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考察
しおりを挟む色の乏しい世界をナオヤは暗視装置越しに見ていた。
頭に装着しているのは可視光の緑の波長と、熱赤外線を増幅して映し出すハイブリットタイプの暗視装置だ。
それを数多くのアタッチメントが装着できる軍用ヘルメットに装着している。
顔半分は隠れ、口元しか肌は見えていない、この部分も他のパーツで覆い、フルセンシングスーツの頭部に出来る互換性があるが、現在その制御システムを伝達する配線は、ナオヤが身に着けているプレートキャリアに繋がっていた。
暗闇にくっきりと映し出される警備兵が二人、歩いてくるのが見える。
ナオヤの目線で見る二人の頭部には、ご丁寧にもタグが付けられており1,2,とマーキングまでされていた。
少し離れた草むらにはルキアが息を潜めしゃがんでいるのが、熱赤外帯域の波長で確認できる。
彼女の腕に巻き付けたストロボライトが、緑色の世界を機械的な感覚を開けて点滅させては、自分の位置を、その緑の世界を見ることが出来る仲間だけに知らしめている。
「僕が1を… じゃなくて右殺る、それを合図に左を…」
「わかったわ…」
骨伝導を拾うマイクと高性能スピーカでどんなに小さな声でも聞こえる。
彼女にタグは見えてない。
エルフェンの感覚器官は鋭いのか、彼女は裸眼でナオヤに付いてきている。
スコープの中心には警備兵の頭。
せめて苦しまずに終わらせてやろうと、呼吸を整え、ナオヤは引き金を引いた。
消音器を取り付けたショートバレルのアサルトライフルは、鉄を打つ僅かな動作音を出し弾丸を発射した。
排莢された薬莢は銃全体を覆ってあるソフトスキンカバーに付いているダンプポーチに勝手に入る。
再利用できる資材は全てリサイクルする、無駄にして良い物。なんてものはない、コロニーで旅を決意した人々は限られた資源に頼る事を余儀なくされた。捨てるもの、という言葉には特別な感情すら芽生えたほどだ。
右の警備兵の髪の毛一束がフワリと何かの衝撃で浮いた瞬間。
脳を破壊された警備兵は糸の切れた人形のようにその場に崩れる。
左の警備兵は隣を歩く仲間が蹴躓いたかと右を見た時、ルキアがスルリと滑らかに剣を突き出し、瞬時に息の根を止めていた。
ナオヤはルキアが器用にあの長い剣を使う時、音を立てない様に配慮している事に感心し、少し驚いていた。
「ルキア… すげぇじゃん…」
すると、その声をイヤホンから聞いたルキアの咽る気配がすると、ルキアとタグ付けされた熱生体のサーモビューワーの色温度が見る見る上がっていった。
そのまま二人の死体を草むらに隠す。
「300メートルほど後ろ」
ヴィータの警告と同時にゴーグル内に後ろに注意するよう促すポップが表示され、振り向くと一人。
ナオヤ達の居る側に急にルートを変更した人影に表示はプロックしている
ヴィータの監視の目は広域を網羅し、的確に状況を伝えてくる。
「了解」
「後ろから一人来る。これは私が始末する。死体を頼む」
「了解」
振り返ると松明を持った兵が一人こちらに近づいてくる。
酔ってる。足取りが覚束ない。
千鳥足の兵の頭部に音もなく着弾し、後ろ側へ暖かい液体と固形物を飛び散らせ、かつて男の一部だった物を温度差としてナオヤは認識しつつ、その死体を引き摺り、踏み荒らされ、刈取られ、隠れる場所が少なくなった草むらに、隠す。
ただここに着陸してしまっただけで、こんな事態にまでなった、イーノイの住処。
思った事が口に出やすい性格のナオヤは、感情も声色に出やすく、心理的な機微を会話や表情から観察しているヴィータには分かりやすい判断材料だ。
現在は、状況に困惑しているようにぼやき始めた。
「戦争行為だよな… 明らかに。自衛権使える状況になってるのかな… これって…?」
「ナオヤ、我々を縛る法律と規則規約は時効を迎えている」
