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理想の騎士とはなれずとも何時の日か俺は俺らしい騎士となりたい(3)

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「(結局、あの時の事において処罰は無かったな。……よくよく考えれば分かる事だが)」

 もはや事は一騎士の手を疾うに離れていた……いや、最初から自分を数に含めることすら烏滸がましかったのだ。
 何よりもこの国の王妃であらせられた存在が自分の息子を含めた次代を害そうなどと、誰が想定できるというのか?
 いや、国王陛下や宰相殿は思う所がおありだったようだが。
 私のような近衛の中でも新米の者は襲撃事件から得たモノを教訓に一層の鍛練に励むべきであり、国の事を考えはしても自分の考えを提言という形だとしても口にする事など有り得ない。
 上層部の考える事に知識も実力もない者が口を挟むなど言語道断。
 ただ只管国民のために我が身を鍛えるだけだ。
 それが私の出した結論だった。
 同僚にそう言えば、アイツは何時も変わらず笑い「そういう所がオマエらしいよな」と言っていた。
 
「(そういえば、結局、あの言葉の意味を聞かずじまいだったな)」

 あの時の会話が遥か昔のように感じられた。
 この場に居たのが、同僚であったならば?
 アイツならば私のような失態は犯さなかったしれないと強く思う。
 アイツは私なんかよりも要領も良く、聡い奴だったのだから。
 今更そんな事をアイツに言っても信じなさそうだが。

「(そもそも、アイツと再び対等の立場で話す事が出来るがやってくるかは分からないがな)」

 密かに自嘲の笑みを浮かべると、目の前で未だに話していらっしゃる集団の周囲を警戒する。
 そして騎士として自分の出来る事などないと内心自分を嘲笑う。
 結局、私は教訓を生かす事も出来なかった馬鹿な存在なのだから。





 近衛隊と言っても、人数はそれなりに居るので、近衛の中でも幾つかの隊に分かれ交代で陛下をお守りしたり、城の中を警備している。
 本来ならば一つの隊が旅に同行するはずだった。
 だが、私は今共に旅をしている隊とは別の隊に所属している人間である。
 私ともう一人は別の隊に所属し自隊の隊長から密かに命を与えられていた。
 もう一人の彼が何を命ぜられたかは分からないが、私の与えられた命令は「キースダーリエ嬢を観察し、報告する事」であった。
 謁見の間でのやり取りは近衛の中でも隊長格しか任を遂行する事は出来ず何があったかは分からないが、その後王妃の失脚に関して、その場に居合わせ関与が見られたキースダーリエ嬢は近衛にとっては観察対象となったらしい。
 外見の幼さに見合わない知識量と周囲を納得させるだけの話術は帝王学を学ばれていらっしゃる殿下達にも劣る事はないという話と聞いた。
 父君を宰相に持つ公爵家の令嬢なのだから勉学は普通よりも進んでいるだけだと言う言葉も出たらしいが、それにしても、という事になったらしい。
 現在父君も含めてラーズシュタイン家の者達に国に対する叛意は無いと言い切れる。
 だが年頃も殿下達と近いキースダーリエ嬢は今後婚約者となる可能性もあるという事で今回の観察と報告と命に繋がったらしい。
 殿下達もだがキースダーリエ嬢もそしてアールホルン殿もあの歳で周囲の大人の思惑に振り回されているとしか言いようがない。
 本人達にその気があろがなかろうが、高位な地位に生まれたためではあるのだが、命とは言え少々やりずらいと感じてしまった。

 だが命令は命令だ。
 私は私なりに割り切り、今回の任務を遂行しているつもりだった。

「(私は一体何度自省し、身に刻めば思い知るのだろうな?)」

 そもそも私のような者が近衛などという栄誉な職につく事こそが間違いだったのかもしれない。
 ……何となくだが、あの良く口を滑らす、だが気の良い同僚の声が聴きたいと思った。





 旅の護衛を任されたのはナルーディアス隊長率いるナルーディアス隊だった。
 交代の時期などにより殆ど共にした事の無い隊であり、隊長以外は顔も完全には覚えていない隊だった。
 今回の旅は何故か少人数での旅と言う事でナルーディアス隊も隊員全員という事では無かった。
 だからからか人数の少なさを補うように冒険者にも依頼をしたらしい。
 とは言え、こちらは宰相殿によるものであり、基本的にラーズシュタイン家の護衛任務として受けたものらしいという話を聞いた。
 
