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年齢不相応なお茶会に不穏な空気を添えて

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 今はもう会えない『親友』に『悪友達』お元気ですか?
 いや、お前等の事だから元気だろうけど。
 むしろ周囲を困惑の渦に叩き落としてないか心配した方がいいと思うんだけどね。
 それはともかく……私は異世界で元気でやっています。
 聞いて驚け。
 これでも貴族令嬢としてそこそこやっていけているだからな。
 今更ながらに上流階級のメンドクサさに辟易としている日々です。
 それでもまぁ何だかんだとやってます。
 所で話は変わるけど、今私は修羅場? に巻き込まれています。
 お前等の能力があればきっと何とかなると思う。
 だから……『親友達』よ、今すぐきて助けてくれたりしない?



 そんな出来もしない事を承知で『親友達』に対して念を飛ばしてしまう程に、今の私は現状を受け入れたくなかった。
 私の隣にはロアベーツィア様が居て私の肩にはクロイツが乗っている。
 まぁ、これは別に良い。
 よくある事だ。
 けど目の前で喧々諤々というにはあまりにも一方的に騒いでいる集団から全力で目を逸らしたい。
 片方はニヤニヤと何時も通り人を食ったような笑みを浮かべているルビーンと一切感情を出していないザフィーア。
 もはや通常運転である事が相手の怒りを煽っている状態である。
 そんな二人に煽られまくっているのはロアベーツィア様の護衛として随行してきたカラフルな三人組である。
 ルビーン達は明らかに相手をおちょくっていて本気ではない。
 最初から悪感情しかない相手からそんな対応されれば、更に相手の気に障る。
 当然の事実である。
 三人組の中でも一番堅物の騎士様は既に抜刀しているし、もう一人、チャラそうな見た目の騎士様も目が笑ってない。
 眼鏡の騎士様だけは直接対峙した事がないからか冷静だけど、止める気は更々なさそうだし。
 はっきり言ってこのままだと乱闘が起こりそうなのだ。

「せめて説明する時間くらいはあると思っていたのですけれど、まさか二人の姿を視界に入れた途端に剣を抜く程とは」
「ああ。それはしかたないかもしれないな。テルミーミアスは俺達がしゅうげきされた時のことをいまだにきにやんでいるからな」
「……成程」

 そりゃ実行犯のルビーン達が居れば怒りで周囲が見えなくなるわ。
 生真面目そうな性格だとは思っていたけれど、まさか此処までは。
 テルミーミアス様は襲撃の時助けて下さり、その後帝国の行きの道中の際、別部隊の人間として、多分私やお兄様を観察、もしくは監視するために同行していた騎士様だ。
 ちなみにもう一人の眼鏡をかけている方も同じように別部隊の方だったと後で知った。
 とは言え、あの元隊長に思考を干渉されていたのか、別の理由からか、元々の部隊の方々よりはマシだとは言え、元隊長の暴挙を止める事は出来ず、罰を受ける事になった。
 近衛隊を辞した後、紆余曲折あった末、現在は両殿下の護衛となっている。
 まぁ、両殿下の何方かが即位した際は再び近衛隊に上がる事になるのだろう。
 失態を犯したと言えば犯したが、途中で正気に戻った事と、元隊長の洗脳能力? が高かった事が考慮された結果らしい。
 つまり、こんな所で失うには惜しい人材だったから元隊長の罪にちょっと彼等の罪を上乗せして、彼等を守った……って事なんだろうけどね。
 二人の罪など微々たるモノだし、確かに元隊長の周囲への思想の汚染具合は結構なモノだったし、あながち間違っていないって事で押し通されたじゃないかな?
 後、三人組の最後の御一人だけど、この方は元々テルミーミアス様と同部隊で元平民であり、テルミーミアス様のいる派閥の方の養子となる事で近衛隊に居る資格を得ていたらしい。
 それがどうしてかテルミーミアス様達の監視という名目で共に両殿下の護衛となったらしい。
 近衛隊から一騎士となるって普通に考えて降格だと思うんだけど……それとも地位だけは変わらずなのかな?
 と、詳しい事は分からないけど、両殿下、特にロアベーツィア様の護衛としてこの三人組は良く付いている。
 結果として私もテルミーミアス様達と思わぬ再会をする事になったんだけどねぇ。

