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【魔力属性検査】を再び(2)
しおりを挟む部屋にはお父様とお母様が笑顔で待っていました。
ただ二人も思う所があるのか少しだけ笑顔が硬いようにも見えます。
私に降りかかった災難はどうやら私が思う以上に家族の皆に影を落としているようです。
……段々あの男に対する好感度が下がると共に罪悪感が薄れていくのですが。
その内、どんな罰だろうと無感動で見送る事が出来るようになりそうで怖いです。
此処にいる私もそうなんだけど前世の『わたし』も線引きがはっきりしていた、というか。
極端な話をすれば境界線の向こう側の人間に対して心が一ミリも動かない性格だった。
そりゃ目の前で人が倒れていれば助けようと動くよ?
気まずいし、これだけの事をやったという自分に対する言い訳もしたいしね。
ただの顔見知り程度なら何かあっても口では「大丈夫なのかな?」と言いつつ心は少しも動かなかった。
そんな私の極端な性格を知っていた親友には「心の中をオープンしたら一番の危険人物はアンタだよね」と中々失礼な事を言われたりもしたし。
『わたし』に云わせれば過激発言をオープンにする事を躊躇しない相手の方こそ心の中をオープンにするまでもなく危険人物だったと思うんだけれど。
……類は友を呼ぶって言われれば否定出来ない程『わたし』と『わたし』の友人連中は変わり者の集団だったんだけどさ。
実際その性格は私も引き継いでいる。
だって此処が『虹色の翼』の舞台となる場所だと知っていても積極的に何かをしようとは思わないのだから。
ヒロインの性格なんて分からない。
そもそも時代だって違うかもしれない。
それでも私は積極的に動こうとは思わない。
だって攻略対象者は私にとって他人だから。
此処が現実であり『虹色の翼』と酷似した世界である限り攻略対象者達の人達――これもある意味でそっくりさん扱いになるかもしれないけど――がどんな生き方をして学園に通う頃にどんな性格になるかは分からない。
けれど同じ性格になる可能性は十分にある。
此処で前世を思い出した私が物語のヒロインのように「全てを救いたい」なんて性格だったら必死に色々調べて介入して憂いを払うため尽力したはず。
けど私は自分に降りかかる火の粉を払う以上の事をするつもりはない。
私が介入しない事で同じ人生を送り心に淀みを抱える人間が居たとしても、私にしてみれば会った事もない他人でしかない。
どう頑張っても現時点では助けようと思う気持ちすら沸かないのが正直な所だった。
あの男の結末が『死』である可能性に心が重くなったのは、ただ平和ボケした『地球の日本の価値観』が顔を知っている人間を自分が原因で死に追いやったかも知れない事への生理的嫌悪感にも似た気持ちからでしかない。
『死』を背負う事への忌避感と覚悟のなさが引き起こした嫌悪感でしか無い。
だから私が覚悟を決めてしまえば割り切れる程度の事と言えば程度の事だ。
冷酷だろうと残酷だろうと本質は変えようが無い。
現時点では私にとって守りたいのは家族とラーズシュタインの家に勤めている人達だけ。
今後増えたとしても今の所はそれ以外にはいない。
だからそんな家族の心に影をさしたあの男は私にとってむしろ排除すべき敵でしかなかった。
線引きを明確にして抱え込んだ人間を守る。
そんなある意味自分勝手な考えを貫けるだけの【力】が私は欲しい。
そのために必要な【才能】を判別するための魔道具が目の前にある。
あの時よりも少し小さな水晶玉。
これが【魔力属性検査】をするための魔道具。
じっと見るとあの時の魔道具とは何処か違う事に気づいた。
感覚的な問題だけど、この魔道具は怖くないのだ。
あの時はあの男に意識が向いていたから水晶玉に対して思う所があった訳じゃ無い。
けどこうして違う物を見比べるとあの時の魔道具には何か嫌な感じの物がこびりついていた気がする。
感覚の問題だからはっきり、こうだ、とは言えないんだけどね。
そんな事を考えて見て居たからかお父様とお母様の顔が悲しげに歪められた。
「(あ。もしかして私これを怖がっていると思われてる?)」
違いに対して考察していただけで決して【魔力属性検査】を嫌がっていた訳じゃ無いんだけど。
むしろさっさと検査して【錬金術】で物を創造したい。
それを馬鹿正直に言える訳無いんだけどね。
「ダーリエちゃん。怖いならもう少し日を置いてもいいのよ?」
「いいえ。大丈夫です、お母様。……この魔道具はあの時と何か違う気がするのです」
何が違うのか? と問われると答えられないけど。
確かに、この水晶玉は違うと思った。
私の言葉にお父様が驚いた表情になる。
其処まで驚かれる事を言ったつもりも無いんだけど?
