティン先生達が優秀と言われるのは魔力量ではない。
 自分の性質を知り、研鑽し、実績を出しているからだ。
 魔力量が膨大なだけでは、宝の持ち腐れ。
 力任せで押し通すのは三流、魔力を自由自在に使いこなしてこその一流じゃないだろうか?
 
 それが出来なかったからこそ、私は今後悔しているわけだし。
 
 魔力量だけを誇って一体何になるというのだろうか?
 私は見上げると先生と真っすぐ目を合わせて自分の考えを素直に話す。
 先生は私の話している事が真実か見極めているようだった。
 けれど、私の言葉に嘘が無いと分かってくれたのだろう。
 最後には絶句した後、頭を抱えてしまった。
 ……そのリアクションも少々解せないのですが?

「ワタクシ、今は本音でしか話しておりませんよ?」
「いや、まぁ、確かに。そう……なんだろうけどねぇ?」
「後、思った事と言えば……診察と分かっていたとしても、こんな美人の方に見つめられて良くお兄様は平然となさっているなぁとか。呪術師は繊細な魔力操作を得意とするとお聞きしたので、出来ればコツなどを伺いたいなぁとか。そういった事ぐらいですわね?」

 完全に頭を抱えてしまった先生に私は首を傾げる。
 けれど、仕方ない。
 本当に考えていた事しか言ってないし。――あれ? どうして「私」は此処まで素直に話しているのだろうか? 此処は決して全てを晒して良い場所ではないのに?
 心の中で何かが引っかかった瞬間、複数の場所から笑い声が聞こえて来て、引っ掛かりは頭の隅におやられてしまった。

「ダーリエ。身内贔屓かもしれないけれど、家族を見ているから、僕は平然としていられたのだと思うよ?」
「ああ。確かに。お母様もお父様もお綺麗ですものね」
「勿論ダーリエもね?」

 ……そう言えば“キースダーリエ”の外見は一級品だった!
 いや、うん。
 自分の顔だと思うと色々すっぽ抜ける事が、ね?
 一応色々気を使ってはいますよ?
 鏡を見るたびに「この美貌は崩してはいけない!」と思うしね。……若干他人事なのは仕方ない。『わたし』はこんな美少女顔じゃなかったんだから。

「先生。キースダーリエ嬢は、周囲の悪意ある噂など信じないし、自分で見た物を信じる娘だから。心配は杞憂だと思いますよ?」
「……そのようだねぇ。噂に振り回されていたのはあたしって訳か。不甲斐ないもんだね」

 あ、私の噂をご存知でしたか。
 そりゃ警戒しますわ。
 色々納得です。

「そこで、納得した顔をされると居たたまれないんだけどねぇ。まぁ良い。すまなかったね」
「いえ。最初に無作法をしたのはワタクシですから」
「永遠に謝る事になりそうだからこれ以上はやめとくよ。――それじゃあ本題に入ろうじゃないかい」

 先生が拍手を一つ。
 途端雰囲気が引き締まったのを感じた。
 
「ラーズシュタイン子息から呪いの残滓が見える事から、子息が呪術によって倒れたのは確かさね。呪いの内容は……魔力を吸収、その後外部に拡散する、って所だろうねぇ。その呪いの終わりの条件が何だったかは詳しく調べないと分からない。けど、死ぬまでの力は無かったと見ていいよ」
「そう断言する理由はなんですか?」
「呪いを吹き飛ばしたのはラーズシュタイン令嬢なんだろう? けど、令嬢がここに来たのは令息が倒れてからそれなりの時間がたってからのはずさね。呪いが相手を殺す事を目的としていたとしたら、令息はもっと衰弱していただろうからねぇ」

 最悪、既に死んでいたかもしれない、という事だ。
 ――間に合わず、見ている事しか出来なかった『あの時』のように。

 ぎゅっと拳を握りし溢れ出る感情を押し殺す。
 
「まぁ、この学園に相手を呪い殺す事の出来る呪術の才能を持った生徒は居ない。その事からも流石に死の心配は無かったと思うけどねぇ。……外部の人間から媒介を受け取った訳じゃない。違うかい?」
「いえ、違わないと思います。少なくとも相手は制服を着用していましたから」