「(とはいえ、まさかその冒険者がかの有名な二人組だとは)」

 【焔氷】のタンネルブルクと【嵐雹】のビルーケリッシュ。
 二人ともお互い以外と組む事は無く、それでいて同ランクのどのパーティーよりも強いと噂される二人組だった。
 貴族からの任務は殆ど受けないと聞いていたのだが、宰相殿は一体どのような言葉であの二人組に依頼をしたのか気にならない者はいなかった。
 そういった事に然程興味の無い私でも「どうやったのだろうか?」と思う程度には驚く事だったのだ。
 幾らラーズシュタイン家の子等を優先するとは言え、王族を無視する事は出来ない彼等は結局四人の護衛任務と認識しているはずだ。
 騎士である私達が侮られているとも思わなくもないが、私としては名の売れた冒険者殿が同行してくれるならば心強いと思う気持ちの方が強かった。
 ナルーディアス隊長などは不服そうな表情を一時期していたが、任務と割り切ったのだろう、そんな表情も直ぐに収まった。
 後は護衛対象である殿下達が冒険者という職業に恐れや侮りを抱かないか、という問題があったのだが、それは心配するだけ無駄だったようだ。
 四人とも高名な冒険者である事は知っていたが、タンネルブルク殿の威圧を感じさせない振舞いの御蔭かビルーケリッシュ殿の穏やかな振舞いの御蔭か特に恐れる事も無く、実力を知っているからこそ侮る雰囲気も感じられなかった。
 キースダーリエ嬢だけは少々表情が硬かったが、緊張でもしているのだろうと思っていた。……実際はそれ以前の話だったのだが。

 ナルーディアス隊は少し変わった隊だった。
 隊長自身がかつて起こった小規模の内乱にて陛下と共に戦ったらしく、隊長は陛下に心から心酔し剣を捧げている様子だった。
 そんな隊長に引きずられるようにナルーディアス隊は何処か、国のためというよりも陛下のためにこそ腕を磨いている節が言葉の端々に感じられた。
 我が隊はどちらかと言えば近衛は陛下を護り国民を護るために腕を磨く事を好しとしている隊だからこそ、ナルーディアス隊の雰囲気がいささか風変りに感じられたのだ。
 だが、隊によって特色があるのは当たり前の事であり、国と陛下に忠誠を捧げ国民を護るために剣を捧ぐという揺るがない根底があるためのだから問題はない。……私は心からそうだと思っていたのだ。

「(私は愚かにも本当にその程度にしか思っていなかったのだ。陛下に心酔する事は悪い事ではない。だが何事も度が過ぎれば毒になるという事を忘れてしまっていた)」

 結果がまさかのナルーディアス隊長による殿下達への不敬、更に言えばキースダーリエ嬢に対する殺害未遂事件だった。
 
 多分、もう一人の別隊の人間はアールホルン殿に対する観察と報告の任を託されていたのだと思う。
 野宿のたびに私達の準備の邪魔をせずその場を動かないキースダーリエ嬢と違い殿下とアールホルン殿は時折森などにいっていた。
 その度に同行していたのだから、きっとそういう事なのだろう。
 その後少し話をする機会があったが、その時彼は「この隊は少しばかり変わっている」という言葉に私も深く同意した。
 だが、きっと私よりも彼の方がこの隊の異常を身近に感じてたのだろう。
 改めて考えてみるとこの隊の者達による殿下達への言葉は不敬ギリギリであり、どちらが上位か分からないと云う言葉もあった。
 それに気づかない所、私達もどうやらこの隊の雰囲気に慣らされ……いや毒されていたのだと思う。

「(それが言い訳にもならない事は百も承知だが)」

 そんな状況でも自己を持ち、自身を自制できない者がどうして近衛隊の一員といえようか。
 私は近衛として、隊長に教わった事を実践する事が出来ず、隊長という地位だから、と無条件に大丈夫だと安心してしまった。
 
「(その異様さに気づいていたのが、冒険者であるタンネルブルク殿達と当事者である殿下達だけだったのだから、どこまで私達は不甲斐ないというのか)」

 せめて別隊であった私達だけでも自身を強く持っていればもっと色々な事を事前に防ぐ事が出来たのではないかと、どうして思ってしまうのだ。
 それこそ傲慢と思われようとも、その考えだけはどうしても譲る事は出来なかった。

