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天誅

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 カスピラーニの誰かを呼び止める声が何処かからか聞こえる。

 だが、この指揮官に今の惨状の中話しかけられて、その命令を忠実に実行できる様な忠義をもった部下が居るのなら、それは奇特な人物だ。
    もちろんカスピラーニには一人として忠誠を見せる者等、居る筈もない。

「おい! お前… ちょっとまておい、ジジイを見なかったか? おい!! 俺を無視するな!」

 土煙の中から亡霊の様に現れる放心状態の兵士も、その必死の呼び掛けは届いていない、衝撃波で鼓膜が破壊されている。
 前後不覚に走り出し、悪い視界の中で時折発生する爆発の破裂音。
   耳が聞こえる兵も、この音には耳が十分慣れた、だがこの土煙の中、チュイン。
   と高い空を裂く様な音が聞こえると、急に身体に穴が開き、崩れる様に血を吹き出して倒れる現象に兵達は恐怖していた。

 そんな恐慌状態のイギスト帝国の甲冑を着た兵の間を、するりするりと抜き身の剣を片手に、レジアのキュイラスに身を包んだエルフェンが紛れこむように進む。
    顔が確認出来る距離迄近寄ると割れんばかりの大声を上げた。

「イヴァエルドカスピラーニ!!」

「な?    なんだ!?」

   振り向いたカスピラーニは、土煙の中、レジア王族の象徴とも言える銀髪を靡かせ、憤怒の形相で佇むルキアを目の当たりに、声を詰まらせている。

「レジア王国へ布告無く侵攻した国家協定違反! ならびに付随する数々の条約違反! そして、捕虜暴行のかど!! 貴様を戦争犯罪人としてレジア法に則り!」 

 緻密な刻印がされた剣の切っ先をゆっくりともたげ、カスピラーニへ向けた。

「この場で処刑する!!」

 ルキアは瞳に薄っすらと涙を浮かべて居るが、それはこの土煙の中、確認できるものは居ない。

「なぁ~?」

 カスピラーニはこれ以上ない程高い声を、喉を引き攣らせて絞りだした。

 ルキアはゆっくりと一歩、踏み出す

「おい! 誰か! ここに奴が出たぞ! レジアの… あのッ!! いいくいくさの!!」

 じりじりとカスピラーニは後退る、だがその距離を処刑執行者の一歩が、無情に詰める。

「他国の森を冒涜し、流星略奪を謀り、あまつさえ捕虜にした無抵抗の者への拷問…、強姦…、殺害!」

「お、俺が来たくてココに居るとでも思ってるのかぁ!! 考えても見ろ! もし貴様の命令を聞かない貴族が居たら! 王族の貴様はどう処分する!」

「貴様は太陽神に仇す者… この光景を死ぬ前に心に刻み、これが、アラマズドの鉄槌と知れッ!!」

 言い終わる最高のタイミングで、レールガンから発射された弾丸の閃光と、プラズマを発生させる程の速度が巻き起こす轟音が頭上を走り、着弾地点で閃光を上げ破裂し大きな土煙が巻き起こる。

 カスピラーニはぺたりと座り込み、股間にジワリと情けない染みを晒したかと思うと、その染みを大きく拡大させ失禁している。

 だがすぐにその様子に気が付いた兵が近寄ってきた、カスピラーニはこれで助かったとばかりに安堵する。
 近寄りつつあった兵仕の鎧を、カカカカンと短く連打する音が響き、若干の火花が散ると、その兵は歩く途中で寝てしまったかの様に倒れ動かなくなる。

「ヒィィ」

 すぐに奇声をあげ四つん這いで逃げようともがく。

「見苦しいにも、程がある… 立ったままか跪くか騎士らしく選べ!!」

「待って! まてまて待って待ってって! そうだ金で解決しようッ… な…? そうだ!! あッ!! あッ! そうだそうだそうだ捕虜になろう! そうだレジアは捕虜を拷問しなぁぁい!!」

「どの口が… 今捕虜と言ったッ…!!」

 ルキアは構えた剣を流れの様に滑らかに動かし、その淀みない作法のまま腰が抜けた男へ踏み込んだ。

 一連の動作を終え踵を返すルキアの背後には、頭部と手首が離れた状態で、かつて男だった躯が転がっている。
 他国と言えど、叙勲を受けた身分だ、潔く騎士の誇りをもって終らせてやろうと、慈悲をかけた自分を後悔していた。
 一部始終だまって見ていたナオヤは、これで終了とばかりに声を張り上げる。

「よし! 皆船へ走るぞ!」

「陽動は完了した。これより移動する」

「陽動…? これが」

 船のハッチめがけて全力で走る。
 途中でナオヤに気が付いて近寄ってくる兵を、ルキアがすり抜け様に切りつけ道を作る。
 ナオヤは後ろから追いかけてくる敵に制圧射撃を浴びせ、身につけていたスモークグレネードのピンを抜き、投げつける。
 すぐに辺りを土埃とは色の違う煙幕が覆い、入口へ走るルキアとナオヤ、助け出した捕虜の女性エルフェンの姿を隠した。

 船のハッチはナオヤを待っていたとばかりに開きだす、ゆっくりとステップが下りてくるが、それを待ってる訳にはいかない。
 すぐに二人を中に押しこむ様に乗船させ、自分も船に乗り込んで向かう先は操舵席。

「いいぞ! 全員乗った 閉めろ!」

 狭い通路を進み、素早く操舵席に座る。
 いやに懐かしいイメージが沸き、次いで寒気がお約束の様にやってくる、ブルリと武者震いの様に態と震え、それを打ち消す。
 この感覚は懐かしいだけで、大事な事はてんで思い出さない使えないデジャヴュだ。
 大事な時に発作の様に襲ってくるから迷惑でしかない。