 流石に全校生徒の顔は覚えていないので、多分ですけれど、と苦笑いするお兄様。
 けれど、仕方ないと思う。
 むしろこの学園全員の顔と名前を一致させている人がいたら、その人の方が化け物だし。

「学園の制服は特殊な魔法の糸で作られているから、違和感を感じなかったのなら本物だろうさね。……次に媒介だけど、皆分かっているみたいだね」

 全員の視線が花瓶の花に集まる。

「アンタ達には綺麗な色彩の花に見えているかもしれないけれど、あたしには不吉な真っ黒い花にしか見えないさね。これが媒介で間違いない」

 私も【精霊眼】を使用する事で花が真っ黒に見えているのだけれど、【精霊眼】は精霊を見るだけではなく【呪い】まで見えるモノなんだろうか?
 だとしたら呪術師である先生もまた【精霊眼】、又はその上位か下位のスキル持ちという事になるけれど。
 目に作用するスキルは総称して【魔眼】と呼ばれる。
 
 もしかしたら呪術師になる事が出来る条件の一つに【魔眼持ち】というモノがあるのかもしれないなぁ。だとしたら呪術師って滅多になれない職なんじゃ?

 後、そういった条件だとしたら呪術師はどう考えても魔術師の上位職だと思うんだけど。
 この世界って其処まで魔力至上主義だったっけ?
 自分とか、周囲とかにその様子が見られないから知らなかった。
 冒険者としてやっている時は特にそういった魔力量での差別は無かったように見えたけど。
 元々魔力持ちとか魔術師が少なかったせいかもしれないけどね。

「今はラーズシュタイン令嬢が間に入っているから問題ないけれど、どけた途端に又令息を襲う可能性はあるさね」
「ダーリエは大丈夫なのですか?」
「この手の呪いは【闇の愛し子】には手が出せないのさ。そこまではいかずとも貴色持ちは呪いの耐性を持っている事が多いと言われているねぇ」

 あの時、反射的にお兄様を隠していたのだけれど、どうやら間違ってはいなかったらしい。
 確かに時折黒い触手がお兄様の方に伸びては私の所に来る前に霧散しているけど。

 私、産まれて初めて【闇の愛し子】である事に感謝したかもしれない。

 媒介と確定した花を睨んでいると先生がツカツカと近づき、何かを呟いた。
 途端花瓶事花が薄い膜に包まれた。
 同時に花から黒色が褪せていく。
 数秒後にはそこには色とりどりの花が薄い膜に包まれている状態でそこに残っていた。

「媒介を隔離した。これで問題ないさね。後はこの媒介から術者を辿れば犯人も分かる。……それにしても、これが最初なのかねぇ? ここに至るまで弱い呪いを受けた可能性はあると思うんだけどねぇ。令息は光の貴色持ちだしねぇ」

 どうやら光の貴色持ちも呪いに対しては耐性があるらしい。
 その後の説明で一定の力以上になると、逆に覿面に効いてしまうという事も分かったけど。
 何はともあれ、今回はまだ耐性内なのだと聞いて内心安堵の息を吐く。

「そういえば。ここ最近、お菓子などを良く差し入れられていました。そういった物は出来るだけ受け取らないように言われていましたので、断っていましたが」
「そうだろうね。それに関しては王族である私もだな。公爵家ともなれば、どんな物が仕込まれているか分からない。余程信頼できる相手以外からはそういった物は受け取らない様に教育されていますね」
「だろうねぇ。そう考えれば花を受け取るのは微妙な線だねぇ。何か思い入れのある花でもあったのかい?」

 先生の問いかけに何故かお兄様は口を閉じてしまった。
 そして隣にいたらしいヴァイディーウス様も何故か答える事は無い。
 私達は不思議そうに二人を見やる。

 お兄様は花が御嫌いではないけれど、特に思い入れのある花は無かったはずだけど。お兄様の御様子から女性から受け取った訳でもなさそうだし。

 けれど、今まで普通に話していたお二人が口を閉じてしまうとなると、よっぽどの理由があると思うのだけれど。
 その答えは意外な所から齎された。――同時に「私」の心にも大きな罅を入れる事となる。