「(結局、最後まで私達は傍観者でしかなかった)」

 殿下達は……いやキースダーリエ嬢とアールホルン殿も含めた幼い方々はご自身の力で事態を収束なさった。
 自身達が高位の地位を継ぐ実力を持つ者であると自ら示された。
 愚かにも自身のしている事が不敬すれすれであり気づかなければいけない事に気づかされた出来事。
 あの時、ロアベーツィア殿下の一喝は自身に流れる血すら受け入れ、それでもなお立ち向かう気概と覚悟を示された。
 恐れながら陛下を彷彿とさせる覇気を私はロアベーツィア殿下から感じたのだ。
 ヴァイディーウス殿下に関してもあの広い視野と冷静なお考えは王となられたとしても民を護る立派な施政者となられる事だろう。
 何方が次代の王となろうともディルアマート王国は繁栄するだろうと、確かにそう思わされた。
 その後のキースダーリエ嬢の言葉には少々驚いたが、ナルーディアス隊長の方の言っている事の方がおかしくあまり違和感を感じなかった。
 そうだ、この時の私は確かにナルーディアス隊長の言動に違和感と若干の嫌悪を感じていて、むしろキースダーリエ嬢に対しては心無い言葉を投げかけらえた事に対して心配すらしていたのだ。
 だが、きっとその時キースダーリエ嬢の苛烈ともいえる言葉に違和感も感じていたのだと思う。
 違和感が強くなり、僅かなりとも棘となったのはその後の出来事が原因だった。





 休憩中、殿下達四人は馬車をお出になると、それぞれ思い思いの所へお座りになる。
 それぞれ高貴なる身の上であらせられるのに、殿下達は驚く程こういった事に抵抗がない。
 特に令嬢であるキースダーリエ嬢は嫌がると思っていたのだが、冒険者として外に出ていたのならむしろ慣れているのかもしれない。
 私達騎士は周囲を警戒しつつ一定の距離を取り、近くを冒険者のタンネルブルク殿達についてもらっている。
 この距離が私達への信頼度と分かるからこそ心が僅かに痛む。
 だがそれは私達が受け入れなければいけない痛みなのだと自分に言い聞かせる。
 それほどまでに私達騎士は彼女等からの信頼を損なう事しかしていないのだから、と。

「それにしても、キースダーリエ嬢はどうして冒険者カードを取得したのだ? あの父君なら止めそうなものだが?」
「お父様は確かにワタクシ達に甘いですけれど、必要な事まで邪魔をするような人ではございませんよ? 冒険者カードを取得したのは師の指示が切欠ですわね。後は錬金術を学ぶ者として自身の目を養い、力を養うため、ですわ」
「ああ。貴女の講師と言えば……彼等は随分スパルタなのですね」
「ワタクシは慣れましたが、確かに少々手加減して欲しいと思う事もありますわね」

 苦笑するキースダーリエ嬢に彼女の講師を知っているであろう面々が同情の視線を送っている。
 一体誰だか知らないが、容赦が無さすぎるのは家庭教師としてはどうなんだろうか?

「冒険者として外を見れる事にはいささかうらやましいと思ってしまうな」
「私達ではきっと学園に入るまでは無理でしょうからね」
「ああ。殿下達ならきっと周囲が必死に御止めになられるでしょうね。実際、ワタクシも本来なら早すぎるとは思うのですが、それらの常識をあの師に説いてもきっと無駄だと思い、それに関しては諦めていますの」
「ボクにしてみればひるむ様子もなく受け入れるダーリエもどうかとおもうけどね」
「師の非常識さまでうけつがなくともよいのだぞ?」

 そこまで言われる家庭教師とは一体誰なのだ?
 それを受け入れるキースダーリエ嬢もどうかと思うのだが。

「初めての外は恐ろしくはなかったのか?」

 ロアベーツィア殿下の当然とも思える心配に対してキースダーリエ嬢は何故か少し驚いた表情をしていた。
 私にしてみれば出て当然の疑問だと思うのだが違うのだろうか?

