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「飢え」を埋めて下さる唯一の方のためならば【リュナーグ】

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 四方は壁に囲まれて、日差しは遥か頭上にある格子窓から僅かに入るばかり。
 清潔感はまぁまぁって所。
 中には簡易なベットやら何やら。
 一応人が人として生活するには問題ない場所?
 などと説明しても結局一日中薄暗く、人の活力を奪うような場所でしかないんだけどなぁ。
 
「当たり前っていえば当たり前だけどな」

 なんせここは牢屋なんだからな。
 ここにぶち込まれてから早幾日。
 途中取り調べとして外に出る他一日中する事のない暇な空間。
 時折牢番が見に来るが、俺の顔を見て微妙な表情で去っていく。
 そりゃそうか。
 元々は俺だってお前等側だった訳だし。
 今現在の俺の位置付けとしては元騎士であり王国の賓客の命を狙った犯罪者、って所なんじゃねぇかな?
 別に俺はあの小娘の命なんてどうでも良かったから命を狙ったって所は違うけどなぁ……ま、それも取り調べでは言ってねぇけど。
 実際小娘に関しては死んだら面倒だから死ななくて良かったと思っていたくらいだって言ったら大層驚いてくれそうだよなぁ。

「(だからと言って死んでいたとしても問題も無かった訳だけど)」

 公衆の面前でのやらかした俺の言動は誰にも明らかで、俺はあっさりと捕まった。
 抵抗もしなかったわけだが、それからずっとこの牢の中って訳だ。
 こんな機会は二度とない上、長い期間でもない経験だ。
 せいぜい笑い話として堪能しようと思ってる。

「(まぁ別に牢屋から出れるなんざ思ってねぇけど)」

 俺がやった事は明確だし。
 大勢の前でやらかしたからこそ釈明の余地は無しって奴だ。
 言ってしまえば今は取り調べって形だが、その内処刑されるのも変えられない運命って奴?
 相手は帝国と対等の国力を誇る王国の公爵令嬢サマだ。
 翻って俺は皇女付きとは言え元々平民であり騎士だったからこそ貴族位を賜っていた領地もねぇ身。
 どう考えても俺を助ける事にメリットはない訳で、俺が助かる道はない。
 というよりも今頃俺の主様も罪に問われているかもしれない。

 今回の公爵令嬢様殺害未遂の黒幕として。

 俺は主を思い浮かべて笑う。……それは別に主が嫌いだったからじゃない。
 ただ見当違いの事を心配し右往左往している奴等全員を思い出して笑えて来ただけだ。
 そもそもあの人は別に俺にあの小娘の死を願ってはいなかった。
 路傍の石よりは価値があるとは思ってたが、あの小娘を標的にしたのは、それが一番最適だったに過ぎない。
 今頃、元同僚達は主があの小娘にどんな隔意があったのか動機を探す事にやっきになってる事だろう。
 だが事実を知っている俺にしてみれば「ご愁傷様」としか言いようがない。

「(名前すらあやしい相手にどんな隔意を抱けって云うのかねぇ)」

 動機なんぞ幾ら調べても一切でてきやしないだろう。
 なんせ俺……主は今回の事件の被害者が小娘が相手にである必要はなかったんだからな。
 
 俺が思い出して色んな奴を嗤っている様に今頃主も何処かの塔でこれから来る未来を思い微笑んでいらっしゃるのだろうか?
 
 ならば俺がこうして牢に居る意味もあるというもんだ。

 主であるアーレアリザ様と俺がお逢いしたのは俺が騎士として入った頃、まだ新人ですらない時分だった。

 幼い頃から俺は「何か」に飢えていた。
 平民とは言え、別に食う物には困っていなかった。
 だからその「飢え」は物理的なもんじゃないと理解していた。
 なら心が飢えているって事になるんだが「何に」飢えているかは一切分からず俺は育った。
 ただ体を動かす、ってか魔物を狩っている時とかにはその飢えが多少ましになっている事には早い時期から気づいていた。
 だからか、俺は体を動かす……ぶっちゃけ冒険者になる気だった。
 今の俺にとって魔物を狩る行為は「代償行為」でしかない事をしっちゃいるが、過去の俺にとっては冒険者になるのが唯一の飢えを満たす行為だと疑っていなかったのだから俺が冒険者を目指すのは当たり前の行為だったのだ。
 そんな俺が騎士となったのは気が向いたとしか言いようがない。……まぁ本能に導かれてって奴かもしれねぇけど。
 何となく冒険者ではなく騎士だとしても魔物の討伐は出来るだろうし、一度くらい試験を受けてみるか。
 周囲にいわせれば「とんでもない理由」で俺は騎士の試験を受けた。
 結果として受かったもんだから、試験を受けた理由を知っている奴等には散々嫌味やら何やらを言われた。
 有象無象の言葉なんざどうでもいいから、全く気にならなかったわけだけど。
 
「(今、考えれば、俺は冒険者となる事で飢えが満たされる事がないと無意識でも知っていたのかもしれない、と思う)」

 俺の飢えを満たす事の出来る存在はただ一人だったのだから。
 あの時アーレアリザ様が訓練場にいらっしゃった理由を俺は知らない。
 けど、出逢ったあの瞬間を俺は一生忘れない。
 今でも鮮やかな記憶として脳裏に刻まれている。
 あの方を見た時俺の本能は悟ったのだ。

