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船上での一騒動
しおりを挟むどーでもいいことですが、グラベオンの街のトップの方は思ったよりも若かったです。
「(って私は誰に言っているんだろうね?)」
私は日常的に「平穏が欲しい」と思っている。
けど、よーく考えてみればそれが難しいのは分かる事だったのだ。
【神々の愛し子】や【神々の恵み子】と呼ばれる人間は確かに貴色を身に纏い、その恩恵を授かった神々の力を他の人よりもスムーズに使えるようになる。
こういうと自慢のようだが、光闇の愛し子ともなれば、使える魔法の数は桁違いに多い。
だが、恩恵だけだと増長する人間がでるという事なのか【神々の愛し子】には試練も課されると言われている。
つまり加護を授けられた時点で波瀾万丈な人生が約束されているというか、心穏やかな日々は諦めた方が良いと言うか。
「(うん、まぁ。それでも私は穏やかな日々が欲しいんだけどね)」
勿論実際神々にそう言われた訳じゃない。
ただ【愛し子】や【恵み子】は周囲を含めて良くも悪くも色々な事に巻き込まれやすいと言われているらしいのだ。
もしかしたら何処かには全く騒動に巻き込まれず平穏な一生を送った【愛し子】もいるかもしれない。
しかしながら山奥にある一軒家で住んでいる仙人でもあるまいし、人と付き合いがあれば騒動に巻き込まれない訳がない。
【愛し子】や【恵み子】と言うだけで妬まれたり、擦り寄ってきたり、大なり小なり騒動に巻き込まれるのは必然ともいえる。
高い魔力を持つ事を誇りとしている貴族なら猶更だ。
そういった地盤も【愛し子】や【恵み子】が騒動に巻き込まれて試練を課されていると言われる所以の一つじゃないかと私は思っている。
とまぁ自論を持ちつつも試練が課されると囁かれている【愛し子】が三人に【恵み子】が一人。
どう考えても騒動が起こらない訳がなかったという話である。
「<とは言え、今回に関しては天災というよりも人災な気がしてならないんだけどねぇ>」
目の前の出来事に遠い眼をしつつ内心呟く。
「<テーコクがわの対応のせいだからなー。どー考えても人災だろーな>」
「<ですよねー>」
クロイツも同意してくれた通り、今回は完全に神々の課した試練というよりも帝国側の対応による人災だと思う。
目の前には思わず遠い眼でそう言いたくなる光景が広がっていた。
案外若いグラベオンの街のトップと挨拶を交わした私達は街を碌に見る事無く、目的地に向かう事になった。
目的地というのが聖獣が住まう聖域とされる場所で船でしかいけないらしく、予定には時間まできっちりと決められていたらしい。
と、いう事で私達は何の説明も無く船に乗り込む羽目に。
これって私達四人の誰かが船酔いが酷い体質とかだったらどうするつもりだったんだろうか?
それとも私が船を嫌がって残る事を狙ってたとか?