「そのまま操舵席中央のパネルに手のひらを乗せろ。もうそれで始動する。船に入ってしまえばもう手出し無用だ」

「わかった」

 言いながらナオヤは胸のプレートキャリアを毟る様に外し、脱ぎ捨てた。
 重くて仕方がないといった具合にプレートキャリアのベストと、なにかのコードで繋がれた軍用ヘルメットのヘッドギアは、床に転がると重量物を落とした時特有の低い音を船内に響かせた。
 ルキアにもそのベストから発せられた音質でナオヤが直ぐに脱ぎたがっていた理由が理解できた。

「あとは既に私が出してあるプログラムに則って自…で上昇sss…r rrる。そrrr… と ナ ooooヤ… 虜は…nnn人… …込ん…」

 電波の通りが悪くなった。
 予定通りヴィータが移動して居るという事だ。
 言われた通り中央のパネルに手を乗せる。

 すると周りの計器が感染する様に広がり点灯し始める。
 僅かな鳴動音が徐々にはっきりとした振動に変化してゆく。

 最初は低く静かに、そして徐々に高音で力強い始動音が、眠りから覚めたフロンティア号全体を奮い立たせるかのように響き渡る。
 メインモニターのパネルには、二つある原子炉の臨界値を示すグラフが表示され、次にカウントアップされる数値と比例して振動も大きく伝わってくる。

 船の外は、ヴィータの陽動攻撃もなくなり、徐々に恐慌状態から回復する兵と、下山ルートの催涙煙幕を回避して集結した兵でごった返してきた。
 辺り一面の悲惨な現状を、今だ信じられないと立ち尽くす兵や、駆け付けて来て何が有ったか説明を求める指揮官クラスの兵が、静かに、そして確実に鳴動し始めた流星を、畏怖の念で見つめている事しか出来なかった。

 フロンティア号の上部と前方の吸気口がスライドしながら開き、同時に船体下部面の端部にある耐熱パネルが4か所内側へ開いた。
 するとその中からゆっくりと、格納されていた推力偏向装置ベクタード・ノズルが突き出した。

 キィンとした甲高い回転音が徐々に音程を上げて可聴域から消える、船体上部に巻き上がっていた塵や葉っぱが振動でずりずりと動き出す。
 推力偏向装置ベクタード・ノズルは船の重心を割り出し、最適な角度を探し当てセットされた。 
 すると吸気口が空気を一瞬逆流させ、鼻を鳴らすかの様に広範囲にその異物を吹き飛ばすと、打って変わって今度は吸気をそこから吸い込み始める。
 吹き飛ばされる様に舞ったチリや埃は一瞬磁力線の様な放物線を形成し、消し飛んだ。
 マグネターシールドが一瞬展開された効果だ。
 吸気口の周囲の空気は一瞬で取り込まれて周囲からの補給が間に合わず真空化し、水蒸気の靄を出現させている。
 今まで誰も聞いた事のない様な轟音、生き物の可聴範囲では到底対応できない波動。
 それは衝撃波と共にノズルから熱で歪んだ空気を吐き出す。

 兵たちは先の混乱で放心し、撒きあがる砂ぼこりに圧倒され、爆音で仲間との会話も出来ず、目の前の流星から押し寄せる熱風に飛ばされた小石が鎧の隙間の僅かな皮膚を一瞬で切り裂いて倒れる仲間の様子を目の当たりにする。 
 そして本能で気が付く。

・・・チュィーン・・・

 こいつの近くは危険なのだ。
 全員が理解した時には遅かった。
 充分遠くに距離を取った筈の兵士数名が倒れたと思うと爆風で飛び跳ねた石や枝が、散弾の様にチュンチュンと高い音の軌跡を残し襲い掛かる。
 ノズルの角度が一瞬微調整され、ついに核反応タービンで生まれた莫大な推進力が偏向装置ベクタード・ノズルを介して火を噴いた。

 灰が吹き飛ぶかの如く脆く消し飛ぶイギスト帝国兵。
 倒れている巨人族ギガンテスの巨大な死体も風圧で持ち上がり最初はゆっくり転がり、次第に加速度を付けあらゆる物を巻き込んで宙を舞った。

 重量1千トンを優に超える巨大な船を、軽々と持ち上げる推進力が生む爆風だ。

 そしてその質量の物体を宙に浮かせて停止させる事も出来る、だが、その下は爆風と圧力の地獄絵図なのだ。
 辺り一面の兵を跡形もなく吹き飛ばし、フロンティア号はゆっくりと何よりも高い位置まで上昇した。
 ここで発生したこの轟音は周囲の数十キロ四方にまで轟く、これも合図の一つだ。

 上空500メートルほどまで上昇してホバリングする船体を確認したヴィータは、回復した電波でナオヤに話しかける。

「聞こえるかナオヤ」

「ああ。聞こえる」

「いま船を旋回させているのはナオヤか?」

「ああそうだよ。もしかすると操縦、身体が覚えてるのかも」

「ほう、それは予想外だ、では着陸場所の座標を送るから、ナオヤやってみるか?」

「あー冗談冗談… ちょっとそこまでは気が早いかな」

「そうだな、ところで。途中捕虜を捕まえゲストを二人に変更したならその時点で教えてくれ」

「いや…、変更はない。あのカスのヤロウはルキアが首を…」

「だがその船にはナオヤとルキアの他に、二人乗っている事になっている」

「……」

「船内の映像が欲しい、プレートキャリアとヘッドギアを装着するんだ」

「あれ重、たいから… 絶対に… 嫌だ」

「ナオヤ、どういう状況か把握してるのか? 説明できるか?」

「まず皆落ち着きませんか? まじで普通に」

「ナオヤ?」

「ちょヴィータは少し黙っててくれ」

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