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厄介事を感じさせる帝国滞在初日(2)
しおりを挟む帝国の謁見の間に入った私は目も覚めるような青色の光の洪水に襲われた。
「(一瞬謁見の間にも滝があるの!? とか思ったけど)」
流石にそこまででは無かったらしい。
帝国の謁見の間は城の外観や廊下に飾られた調度品、そして柱の意匠に負けず劣らず絢爛豪華な造りだった。
特に目が行くのは最初に滝を反射した光と勘違いしてしまった玉座の後ろの天井に飾られた色付きガラス……青色のステンドグラスだった。
天より注がれた陽の光が青色に煌き玉座を照らす。
まるで水に祝福されたような造りは帝国が水の女神を信仰している証のような気がした。
「<オレは帝国の事は一切しらねーけど、此処まで露骨に水の神様だけ贔屓していいもんなのか?>」
「<帝国の憲法には「他の宗教を害する事なかれ」という条文があるから大丈夫なんじゃないかな?>」
王国は闇と光の創造神を信仰しているが、他の神々を信仰する信者たちを蔑ろにする事は無く、教会の建設に関しても特に規制はない。
一皮むけば宗教戦争なんてのもありそうだけど、そこらへんは突っ込んじゃいけない所だ。
「<多分王国と一緒で帝国も他の宗派に対して規制とかしてないし、問題ないんじゃない?>」
水の神を国全体で信仰しているのは海が近いからか、別の理由なのかまでは知らないけど。
ただその信仰が表面上だけじゃないのは帝国に入ってから見掛ける【水の精霊】の数の多さで明らかだった。
精霊は微弱な意志しか持たない。
だからこそ単純だ。
本気で信仰していない場所に精霊が舞飛ぶ事は無い。
だから謁見の間を自由に舞飛ぶ濃淡様々な青色はそれだけ帝国は本当に水の神を信仰している事の証左だった。
「<ふーん。まーこの世界じゃ宗教戦争がなさそうでなにより?>」
最後が疑問形なのはきっと裏では何が起こっているか分かったもんじゃないからだろう。
ついでに言えば王国の貴族の中では一時期【闇の女神】に対しての忌避感や嫌悪感が広がるという異例の事態が起こった訳だし。
異例とは言え全く起こらない出来事ではないので、帝国もそういった事が起こる可能性はあると思う。
「<裏や国の深部で何が起こっていたとしても、私達がそういった事に巻き込まれる事はないからいいんじゃないかな?>」
一時的に滞在しているだけの私達に知られるような状況になるならば、タイミングが物凄く悪かったってだけの話だ。
私達は何事も無く過ごして、遊学の名目通り知識と見聞を広げて王国に帰るだけだ。
それ以外の面倒事には巻き込まれなくはない。
私はそんな事を考えながら殿下達とお兄様に続き皇帝の前まで歩いていく。
ちなみに大した距離じゃないのに、こんな風にクロイツと会話している余裕があったのは、殿下達も謁見の間の豪華さとステンドグラスに魅入られて足を止めていたからだ。
少しの時間の放心状態の後その事を恥じるように少しばかりバツが悪そうな顔で歩き出したけど、皇帝含めて帝国の人間は誰一人その事に悪感情を見せていなかった。
むしろ少し誇らしげだった所を見ると、他国の人間が謁見の前に入る時のお約束って奴なのかもしれない。
「(流石芸術と音楽を貴ぶ国って所かな?)」
私達は改めて皇帝陛下の前まで歩いていくと頭を垂れる。
他国だけど相手は皇帝。
こっちは殿下がお二人いらっしゃるけど、まだ王太子というわけでもない。
受け入れてもらう側という事もあってこっちが頭を下げる側だ。
ただし最敬礼という訳でもない。
流石に他国の皇帝に忠誠を誓うわけじゃないからね。
殿下達がそれをすると「貴方の国の属国になります」って扱いになっちゃうし。
私とお兄様の場合関係無いから、膝をつき頭を垂れた方がいいのかな? と思わなくも無いけど、どうやらそこまでしなくていいらしい。
ここら辺の匙加減を見極めるのは流石にまだ難しい。
何時かは出来るようにならないといけない事なんだけど。
「ようこそ、アレサンクトリード帝国へ。余が皇帝のヴィンデリヒタァト=カイーザ=アレクサンドリートだ。公式の場ではない故、顔を上げてもらってかまわぬ」
渋い耳触りの良い声が謁見の間に響き渡る。
私達は皇帝の許可を得て順に顔を上げていく。
玉座には50代ぐらいの男性がその場に負けぬ華美だが上品な装いで座っていた。
隣に座っているのは王妃だろう。