「(流石にそれは穿ち過ぎか)」
幸いにも馬車にも酔わなかった私達は船酔いもせずにすみ、普通に初めての乗船や海を楽しむ事が出来た。
ただお兄様や殿下達は海も初めてだから、もう少し感動する時間があっても良かったのでは? と思わなくも無いけど。
「(少なくとも私とクロイツは『前』で海も見てるだろうからいいんだけどさ)」
『前』みた海は此処まで綺麗じゃなかった気もするけどね。
グラベオンの街が面する海は聖域や聖獣が住まう海と言われるだけあって綺麗だった。
覗き込めば相当深くまで下が見えるに違いない。
流石に此処まで沖合に出てしまえば海底は見えないだろうけど。
と、聖域の場所は正確には知られていないが、此処の近くだろうと言われる場所に付いた時、事件は起こった。
と、云うよりも今までの帝国側の言動に対して遂に殿下達とお兄様の堪忍袋の緒が切れてしまったのだ。
「そなたらの言動がふゆかいだ」
最初にキシサマ達にそういったのはロアベーツィア様だった。
ロアベーツィア様は私にだけ態度が変わる皇女サマの対応に気づいていたし、不思議にも思っていた。
けれど、それが警戒である事には最初気づいていなかったし、気づいてからは私が大事にならない様にと頼み込んでいた。
「自分が火種になるのは嫌だ」と頼み込んで渋々だが納得して下さっていたのだ。
とは言え、それは相手が皇女という王族の地位にあったからというのもあるのだろうと思っている。
ロアベーツィア様もヴァイディーウス様も自身が王族であるという事を自覚なさっている。
地位というモノが王権を支えている柱の一つである事も知っていらっしゃる。
特に今回の元王妃の事件で更に深く考える事になっただろう。
だから他国とはいえ皇族が公爵家とは言え一貴族にしている事という事で、不愉快に思ってはいても頑張って飲み込んで下さっていたらしい。
相当苦労なさっていたらしいし、その分皇女サマの評価が下がっていたらしいが、そこら辺はロアベーツィア様に私の事で煩わせていた事にはすまない気持ちで一杯だが皇女サマに関しては自業自得であるから私のしったこっちゃないとしか思えない。
ともかく、皇女サマや皇子サマに関してはそれでどうにかなっていた。
けれど流石にキシサマ達の態度はそうはいかなかったのだ。
騎士サマ達の中に公爵家の御子息やらはいない。
つまり他国とはいえ、私が王族を害さない限り彼等が私を見下している事を表にだしてはいけないのだ。
「(心の中で罵詈雑言を思い浮かべていようとも表面上はニッコリ笑うか無表情でいないとね)」
貴族なんだろうし、そこら辺は徹底した方が良いと思う。……今更だけどね。
「そなたらは何をもってキースダーリエ嬢を見下す?」
「そうですね。私もそろそろいい加減してほしいとは思いますね。キースダーリエ嬢は我が国の筆頭貴族のご息女であり、今はこの国に賓客としてきています。そんな彼女を見下す理由があなたがたにあるとでも?」
ロアベーツィア様をヴァイディーウス様が援護射撃した。
お兄様もニッコリ微笑みつつ目が笑ってない。
明らかに怒ってますと誰でも分かる対応だ。
当然相手側の騎士サマ達にもお兄様の怒りは通じているし殿下達の言い分に対して言い訳を考えているのか無言になっている。
「<そして庇うつもりなのか何なのか困った顔で立っている皇女サマと皇子サマ。……うわぁお、完全に蚊帳の外だね、私>」
「<じゃあ参戦してくりゃいーじゃねーか>」
「<御免被る>」
此処で私が参入すれば騒動が更に酷くなって絶対収集がつかない。
それが分かっていて態々面倒に巻き込まれていく程私は慈愛精神に富んでないし。
「ですが、彼女の言動に殿下達もお困りだったのでしょう? そうお聞きしていました。そんな風に自国の王族を蔑ろにする者に対して尽くす礼を我が帝国は持ち合わせておりませぬ故」
「話になりませんね。いつ、私達が彼女の言動に不快感をしめしたのです? そのような事一度も口にした覚えもないし、彼女の言動に困ったなどと思ってもいませんでしたが?」
ヴァイディーウス様がニッコリ一刀両断しロアベーツィア様は不快感を全面に出しヴァイディーウス様に同意なさっているのかな? そんな感じだしお兄様は更に笑みを深めた。
正直言ってお兄様が何時爆発するか気が気でないのですが?
「今回とて我が国の姫殿下に対しての無礼な対応。むしろ此方が問題にしたい所を姫殿下の意向により穏便にすませているのですが?」
「それはおかしいですね。其方の皇女殿下のキースダーリエ様への度重なる無礼に対してキースダーリエ様は穏便にすませていますし、貴方方の言う無礼とは一体何の事を言っているのですか?」
うわぁ、マクシノーエさんまで参戦しちゃった。
これ、決着つかないんじゃない?
というか此処って一応聖域に近い場所とされているんだよね?
そんな所で言い合いしてていいの?
