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全く休めない国境門での一時
しおりを挟む決して平穏とは言えない道中を乗り越えて国境門近くの砦についた私達は交代要員である近衛別部隊の方々と合流し、道中であった事を説明する事になった。
はっきり言って穏やかではない結果に帝国側で付き添ってくれる予定の近衛騎士の隊長さんは少しばかり目を見開いた後、ふかーく溜息をついていた。
「(気持ちは分かるけどねぇ)」
今回の騒動は仮にも近衛隊の隊長とまでなった男の暴走により引き起こされた。
結果として私とお兄様はともかく殿下達まで近衛というモノに対して不審感を抱いたらどうしてくれるというのか、という話である。
近衛とは別に現王陛下にだけ仕えているわけではない。
殿下方の何方が次代の王となるかは分からないけど、即位した後近衛を信頼できないなんて事になったら目も当てられない。
ちなみに証拠なんだけど、誰もかれもがあの男に洗脳されているような中、即自分のやり過ぎに気づいた騎士サマ二人の内の一人。
話を聞くとどうやら別隊の騎士サマだったみたいだけど、その二人の内の一人、眼鏡をかけた方の騎士サマが録音機能を持った魔道具を持っていたらしく、あの男の罵詈雑言は全て録音済みだったらしいのだ。
流石に録画機能は無かったので、私を襲った時の出来事に関しては証言だよりだけど、そっちも問題はないはずだ。
「(殿下達が証言してくれるし、最低でも眼鏡の騎士サマともう一人の騎士サマぐらいは証言をしてくれるだろうしね)」
それにしても、多少遅いとは思うけど気づいた騎士サマが二人とも別隊の人間とは。
つまりあの男の部下は全滅という事である。
凄まじきは男の思想洗脳能力とでもいうべきかもしれない。
「<あの男洗脳のスキルとか魔法でも使えたのかねぇ>」
「<そんなモンあるのか?>」
「<さぁ? けど部下のほぼ全員の思想があの男と同じに染まっているって相当じゃない?>」
言うならば陛下至上主義で国に対しての忠誠心は二の次。
そんな状態で国民に対しては? と言っても御察しの通りという奴である。
あの男が一体どういう経緯で陛下に心酔するに至ったかは知らないけど、部下までその思想に染め上げるなんてスキルとか魔法とかを疑いたくなる。
思想統一なんてそう簡単に出来る事ではないのだから。
「<あー確かになぁ。確かにそういったモンを疑いたくなるレベルで思想が汚染されてもんなー。これでもしスキルとか魔法じゃないなら『日本』にいたらさぞ有能な宗教団体の教祖サマになっただろーな>」
「<その場合『日本』に限らずだけどねぇ。……自分一人で喚いてるだけなら同担拒否の過激派ファンで済んだんだけどさぁ>」
国王陛下をアイドルの位置につけてあの男はそのファン。
過激派で他は絶対認めないタイプの、認めても自分が一番である事は絶対に譲らないし、他の人間が言い出したら何とか排除しようとする感じの。
一番厄介で面倒なタイプのファンだったんだなぁと考える事は出来なくもない。
ただし、同担拒否の場合周囲の人間を染め上げるなんて事しないだろうけどね。
だからまぁ同担拒否というよりも、自分がそのアイドルにとって一番だと豪語する痛い奴タイプのファンって事になるかな?
