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帰還
しおりを挟む「ナオヤ、手元右側に表示された項目をすべてチェック」
「了解、また項目が増えたぞ」
「それは気にしなくて良い。突入後、滑空状態で船のシステムからコントロールを貰うぞ」
「ああ、了解」
「それと、P1からP6の行程のどこかで船体重量が偏ったらしい。原因が分からない、そちらで何か確認できるか?」
「え!? な… なんでだろうね… 何も確認できないなぁーハハハ あ、きっとバラスト外したからだよ、きっとそうだ、うん」
「あとで確認する」
操舵席に座るナオヤと地上のヴィータはいつもの様に難しい事を話し合っている。
現在地上のヴィータの声はイヤホンからではなく、船のスピーカーを通して皆に聞こえている。
{GPSネットリンク 未確認}
ナオヤはそう表示されているパネルをかるく2回、小突くように叩く。
そうなって居るのが仕方の無い事と、割り切った目で見ている。
目の前の画面と呼ばれる光る板には、難解な文字のような図形が並べられており、ナオヤはヴィータの指示に従い、それを操作している。
文字は判断できないが、図形で対象物を表し、俯瞰する様に表現されている画像を見ると、大体の意図は掴めるくらいに目が慣れて来た。
「宇宙の旅はどうだった?」
「そうねぇ、ほんと… 夢のような一時… これに尽きるわッ!」
「確かに、貴重な体験が出来ましたね、ルキア様」
宇宙飛行士としての訓練を全く受けずに、いきなり無重量を経験することになった彼女達を気遣うヴィータの声に、嬉々として感想を述べる女性陣。それに満足したかのように、地上からの声は注意点を説明する。
「そうか、宇宙酔いを経験しなくて良かったな。では、これから地上に降りるわけだが、少し揺れる。しっかり捕まって居るように」
「はぁーい!」
「………」
まるで遠足に来た子供のように楽しそうな返事をする彼女たち。
船体の表示はオールグリーン。計器パネルに異常なし。ナオヤが計器を操作し決定すると。船内にAIではない流暢なアナウンスが流れた。
『制御落下 開始』
急に女性の声で響くアナウンスに、ルキアはまだ誰かいるのかと辺りを見回した。
それを見てナオヤが噴き出す。
後ろには縛られたまま床に括り付けられ、こちらを無表情に見ている黒装束の女。
自由のきかない両腕で、袋を握る手だけはどこか不安げだ。
恥ずかしそうにナオヤを睨みつけるルキアを窓辺に、フロンティア号は、船体の各所にある姿勢制御スラスタから短くガスを出し、その船体をゆっくり回転させながら着陸姿勢に入っていく。
操舵席前の窓からは、地平線を回転させる地球の姿が見える。
周期の短い振動で、ガタガタと固定の甘い物が音を立て始める船内。
それまで地表側に向いていた窓の外は、現在真っ暗な宇宙空間を背景に、大気との摩擦で発生したプラズマが、光の薄膜となってフロンティア号を包み込んで高速で機体後方へ流している。
大気は徐々に濃くなりその分機体とぶつかり擦れる密度も高くなる。
徐々に船体の底は赤から黄色、そして真っ白に白熱して眩く発光する。
身体に重さを感じ始める、最初は細かい振動に邪魔され気が付かないが、足と腰を押さえ付ける感覚に気が付く。
上昇した時のあの感覚を思いおこし、嫌な汗が滲んでくる。
だがルキアは理解し始めた、椅子に押し付けられる感覚は、ゆるやかに揺蕩う空気の層へ突っ込み、その抵抗を利用して減速し続けている慣性だと。
思えばこの流星に乗り込んでからは全てが初めての連続だ。
レジア伝承に語られたアラマズドからの使者の話を思い出そうとした、だが今はそんな余裕はなかった。
だが決意の一念がルキア心を落ち着かせ、曇りない眼で太陽神の御使いが成すことを心に刻みつけようと、周囲を観察する。
この黒髪の使者は、レジアにどんな伝説を残すのだろう、その物語の中で語られる逸話の中に、私が果たす役割は有るのか。
顔を歪ませる程無駄に力んで目を瞑り、食い縛る口元からは涎が垂れている。
一見すると、本当に普通の人間だ、そんなナオヤを見ていたルキアは、外の景色が鮮やかな色に変化している事に気が付いた。
