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最悪な「騎士」との最初で最後の邂逅(2)
しおりを挟むもう夜更けともいえる時間だからか中庭は静まり返り人の気配は感じない。
貴族令嬢としてはあまり褒められた行動とは言えないのは事実だが好奇心が勝り出てきてしまったのだが、もう少し考えるべきだっただろうか?
「(いや、それでも引き返す気が微塵も沸かない所、このまま進むしか選択肢は無いんだけどね)」
自分で自分の考えに突っ込みを入れつつ噴水の前に立った私はまず噴水自体を覗き込んだ。
造りは帝都の中心で見た物に似ている。
ただこっちには中心部に渡る道は付いていないし、中央部に祠も存在しない。
像は……多分、水神の像だと思う。
人を象った像の掌から水が注がれている。
帝国に来て散々この手の建造物を見たけど、どれもこれも水を排出機構が見当たらない。
循環しているって事なのかもしれないけど、その割には水が澄んでいるのだ。
「(うーん。魔道具……何だよね、きっと)」
帝国の機密事項とかではないならどうやって作っているのか気になる所だ。
錬成されたものかどうかは別の問題だけど。
「(魔法陣だけでも調べられないかなぁ)」
皇女サマに警戒されていた私は図書室などにはいかなかった。
機密事項を探っていると疑われたら困るからだ。
冤罪をでっちあげられたら堪らないから、調べたい事があっても結構我慢していたのだ。
「(そこらへん改善されないかなぁ。……まぁ無理なんだろうけど)」
幾ら皇女サマの態度が軟化したとしても、警戒された理由が分からない限り気を許す気も疑いを消す事も出来ない。
って事は結局帝国滞在中にはそういった場所には近づけないという事だ。
「(王国に帰ったら調べてみるしかないか。……帝国特有の魔法陣じゃありませんように)」
心の中でそんな事を願いつつ屈みこむと本命の場所を見つめる。
噴水の切れ目、というか円形の一部分。
何か意匠されている一部分に私達は違和感を感じたのである。
「……やっぱり。コレ、光ってるよね? 月明りが反射している訳じゃなく」
「だな」
その一部分……というよりもその『文字』が光っていたのだ。
更に言えば私にとってその『文字』は見覚えのある、ある意味で『懐かしいもの』に似ていると感じていた。
「しかもコレ……『ルーン文字』に見えるし」
「んぁ?」
「いや、私も詳しくは無いんだけどさ。これと……多分礼拝の間の扉にも『ルーン文字』が刻まれていたんだと思う。だからあの時違和感を感じたんじゃないかな?」
『わたし』は星を見る事は好きだったけど占星術は特に興味が無かった。
だから占星術に時折使われていたルーン文字も然程詳しくはない。
「(むしろ詳しいのは……)」
脳裏に浮かんだ人の姿を頭を振って掻き消そうとする。
だというのに次々と『あの子』の姿と一緒に『記憶』が蘇っていく。
占いが人並みに好きで、だと言うのに何故かその内の一つにあったルーン文字の方に強い興味を抱いていた。
そんな『あの子』から少しだけ教えてもらったルーン文字。
「(『興味ないのに話は聞いてくれるよね』とか言って色々話してたっけ)」
掻き消そうとしても此処にある『文字』が私の記憶から勝手に『あの子』の記憶を引きずり出していく。
私は目を閉じるともう一度しっかりと『前』の記憶を振り払う。
目を開けるとさっきから中途半端に光っている『ルーン文字』が変わらぬ姿で刻まれていた。
けど、今度は『記憶』が蘇る事は無かった。
「あの時は他の意匠に紛れ込んで見間違えだと思ったんだけど、流石にこの文字だけ光っているのを見れば分かる。意味まではちょっと直ぐには思い出せないけど」
「って事は何か? 過去帝国に『同類』がいたってことか? それともすっげー昔の帝国と『あの世界』の文字が同じだったってことか?」
「多分前者だろうね。帝国の過去の文献は見た事あるけど、その時はルーン文字では無かったし」
「ふーん。……この世界と『あの世界』に繋がりでもあるのかと思ったぜ。妙に転生者も転移者も多いみたいだしな」
「……確かにねぇ。それは私も考えた事が無いわけでもないけどね」
私達の他にも過去に【世界を渡った人】はいる。
その人数は大勢とは言えないけど、決して少ないとも言えない。
『地球』でこの世界が『ゲーム』とはいえ存在していたように。
この世界にそれなりの数の【渡り人】の伝承があるように。
『地球』と「この世界」は何か繋がりがあるのではないか?