他の真っ当なファンにとってスゴイ厄介で面倒で鼻つまみ者になる感じの奴。
どっちしろ面倒な事には変わりないけど。
けどそんな私の例えがツボにはまったのかクロイツの笑っている気配がビシバシ伝わってきた。
「<リーノ辞めろや! あのおっさんが会場でうちわ振ってるの想像しちまったじゃねーか。気持ちわりぃ>」
「<え?! せめて法被きてハチマキじゃないの? いや、そんな事してる人みた事ないけどさ>」
「<どっちにしろ気持ちわりぃよ!>」
「<えー。けどあの熱狂具合が何となくそんな感じしない?>」
過激派って言われる人は本当に過激みたいだし。
いやまぁあれは匿名のネット内だからこその過激発言かもしれないけど。
「<どっちしろ部下を洗脳じみた形で思想を汚染した時点で『地球』ではそうそう出来ないし、別物だから。変な想像はやめておこう>」
「<いいだしたのはオマエだっての!>」
「<あ、はは。ごめんごめん>」
クロイツに謝りつつ、私はまぁ真っ当かな? と思っていた騎士サマ二人をみやる。
眼鏡をかけた騎士サマは何処か飄々としていて食わせ者っぽい。
もう一人はなんとあの庭園の入口を警備していた騎士サマ、というよりも今回の道中において唯一顔を知っていた騎士サマだった。
生真面目そうな雰囲気だけど、話しかけてくる騎士サマのお相手をしている所、見た目程お堅くないのかもしれない。
「(……ああやってみる限り死の影は払拭したように見えるけど)」
タンネルブルクさんが私に気を使い設けてくれた場に於いて、かの騎士サマは今にも死にそうな程憔悴し死の影を纏っていた。
ある意味あの男よりも死に近い姿に私が感じたのは「怒り」だ。
私は自ら死を望む人間が嫌いだ。
最後まで足掻いて足掻いて、どれだけ無様だろうと足掻ききる。
死を身近に感じるのはその後でも充分だろう、そう思っている。
だというのにあの騎士サマはまだ足掻いてもいないのにあっさりと死の影に身を委ねようとした。
それは私にとって気に障る行為でしかない。
御蔭で声を荒げたキシサマに対して本人じゃないのにかける言葉が多少きつくなった気がする。
「(いや、それは流石に責任を押し付けすぎか)」
あの時、言った事は全部本心だ。
私は最初から最後まで私の言葉で本音しか話さなかった。
だからまぁ、怒りを感じていたとはいえ私如きの言葉で死の影を取り払う事なんて出来ると思っていたわけじゃないし、キシサマたちにたいして何かしら偉そうに説教したいわけでもない。
ただ、私は私の思うままに動きお話をしただけだ。
「(だからまぁ全部私の我が儘なんだよね、結局)」
あれ以降キシサマたちが私を遠巻きしているのには気づいているし、目に恐怖が宿っているのも知っている。
けど「だから何?」としか思わない。
今後私の人生に大きく関わる予定の無い有象無象の人達の心情まで慮る必要なんてないし。
人でなしの私にそこまで求めないで欲しい、って所が本当の所だ。
そんな自分勝手で言いたい放題だった自覚はあるので、あんな言葉で死の影を払拭した騎士サマにはちょっとばかし驚いていたりする。
「(一時的に潜んだだけ、なんだと思うけどね)」
此処で関係が途切れてしまえば、後は私には関係のない話だ。
彼が今後どんな行動をとろうと、その末路がどうなると私は関与する気も無いし、そこまでの関係を築くつもりもない。
ただまぁ眼鏡の騎士サマぐらい肩の力を抜けば生きやすいだろうに、と思うだけだ。
「(ま。これも余計なお世話だよね)」
そう結論付けた所で殿下達に呼ばれた私は騎士サマ達から背を向けた。
次の瞬間には騎士サマ達の事は頭の片隅に追いやられ、そのまま忘れる運命を辿るはずだったのだ。
だからまぁ、この時そんな風に結論付けたのに、彼と、しかも仲間が増殖した状態で関わりが出来るなんて未来をこの時の私は知るはずが無いし、知っていてもどうしようもできなかった事ではあると諦めるしかない。
と、でも思ってないとやってられない。
眼鏡の騎士サマと堅物の騎士サマだけじゃなく、初めましての飄々とした騎士サマが増えて、所謂「変わり者トリオ」と呼ばれた彼等と縁が出来て、何だかんだで関わる事になるのは帝国への遊学を終えて王国に帰ってきた後の話である。
そんな未来が見えていたら、あんな事は言わなかったか? と問われると「それでも同じ事を言った」としか答えられないんだけどさ。
結局、あれは私の我が儘であり、誰かを、この場合あの騎士サマを気遣っていった言葉じゃない。
だからこそ同じ状況だろうと、未来を知っていようが私は同じ事を言ったと思う。
その代償だと思えば…………いや、やっぱり納得できないよね!
どうしてあんな言葉で立ち直って、しかもメンタル強化しちゃうのかな?
しかも騎士サマのお仲間でお友達だった飄々とした、此方も食わせ物風の騎士サマと眼鏡をかけた方の騎士サマまで増殖した状態で再会なんて考えてもみませんでしたけれど?
挙句の果てに彼方さんは私に関わる気満々だし。
盛大にため息をつきたくもなるモノである。
もうこうなったらお相手は騎士サマ方。
城に行かなければ接触も無くなり関係も希薄になるでしょう!
と、意気込んだのは良いんだけど、殿下達と交流が途切れる訳も無し。
結局、私とあの変わり者トリオとの関係は今後も続く事になるのである。
「類友は集まるって奴だな」って笑ったクロイツはデコピンした上で思いっきりモフったけど、私は悪くないと言わせてもらう。
幾ら大きくなったクロイツを猫とは呼べなくとも小さい姿は子猫である事には変わりないからね。
私はクロイツが小さい姿でいる時は子猫扱いをやめない。
――別に今回の事で大笑いされたのが原因じゃありませんよ? ……多分、ね。
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