「それなら、妹であるキースダーリエ様に花を見せたいからかと。令嬢は草木が好きだからとか」
「馬鹿者!」

 それは部屋の中に居た護衛騎士の一人の言葉だった。
 直後ヴァイディーウス様の鋭い一喝が飛ぶ。

 けれど、それを私はただの音としかとらえられなかった。

「わ、たくしのせいで?」
「ダーリエ! 違う。オマエが気に病む事じゃないんだ。ただ僕が隙を作ってしまっただけで」
「キースダーリエ。決してオマエのせいではない。全ては呪いをアールホルン殿にかけた犯人がわるい」
「ラーズシュタイン令嬢?」

 皆が心配そうな声をかけてくれているのは分かる。
 けれど、全部が私の耳をすり抜けていく。
 
 だって、私のためにお兄様は花を受け取ったのだ。
 ――『わたし』の友達をやめなかったあの子のように。
 常に公爵家の人間として警戒を解かないお兄様が隙を作ったのは誰のせい?
 ――決して人に嫌われるタイプでは無かったあの子がああなった原因は?

 一 体 誰 が わ る い の か な ?

「あ。ぁぁ。『わたし』のせいで。【わたくし】のせいで“また!!“」

 魔力が体の中を渦巻く。
 暴走した魔力が逃げ場を求めて外に出ようとする。
 それを必死に抑え込みながら私は後ずさる。
 このままじゃ魔力が暴走して皆を巻き込みかねない。

 ああ、こんな風に魔力が暴走するなんて初めてだ。今まで怒りの矛先が他者だったからだったからかな? けど、仕方ない。だって『わたし』のせいでお兄様が。

 このまま魔力を内部で爆発させてしまおうか?
 そうすれば自分はただじゃすまないけれど、お兄様を傷つけた私に価値なんてあるの?
 そう、このままなら遠からず魔力が暴走してしまう。
 ならば……――

 ――……けれど、それは自殺と何が違うの?

 何処かで“誰か”の声が聞こえた気がした。
 その声に私ははっと我に返ると今までの思考を振り払い魔力を必死に押し込む。

「ごめ、んなさい。だれか、ませきをおもち、ではないですか?」

 自分でも掠れていると分かる声だったけど、周囲の人には聞こえたのか、何処からか魔石が差し出された。
 それを両手で掴むと内部で暴走している魔力を叩きつけるように魔石に込める。
 体内でも出来るだけ循環しながらだったからか、魔石は壊れる事無く、魔力は流れ込んでくれた。
 漆黒の魔石が千々に乱れた私の心の内を表しているようで自嘲が漏れる。

「申し訳御座いません。もう大丈夫ですわ。魔石も有難う御座います」

 私は繕えるだけ繕うと微笑む。
 私の事を対して知らない人達はそんな私に安心した表情をしていたが、付き合いがそれなりにある面子には仮面を見抜かれているらしい。
 訝し気に、心配そうに、そして何かを暴くような目をしている。
 その中に初対面の先生が混ざっている所、先生はやはり観察眼に長けている人なのだろう。

「……これから犯人を特定して捕縛するつもりだけれど、どうするんだい?」
「お邪魔である事は承知の上、お願い致します。ワタクシもお連れ下さい。足手纏いなばら切り捨て頂いても構いません。その場合決して先生の咎にならないように取り計らいます」
「そんな心配はしてないよ。それに、これでもあたしはこの学園の講師なんだよ? 学園に入ってもいないアンタを抱えても恙なく実行する事くらいできるさね」

 分かっている。
 先生は私の事を心配しているのだと。
 けれど、私はあえて、その心配を無視する。
 私のせいでお兄様が倒れたのは事実だ。
 けど、だからこそ私は犯人の動機が知りたい。
 一体何を思いお兄様を害したのか。
 それで自分の罪がなくなるわけではなくとも。
 けれど、それは結局「私」の我が儘でしかない。
 
 ああ、やっぱり。今の私は感情の制御が出来ない。一体どうして?

 普段の私とて貴族らしくないのは百も承知だ。
 それでも家族に迷惑がかからない程度には猫を被れていたはずなのに。
 ――今の「私」は心が何かに浸食され自分のはずなのに、自分だけではなくなっていくような。そんな気がした。

「あまり自分を追い詰めるんじゃないよ。――さて、行こうかね」

 何故か先生の声が酷く遠く感じた。


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