そんな疑問は私も抱いている。
「とはいえ、それを確認する術はないんだけどねぇ」
「まーな。……んで? これが『ルーン文字』だとしてなんかあるのか?」
「さぁ?」
「おい」
クロイツから突っ込みが入るけど、正直思い出すには時間が欲しい。
共通24文字? とか呼ばれていた文字の意味などは結構繰り返し教えてもらったし思い出す事は出来ると思うけど、直ぐにとはいかない。
幾ら記憶が交じり合って「私」になったとはいえ、引き出しやすい記憶はやっぱり「私」の記憶なのだ。
『わたし』と【ワタクシ】の記憶は引き出すのには時間がかかる。
それを説明すれば覚えがあるのかクロイツも納得してくれた。
「あー。それもそうか。……ルーン文字ねぇ」
「意味合いはともかく、何で中途半端に光ってるんだろうね?」
「だよな」
文字の意味は横に置いておくとして、文字が中途半端に光っている事に酷い違和感を感じる。
何と言うか、文字の上部部分の少しだけが光っていないのだ。
そこまで光ってるなら全部光ってても良くない? と突っ込みをいれたくなる。
「なんてーか、バロメーター?」
クロイツの言葉に私はふと空を見上げる。
夜更けと言える時間、空は雲一つなく月が柔らかい光を放って其処に佇んている。
「月の満ち欠け、とか?」
「あー。……オレにはまんまるに見えんだけど?」
「私も見えるけど、案外満月じゃないのかも?」
はっきり視認出来る程欠けているようには見えない。
けどもし文字の光の満ち具合が月の満ち欠けに関係しているなら、この微妙さにも説明が付かなくもない。
「うーん。決めつけすぎるかなぁ?」
「まーファンタジーの世界だと考えれば有り得そうではあるんだよなー」
そう、それも加味して考えてしまうのだ。
ファンタジーの中で月の満ち欠けに関連している魔道具なんていかにも、である。
「王宮にある以上危険物ではないってのは分かるけど」
「礼拝の間? とやらにもあったみてーだしな」
「むしろ神聖なモノかもね? ただこの文字にそんな意味は無かった気がしないでもないけど」
これは本格的に文字の意味を思い出すべきだろうか?
そんな事を悩んでいると突然クロイツが振り向き私……より正確に言うと私の後ろに対して唸り声をあげた。
クロイツの反応に私は一瞬隙を突かれる。
そんな隙をつくように、後ろから聞き覚えのある声なのに、全く別人の声がかけられたのだ。
「王宮とは言え、このような時間に外に出るのは危険ですよ」
かけられた言葉は至極丁寧なものだった。
声だって何処か聞き覚えがあるモノで、その声の主を私は別に嫌ってはいない。
だと言うのに、かけられた声に私は全身に嫌なモノが駆け巡る。
咄嗟にクロイツを抱え込むと振り向くと同時に数歩その場から引く。
直ぐにでも臨戦態勢に入れるように……ありていに言えば、私はこの声の主を反射的に敵と認定したのだ。
私の突然の行動にクロイツから反論は無かった。
ただ私の腕から抜け出すと私の横でなお相手を威嚇している。
どうやら私の感じた何かをクロイツも感じたらしい。
臨戦態勢ともいえる私達の態度に相手から特に反応は無かった。
何処か穏やかさすら感じる様子で近寄ってくる。
そうやって月影から出て来たのは一人の男性だった。
服装から騎士なのは分かる。
青い髪に緑の眸の端正な顔立ちはさぞ女性にもてる事だろう。
けど何よりも私とクロイツははっきり見たその顔に驚きを隠せなかった。
「<ビルーケリッシュさん?>」
「<マジかよ>」
私達が警戒を露わにした相手は冒険者のビルーケリッシュさんにそっくりだったのだ。
先程声をかけられた時も聞き覚えがあると感じた以上声もそっくりなのだろう。
だが、それは更に私達を混乱に招く一因にしかならない。
「<は? あの優男冒険者って兄弟がいたのか? ってかこの国の出身な訳?>」
「<知らないわよ、そんな事。……確かにそっくりだけど>」
兄弟だと言われればあっさり納得出来そうな程似た男は私達の無礼ともいえる対応にも笑顔を崩さなかった。
こうして騎士サマはビルーケリッシュさんそっくりの笑顔を浮かべながらも私達の前に突如として現れたのだった。
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