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私は最高の喜びを胸に抱き地の底で二人と共に微笑む(2)

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 自身の望みを知り、目的が定まった時から私は皇位に対して一切興味を失った。
 立太子した弟に対しての入れていた探りも一切やめ、最期の舞台を彩る事に全精力を傾けたのだ。
 数多の絶望よりも一等美しい宝石に終焉の見届け人となってもらう。
 それこそが私が産まれて今まで生きて来た意義だろうとすら思っている。
 けれど、その時は「今」ではないという事も分かっていた。
 最期の時、愛しい妹に見届け人になってもらうには相応の歳が必要だ。
 そして私自身も生半可な罪では思う通りの終焉はやってこない。
 だからと言って罪が無暗に多きれば良いという訳でもない。
 安易に闇雲に周囲を破壊し戦争でも起こしてしまえば、皇族としての死を賜る事無く、消されてしまう。
 愛しい妹が見届け人となりながらも皇族としての死を賜るように振る舞う。
 そうしなければ私の望み通りの終焉の舞台は完成しない。
 全精力を傾けても困難としか言えない道のりだという事は理解していた。
 けれど、幸いにも私には時間があった。
 皇帝は私が「普通」ではない処か帝国にとって「害」となる存在である事を理解している。
 だからこそ私は婚約者も無く、何処かに降嫁する話も一切なかった。
 他国に出される事も無かった。
 表向きには「王太子が成人していないため」となっているが、私を外に出す事の恐ろしさを理解しているからだろう。
 そんな皇帝の判断は私にとっても僥倖だった。
 愛しい妹の成長を傍で見る事が出来、私の終焉を見届けるに達する歳になるまで王宮に留まる事が出来るのだから。
 皇族としては甘すぎるという愚かさを持った愛しい妹。
 あの子はその優しさを当たり前に周囲にばら撒き続けた。
 だからこそ今のあの子は「聖女」と呼ばれている。
 下働きやあの子の側近からは賞賛と尊敬を込めてと呼ばれているその名称が一方では嘲りの言葉として使われている事にあの子は気づいているのだろうか?
 無暗に慈悲を振りまき、貴族社会の根幹を知ろうとしない「物知らずの聖女様」
 無垢である事は時に残酷であり、嘲りの対象となるのが貴族という社会なのだ。
 今はあの子を賞賛する声の方が多い。
 けれど、それはあの子がまだ幼いためでもあるという事にどれだけの人間が気づいているのだろうか?
 少なくともあの子の周囲にいる信奉者達は気づいていないのだろう。
 あの子が一番懐いている弟はどうだろうか? ――気づいている可能性が高いとは思うが。
 最悪、あの弟が守るだろう。
 あの弟も皇族として産まれた事を自覚している、其の上でギリギリの所を見極めて自由に動いている、ある意味侮れない子だ。
 研究者としての気質が突出し過ぎて周囲が気づいていないだけで、あの弟は関心・無関心の振れ幅が大きい。
 
 もしかしたらあの弟が私に一番似ているかもしれない。

 私が死んだ後もあの弟がきっとあの子を護り慈しむだろう。
 地の底に逝った後の事など知る術など無いが、憂いは少ない方が良い。
 
 私はあの子の成長を見守りながらも、あの子のあの甘さを曲げようとする存在を陰ながら排除し続けた。
 私は一等美しい宝石であるあの子に見届け欲しいのであって、あの宝石に傷をつけようとする存在に対して容赦などしなかった。
 そうやって動いている内に、いつの間にか私に擦り寄ってくる人物が増え、遂には一つの派閥となっていた。
 私が皇位に付きたいと思っていると疑わず、現皇帝政権から弾き飛ばされた人間や、自分の力で自立しなければいけない人間。
 様々な人間が私に擦り寄ってきたが、彼等は一様に私の内面には一切気づかず、ただ神童と呼ばれていた、私の才覚に近づいてくる無能ばかりだった。
 王宮内で私がどういった立ち位置にいるかも気づく事は無い愚か者ばかり。
 けど、彼等の存在は好都合でもあった。
 彼等のやる事は隙だらけだ。
 政敵一人を嵌めるにしても証拠を残し過ぎているし、簡単に逆転されてしまう程度の策しか行使する事が出来ない。
 だから私はリュナーグ達に命じて後始末を密かにしていた。
 ただし、今までと違うのは、私が黒幕である事を僅かに証拠として残す事だった。
 私自身が何かを行う時も同様だ。
 今まで完璧に消していた「私が命を下した」という証拠を残すようになったのだ。
 勿論直接的に私に繋がる証拠ではない。
 言うならば残り香といった所か。
 詳細に調べれば私に疑惑の目が向く。
 その程度の証拠を残すようなった。
 私が望む終焉の舞台を整えるための前準備。