 見かける事はあれど、会話を交わす程の距離で再び会う事があるとは思いもしなかったよ。
 
 しかもテルミーミアス様の方がちょーと私を見る目にフィルターがかかっているような気がするんだよね。
 何もしてないんだけどなぁ。

「<オマエ、現実逃避はともかく、早くあの『信号機トリオ』止めろよ>」
「<ねぇクロイツ。言いたい事は分かる。通じるんだけどさぁ、その呼び方辞めない? 話が入ってこなくなるから>」

 吹き出しそうなのを我慢して、もう何度目か分からない提案をするんだけど、クロイツには鼻で笑われてしまう。
 けどさぁ、真面目な話をしている最中に思い出したら地獄なんだけど。
 笑いたいのに笑えないってキツイだからね?

「<知るか。大体きれーに三色揃ってるアイツ等がわりー>」

 クロイツ曰く『信号機トリオ』とは当然テルミーミアス様達の事である。
 何故クロイツがそんなフザケタ名前を付けたかというと……――

 見事に御三方の髪色が「赤」「青」「黄色(金色)」なのである。

 クロイツは他の人にも結構辛辣かつ皮肉が籠った渾名を付けるんだけど、今回に関しては思わず「(確かに!)」と内心同意してしまう程度には見事に三色揃っている。
 普段から髪よりも目の方を見てしまうし、その御蔭でクロイツに呆れられている私もテルミーミアス様達に関しては髪色しか目がいかない。
 それくらい『わたし達』からすると見慣れた配色なのだ。
 
「<『黄色信号』が一番猪突猛進って時点で狂ってるけどな。『信号機』としては>」
「<だから解説しないで。更に笑う印象を植え付けないで>」

 『黄色信号』基金髪なのはテルミーミアス様である。
 今も真っ先に剣を抜きルビーン達と対峙しているが、生真面目な性格なのか、ちょっと脳筋の気があるのか、有事の際一番に飛び出していくのが彼なのだ。
 うん『黄色信号』は一時停止だった気がしなくもないが、むしろ彼に一番必要な部分だろう。
 そんなテルミーミアス様を止めず、自身も剣を抜きそうなチャラそうな方はインテッセレーノ様。
 彼はテルミーミアス様の御友人で、赤髪のちょっと軽薄な印象を受ける方だ。
 話し方も見た目にあった感じで少しばかり緩い。
 性根は分からないけど、生真面目なテルミーミアス様の御友人をやっているのだから、きっと根っこは真面目な方なんだろうけどね。
 そういった事はともかく、本来『赤信号』は“止まれ”なのに、むしろテルミーミアス様の背を押したりするし、場合によっては共に飛び出す。
 どこをどう見ても停止役ではない。
 そんな御二方を止めず笑いながら見ているのがノギアギーツ様。
 彼は帝国への道中、同行していた違う近衛隊の方だった。
 つまり洗脳されかけて、罰則を受け降格した方だ。
 青い髪で眼鏡をかけたインテリさん風であり、実際頭も良さそうだけど、特に他二人に動くように指示する事も無く、自分が動く事も無い。
 殿下の護衛として一人残る事は間違った判断ではないのだが『信号機』として見てしまっている私達にしてみれば何とも違和感を感じる事である。

