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領地での一時(2)
しおりを挟む今、私は剣戟と魔法の光が行き交う場所でお茶を優雅に飲んでいる。
……いやね? 別に戦場にいるとかありませんからね?
ただ、工房を出たらルビーンとリアが待ち構えていて、あれよあれよとテーブルまで案内されまして?
美味しいお茶とお菓子はともかく物騒なBGMの中で有無を言わさずお茶を飲む事に。
あれでいて物騒な音の片方はザフィーアなので、此方に魔法が飛んでくる事は無いし、なにより防御魔法かかってるから問題は無い?
ここまで言っておいてなんだけど、本当は問題だらけなんだけど慣れてしまったので、もはや何も思いません。
今日は何時もよりも長いなぁとか。
ザフィーアは手加減してるなぁ。
昨日はルビーンだったけど日替わりで相手してるのかな? とか。
そんな事しかもう思い浮かびません。
ああ、今日もお茶が美味しいです。
やや現実逃避的にお茶を堪能している私の心の内が分かっているのかルビーンが喉で笑っている。
原因なんだから少しは主のために取り除こうとは思わないのかな?
あ、いや、いいです。
貴方方にそれを言った途端、相手を排除する方向になりますもんね。
一応ラーズシュタインの私兵と雇われているわけだし、勝手に減らす訳にはいかない。
――いくら私の意志が優先されて雇われた相手だとしても、ね。
私はカップを置くと聞かされたルビーンの話に返答を返す。
「……それで? 貴方方二人の産まれ故郷が分かったと言いましたけれど。それは帰りたいという意志なのかしら?」
「いいヤ? どーセ、故郷なんぞ獣人狩りで誰もいなくなってるしナァ。たダ、場所が分かったかラ、報告しただけダ」
前に一度聞いているとはいえ、サラッとベビィな過去をぶっちゃけますねぇ、この元暗殺者。
どーも、ルビーンとザフィーアは私が帝国遊学中、自分達を育てた暗殺組織の生き残りを本気でサクッと始末して回っていたらしい。
一応私の言った「染まり切って無い人達は見逃しなさいね」という言葉を守ったらしくて、そこまでは騒ぎにならなかった……というのは本人の談だけど。
今の所、ラーズシュタイン家に何の余波が来ていない所、信じても良さそうだとは思っている。
で、その最中ルビーン達を浚った存在にも行きついたらしくて、その結果が産まれ故郷の判明、という顛末である。
私はルビーンの話に気づかれないようにため息をつく。
多分それなりの人数が死んだのだろう。
それに対して私は悲しいとも思わない。
ルビーン達に始末された存在は自分達のした事が我が身に返ってきただけなのだから。
人の死は悲しい事なのだと思えど、彼等に関しては自業自得だろうに、とも思うのだ。
とはいえ「染まってない人間を見逃せ」という言葉は私の自己満足でありエゴでしかない事も分かっている。
結果として少なくない存在が影から影へと消えていった。――その責任は私も背負うべきモノだ。
ルビーン達は私の“言った事だけ”は守ったのだろう。
二人にそれ以上を求めるのはおかしいし、私もそこまでは求める気が無い。
それが獣人の【主】になるという事なんだろう。
私は報告してきたルビーン達に対して「ラーズシュタインの名が……お父様達の名が汚れるような事はしてないでしょうね?」としか言わなかった。
それしか思わなかったのだ。
我ながら酷い事だ。
人の死を背負いながらも、彼等の死により身内に害が及ぶ事しか気にならなかったのだから。
とはいえ、薄情とも人でなしともいえる私の発言に対してルビーン達は薄く笑って肯定するだけだったけれど。
二人とは魂の契約を結んでいるとはいえ、彼等の意識を縛っている訳では無い。
彼等には嫌な事は嫌という権利も意志もあるのだ。
まぁ彼等は私の欠けている所や人でなしの部分を特に気に入っているようだから、今回の様な対応は全肯定し、楽し気に笑うような類いの存在だけど。
全肯定の存在って救いになる時もあるけど、毒になる時もあるよねぇ、と時折思う。
さてはて、ルビーン達は私にとって「どちら」となる事やら。
比較的どうでも良い事を考えているとルビーンは何かを思い出したのか笑みを深めた。
「あア、だが面白い事が分かったからナ、一度くらいは行った方がいいかもナ」
「面白い事ねぇ」
何だろう?