「<無礼ねー。どーせ、コージョサマの提案に喜ばないとかそこら辺じゃねーの?>」
「<ん? ……あー姫君が折角誘ってやっているのに、渋るなんて! って事?>」
「<おう>」
そう言われてもなぁ、流石にそうなると何様? と私でも思っちゃう言い分なんですが。
初対面から喧嘩売られて、その上毎回のように意味深に頬まれて企み事してますって感じで対応されれば警戒の一つもするだろうに。
それとも皇女サマ達の企み、意味深な顔が見えてなかったって事?
だとしたら相当盲目になってるとしか言えないんだけど。
「<ってかさ。そうだとしたら、本当に大した理由なしに私への対応って酷くなっていったんだね。騎士も人間とは言え、向いてないんじゃないの?>」
「<うわー辛辣>」
影の中でケラケラ笑っているクロイツに何となく「クロイツも地味にストレス感じていたんだね」と思った。
此処で私の言い過ぎを諫めないのはクロイツも同意しているか、私以上に怒っているかのどちらかだろうからね。
「理由は知りませんが皇女は最初からキースダーリエ嬢をめのかたきにしていましたよ。それこそ初対面の時からです。そのたいどは今まで続いています。はっきり言って帝国は王国を下に見ているのかとうたがってしまうほどには対応がひどいと私達は判断しています」
「今、外交問題まで発展していないのは当事者であるキースダーリエ様が穏便にとおっしゃているからです。だと言うのに更に此方に非を被せるとは一体帝国は何をお考えなのですか?」
ヴァイディーウス様とマクシノーエさんって組むと最凶コンビだね。
そして皇女サマ、そろそろ口挟まないと問題が収束しないと思いますよ?
「大体そちらの皇女は何故キースダーリエ様を敵視している? 面識はなかったはずだが?」
ロアベーツィア様の一言に全員の視線が皇女サマに集まる。
注目された皇女サマは困った顔で皇子サマと顔を見合わせると苦笑する。
何と言うか、やんちゃした子供を窘める大人のような笑みに私でさえ若干イラっと来るのですが。
「<実はただのアホなんじゃねーの?>」
クロイツの辛辣な言葉に思わず同意したくなる。
此処で全面的に困ったという顔をされると、まるで悪いのは私みたいだ。
ほら、案の定帝国のキシサマ達が勢いづくしお兄様が切れる一歩手前になってる。
「<あーお兄様。お願いだからキレないで下さい。相手は腐っても帝国の皇族なんですから!>」
「<腐っても。……オマエ相手を庇う気ゼロだよな>」
「<え? 庇う理由なくない?>」
私に彼女等を庇う理由は存在しませんけど?
「<いや、今までのオマエの言動的に外交問題なりそうだし止めるかと>」
「<あーそういう事か。いや火種になりたくないけど、此処まで来ると王国の威信の問題に発展しかねないし、そろそろ止める事も出来ないんだよね>」
だからまぁ、最悪帝国のキシサマ達に責任があるって形で皇女サマ達の言動は帝国側に貸しって話になるんじゃいかな、と思ってる。
「<後は、まぁ皇女サマ達が本当の意味で大人なら非公式の場で私に今までの言動を謝罪して終わりって感じ?>」
「<何ともすっきりしねー終わりになりそうだな>」
「<だよねぇ。けど此処まで来たらそうなる可能性が高いと思うんだよね>」
ただしこのまま皇女サマが微笑むだけで喋らなければだけど。
口を開いた場合、その内容いかんでは酷くもなるし収束もすると思うけど。
「(あんまり期待は出来ないだろうけど)」
年の割に賢いと思っていたんだけど、過剰評価だったのかねぇ。
小さくため息をつくと数歩下がる。
此処で巻き込まれたくはない。
けど話が聞こえない場所まで下がるのは危険だ。
せめてお兄様がキレたら宥めないといけないし。
殿下達は国を背負っていらっしゃるし相手が皇族でも対等だからいいけどお兄様は一貴族の子息でしかない。
この場合帝国側はお兄様の言動を盾に有利な条件を引き出しかねない。