感覚の問題としか言い様がないわけだし。
「分かるのかい、ダーリエ?」
「何処が違うとはっきりとは言えませんが、この魔道具は怖くないのです」
私の言葉にお二方の顔が綻ぶ。
「これは、旦那様が作った物なのですよ」
「とはいえ大半は僕では無く友人だけれどね。ただ作業過程で僕も手を加えて問題が無いかも念入りに確認したから。これは絶対大丈夫だよ」
「ありがとうございます」
そういえばお父様は【錬金】の【才能】をお持ちでしたね。
基礎の部分が別の方の手だとしても、それに手を加えて均衡を崩さない、という事はこの魔道具に関しては【レシピ】を熟知し、作り出せる力量があると言う事。
どうやらお父様は相当腕の立つ【錬金術師】でもあったようです。
「なら大丈夫ですわね」
本来のお父様ならばあのような男につけいられる隙も与えないと思うのですが、一体どんな裏事情が隠れているやら。
聞いても夢見が悪くなりそうな気がしますので聞きたいとも思いませんが。
私がニッコリ笑うとお兄様が頭を撫でてくれました。
そんなお兄様にも「大丈夫」という意味を込めて微笑み、私は水晶玉の前に立つ。
透明度の高い水晶玉はこれだけで何かの材料に出来そうです。
それに前のよりも透明度も高いしやはり別物のようです。
私はあの時のように水晶玉に手を添える。
ひんやりとした手触りは変わらず、けど直ぐに体の中から何かが抜けていくのを感じます。
どうやらここら辺の感覚は同じなようです。
水晶玉の中では銀色と黒と濃紺色の何かが外側からベールのように広がり水晶玉の中心に吸い込まれていくように線を引いています。
まるで流れ星のような曲線に思わず感嘆の息をついてしまいます。
其程までに美しい光景が水晶玉の中に広がっておりました。
いつの間にか近くにいたお父様、お母様、お兄様も水晶玉をのぞき込んでいます。
一体いつの間に近くに来たのでしょうか?
と言うかこれって近くに居てもいいものなの?
……お父様も近づいてきているし問題ないんだろうけど。
あの時は此処で中心から嫌な黒色が広がってきたんだけど、三色の帯が吸い込まれた中心は三色に点滅して佇んでいる。
そういえば【錬金】の【才能】はどうやって確認するんだろう?
そして本来は何時手を離すのかな?
と思った時、お父様がゆっくりと私の手を取り水晶玉から外してくれた。
水晶玉は私という供給源が無くなり外から三色の帯が続く事は無くなったけど、なおも中心は三色に点滅している。
綺麗だけどそろそろ目がチカチカしてきたなぁと思った時、三色の点滅が止まった。
中心はそのまま大きくなり拳大の大きさで止まったかと思うと宝石のよう硬化する。
三色がまるでグラデーションのように染まっている宝石はとても美しいと思った。
すると今度は宝石を包み込むように虹色の輝く翼が現れた。
美しい宝石を守る虹色の翼。
それは水晶玉の中に酷く幻想的な空間を作り出していた。
「どうやらダーリエは【錬金術】に関して素晴らしい【力】を持って居るようだね」
「ええ。現実に見る事が出来るなんて思いもしませんでしたわ」
「まぁ【闇】の加護を授けられし【闇の愛し子】だから翼が七色に染まったのは分からなくもないんだけどね」
「アールの翼も見事な物でしたし薄く虹色でしたから旦那様の血筋かもしれませんわね」
お父様とお母様の会話でこの宝石こそが【錬金術】を扱う【才能】がある事の証だと分かった。
この光景を何時までも覚えていよう。
美しく輝く幻想的ですらある光景。
一生に一度しか見る事が出来ない、私が【錬金術師】を目指す事が出来る証。
まるでゲームのタイトルのように虹色の翼が才能という宝石を包み込む。
腐らず奢らず才能を磨きこの宝石のように輝きを放つ【錬金術師】となり、そして虹色の翼を纏い舞ってみせる。
心の中にこの光景を焼き付けて私は振り返る。
私がまことラーズシュタインの人間であると言う喜びをお兄様に伝えたいがために。
「わたくし」の一つの望みが叶った事を共に祝って欲しいから。
この時私はお兄様が微笑んでいてくれるとばかり思って居た。
……けれどお兄様は微笑んでいては下さらなかった。
いえ、顔は笑っている。
けれど何処か固く、心から笑っていては居なかった。
「(お兄様? どうしてそのような悲しそうな苦しそうな目をなさっているのですか?)」
私は言葉にする事が出来なかった。
お兄様は気づかれる事すら望んではいないようだったから。
この時抱いた疑問は暫くの間私のしこりとなり続けた。
それが解消されるまでには少しだけ時を必要とした。
私が全てを知るのは私が抱く恐怖を乗り越え、お兄様と向き合う覚悟を決めた時だったから。
この日から私とお兄様の間に少しだけ見えない溝が生まれる。
私はこの日、喜びを感じ、そして同時に隠しきれない不安と恐怖を感じる事となりました。
確かな喜びと未来への確固たる決意とこれからの未来に対する不安と恐怖を感じた【魔力属性検査】の日はこうして過ぎていくのでした。
応援ありがとうございます!
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