真っ暗だった宇宙空間が大気を通した太陽光で青味を増してゆき、空気の充満する空の色へと変わっていく。
いつの間にか今まで重さを感じていなかった腕や脚に確かな重力を感じる。
再び重力が支配する大地へ戻ってきた事を実感させた。
「空の色が…」
計器の並ぶモニターに次々ポップアップする内容は、制御落下状態から滑空し、そのまま核反応タービンのジェットで推力を得て、飛行状態へ移る事を示していた。
地上からヴィータが発する信号を、しっかりと掴んでいる。
船体が左へバンクし、窓の外の地平線は、逆に右へ傾く。
半分が空、半分は地上を映し出す窓の外を、旋回する遠心力に耐えながら、船内の彼らは広大に広がる山脈や、その隙間を縫うよう流れる運河を眺めている。
「ドラゴンになって飛んでいるみたい…」
ルキアの呟きに、納得するナオヤは、唯一椅子に座っていない彼女が気になり後ろを振り向く。
そこには固く目を瞑り、自由のきかない身体で必死に耐えている黒装束の女が布の袋を強く握り締めていた。
旋回で速度を落とした船体は、そのままゆっくり姿勢を戻し、着陸ギアを伸ばす。もう地上はすぐそこだ。
ヴィータは予定された平原の着陸場所で、辺りの草々を吹き飛ばしつ高度を下げるフロンティア号を見ていた。
地表に着陸装置が落ち着き、船の重さで少し沈み込む。
爆音と暴風を巻き起こしていたジェットの気流が徐々に弱まり、冷却ファンの音だけを残し、船は着陸した。
周囲には合図を聞きつけ集結し、流星の着陸とルキア姫を待っていたレジアの兵士が大勢集まっていた。
フロンティア号が着陸すると一斉に歓声が上がり、皆一気にそこ目掛けて走りだした。
ヴィータは皆が船に駆け寄る光景を、後ろから見ながら歩いて船へ近寄る。
ハッチが開き、中から何故か下着姿の様なナオヤと、少しテンションの上がったエルフェン二人。それに両手を縛られ袋を持った黒装束の女が出てきた。
ルキアとトーニャは直ぐに皆に囲まれて見えなくなる。
一方、縛られた黒装束の女は、船から降りると地面にぺたりと座りこみ、俯いたまま布袋を掴み黙っている。
地面を確かめているかのように、下を向いたままだ。
「無地着陸だ!」
「奪還成功だな、GPSの軌道投入が試せたのは思わぬ収穫だ」
「収穫はそれだけじゃないんだぜヴィータ… ムハハハハ!!」
「そうなのか、それで、これからどうする」
船を取り戻す事だけを考えていたナオヤは、今後の事について考えていなかった。
「そうか… そうだったな」
そこで今まで楽しそうに旅の思い出をトーニャと語っていたルキアが話に割り込んできた。
「その事なんだけど、ナオヤ達はこの船にもう一度乗って城へ戻ってもらいたいわ、パパもその方が安心すると思うのよ」
「王都へ?」
言われたナオヤは少し黙って考えている。
暫くナオヤが黙って居ると、ヴィータが考えを補足する様に言った。
「レジアの国が我々を保護下に置いてくれるなら、山の中でひっそり暮らしていた今までよりは確実に危険度は減るという事だな」
「そうだけど、これ王都に飛ばしちゃって平気なの?」
「へーきへーき、むしろ見せ付けてやるがいいわッ ハハッ!」
「マジかよ… んでルキアは、これからどうする?」
「私は砦へ一度戻って、部隊を再編成してからカスピラーニ領に向かうわ、抵抗するなら攻め落とすッ。 条約を破ってレジアを荒らした責任は重いのよ、私もナオヤ達が無事でいてくれるなら心おきなく戦える、だからエルダニアへ行ってちょうだい」
「僕がイーノイに言った事そのままじゃないか… って攻め込むのか…? 取り返したんだし、もうこれ以上…」
そのまま、また考え込むようにナオヤは黙ってしまった。
「この縛られている女性はどうするのだ?」
ヴィータが黒装束の女の処遇をルキアに訊ねた。
「そうね… 戦争捕虜として拘束ね。ただ、流星に一緒に乗って色々知られちゃったと思うから、処遇は都の連中に任せた方がいいわね。そうだわ! トーニャも一緒にこのままこの流星で都まで行って、そこで引き渡しちゃえば良いのよ」
「戦争になっちゃうのかよ…」