お兄様も普段は分かっているから言動には気を付けているけど、今はキレル寸前みたいだし。……いやまぁ其処まで家族として愛してくれている事はとっても嬉しいんだけどね。
それにお兄様を理由にした途端、私も口数少ない令嬢の猫を剥がして言い負かしそうだし。
いまさら猫被りを指摘されるのも具合が悪い。
ってな訳で数歩引いたんだけど。
その間に皇女サマが何かを言ったらしい。
帝国側は活気付き、そんな帝国側を殿下達は冷めた目で見ている。
あまりの変容に内心首を傾げる。
「<うわぁ。一瞬の間に状況変わってるし>」
「あー。キシサマ達がオマエの事をオニーサマのおまけの分際で、って言っちまって一瞬ヒートアップ。流石にマズイと思ったのかコウジョサマも口を挟んだんだが、その内容のせいで今の状態だな>」
「<なんて言ったの?>」
「<リーノの自称婚約者とその取り巻きが広めた噂があったから警戒していた、みたいな事だな>」
「<え? あれって他国まで広まってたの?!>」
流石に国内で収まっていると思っていたんだけど。
帝国の諜報活動侮りがたし……と言いたい所なんだけど、それにしては結末までは知らないみたいだけど、どういう事?
「<その割には噂がほぼ事実無根だって言う話は知らなかったの?>」
「<ほぼ、ってかアイツの言っていた事は全部嘘だったろーが。その後変質したモンは相当荒唐無稽だったらしいし?>」
「<あー。うん。今じゃ王宮雀が嘘と分かったままネタとして話題にする程度かな? 鵜呑みしている人間がいたら鼻で笑われて社交界じゃ真実を見極める目を持たない愚か者扱いされるんじゃないかと思う>」
あの元隊長さんみたいにね?
元々の噂に関しては首謀者の家が没落寸前までいき、取り巻きの家も何かしらの罰が与えられた。
そんな事が分かればラーズシュタイン家があの噂を不快に思っていたと悟るには充分だし、多少時間はかかったけど噂は払拭された。
ただし結構広まっていた事もあって、元々の話が変質して今では本人でさえ「それ、誰の事言っているんですか?」と突っ込みを入れたくなるレベルになっている。
サロンで日がな一日お喋りに興じているご婦人方も話が嘘と分かっていながら面白おかしく囀っているだけだったりする。
むしろ鵜呑みにしている人間が居たら、貴族として失格の烙印を押されかねない。
実際信じていたあの元隊長さん社交界で言っていたら、そんな風な扱いになっていたはずだ。
それ以上にとんでもない事をしでかしたから、社交界に出る事なんて今後ないだろうけどね。
「(この世界じゃ情報の取捨選択が出来ない存在は貴族としてはイマイチ扱いだからなぁ)」
ってな訳で私自身「我が儘令嬢」だの「変わり者」だのは言われても内心頷きつつニッコリ笑って不愉快ですと言うにとどめている。
それ以外の事を真正面から言う強者は今の所いないけど。
「<本当に初期の頃の噂しか知らなかったみてーだな。それが分かったからニーサンの方のオージサマが遠まわしに嫌味言ってたし>」
「<諜報能力に長けているのかいないのか判断困るなぁ>」
中途半端としか言いようがない。
けど、だからこそのあの温度差かぁ。
帝国に来てからそれなりに立つけど、それでも警戒する程酷い噂が吹き込まれてたのかねぇ。
「(……それとも、それが表向きの理由で実際の理由は他にあるのかな?)」
最初に感じた賢さを考えれば有り得ない話じゃないと思うけど。
なんてもめ事の中心の癖に違う事を考えているとそろそろ言い争いに飽きて来たのかクロイツが溜息をつきつつもどこか楽し気な声で別の話題を振って来た。
「<そーいやさぁ。オマエ気づいてるか?>」
「<何に?>」
本当に分からなかったので内心首を傾げて聞くとクロイツはクツクツと笑う。
「<今のオマエ。傍から見ると乙女ゲームのヒロインサマだぜ?>」
「<え?>」
――クロイツさん、今何と?
