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居心地の良い「今」(2)
しおりを挟む「何時までも夢見てるよーな奴だったら? 俺はそんな奴を『同胞』となんぞ思わなかったっての。あまーいあまーい対応に反吐が出てたかもな」
「私なんか、むしろ幻想をぶち壊した「フェルシュルグ」を憎んでいたかもよ?」
「夢見てばっかの【闇の愛し子】なぁ。もしテメェがそんな奴だったら俺は全く躊躇しなかっただろうな。殺し合いに発展したかもしれねーし、逆に近づきもしなかったかもしれねー。少なくとも目の前で死んでやるなんてぜってーしなかっただろうぜ」
「幻想を現実と認識出来ずにいたとしたら「フェルシュルグ」を自分の世界を壊すモノ、壊したモノとして憎んで憎んで、そして殺した後に此処が現実だとどうしようもなく思い知らされて……――」
――……最後には更なる幻想に沈み込んで死んでいったかもねぇ。
人を殺すという確実な「罪悪」を行った『地球』を現実とその時まで思っていた『わたし』ならば、覚悟も無く負ってしまった罪に恐怖して、嫌悪して、この世界に居る事すら疎むかもしれない。
此処は私の世界では無いと、更なる幻想の世界に逃げ込む。
そんな道だってあったかもしれない。
「(まぁこの世界の事を「記憶」として認識し実感がある以上、この世界を幻想と思い込む事は難しいだろうけどね)」
夢に夢見て『ゲーム』の世界に居る事を頭お花畑にして喜ぶには私の性格が邪魔する気がするわぁ。
「ま。『知識』が幾らあろうとも転生したのがお前だったら、そんな展開にはならなかったきぃーするけどな」
お前が『知識』に主導権を取られている光景とか想像もつかねぇわ、と言った黒いのに私は何も言えなかった。
実際最悪の展開は私が現実を放棄し更なる幻想へ逃げ込む事だと思う。
その時、フェルシュルグは死んでいるだろうし、もしかしたらお兄様やリアとも疎遠かもしれない。
たった独りの私は全てを放棄して混ざり込んだ「キースダーリエ」すらも否定して永遠の眠りについていた、だろう。
そんな最悪の未来はあったはずだ。
けど、私が「私」である限りこの未来は無理だろうと私も思うのだ。
「キースダーリエの記憶」と私の性格が合わさっているのだから、多少『知識』に振り回れていたとしてもこの世界全てを幻想とするには無理がある。
其処まで私は夢に夢を見ていられない。
頭をお花畑にする前に、現状を考えて、何かを考えて、そして幻想では生きていけないと結論を出してしまうだろう。
ふわふわとした世界では決して生きていけないのだ、私は。――何よりも「私自身」がそれを好しとはしない。
だから、最悪の未来など、来ようが無かった、という事なのだ。
それでもこうしてお兄様やリアと語り合い、黒いのとくだらない軽口を叩きあう関係を築けたのは『知識』が偏った私だからだ、という事は変えようが無いのだけれどね。
「無数にある未来の一つとしか思ってなかったと思うよ、結局ね」
「そんな事だろーよ。――そこが分かってんのに、今更オージサマの『知識』が欲しぃのかよ?」
「(あぁ、成程。話題が変わった訳じゃなかったんだ)」
最初の独り言を聞かれた時の応えは決して私の考えに対しての答えじゃなかった。
全く別の話題って訳でも無いし、独り言に返した割には真っ当な返答ともいえる。
けど私は第二王子のルートを覚えていない事を少しばかり悔いていた。
言葉に滲んだそれを感じ取ったのだとしたら、あの返答じゃ可笑しい。
けど此処まで引っ張って実は話題を変えていなかったとは思わなかった。
これはしてやられたかな?