 髪の印象からすると、そこまで違和感なんだけどねぇ。

 何やら噂では三馬鹿トリオとか言われるとか?
 それを聞いて騎士団も案外面白い所なのかもしれないと思った私は悪くないと思う。

 さて、現実逃避も充分にしたし、どうしたもんだか。

 クロイツの笑える渾名はともかくとして、確かにこの騒動が長引くとよく無いのは事実だった。
 御三方は殿下の護衛である。
 そんな方々が騒げば、要らぬ注目を浴びてしまう。
 今回は我が公爵家の中だから問題は無いが、次に会った時、また同じ事をされると困るのだ。
 せめてこうして会った途端に剣を抜くような状態にはならないようにしなければいけない。
 これに関して言えば殿下達の“命令”ではダメだろう。
 御三方、特にテルミーミアス様はご自身が納得しなければ、それが態度に出る方のようだし、場合によっては反発する事も厭わないだろう。
 今回の場合、ルビーン達が暗殺者であったのは事実なのだ。
 つまりルビーン達の方が分が悪い。
 最悪ルビーン達を切り捨てるとしても「ラーズシュタイン家に居た」という事実だけを取り上げて真実を捻じ捻じ曲げられたり、隠されたりさると困る。
 そうならないためにも最低限「王家に敵対する意志はない」という事だけは納得してもらわないといけないのだ。

 ……それが一番難しいと感じるのは何でだろうねぇ。

 隣にロアベーツィア様がいなければ盛大にため息をつきたい所である。
 と、そんな風に問題を先延ばしにしている間にテルミーミアス様の方が堪えられなくなったらしい。
 けどまぁ其処でルビーン達に切りかかるのではなく、私の方に来たので想定よりはマシだけど。

「無礼を承知で具申申し上げる! ラーズシュタイン嬢! そこの者達は嘗て殿下達のみならず貴方様も殺そうとした獣人に御座います! 何故、そのような者がこの場にいるのか、御説明を頂きたい!」

 後ろでインテッセレーノ様も跪いている。
 あ、ノギアギーツ様はルビーン達と殿下との間に入った。
 
 ふーん。案外、三人で役割分担がはっきりしているのかな?

 問い詰められている状態にも関わらず、アイコンタクト無しに動く三人に対して感心してしまう。――見ている所が違う? 分かっていますが?
 流石は元近衛隊。
 こういった所を見ると、彼等が実力を惜しまれた事が分かる気もする。
 そんな事を考えながら、私は此方を見上げて答えを待っているテルミーミアス様に小さく嘆息する。

「(この生真面目な方を説得するって、それかなり難しいのでは? ――……)……――貴方方は獣人に関してどれほどの知識がありまして?」
「ラーズシュタイン嬢、し「待った、テルミーミアス」――レーノ?」

 答えをはぐらかされたと思ったのかテルミーミアス様が声を荒げようとしたのをインテッセレーノ様が止めた。
 どうやらこの質問が答えに繋がると理解して下さったらしい。

「情けない事ですが、私共は獣人について殆ど知りません」

 私がノギアギーツ様に視線を走らせると彼は「多少は存じておりますが」と答えが返って来た。

「成程。では皆様【従属契約】についてはお知りではないという事ですわね」
「【従属契約】ですか?」
「ええ。獣人と人の間に結ばれる絶対的な【契約】。人を【主】とし獣人を【従】として結ばれ、【主】がひとたび【命】を下せば、どんな事だろうと必ず遂行する。……たとえば、それが“今すぐ自刃しろ”という理不尽なモノだとしても、ですわ」
「「「なっ!?」」」

 これには多少獣人について知っていたノギアギーツ様も驚いたらしく、三人とも絶句している。
 ロアベーツィア様は獣人について勉強なされているのか特に驚いてはいなかった。
 ただ命令の内容の酷さに少々眉を顰めていらっしゃったけど。
 私とて、そんな酷い【命令】をそうそうに出すつもりはないけれど、言っていてあまり気分の良いモノではない。
 幾ら色々破綻していると自覚している身とは言え、命を悪戯に弄ぶ存在とは流石に相容れないのだから。