この、ルビーンの面白い事って私にとっては途轍もなく面倒事になりそうな予感は。
「主ガ、コレを付けてる事だしナ」
ルビーンの指が私の付けている【加護の腕輪】に触れる。
彼の動作に私は内心眉を顰める。
私は彼等に【腕輪】の詳細を話していない。
魔力を発している可能性はあるから【魔道具】である事は否定できないだろうが、聖獣様からの授かり物である事は分からないはずだ。
【鑑定】のスキルなり魔法があったとしても出来ない程、この【腕輪】は隠蔽力の高い希少品なのだ。
その【腕輪】を見て意味深に笑うルビーン。
一体彼等は何を知っているのだろうか?
訝し気にルビーンを見やるがルビーンは「今」その事を話す気はないらしい。
こうなった彼から無理に聞き出すのも面倒だ。
一応私の不利になる情報を隠しておく事はないと思う程度には二人を信用している。
ならば、気紛れな彼等が話したくなる日を待つしかない。
「里帰りしたくなったら一言言って下さいな」
「その時ハ、主も一緒だけどナ」
「そう」
出来れば短期間に帰れる場所に二人の産まれ故郷がありますように。
私はその時に起こる騒動を思い浮かべて内心でため息をついた。
意味深なルビーンとの会話の間に稽古? は終わったらしい。
ザフィーアが何ら疲れた様子も見せずにやって来ると、私の後ろ、ルビーンの逆隣に立つ。
この様子では彼は今日もコテンパンにやられたらしい。
其方を見ると茶色の頭がうつ伏せで倒れていた。
どうやら息も整わない程に叩きのめされたらしい。
それにしても彼も中々頑張るモノである。
彼は今はラーズシュタイン家の私兵である。
だから当然ラーズシュタインとしての一兵卒として訓練をしている。
其の上で元暗殺者であり現在でも高位ランクの冒険者であるルビーンやザフィーアに対して半ば喧嘩を売る様に戦いを挑むのだ。
幾ら“元騎士”だとしても無茶苦茶としか言いようがない。
いやまぁ、私に話しかけるためにはルビーン達を相手にする事って団長が条件を付けたせいなんだけどさ。
団長としては、そこで諦めるか、諦めずとも私に何かする体力を削るため、なんだろうね。
そういう意味ではそれらの試練をこなす彼の執念には脱帽である。
……ん? 条件とか考えてみると妙な方向になるような?