一瞬で今まで考えていた事が吹っ飛ぶ。
今の私は相当間抜けな顔をしているだろう。
見ている人がいなくて幸いだった。
そんな私に現実を突きつけるようにクロイツに更に口を開く。
「<だからよー。オマエの今のポジション。乙女ゲームのヒロインとやらじゃね? って言ってんだよ>」
何処までもカラカイ口調のクロイツに私は眩暈を感じつつ、ちょっとその場から離れる。
出来れば影からクロイツを引きずり出したいのだが、それは無理だろうか?
「(引きずり出してガクガク揺さぶって問い詰めたい)」
傍から見れば動物虐待だが、この世界には愛護団体も無いし罰する法律もない!
と、言っても出来るわけがないから思わず声が出ても気づかれないように離れたんだけどね。
「<それで? 一体どんな発想でそんな世迷言を言い出したのかな、クロイツ君?>」
「<おー混乱してんなー。いやな。よーく考えてみろよ>」
クロイツが尻尾を振ってチャシャ猫みたいに笑う姿が脳裏に浮かぶ。
「<オマエはオマエの思惑があって口数少ない令嬢でいるけど、傍から見ればろくに言い返す事無く耐える儚いれいじょーさまだろ?>」
確かに、キースダーリエの見た目なら儚げ令嬢をやる事は可能だろう。
実際は性格が私なわけだから無理だけど。
「<んで、相手は他国のコウゾクサマで周囲には聖女だとか何とか云っていきすぎに慕っている取り巻きがいる。しかも今回に関しちゃオマエには一切非が無い。なんせ初対面から相手はあんな態度だったんだからな>」
本来の悪役令嬢の取り巻きは令嬢様を慕うなんて理由で一緒にいるわけではないけどね。
それにしても悪役令嬢が聖女なんて斬新だねぇ。
「<んで。攻略対象とやらの顔のいい奴等がオマエさんを護って相手に抗議してる。極めつけでコウジョサマはこの場が逆転するような劇的な説明が出来ない! このまんまオージサマ達が言い負かしたらオマエ完全にヒロインじゃね?>」
「<…………>」
悪役令嬢を撃退する場面にいるのは大抵高い地位を持っている攻略対象達である。
お兄様は美形だけど家族としてだから別扱いだとしても殿下達や下手するとマクシノーエさんだって美形だし攻略対象に当てはまるかもしれない。
殿下達に守られている我慢強い令嬢? ――それなんてヒロインさん?
「<いや! ダメでしょう! ヒロインが公爵令嬢って、それ地位高すぎるから! 文句言えるのもイジメルことができるのも王族だけになっちゃうから! 大抵不敬罪の一言で終わっちゃうから!>」
ってかヒロインは平民や男爵と言った王族に嫁ぐには身分的な問題がある場合じゃないとダメだから。
だからこそ婚約者の家格が高位の令嬢サマが怒るわけでしょう!?
ヒロインの家格が低いからこそ攻略対象との甘く切ない恋模様になるわけでしょう?
ヒロインが最初から公爵令嬢だったらなんの障害も無く結婚できるから、乙女ゲームとして成立しないから!
「<大体私が健気? 有り得ない! 私が猫被ってるのは年相応な対応が取れないせいだから! しかもその方が面倒くさくないって理由だから! 一切健気要素ないから!>」
むしろ健気要素が裸足で逃げだす理由だから!
心からの叫びにもクロイツのからかい口調は変わらない。
むしろ余計楽しんでいるようだった。……本気で影から引きずり出していいですかねぇ?
「<知ってるのは王国の奴等だけだからな。帝国側にしてみりゃオマエは充分健気なんじゃねーの?>」
「<いや。火種になりたくないとは言ったよ? 言ったけどね。それはお父様が王国で色々やっているだろうから、これ以上面倒事を持ち込みたくないからだからね? 別にお父様が宰相じゃなかったら何も気にしてなかったからね?>」
「<そこまで言い切るのもどーよ。とは言え、そんな本性知らない奴がそとっつらだけ見りゃそーみえるってこった>」
そりゃ帝国に来てから目を付けられて散々だったけどね?