 アーレアリザ様だけが俺の「飢え」を満たしてくれる方だと。

 アーレアリザ様の騎士であると俺が俺以外で唯一認識しているカトルツィヘルに言わせると俺は獣人の血を引いていて軽い先祖返りらしい。
 その本能が「飢え」となって出ていたとか説明していた。
 ただまぁ、んな事言われても俺は別に耳も尻尾もないし、鱗も無い。
 唯一身体能力が多少人より上かもしれないが、それを言えばカトルツィヘルなんざ魔力も高くも身体能力も高い。
 俺が獣人の先祖返りならアイツはなんだってんだって話だ。
 カトルツィヘルと真正面からぶつかれば負けるのは俺だし。
 俺の土俵である肉弾戦やら接近戦に持ち込んだとしても、アイツの身体能力、というよりも技巧? の前じゃ俺が勝つには殺す気でいってようやくって所だと思う。
 別にアイツと殺し合いをする理由なんてないから、勝敗は一生知る事は無いわけだけど。
 
「(アイツが何だろうと主の望みの邪魔にならないなら何の問題も無いしなぁ)」

 どうせお互いぶっ壊れてんだ。
 唯一がブレなければ問題は無い。
 アイツは俺がアーレアリザ様に近づくためにやった色んな事を聞いて呆れた顔をしていたが、俺だってアイツがアーレアリザ様と出逢った時の事を聞いて盛大に呆れたんだからお互い様だ。
 今でもその評価は変わらない。
 お互い大概壊れてんなとしか思えない。
 あー、まぁそれも仕方ないかもしれない。
 俺等が唯一と仰ぐアーレアリザ様がまず中々壊れていらっしゃる方なのだから。

 あの方は所謂神童と謳われていた方である。
 幼い頃から自分が皇族であり、皇族としての在り方を理解なさっていた。
 同時に自分が「普通」ではない事も理解なさっており、それを隠す術にも長けていらした。
 だからこそカトルツィヘルの弟とやらや妹殿下のようにあの方の本質を本能的に悟る方を好んでいらしたのも事実だ。
 ただし、その愛し方は決して真っ当とは言えないものだったが。
 あの方は人の負の側面をこよなく愛していらっしゃる。
 怒りや悲しみは勿論の事、絶望を浮かべる人の眸を何よりも好んでいらしているのではないかと思う。
 何時そんなご自分に気づいたかについては俺は計り知れないが、そんな事は詮索する必要もその気も無い。
 ただアーレアリザ様がそういった方なのだと知っていれば良いしな。
 そして俺はアーレアリザ様が満足できるように舞台を整えるため手足となり動く事が出来れば良い。
 それこそが俺とカトルツィヘルにのみ許された特権なのだ。 
 アーレアリザ様の地位に美貌に群がる虫共には決して与えられない御心の一部と特権。
 たとえアーレアリザ様が俺やカトルツィヘルすらも捨て駒として思っているならそれでも良いのだ。
 俺はたとえあの方が俺自身を捨て駒とおっしゃい、その通りの命令を下したとしても喜んで死にいく。
 カトルツィヘルもあの能面みたいな笑顔のまま俺に並ぶだろう。
 それこそが俺とカトルツィヘルがあの有象無象とは違う所と言える。
 
「(……だがアーレアリザ様は俺達を地の底へと旅路の共にと望んで下さった)」

 その御言葉は俺達にとって何よりの誉。
 あの常に笑顔の仮面をかぶってた奴が本当に微笑む程の歓喜の言葉。
 その御言葉を賜ったのは俺とアイツだけだ。
 それこそが俺達だけがアーレアリザ様にとって数少ない近しい相手であった事の証左だと思ってもいいだろう?

 今の俺は「その時」を心待ちにしている。
 出来れば先に逝き地の底でアーレアリザ様をお待ちしたい所だが、タイミングを外せばアーレアリザ様の最大の楽しみに水を差す事になってしまう。
 ならば俺が出来るのはあの方がその時を迎えた後に追いかけるしかない。

「(そういう意味ではカトルツィヘルが羨ましいんだよなぁ)」

 アイツは確実にあの方よりも先に逝き、アーレアリザ様を待つ事が出来るのだから。
 叶うなら俺もそうでありたかった。……高望みである事は分かってはいるんだけどな。
 此処まで来てしまえば、もう俺に出来るのはアーレアリザ様が悲願を達成し、カトルツィヘルとアーレアリザ様が逝った後、自らの首を掻っ切る事ぐらいだ。
 
「(それまでは面倒だが茶番に付き合ってるしかねぇんだよなぁ)」

 その時が来る日が直ぐだと分かっていても暇である事には違い無い。

 だからと言ってする事もないのが現状なんだけどなぁ。

 溜息をつき一日をどう潰そうかと考えた時、僅かな音が耳に入った。
 変わらない一日が来ると思っていたが、今日はどうやら違うらしい。
 地下の牢に近づいてくる足音の多さに俺は心の中で嘲笑を浮かべ、表では何時もの笑みを浮かべると予定外の来客を待つために体を起こすのだった。


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