「獣人のそういった特性についてはルビーンから聞いた方がいいと思いますわ……ルビーン?」
「【主様】の命ならバ」

 今まで面白そうに見ていたルビーンが近づいてくる。
 今度はテルミーミアス様達も剣を抜かなかった。
 ルビーンは私の隣に立つと歌うように軽い口調で口を開いた。

「俺達獣人ハ、唯一とも言える【真の主】が存在すル。そう定義付けられた存在ダ。勿論【運命】に定められた【真の主】と出逢える獣人ばかりじゃなイ。だガ、会えば【本能】が【主】を求めて暴れだス。そうして得られた【主】が下す【命】ハ、どんな言葉だろうともオレ達にとってハ、最上の酒よりも心地よい酩酊感へと誘う甘露となル。たとえ紡がれた【命令の言の葉】が己の命を絶てというものだろうト、死地へと行けというものだったとしてモ、オレ達は多幸感と酩酊感を胸に抱き【命令】を完璧に遂行すル。……そうして命潰えたとしてモ、その死の瞬間すラ、一変の悔いは無ク、心から歓喜して死にゆク。それガ、オレ達にとっての【魂】をかけて結んだ【主従関係】ダ」

 獣人の壮絶な性質に対して本能的に恐れを抱いたのかテルミーミアス様達の顔色が悪くなっているのが分かる。
 私も調べたり、本人に聞いたりしているけど、幾度聞いても壮絶だと頭が痛くなる気分だ。
 自分達の命を完全に預ける行為は人には中々できやしない。
 人は本能的に“死”に怯える生き物なのだから当たり前だ。

「オレ達にとって【真の主】はそいつだっタ。だかラ、全てを話す事ト、ソイツと【従属契約】を結ぶ事を条件に処刑を免れたってわけダ」
「そのことに関しては王家も全てしょうちの上だ」

 ロアベーツィア様が付け加えた言葉までをテルミーミアス様達は何とか飲み込もうとしている。
 だが他の御二方はともかくテルミーミアス様は中々納得出来ないのか、その顔は苦渋に歪んでいる。
 どうやらあの襲撃事件が相当トラウマになっているらしい。

「建国当時からおれ達王家を支えてきてくれた、今なお支えてくれているラーズシュタイン。そこの家のものならば、たとえ能力が高い獣人と【契約】を交わそうとも問題はない。国王陛下はそう判断した。そなたらもラーズシュタインのけんしんは理解しているだろう?」

 ダメ押しの様なロアベーツィア様の言葉に何かを思ったのかテルミーミアス様も顔を上げて私を見据えて来た。
 私もこの国に何か害をなす気はない。
 ルビーン達の事だって信頼はしていなくとも無暗に命の散らす【命令】を下すつもりはない。
 貴族として、ラーズシュタインの人間が大切だからこそ、最悪の時に決断を鈍らせるつもりもないけれど。
 こっちをじっと見つめ何かを思案していたテルミーミアス様だったが、自分の中で納得出来る落としどころを見つめたのだろう。
 神妙な顔で深々と頭を下げた。

「それが王家の判断ならば従うのみです。……それにラーズシュタイン嬢ならば決して悪い方にはいかないでしょうから」

 ……この人、やっぱり私の事、良く見過ぎなんだよなぁ。
 あの帝国の道中で色々、やり過ぎたと言える程暴れたのに。
 普通の令嬢じゃない認定もされているんだけど、それ以上になんか妙なフィルターが掛かってるんだよなぁ。
 正直、その手の思い込みは勘弁してほしい。
 期待ってのはさ、裏切られたと感じた時に反動が大きいと思うんだよね。
 このままだと今後それなりの交流の中でテルミーミアス様が「裏切られた」と感じた時、一体どんな行動に出るのかが予測できない。
 だからこそ、この妙なフィルターだけはさっさと取り払って欲しいものなんだけど。

 理由が分からないから、何も出来ないんだよねぇ。

 今後交流が増えていくなら、その中で探っていくしかないのかな。
 それは……正直言って凄くメンドクサイ。
 
「<生真面目が過ぎて変人だな、コイツ>」
「<確かに>」

 クロイツ、云い得て妙だわ。
 それにじても、ルビーン達だけでこれって……本命であるアズィンゲインと会ったらどうなる事やら。
 今から考えても頭が痛い。


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