「あらやだ」
「どーした?」
「いえ。彼がこうなっている状況をツラツラと並べてみたのですけれど、これだと彼がワタクシに懸想しているみたいだと。あまりの有り得なさに笑ってしまいますけれどね」
「主に懸想だト? ……いっそ殺っちまうカ?」
「ルビーン聞こえてますわよ。ザフィーアもさり気なくナイフをだすんじゃありません。全く。彼が此処までする理由を知っているのに、何故かことあるごとに始末しようとするのですから」
「あー。従者としては珍しく間違った行動じゃねー気もするがな」
「あら珍しい。クロイツがルビーン達の行動を肯定するなんて」
「今回に限りだけどな。傍から見ればオマエの方が酔狂だっての。――わざわざ自分を恨んでいる奴を雇い入れたんだからな」
クロイツの声が聞こえた訳でもなさそうだが、行き倒れていた彼が立ち上がると少しばかりよろけた風情でテーブルに近づいてくる。
私はそんな彼に何時もの様に席に座るように勧めた。
紫水晶のような眸に不満や怒りや不安やらを込めて此方を見やるが私が笑顔で黙殺すると、渋々席につく。
「では、今日は何を語ってくれるのかしら? ――元近衛騎士のアズィンゲイン様?」
我ながら性格の悪い言い方だ。
案の定アズィンゲインは私を睨むと一気にお茶を呷る。
元騎士とは思えない程の無作法だが、もはや誰も気にはしない。
――より正確に言えば、気にしていないではなく、口に出して注意しないだけだけど。
帝国遊学の行きの道中で護衛としてついてきた近衛隊の隊長は私からすれば気狂いだった。
けれど、そんな男でも自分が率いる隊の騎士達には慕われていたらしい。
まぁ元隊長の国王に対する心酔する心だけは本物だったらしいから、有り得ない話でもないとは思うけど。
そんな近衛隊は道中での事が問題になり隊長は騎士の地位を剥奪の上追放されたらしい。
当然隊長がいないければ小隊は解散となる。
二人程他の隊の人間がいたけれど、彼等は降格処分を受けたと言っていた。
――その後、人事について私が口を出す事は出来ないけれど、出来ればもう少しどうにかして欲しかった、と思う。
と、それはともかく、隊に居た騎士達は幾つかの選択肢を与えられたらしい。
降格処分を受けなかった騎士は他の小隊に組み込まれるか、近衛の地位自体を自らの意志で降りるか。
降格処分を受けた騎士達は、それぞれ騎士団長の采配により彼方此方に散った。
そして何方の場合も騎士を辞める事を許されている。
その後は辞めた人間の自由だ。
冒険者になるも、故郷に帰るも、王都で他の職に就くも。
それぞれ思う所はあれど、皆それぞれの道を歩んでいると聞いている。
その中で異例ともいえる道を選んだのが、目の前にいるアズィンゲインだった。
彼はよりにもよってラーズシュタイン領までやってくるとラーズシュタイン家に士官を願い出て来たのだ。
彼は誰よりもあの気狂いの元隊長を慕っている。
だから、誰よりも私に対して怒り、そして恨みがあるはずなのだ。
それが逆恨みだろうと、事を大きくしたのは私なのだから、その恨みは私に向けられてしかるべきだ。
だからこそ私を含めたラーズシュタイン家に士官したいと願い出るとは誰も考えてもしなかった。
久方の再会ともいえるあの時、アズィンゲインは私を真っすぐ見据えていた。――その眸に怒りと不満を湛えて。
彼がその時点で元隊長を慕い、私に対して何かしらの思う所があるのは一目瞭然だった。
お父様も私が害される可能性がある彼を雇用する気はなかったのだと思う。
そんな事をしなくとも我がラーズシュタイン家を守ってくれる方々はいるのだから。
それでも私に一応の意志を問いかけてくれたのは、私が全てを受け入れると意志表示していたためだと思う。
私は彼に何を言っても不敬とは問わないと、態々お父様にも了承を取った上でラーズシュタイン家に士官したいと言った理由を問いかけた。
その答えが真実であると思ったから私は彼を雇用した上で、こうやってテーブルを囲んでいるのだ。
「――……あの人は俺にとって父親のような存在だったんだ。俺はそんなあの人の話を聞くのが好きだった。特に国王について語るあの人の目は何時も輝いていた」
アズィンゲインの熱弁にルビーンとザフィーアが密かに欠伸をしているのが見えた。
ああ、クロイツなんて隠してないし。
リアは無表情だけど、少しだけ嫌そうだ。
私は笑みを崩さない。
これはアズィンゲインが士官してから日課になりつつある光景。
彼は私に元隊長である人の人となりを話しているのだ。
彼は自分の慕っている元隊長が犯した罪をきちんと理解している。
それでも慕っているという心は消せなかった。
それは別に良い。
個人の自由だからだ。
なら、彼は何故ラーズシュタイン家に士官したいと思ったのか?