ナオヤが戦争という単語に引っ掛かり思考停止になっているのでヴィータが代わりに応える。
「わかった、間違いなく送り届ける」
「ルキア様… 私も」
「ダーメよ! 唯一あの山で生き残り、そして流星に乗ったのよ、その出来事全てを出来るだけ詳しく文官に報告しなさい。 そして都で少し休みなさい」
「わかりました…」
ルキア達は次なる戦の準備に赴く為、集まった部隊と共に魔獣監視砦へ去っていった。
ぼんやりと考えながら歩いていると、路地から友人を追いかけ飛び出してきた子供にぶつかりそうになった。
「…ッと! ごめんね? 大丈夫かな?」
五・六歳だろうか、しゃがみ込み、その子の目線に合わせて話しかける。
「あ! テスカだ! めっずらしー!」
声に出して言ったその子供に友達が駆け寄り服を掴んで引っ張る。
「やばいって… もう行こうよ…」
「おう! チビ共、ここは馬車道だ、なんも考えねぇで飛び出すと馬に撥ねられっちまうぞ」
迫力のあるゴダードと、その甲冑を見た子供たちはすぐに謝り逃げる様に居なくなる。
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「お嬢。この辺はまだ治安が良い方とは言え、スリだ物取りだって騒ぎもたまに起こる、気ぃ付けて歩かねぇと」
「うん、ありがと。だけどお嬢はやめてよ」
先日から彼女の護衛を任せられているのは、ライオンの頭が特徴的で、周囲より一回り大きく屈強な体を持つマヘス属の近衛兵、ゴダードだ。
城と城下の警備を任される近衛兵団の甲冑を着こみ、レジア王国の刻印が施された体に似合う大ぶりな剣を下げている。
彼はレジアの生まれではなく、元は傭兵としてレジアに来た。そしてその高い忠誠心と、類い稀な戦闘能力をかわれ、城の警備として仕える事になった。二児の父だ。
「お嬢はお嬢だろ、お。あそこの串肉、ありゃ絶品。うまい。あの肉を齧りながら、展望台で城を眺めるのが、どうやらここ最近の流行みてぇで、良くうちのチビ共と展望台いってその後、遊覧ボートに乗る。こりゃね、デートスポットっつー奴でもあってな、俺が若い頃はカミさんと」
ナオヤ達に置いて行かれ、知り合いも居らず、独りで城に缶詰め状態となり、徐々に元気をなくしていった彼女の気を案じた部屋付きの侍女が、城下を見て回ってはどうかと提案してくれたのだ。
ナオヤの留守中にイーノイにもしもの事があってはと、イーノイが外出するとなる度、近衛兵団長は厳重な警備を付けようとしたが、イーノイは大仰過ぎると断り、そこで城下の事情に明るく、信頼ができ、人当たりもよいゴダードに白羽の矢が立った。
「そういう事言うから、また思い出しちゃった…」
一緒にテトへ下りた事を思い出した。
城下の案内をする護衛のゴダードとイーノイ。
串肉は買わずに、そのまま人の流れに乗って展望台まで来た二人は何気なく湖に浮かぶ城を眺めていた。
確かに、ここの景色は素晴らしく、鬱積した気分も晴れる気がしたが、やはりそこには足りないものがある。
「おい! なんだあれ!」
展望台にいた見物人が声を上げた。何事か騒めき始めた声のした方を見ると、一組のカップルが上空を指さしている。
釣られて何人もがそれを見て、どよめきが走る。
だがその方向をみたイーノイは真逆の対応だった、笑顔の花を咲かせ、そして
「ナオヤさん…」
「流星だ!」
「アラマズドの流星だ!!」
青い空に、灰色のフロンティア号の船体が太陽の光を反射して浮いている。
徐々に城上空に近付いて、轟々と核反応ジェットの轟音一帯に響かせ、城の上を一度旋回し、湖に浮かぶ一つの小島に狙いを付けた様にその上空で停止する。
ジェットの波動が遠く離れた展望台に居る人々の身体を重く激しく打ち付ける。
風までは感じないが、湖面を走る波の速さが、あの物体の下から巻き起こされる凶悪な炎の4本足から吹き付けているものだというのははっきりしている。
「天馬だ!!」
その姿を見た誰かが叫んだ。
それが天馬ならば、王都中の誰もがその嘶きを聞いただろう。
人々は、イーノイにとって少し懐かしいその船を指差し、愕き、そして喜ぶ。
大人子供の境、種族の境無しに、宗教の境も無く、誰もがその雄々しい姿に目を奪われている。