 少しずつ。
 少しずつ。
 
 慎重に、それでいて確実に私は自身の終焉の舞台を整えていった。




 そんな準備も粗方終わり、後は何か切欠を作る所まで来ていたある日、絶好の機会が私に転がり込んできた。
 王国からの短期間の遊学者を受け入れるという話だ。
 最初は国家間の面倒事に発展するために、実行は遊学者達が帰国した後にしようかと思っていた。
 けど、その話を共に聞いた時、愛しい妹であるアーリュルリス何故か、一人の名前に不思議な反応をした事で考えを変える事にした。
 とはいえ、その時はまだ計画を実行し巻き込む事にするかどうかは決めてはいなかったが。
 名前を聞いた時のアーリュルリスの反応を言葉にするならば驚き、覚悟、それと恐怖だろうか?
 怯えに近い恐怖など私以外には殆ど示した事は無いというのに、その事が少しだけ気になった。
 ラーズシュタイン家の令嬢。
 王国の宰相の娘で名前はキースダーリエ。
 噂ではとんだ我が儘娘だとか、生粋の悪女だとか、鼻で笑うようなものばかり。
 少し調べれば偽りだらけと分かるものだったが、あの時点では噂も知らないはずのアーリュルリスが一体彼女の何に反応したのか。
 本人達がやってくれば分かる事なんだろうが、少しだけ気にかかったのは事実だ。
 だけど私の邪魔をしないならば関係ない事でもあったので、様子を見る事に留めた。
 
 かの令嬢が来てから私はアーリュルリスを注意深く観察していた。
 その結果分かったのがアーリュルリスはかの令嬢が来てから普段では有り得ない言動が目立つ事だった。
 怯え、見極め、時折攻撃的になる。
 私に対してさえしなかった甘さが見えない言動にあの子の周囲は最初戸惑い、そしてその内あの子に烏合するようになった。
 そこで諫めない所が周囲が信奉者でありながらも忠臣とは言われない要因だというのに。
 あの子の甘さや愚かしい程の優しさを歪める存在は排除してきたが、その代償に妹の周りにはあの子を信奉する人間しか残らなくなっていたらしい。
 あの弟は何を考えているのか傍観している。
 アーリュルリスは普段では有り得ない言動をしている。
 弟は何の理由か傍観していて、かの令嬢を観察しているようだ。
 二人、特にアーリュルリスの言動の変化に私は眉を顰める。
 一体かの令嬢の何に、あの二人は其処まで反応しているのだろうか?
 
 一度くらい会って話をしてみるべきだろうか?

 そう考えなかったわけではない。
 けど、そんな考えは一度視線を交わした事で無くなった。
 かの令嬢と一度でも会い、会話を交わしてしまえば、私はきっと令嬢を徹底的に排除しようと動いたはずだ。
 私を見据えて来たあの眸は子供の目でもただの令嬢の目でも無かった。
 確固たる自分を持ち、守りべきものためならば全てを賭ける事を厭わない「強者」の眼差し。
 無暗に関わり、敵対してしまえば私の舞台をぶち壊しかねないと思わされる。
 一瞬だけだとは言え眸を交わしただけでも分かった。
 かの令嬢は危険な存在だと。
 だから私は一度も会わなかったのだ。
 幸いにもあの手の人間は本人に対しての危害含めた干渉には驚く程寛容だ。
 見た所かの令嬢にとって大切なのは兄と、辛うじて王子達。
 ならばそこに手を出さなければ良い。
 この頃には計画を実行する事は決定していた。
 これ以上時間をかけると周囲が妹に対して教育という形で傷をつけてしまうかもしれないと思ったからだ。
 あの愚かしい程の優しさと甘さ。
 皇族教育が本格化すればきっと、大人にはなるだろうが宝石に傷がついてしまう。
 だからもう時間が無かった。
 だから遊学に来てからのかの令嬢の情報を集め、巻き込む対象を間違えなければ私の計画は失敗する事はないと分かり、実行する事を決めた。
 幸いにも切欠となる事件を起こす相手は誰でも良い。
 態々、舞台が壊されるかもしれない危険を犯す必要は無い。
 だから、私の周囲にいる道化者達の攻撃の対象がかの令嬢に集中しているのは幸いだと思った。
 「女だから」「子供だから」と囀る姿は嘲笑ものだが、敢えて目標を逸らす必要もない。
 後はリュナーグに命ずるだけだった。
 リュナーグは私の意志の全てを汲み、そして命を受け笑って部屋を出ていった。
 その後ろ姿を見て私は思った。
 
 ああ、これで私の長年の夢が叶う、と。

 近いうちに事件は起こる。
 それは舞台の始まりの鐘の音だ。
 舞台は整い、終焉に向かって全ては動き出す。
 それを止める事は誰にも出来ない。
 ――そう、もはやそれが私自身だとしても。


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