「ロアベーツィア様。ワタクシ達の初実践をお考え下さい。……油断は大敵と申しますが、近場の魔物程度に恐れる必要があると思いますか?」

 苦笑しながらキースダーリエ嬢の言った事にヴァイディーウス様は深く納得なさり、ロアベーツィア殿下も苦笑なさっていた。
 私達近衛にとっては苦々しい出来事だが、本人達にとっては恐怖しかなかったのだろうと思っていたのだが。
 どうやらキースダーリエ嬢にとっては近場の魔物が怖くなくなるという思わぬ副産物を生み出したらしい。
 そしてあの様子だと殿下達もなのだろう。
 そんな殿下達の様子にタンネルブルク殿は何かをキースダーリエ嬢に聞いていたのか、酷く納得した様子を見せていた。

「って事は、嬢ちゃんの初実践がアサシンってのは本当なんだな」
「図らずとも、ですが、そうですね」
「しかも殿下方もお巻き込まれになったのですね」
「……これは口外無用でたのみます」
「分かってる。ってか今回の任務に関して言えば最初から最後まで機密事項だらけで任務については誰に対しても一言も言えないと思ってるよ」
「誰にも言いません。……口約束だけとなりますので、そこは信用していただくしかありませんが」

 確かに、冒険者とは金で簡単に敵味方が変わる者が存在する。
 だが高位ランクともなれば守秘義務を守れない者には与えられる事は無い。
 それを知っているのか殿下達も特にそこは心配なさっておられないようだ。

「色々な所に言いふらす程馬鹿ではない事は知っておりますから、そこは心配しておりませんわ」
「あんがとよ。……そういやキース嬢ちゃん」
「……出来れば聞きたくありませんわね。ワタクシはキースダーリエであり、新人冒険者のキースではないのですけれど」

 明らかに嫌そうな顔をなさったキースダーリエ嬢に怯む事無くタンネルブルク殿は笑って先を続ける。
 ああやってみるとキースダーリエ嬢と彼等は本当に気安い関係なのだと分かる。

「(あの歳で冒険者カードを取得する事許すのもさることながら冒険者として動く事すら許すとは宰相殿も思い切った事をするものだな)」

 外聞を考えればあまり良い事ではないのだが、もしかしたらあの襲撃事件の事で宰相殿にも色々思う所がおありなのかもしれない。

「いや、オマエさんがはぐらかしてたんだろうが。――初採取クエストの時の事だよ」
「はぐらかした方が良いと思わせるような言い方ばかりなさっていたモノですから思わず? ……ああ、あの時の。色々面倒事ばかりでしたわね。それで? 要因の御一方である貴方様が何を言いたいのですか?」
「おいおい。ありゃオレ等がいなくても起こってた事だと思うぞ? ……と、まぁそりゃいい。あの後のアイツ等の処分が決まったモンだからな。いい機会だ。教えておくからな?」

 一体キースダーリエ嬢の初クエストの時に一体何が起こったのだろうか?
 誰かが処分が下るとは随分大きな何かが起こったようだが。
 私だけではなく、殿下方も「処分」という言葉に驚いているご様子だった。

「処分、とは。ずいぶん不穏なお話のようですね。このような場所で話し合うことではないように感じますが?」
「ああ、そうだな。本当は殿下の言う通りなんだが。コイツの場合、今回の事を良い機会だとオレ等に近づいてこなくなりそうな気がしてな? 言える時に言っとかないとなぁ?」

 タンネルブルク殿の言葉にキースダーリエ嬢はそっと視線を外した。
 あれでは疾しい事、というよりもタンネルブルク殿の言っている事が当たっているとしか思えない。
 当然殿下達もそう感じたのか、苦笑してキースダーリエ嬢を見ていた。

「言っておくがオレ等はオマエさんの生まれ育ち関係無く師弟関係を解消する気はないからな」
「そうですね。俺もタンネルブルクも貴女を気に入っていますからね」
「……善処いたしますわ。……それで? 処分がどうかいたしましたの?」
「言質は取ったからな? ……それで、処分なんだが。取り敢えず冒険者を名乗っていた奴等は資格を剥奪の上で領主様に引き渡された。……それ以降はむしろ嬢ちゃんの方が詳しい事が分かりそうなもんだが?」

 冒険者の資格を剥奪となると相当の罪を犯した事になる。
 その上領主に引き渡されるとは、一体どれほどの事をしたというのか。
 気になる所だが、私にその事を問う資格もない。
 実の所現時点でこうして近くで話を聞いている事すら咎められても可笑しくはないのだ。
 だが、どうしてか殿下達もタンネルブルク殿も周囲で警戒と警護に当たっている私達を気にした様子もなく声を潜める事無く、話をなさっている。