それは私があまりにも相手の事情を考慮せずに叩き潰した行為に恐怖を感じると共に悔しかったかららしいのだ。
確かに自分が父とも慕う人間がやった事は許される事ではない。
だがあまりにも無慈悲に、そして今まで元隊長がなした事、そしていかに隊長として立派であったか。
そういった部分の全てを私に徹底的に叩き潰された。
最後のトドメは国王の言葉だったかもしれない。
だが、そこまでのお膳立てをしたのが私である事は明白。
だからこそ私の無慈悲さが恐ろしい。
しかも私が元隊長の名前も既に記憶の片隅に置いている事に対して悔しいと思ったらしい。
だから少しでも元隊長の事を知れば、もしかしたら私が少しは何かを感じるかもしれない、と考えたとあの時彼は私達に語った。
その感情は憐れみかもしれない。
もしかしたら呆れかもしれない。
それでも、私の中から元隊長の事が消え失せる事が彼は何よりも許せないのだと。
あの時のように拳を握りしめて、唇を噛みしめて私を見上げる姿から嘘は見えなかった。
正直に言えば、アズィンゲインのやっている事は無駄足としか言いようがない。
私は敵対した相手に遠慮する程優しくはない。
特に初対面の相手ならば余計にだ。
更に言えば、元々懐に入っている存在でも無ければ敵対した理由すら終わってしまえばどうでも良くなる。
ただ「私」と敵対していたという事実だけが私に残っている。
その事実だけで私には十分なのだ。
現に私は“フェルシュルグ”が一体どんな道を歩んでいたのかを知らないし、ルビーン達の事だって、二人がまくし立てるように話さなければ今でも知らなかった。
そんな私にとってあの気狂いの男は私に危害を加え、クロイツを見下し、私の家族を蔑んだ相手でしかない。
だからこそ私はあの男の心を徹底的に折る事に対して何も感じなかった。
全てが終わった今は名前すら思い出すのに時間がかかる。
それも又、私の性質だ。
「好き」の反対は「無関心」。
もはや会う事も無い男の事など何時までも覚えている必要は無い。
今更あの男がどれだけ素晴らしい人間であったかを聞かされても心には何も響きはしない。
それでもアズィンゲインは諦めない。
私とて不毛である事は既に言ってある。
人でなしと罵られて当然の私の性質を語り、幾ら言ったとしても無駄骨である事は説明してあるのだ。
それを証明してくれるようにルビーン達も口を挟んだりもした。……二人の言い方では私は稀代の大悪党になる気もしたが、完全に間違ってはいないのであえて修正はしなかった。
そうしてされた説明を聞いたアズィンゲインは私を睨んでいた。
そんな彼を見て、私はてっきり次の日にはラーズシュタイン家からいなくなるとばかり思っていたのだ。
だが次の日も彼は同じようにやってきてルビーン達と戦い、そして同じようにあの男の事を話を始めた。
最初は隙を見て私に報復でもするのかと皆、気を張っていたのだが、彼の言動は変わらなかった。
意味が分からず彼に真意を問いただしたのは彼に説明してから何日たっていただろうか?
その時、彼はしかめっ面のまま「真実そうなのだという事は分かった。だが、話を聞いていないわけではない。理解をしない訳でもない。ならば俺は貴女の心が揺れるまで話し続ける。そのために此処にきたのだから」と言い放った。
彼の言い分に私は驚くよりも先に呆れた。
同時に少しだけ面白いとも思った。
彼は私の心を動かすと言ったのだ。
私は自身が根本から欠けている事を自覚している。
そんな『わたし』や「私」の性質を知り、それでも共に居てくれる人達はいた。
けれど、私の性情を知り、理解した上で真っ向から私を否定し、私の心を変えると言い切った相手は初めてだった。
面白い、と単純に思った。
もし彼が諦めラーズシュタイン家から消えても私は何も思わないだろう。
もし彼が私に恨みを募らせその牙をむいたとしても、私は敵対者として彼を排除するだろう。
けれど、こうやってテーブルを共にする程度には彼の心意気が面白いと感じた。……面白いと感じてしまったのだ。
こうして私達のおかしなお茶会は日課ともいえる回数で行われているのである。
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