別に勝負していた訳じゃないけど、少しだけ負けた気分になって内心苦笑するしなかったのだった。
「『知識』に何処までの精度があるかは分からないけど、少しでも情報が欲しいと思ったのよ。両殿下に関しては……王族というくくりの方がいいかな? 王族の情報が圧倒的に足りてないの。これに関しては完全に後手に回ってしまっているから。だから『第二王子』のルートなら『第一王子』の事をもう少し詳しく知る事が出来たのかな? と思ったって訳」
「情報収集に余念のないこった」
「確かにさ。今は流されるべきだと思ってる。展開が急すぎて若干押し切られた感じだけど、流されつつ少し周囲を見渡す時期なのかもしれない、とは思うんだけどね」
先ばかりを見過ぎて足元が疎かになるなんて馬鹿みたいだし。
思惑あれど両殿下が今すぐ私達を害する事はないだろうと言う事も分かってる。
けど……それでも完全に流される事を私は良しと出来ない。
「私は私の大切な人達が悲しむかもしれない、その可能性が1%でもあればどうにか出来ないかと考えてしまう。勿論100%大丈夫なんて事は絶対にありえない。それでも「理解」はしていても「納得」は出来ないのよ」
「理性」がその事を理解していても「本能」が納得しない。
懐に入れた人達が心から笑ってくれている、そのために出来る事があるのではないか? と考えてしまう。
……『わたし』もその傾向が強かったけど、この世界に来て私は更にそう考えるようになった。
それは多分、地球での『親友』や『悪友』達は私なんかよりも余程強い人達だったから、其処まで考えるまでいかなかったからだと思う。
リアやお兄様達が頼りないという訳じゃない。
むしろ私よりも余程強い――純粋な力という意味でも権力と言った持ちうる力という意味でも。
お兄様だって私よりも思考は柔軟で心は私よりも強い。
だけど、この世界の貴族社会という理不尽な嵐のような力が何時襲い掛かってくるか分からないのだ。
人の気紛れ一つであっさりと襲い掛かる災難はもはや災害と同じだ。
ラーズシュタインが公爵家であるのは幸いだった。
これで家格がもっと下ならば警戒しなければいけない家が格段に増えただろう。
それならばいっそ平民の方が良かったと思ったかもしれない。
高位の貴族という面倒事とセットになっている家格だけど、此処まで上位ならばそれはそれで災難を避ける手立ての一つとなるのだ。
そんな公爵家でも災難が降りかかる可能性はゼロじゃない。
ゼロじゃない限り私が完全に思考を止め流される事は出来ない。
「だから情報を集めたいと思うし、ある程度の人柄を知りたいと思うのよ。将来的にどんな位置づけになるか分からない相手である以上は」
このまま交流を持ち続ける事になるとは思えない。
私は領地に帰るのだから。
少なくとも王都に拠点を移すつもりは更々ない。
だからそこで交流は途切れるのだ。
その頃には殿下達も私達以外と交流し、そして本当に心を明け渡す事が出来る相手を出逢う事だろう。
そうなれば幼い頃一時交流していた臣下の子供なんて忘れてしまうはずだ。
私がそれを縁にする気がない以上、そうなるとはほぼ確定している。
ならば私が出来るのは両殿下を機嫌を損ねない程度に最初の理由の通り周囲との「ズレ」を出来るだけ指摘するだけだ。
そのためにも情報が必要だと思った。……せめて殿下達の地雷くらいは明確にしておきたいと思った。
そんな事を簡潔に伝えると黒いのは何とも言い難い表情になった。
何と言うか今までの言いたくない事があると言う感じでは無くて、言うならば「お前本気で言ってんのか?」と唖然とする顔と言うか、「気づいてないのか?」と訝し気な顔というか。
何とも表現しにくい表情をしているのだ。
比較的無表情に見える猫だから分からない表情という訳じゃなく、色々な感情がごちゃまぜで分かりにくいと言った感じだけどね。
「お前さ。その人間不信は『前』からか?」
「人間不信? 私が?」
私、別にお兄様もリアもお父様やお母様だって嫌ってないけど?
後フェルシュルグは嫌いだけど黒いのは嫌いじゃないし、屋敷の皆も嫌いじゃないわよ?
「線引きして内側と外側がはっきりしてんのは分かる。俺も覚えがあるし、まぁ『地球』じゃよくある事じゃねぇかと思う」
「確かに私はその線引きがシビアで物凄くはっきりしているのは分かってるけど?」
「その程度も普通じゃねぇとは思うが。そーいう事じゃなくてだ。お前さ、懐に入れるまでいかねーレベルでも、それこそ近づくだけで相当疑って選別してねーか? 些細な言動全てを見聞きしてより分けて、それで弾かれなかった奴だけがようやく「知人」又は「友人」になれる。そうじゃなけりゃ一生顔見知りで終わるんだろう? 下手すりゃ顔すらも忘れてさようなら、だ。……それのどこが人間不信じゃねーんだよ。充分そうじゃねーか」
「……と、言われてもねぇ」
性格が悪いとか、薄情だとか色々言われた事はあるけど、人間不信は初めて言われたかも。
……んん? いや言われた事あったわ。
『悪友』の一人がシミジミ、ほんとーにシミジミと『お前ってある種の人間不信だよなぁ。一見周囲に人が居るからぜってぇ気づかれる事のねぇタイプの。余計性質がわりぃ感じの奴』とか言われたんだよねぇ。
アイツは私がどうして「ああなった」かを知っている数少ない人間だったから、万感の思いを込めて言っていた気がする。
私にしてみればアイツだって相当偏屈で人嫌いだと思うけど、そう言っても毛ほどにも傷つかない図太い奴でもあったから、結局『シミジミに言わないでくんない?』とそんな当たり障りのない事しか言わなかった気がする。