流石に乙女ゲームのヒロインは勘弁して欲しい。
と言うかよくある悪役令嬢断罪場面ってのは『友好度』とか『愛情度』とかそういったモノがMAXになっている攻略対象が悪役令嬢を次々と論破していく場面だよね?
この場にいるのはヴァイディーウス様とロアベーツィア様にお兄様、そして入るかどうかは微妙だけどマクシノーエさん。
それってヒロインはヒロインでも『脳内お花畑の逆ハーレムend』のヒロインって事になりませんかね?!
「<あれ? 『虹色の翼』に逆ハーエンドってあったっけ? いや、ってかあの脳内お花畑の地位に私がいるって事?!>」
「<おーい。リーノ? オマエ混乱し過ぎ。ってかなんだよ、その『虹色の翼』って? ……まぁ大体想像はつくけどよ>」
「<この世界に類似した世界観の乙女ゲームの略称です! それにこれが混乱せずにいられますか! あんな脳内お花畑エンドのヒロインの立場なんて絶対ゴメンなんですけど!>」
えーと無かったよね?
あの『ゲーム』には逆ハーエンドなんて。
妙な所でリアルだからこそ「婚約者」なんじゃなくて「婚約者候補」だったんだもんね?
あの設定だと一人に縛らないといけないはず。
完全に混乱状態の私にクロイツはようやく私が本気で困っている事に気づいたのだろう。
次にかけられた声は少しだけ労りを感じた……気がする。
「<まさか此処まで混乱するとは思わなかったわ。だいじょーぶだよ。少なくとも現時点でオマエ、別にオージサマ達に求婚されたわけでもなんでもねーじゃん。オレはただ今この一場面だけ切り取るとオマエがヒロインっぽいって言っただけだかんな?>」
「<……く~ろ~い~つ!?>」
本気で焦ったんだからね!
そして現時点も何も殿下達に求婚される未来はきませんから!
「<逆ハー女と同じとか勘弁してよ>」
「<おいおい。そのぎゃくはー? ってのはそんなにひどいモンなのか?>」
「<酷いっていうか……意味が分からない?>」
彼方此方にいい顔して好感度を上げながら最後には「皆良いお友達なの! だから選べない!」とか言っちゃうヒロインとかどうよ?
百歩以上譲って誰に対しても恋愛感情を抱いていなくて皆友達宣言するのは良い。
けど、その口で「ずっと私の傍にいてね」とか相手をキープしているようにか思えないのは私の心が汚れているからなのだろうか?
一応有望と言える若者を侍らせて自分だけの楽園を造ろうとしているとしか思えない。
乙女ゲームをやっている一部の人にとっては夢みたいなルートなんだろうけど、作り物ではない現実の世界でやられたら問題しか残らないと思う。
「<下手すれば国滅びそうだし。良くても攻略対象が軒並み廃嫡される気がする>」
「<そりゃ大変だ。王国でそれやったら次期オーサマがいなくなるな。最終的には国がほろぶんじゃね?>」
「<それこそヒロインは稀代の悪女として名が残るんじゃない? ……その地位に今いるのは私だけど>」
「<あーうん。悪かった。オマエがそこまで混乱するとは思わなかった。変な事言って悪かったな>」
「<……いや。良いんだけどね。私も過剰反応したし>」
クロイツも別にそこまで意味があっていったんじゃないっていうのは分かってる。
分かってるんだけどねぇ。
どうもなぁ、脳内お花畑系の女子とはお近づきになりたくないんだよねぇ。――『あの子』がああなった要因の一つなんだから。
脳裏に浮かんだ笑顔に軽く頭を振ると私は後ろの喧騒を無視して海に目を向けた。
後ろの喧騒の当事者なのは分かってるけど、今更渦中に飛び込みたくない。
ちょっと混乱も収まって無いし。……言い訳なんだけどさ。
ちょっとした逃避もかねて海を見ていると私は海の一部がおかしい事に気づいてしまった。
騒動の予感がしつつも【精霊眼】を発動させるとおかしな部分を凝視する。
「<……やっぱりおかしい>」
「<どこがだ? オレには障害物一つねー海にしかみえねーけど?>」
「<一部分だけ妙に精霊が舞飛んでるのよ。いくら海には水の精霊がいるとはいえ、一部分に集まり過ぎ>」
あと、クロイツには言えないけど、城の礼拝の間で視えた「何かの力」もその部分に感じる。
流石に明確な線が引いてある程はっきりとした輪郭は見えないけど、円形っぽく「力」を感じる。
「(大きさは建物が一つ建てられるくらいかな? そう考えると結構広いな)」
嫌な予感が強くなる。
グラベオンの街は聖獣様が住まう聖域に近しい海辺に築かれた街だ。
聖域の正確な場所は分かっていないとされているけど、今私達は近いと言われている場所に船を止めているはずだ。
聖域と推測される場所近くに止められた船と「何かの力」を感じる場所。
これを結び付けずにいられる人間がいるだろうか?