此方も年は皇帝陛下と同じくらいかな? と言った感じだが華美さを残しながらも年相応な装いは年齢をあまり感じさせなかった。
他にも王族なのか筆頭貴族なのか数人の大人と、私達と同じぐらいの子供が二人立っていた。
「<あら、渋くて素敵なお声だこと>」
「<あー? オマエ、声フェチだったのか?>」
「<別に? ただ良い声なのは事実でしょ?>」
「<声だけならコクオウヘーカもじゃねーの?>」
まぁ確かに、国王陛下も通る良いお声の御方だと思う。
というかお兄様や殿下達だって今は子供だからなんだけど、声変わりしたら『ゲーム』で聞いた通りの良い声になると思うんだよね。
……声だけを追求していたら本当に声フェチっぽいからやめよう。
それに正直言って殆ど『ゲーム』の時の声なんて覚えていないし。
「<ってかよー。国の特色? を考えたらコクオウヘーカとコウテイヘーカ逆じゃね?>」
「<クロイツ……それ多分言っちゃダメだと思うよ?>」
確かに思ったけど。
若く破天荒なイメージが強く、豪放磊落な国王陛下と装いはともかく、経験を感じさせる落ち着いた貫禄と厳格さを感じさせる皇帝陛下。
国の印象からすると逆の方がしっくりくるとは私もちらっと思った。
けど実際問題、国王陛下が若すぎるのだ。
先帝陛下は確か皇帝陛下よりも歳上だけど、然程離れている訳でも無かったはずだ。
つまり年齢だけを考えれば、まだ王国は先帝陛下の治世だったとしても可笑しくはないはずなのだ。
「<そういや、妙にわけーと思ったけどなんかあったからなのか?>」
「<さぁ? 先帝陛下なら皇太后妃と一緒に王国の直轄地にいらっしゃるはずだけど。勿論ご健在で。だから死去による代替わりではないって事は分かるんだけどさ?>」
先帝陛下から今の国王陛下への代替わりについて、詳しくは国民にも知らされていない。
まぁ私は一応貴族だし? 調べる事は可能かもしれないし、お父様は絶対知ってるだろうけど。
「<そう言えばお父様も宰相としては若い気がする。……あれ? 御爺様や御婆様って会った事あったっけ?>」
「<おいおい、マジかよ>」
「<先代の宰相がラーズシュタイン家の人間じゃなかった可能性は勿論あるけど、もしかしてお父様は死去による代替わりなのかも?>」
ちなみに、こんなどうでも良い事を私とクロイツが【念話】で話している間にも殿下達や近衛の騎士サマと皇帝陛下のお話は進んでいたりする。
いや、話を振られれば応える事が出来る程度には話も聞いてるよ?
今は殿下が歓迎パーティーを「遊学中の身ですのでおおげさな歓待でそちらにご負担をかけるわけにはいきませんので」って言って断ってるのが聞こえて来てるし。
「(パーティーとかどっちかと言えば苦手だし、猫被ってる状態でのパーティーは更に面倒だから断ってもらって良かった)」
多分最後の日のパーティーは免れないだろうけど。
と、云った感じで聞こえているけど出しゃばらず口数少ない令嬢の猫を被っている以上無駄に口を挟む事は出来ないし。
と言うよりも皇帝陛下と殿下方の会話に入り込むって不敬だから絶対しちゃいけない事だしね。
だから後ろで静かに立っているだけですよ?
その間にクロイツと【念話】で話しているだけで。
と、いう言い訳を内心でしながらも改めて疑問に感じた御爺様や御婆様の事を考えてみる。
軽く記憶を浚ってみるけど、やっぱり会った事ないなぁ。
しかも父方も母方もだし。
「<んー。考えてみればお父様の方だけじゃなくてお母様の方も会った事ないなぁ。そもそもご健在なのかな?>」
「<それでいいのかよ。……オマエ。本当に血筋だけで身内認定しねーんだな>」
「<え? 今更?>」
どうして私は会った事もない人達を懐に入れないといけないのかな?
そういう意味では親族の人達なんか敵認定している人の方が多いかもよ?
クロイツならそんな私の事をよーく知っていると思ってたけど?
「<いや、改めて認識したってだけだ>」
「<ふーん>」
別にクロイツがそれで納得できるならそれでいいけどさ。
と、他者に聞こえない事を良い事に自由にクロイツと話しているとふと自分を誰かが見ている事に気づいた。
【念話】って多少魔力が漏れる事もあるみたいだし、流石に真面目に聞いてないのがバレたかな? と、不自然にならないように周囲に視線を巡らせると立っている子供が二人、何故か私を伺っている事が分かった。
「<と、云うよりも観察されてる?>」
「<んぁ? ……あー帝国側のガキどもの事か? あそこにいるって事は王族かなんかか?>」
「<多分ね>」
一人は女の子で私と同じくらいかな?