まさか黒いのまでそう言われるとは。
この世界では比較的素でいるし、特に黒いのには色々感情がダダ漏れではあるんだけど、私の性質に切り込む程心の内をさらけ出している、という自覚は流石になかった。
何処かでブレーキがかかっていると思っていたのだけれど……むしろ黒いのは私が思うよりも鋭い本質を見抜く目を持っていたのかもしれない。
それこそ『前』からそうなのだとしたら生きづらかっただろうに。
『地球』こそを『故郷』だと考えていたと言っていたから『地球』での暮らしには不満が無かったのだとばかり思っていたのだけど。
「(もしかしたら、例え生きずらいと思っていたとしても、それでも“ココ”よりはマシだと思っていたのかもしれない)」
面倒な性質を抱えて、それでも甘さを捨てきれないお人よしの『日本人』
――本当に物語の主人公のような性質だと思った。
時々思う。
私は黒いのが嫌いじゃない。
このまま【本契約】をしても良いと思っている。
けれど絶対に共感出来ない部分はあるのだなと。
その部分を私が好きになる事は無くて、黒いのが私のある部分を好きになる事は絶対にない。
一生分かり得ない部分を持ちながら、それでもこのまま一緒に居るというのは本当にお互いのためになるのかな? と。
全ての感性が同じ人なんて、それはそれで気持ち悪いかもしれないけれど。
「(恋愛関係だけじゃなく、人と繋がりを持つって事はそういう事なんだろうけど。――【契約】はそれこそ一生物だからなぁ)」
まぁ【契約】はお互いに承諾しないといけないから、私がウダウダ悩んでも仕方ないの無い事だけど。
考えてみれば『親友』や『悪友達』にだってお互いに『其処は嫌いだ』とか『其処はどうよ?!』とか言いあって、口喧嘩に留まらない喧嘩をして、それでも一緒に居た訳なんだし、相手の全部を愛するなんて、世迷言でしかないって事なのかも。……恋愛にしろ、親愛にしろ、ね。
そう考えれば相容れない部分を持つ黒いのとだって【本契約】なんて一生共に居る契約をする事も問題ないのかもね。……私としては、だけど。
「私を「人間不信」なんて称したのはアンタで二人目なんだけどさ、どう思われようとも変えようがないんだよね。性分って奴かな? 確かに黒いのの言っている事は合ってるし、時にはこの性分が相手に対して失礼だと言う事も分かってるよ? けど、だからって辞めれる訳がないのよ」
考えて
――相手がどう思っているかを。
考えて
――自分の行動に対して周囲がどう考えるかを。
考えて
――相手がどんな行動に出るかを。
考えて考えて考えて私が取るべき道を導き出す。
「それこそが私であり、変えようがない、変える気がない私という人間なのだから」
『わたし』はそうとしか生きられないとあの時思い知った。
「私」は『わたし』程じゃないけど、やっぱりこういう風にしか生きられない。
だから、だからね、黒いの?
「黒いのが“私”を受け入られないのならそれで良い。契約の相手を探す伝手はないから、最悪お父様に頼る事になるけどね、きっと良い方を見つけ出すわ。……だから、どうするかは出来るだけ早く教えてね?」
相容れないのなら手を放すと匂わせる。
相手に決定権を委ねている所ちょっと卑怯かな? と思わなくも無いけど……こればっかりは私に決定権はないと思うから。
真っすぐこっちを見据える黒いのの感情を読み取る事は出来ない。
嫌悪、ではない。
自分の理解出来ないモノを見るような恐怖でもない。
けれど、私の言葉を聞いて、どう思っているかはちょっと分からなかった。
「別に受け入れてねぇとは言ってねーよ。てーか、俺が言いたかったのは、自覚があんのかないのかって事と、あの『地球』でどう育ったらそんなに捻くれまくるんだよ、って事だけだ。『前』からの性格だってなら相当生きずらかっただろーよ、とも思ったがな」
「……アンタだってその性質が『前』からなら相当生きずらかっただろうに、と思ったんだけどね」
……どうやら考えすぎだったみたいだ。
『地球』での感性を持っているはずの黒いのが『わたし』に嫌悪を示さないのはちょっと意外だった。
黒いのも順調に「こっち」に染まってるって事なのかねぇ。
それとも『前』からそーいう性質だったのか。
どっちしろ、今すぐ黒いのと別れる事に成る訳じゃないらしい。
「(嬉しいと言えば嬉しいかな。先延ばしともいえるんだけどね)――黒いの、アンタは【契約】の事ちゃんと考えているの?」
「ん? 初めてじゃねーか。そんな事聞いてきたのは?」
「それならアンタが私の事を突っ込んだ所まで聞いていたのも初めてだけど?」
「それもそうか。……まぁ考えねぇ訳にはいかねーだろうよ。大体は、な」
苦笑している黒いのから嘘は見えなかった。
「そっか。……決まったら教えてね? 色々する事もあるし」
「わーってるよ。決めたら最初にお前に言うさ。仮とは言え主様だしなぁ?」
「仮とは言え主と思ってるなら、もうちょっとそれらしく出来ないの?」
「かしこまった俺がみてーなら考えるが?」
「いや、いいわ。ギャグにしか思えないと思うから」
「言っておいてなんだが、即答はムカつくな、おい」
また何時もの空気が戻ってくる。
黒いのは言葉で惑わすタイプじゃない。
だからさっき言った事は本当に思っている事なんだろう。
そして結構早いうちにケリがつくのだという事も分かった。
……少しでもお互いにとって良い選択である事を私は願うばかりかな?
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