「(まさかねぇ? 仮に皇族が聖域の場所を知っていたとしても他国の人間を連れてくる? しかも警戒していた私を?)」
「キースダーリエ様」
件の場所を見つめて考え込んでいた私はかけられた声に驚き慌てて振り向いた。
そこには帝国のキシサマの中でも義務感だけで皇女サマについている側の一人が立っていた。
とは言え、私は私に突っかかってくるキシサマ達よりも目の前の男の方がお近づきになりたくないのだが。
赤茶の髪に琥珀色の眸はこの世界ではありふれたモノだろう。
顔立ちも愛嬌のあるモノでどちらかと言えば可愛いと称される類の男性かもしれない。
皇女サマも含めて全員に対して無関心を貫くグループに属しながらこの男性だけは笑って私達に対応してくれる。
「(けど……この男の目は何時だって冷めている)」
愛想笑いでももう少し感情が載ると言うのに、それすらない。
言うならば虚無。
目が笑ってないを通りこした状態に私は怖気すら感じるのだ。
「<よりにもよってコイツかよ>」
私が思っている事はクロイツも感じていたらしく、クロイツもこのキシサマを嫌っている。
「<喧騒を離れた護衛対象を追いかけるのは騎士の職務としては間違ってないけど……来たのがこの人となると裏があると疑いたくなる>」
「<オレもだよ>」
そしてこの男性を見ていると誰かが脳裏を掠めるのだ。
『前』の世界じゃなく、この世界で誰かがこの男性に似ていると私は感じているらしい。
けどそれが誰か分からない。
警戒している事に気づいているだろうにこのキシサマは何時ものように微笑みかけて話しかけて来た。
「海をみていらっしゃったようですが、どうか致しましたか?」
「いえ。海は初めてでしたので。……ここまでとうめいだとおさかなさんも見えるかもしれませんわね」
取り敢えず聖域の事は言わず当たり障りのない事を返すと男性は更に笑みを深めた。……だがその笑みは今まで一番警戒心が掻き立てられるモノだった。
「では……――」
その時男性の琥珀色に何かの感情が宿った。
その瞬間私は男性が誰に似ているかを理解した。
「(ああ。彼はルビーンとザフィーアに似ている)」
同時に私は自分の身体が急に重力を失うように浮いた錯覚に襲われた。
段々キシサマが離れていく中、此方を見る琥珀色に私は納得と自分への油断の気持ちに内心舌打ちをした。
あの狂気すら孕む「誰か」に命すらかける事の出来る狂気の色。
あれを私は知っていたのに、今の今まで気づく事もできなかったなんて!
「<リーノ!>」
「キースダーリエ様!?」
キシサマによって体が宙に投げ出されたせいかクロイツと皇女サマの悲鳴が遠くなっていく。
だと言うのに目の前のキシサマの声だけはやけにリアルに聞こえた気がした。
「――……直接ご覧になって下さいませ」
狂気を孕む琥珀色の男性がそう言った言葉を最後に背中から全身にかかる衝撃により私の意識はブラックアウトした。
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