「(それを許されたと思えれば良いのだが……実際、気にもなされていないという事なのだろうな)」

 今後処罰が下り、降格ならまだ優しい方だろう。
 処刑は流石になさそうだが騎士の地位を返上せねばならないかもしれない。
 その覚悟を私達騎士は皆しているのだ。

「(騎士失格の烙印を押された者の話を真面目に聞く人間は居ない。ならば幾ら話しても居ないと同じ、と言う事か)」

 殿下達の態度の全てが今後私達へ下される罰の重さを示しているようだった。
 せめて騎士としての矜持を胸に死したいと思うが、それすらも許されないのだろう。
 ……あれ程苛烈に騎士としての矜持を打ち砕いた彼女に対して諫める事も無く、同意なさっていたのだから。

 自分のしてしまった事に対して自責の念で押しつぶされそうな私はそれでも最後の矜持でもって周囲を警戒し警護を続ける。
 何があろうとも国境までは私はまだ「近衛」なのだから。

「その方々でしたら我がラーズシュタイン領以外での余罪があるらしく、最終的には国へと判断を受け渡す事になると聞きました。……むしろラーズシュタイン領には来たばかりのようでダーリエに対しての罪しか存在していないという、有様だったようですよ?」
「それを嬢ちゃんじゃなくて、その兄君から聞くっていうのも変な話なんだがな?」
「いえ、お話を共にお聞きしましたわよ? ただ結論を聞いたので忘れていただけで」
「嬢ちゃん、オマエさんな? ……まぁいい。んで、もう一人の女居ただろう?」

 タンネルブルク殿の質問にキースダーリエ嬢は僅かに首を傾げた後「ああ、あの受付嬢ですか」と思い出したように言い出し、それを聞いたタンネルブルク殿は肩を落とした。
 あまりに淡泊なキースダーリエ嬢の反応に思う所があるのだろう。
 確かに、キースダーリエ嬢に対して処罰が下るような事をしでかしていたにも関わらず、あの反応では、タンネルブルク殿の反応も致し方ないと思った。

「あんだけいいだけ言われててその反応かよ」
「あら。あの方の言っていた事など聞く価値も御座いませんでしたもの。どうやって育てばあのような世間ずれした方が育つのかとは思いましたけれど、今後関わらないのあれば然程問題の無い事でしたし」
「ドライ過ぎて言葉もねぇな。……思い切り興味も無いだろうが一応言っておくぞ? あの女はギルド幹部の娘だったんだが、ギルドを辞めさせてどっかに遠くに嫁がされたらしい。少なくともラーズシュタイン領の外に出されたって話だ」
「へぇ。まぁ何かしらの処罰を与える程の罪は犯しておりませんものね」
「実際、公爵家の令嬢様に対する不敬できっちり処罰対象だった訳だがな」

 それはきっと冒険者として動いているキースダーリエ嬢が自分の本当の姿を示せば罪を問えると言っているのだと思う。
 貴族とは面子を傷つけられる事をことのほか嫌う。
 それは家格が上になればなるほどだ。
 貴族にとって矜持とは何者にも譲れない一線なのだ。

「あの言葉は“新人冒険者キース”に向けられた言葉。――それが全てですわ」

 だからこそ彼女の対応は一般的な対応とは言えない。
 だが宰相殿もそんな彼女の意を汲み罪には問わなかった。
 その女性は今も自らの最大の幸福に気づかず生きているのだろう。
 
「(その慈悲をどうして……)」

 良からぬ思いが浮かび首を振って払う。
 抜けない棘がジクジク痛む幻覚に襲われるが、それを気のせいだと打ち払う。
 こんな考え、それ事打ち壊さなければいけない。
 私はまだ騎士なのだ。
 私情を……しかも護衛対象に対して考えて良い事ではない。
 罪を犯し、今後騎士となれなくなったとしても、今剥奪された訳では無い。

「(国に忠誠を、陛下に敬愛を、そして国民を護るために剣を捧ぐ。そのためには“人”である事は許されない)」

 少なくとも私のように不器用な存在はそういった部分を削りでもしないと騎士として近衛としてやっていけるはずがないのだ。
 ナルーディアス元隊長に対してキースダーリエ嬢が言っていた事は苛烈だが、決して間違ってはいなかったのだ。
 私は強く自分に言い聞かせる。――それが自分の何かを護るためだという事に目を背けながら。


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