ゆっくりと、群衆に見せつける様に高度を落とし、湖面の水と、小島の砂埃を周りに撒き散らせながら、その巨体を着陸させるフロンティア号。
城は大混乱だ、展望台からでも解るくらい、城の城壁や螺旋階段を列をなして兵士達が上を下にと駆けずり回っている。
居ても立っても居られなくなったイーノイは、展望台に集まり、その光景に夢中になって居る群衆をかき分け、走り始めた。
「ナオヤさんが帰ってきたっ!」
ゴダードはその炎の足を地面に吹き付けて中に浮かぶ物体を大きな口を開け驚愕した目で見ている。
「お…おおお… … なん…つぅ派手な…」
ゴダードを気遣う余裕も見せず、イーノイは城へと駆けだして行った。
船のハッチが開き、そこからステップを降りる四人。船が着陸した小島から、湖越しに見る湖畔には、大勢の人だかりが出来ている。
「だよなぁ… こんな騒ぎ起こしちゃったら王様に怒られる気がするわ…」
手にはルキアが認た手紙を持っている、都に付いて、最初にあった城の者にこれを見せろと渡されたものだ。
既に城からは押取刀でこちらに手漕ぎの船が何艘も向かってきている。
城の城壁の上、窓という窓には兵や侍女達、そして沢山の人が顔を出し、中には手を振っている者もいる。
「ゴムボートの必要はなさそうだな」
周囲に続々と集まる手漕ぎの船を見てヴィータがそう言った。
次々に小舟から上陸し近寄る兵は、フロンティア号に盾を構えて警戒している、その中から城内で、何度か顔を合わせ見知った近衛兵団長の姿も有った。
彼はナオヤに近づき困ったような笑顔を浮かべながらも冷静だ。
「エレジア王がお待ちです。こちらの船へ」
「すみません… こんな、騒ぎを起こしちゃって…。あ、あとこれ」
ナオヤから渡された手紙を手にフロンティア号を見あげている近衛兵団長
「これが… あの…」
「ナーオーヤーさーん!」
聞きなれた声に辺りを見回す。その声は、城からの小船の一団とは違う方向から寄せて来た、一艘の貸しボートからだ。
本来は、決められたブイが浮く範囲から出る事を硬く禁じられたその遊覧用の貸しボートを、せっせと漕ぐライオンの獣人と、そのボートから身を乗り出して手を振っているイーノイだ。
湖を監視している城の尖塔の上で、小島に着陸した物体を警戒していた何人かが、そのボートを見つけ弓を構えるが、慌てて誰かが止めに入る。
イーノイを見つけたナオヤ表情が一変する。
周囲を近衛兵に取り囲まれたナオヤが、ふらふらと引き寄せられるようにイーノイの来る方向へ歩き出し、周りの兵は自ずとナオヤの道を作る様にそこを譲る。
ボートが岸に完全に着く前にイーノイは飛び降り、一目散にナオヤへ駆け寄りその胸目掛けて飛び込む。
「おうふッ」
勢いで数歩後ろに下がってしまい、それが可笑しくて思わず笑いが込み上げる。
「アハハハッ イーノイ。ただいま」
イーノイはナオヤの胸に顔を埋めたまま、大きく息を吸い込む、臭いを嗅がれている気がしてナオヤはすこし恥ずかしくなる。
顔をあげた彼女の青く透き通る目には涙が浮かんでいる、だがイーノイは喜びを爆発させる様に元気な声で帰還を労う。
「おかえりッ! ナオヤさんッ!」
「うん、待たせて、ごめん」
すると、見る見る内に彼女の涙が溢れ、その頬を伝わり流れ落ちる。
「イーノイ…」
彼女はまたナオヤの胸に顔を隠すように埋めた。
「もう、大丈夫、もう大丈夫だもん」
「うん、そうだね、もう大丈夫だ」
そういうイーノイの頭をさすり、自分がいない間に彼女に何があったかを考えた。
抱き合う二人を邪魔する事は、誰にも出来なかった。イーノイは憚ることなくナオヤの胸に顔を埋め、尻尾までナオヤの腰に絡めつけていた。
「いやぁ腕がパンッパン…! うちのチビと乗った時もこんなに漕がされた事ぁなかったわ、フハハハ」
「ゴダード、ご苦労だったな」
城の兵が続々と島に詰めかけ、トーニャは保護され、黒装束の女はそのまま拘束されていった。
この一件で流星とその乗組員は王都エルダニアの民衆に認知される事になる。
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