青色の髪に水色の眸……つまり【水の恵み子】だ。
顔立ちは可愛いよりも綺麗系?
そのまま育てばクールビューティーの名を欲しいままにしそうだ。
もう一人は男の子でお兄様と同じくらいかな?
金髪碧眼で整っていているけど優しい顔立ちの方だ。
此方の方も育てば典型的な王子様になりそうな将来有望と言われそうな子供だ。
二人も皇帝の話を聞いているようだけど、視線がどーも私の方を見ている気がする。
しかも何と言えばいいかな?
あー……一番近いのは「探られている?」って感じの視線な気がするのだ。
この距離だし、ちょっと自信はないけど、どうも私に思う所がありそうな?
初対面だし探られる理由も無いと思うんだけどね?
「<しいて言えば、私の存在が場違いだから探られてるのかな?>」
「<そーは言うが、それ言ったら継承権持ってる奴が二人揃って他国に遊学って時点でオカシイだろーに>」
「<まぁねぇ。本当なら数年単位だと思うし。まずヴァイディーウス様とお兄様がまず遊学して、数年後ロアベーツィア様と私、とかが普通だと思うんだけどね>」
「私」の部分には他の人を当てはめてもいいんだけどさ。
というよりも私よりもロアベーツィア様の側近候補の男の子が一緒に遊学する事になる方が当たり前と当たり前なんじゃないかな?
正直言って今回の遊学は本当に名目でしかないのだ。
四人を自国から出すそれらしい理由が無いから無理矢理「遊学」という言葉を当てはめて送り出したってのが事実だろうから。
だからまぁ帝国側も王国で何かが起こっている事は察してはいると思う。
詳しい内容はぼちぼち入ってくるだろうけど、今の時点では私達四人は自国に居るよりも他国にいる方が良いと国王陛下が判断したって所ぐらいまでは分かってると思う。
知らない振りをして受け入れた事を借りとしているのか、それとも厄介事に巻き込まれないように理由を知る事を拒否したのかは分からないけどね。
「<確かに場違いなのは重々承知だけど今回に関しては言えば面子からしておかしいわけだから、私だけ探られるいわれはないと思うんだけどね?>」
「<オマエが一番反応に出やすそうだと思われてんじゃね?>」
「<うーん。……それもなんか違うような?>」
「探られている」が一番近いとは思ったけど、なんて言うか警戒心? みたいのも僅かに感じるんだよね。
探られているだけならクロイツの言った通り一番落としやすい人物として私を見ている可能性は充分にある。
けど警戒心って事になると初対面にそこまで警戒されるいわれはないんだけどなぁ、と思わなくもない。
「(別にキースダーリエって悪女面してないと思うんだけどなぁ。ってこの年で顔に悪女って雰囲気がにじみ出ていたら嫌だけど)」
そんな感じで微妙な気分になりながらクロイツと【念話】をしていると皇帝が子供を二人を自分の子と紹介し傍に来るように呼んだ。
「<と、言う事は……>」
「<そーいうことなんだろーな>」
内心で聊かゲンナリしながら待っていると男女の子供は皇帝の横に立つとニッコリとほほ笑んだ。
「第四皇子のエッシェルトール=カイーザ=アレサンクドリートと第三皇女のアーリュルリス=カイーザ=アレサンクドリートだ。其方等の案内役や説明役として共に行動してもらう」
「初めまして帝国の第四皇子エッシェルトール=カイーザ=アレサンクドリートと言います。主に案内役としてつくことになると思いますがよろしくお願いします」
金髪碧眼の男の子が微笑み会釈をした。
うーん腹黒って感じはしないかなぁ?
それよりも女の子の方が完全に私をロックオンしているようで怖いのですが。
「ワタクシは第三皇女のアーリュルリス=カイーザ=アレサンクドリートと言いますの。同世代の方とはあまり付き合いがないので楽しみにしていましたわ。ぜひよろしくねがいいたしますわね?」
「<よろしくって、あんまり目が笑ってないのですが!?>」
「<初っ端から随分かっとばしてくるな、このコウジョサマ>」
クロイツの感心した声に突っ込みを入れたい気持ちをぐっと抑え込んで私は軽く会釈をし微笑む。
「こうえいなおことばにございます。こちらこそよろしくお願いいたします」
こうして私の帝国滞在は平穏とはいかない予感を感じながらも始まりを告げたのである。
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