「この山の有り様をさ… イーノイが見たら、僕の頭は何発叩かれるか予測付くか? 演算してくれよちょっと」
色々と不安材料があるらしい。
「今そういう事にリソースを裂く余裕はない、もう一人倒す」
酔ってふら付く不規則な運動を、ヴィータは完璧に計算し、こちらもサプレッサーを付けたマークスマンライフルを構え、スポッターと射手を同時に処理しながら倒してゆく。
体重量500キログラムの身体をどっかりと座らせ、岩を背に、投げ出した両足先は杭のように地面にめり込ませ、作戦範囲全てを見渡している。
歩兵の骸をナオヤは草むらに引きずり、また隠す。
ルキアも状況を把握してナオヤと同じ隠蔽作業を手伝う。
巡回の兵とそうではない兵、居なくなっても怪しまれない兵と決まったパターンで動く兵。
パターンを解析し予測した行動範囲とリスクを割り出し判断すれば迅速に障害を取り除く、それを何度か繰り返し、次の段階に移る。
伐採され山積みになった丸太の影に、二人前後に並んで今は物陰に隠れている。
ナオヤはしゃがんだ状態まま後ろのルキアに。
「ルキア、僕の背中のバックパックを開けて、中からケースを2こ取り出してくれるかい」
「わかったわ、これね?」
ルキアが急に言われ、直ぐにナオヤの背中に手をかける。
「この摘み、これをもって引っ張って開けて欲しい、ゆっくり、音を立てないようにね」
耐水ジッパーが開く様子にルキアは小さく感動するが、余計なことは顔や声に出さないように、言われた事を続ける。
中を覗くとすぐに目ぼしいケースを見つけ取り出した。
ケースをナオヤが開けた、このケースは、中身を宝石の様に大切に守る様に造られているのだと、一瞬で理解できたが、中からナオヤは毛糸の様なものを何本かまとめて取り出すと、蓋を閉め、ケースを返してきた。
ルキアはそれをバックパックにしまう。
ナオヤが黙ったまま行動を止め見ているのはあの面体の裏側だ、今も隙間の中から僅かにだが光を漏らしている。
先ほど見たゴーレムの胸の情報といい、ナオヤのこの面体と言い、この者達の扱う情報が戦闘でどういう意味を持つのか、集団戦を経験し作戦を立てる立場にあるルキアには恐ろしいほど理解できた。
エルフェンは本来接近戦をしない。
遠距離の戦い方を好む種族だ、弓での狙撃や曲射、罠。
剣を横に振れない程茂る森の中での戦闘。
人間達は集団と数に任せた力押しの面制圧と、勢いや時勢の流れに乗る戦闘ばかりを好む傾向にある。
兵士を消耗品と考える戦法は戦死者を極力増やしたくないエルフェン族の兵法とは絶対に相容れない。
それが卑怯だ汚いと他種族から罵られようが、先制攻撃で敵を仕留め、生き残る為には敵より情報を多く持つことが最重要だとルキアは理解していた。
そしてこの男が見ているのも情報、それも戦況に即し、精度は限りなく高い。
そして、あの矢筒だ。
イギスト帝国がつい最近石火矢という矢筒を作ったと聞いた事があった。
発破の力を一転に集め、その力を使い飛ばした石礫を、我らエルフェン族の放つ弓と同じくらい飛ばせるという噂だ。
原理はわかるがどうせ眉唾だ。そう考えて居た。
ナオヤが打ち出しているあれは音をさせていない、あの離れた山の上から撃ち下ろしているヴィータも、弓とは比べ物にならない速度なのに、音を出さない。
つまり発破でもなければ魔力でもない。そしてあの威力と制度。
うすら寒い目でルキアに見られているナオヤは、さっき取り出した毛糸をもう一つのケースから出した小さな筒に張り付けてた後、その小さな筒に何かを注入している様子だ。
ナオヤは煙幕を張ると言っていた、煙を出す古典的なやり方だ、エルフェンは霧を利用する使い古された戦法だが、それを局所的に使い、部隊を隔絶させ混乱を起こさせる。
「なん%くらいなら死なない?」
「30%で十分動きを止められる、アレルギー持ちは… 稀に死ぬ事も」
「じゃ25%に設定するわ」
死ぬとはどういうことか、少しだけルキアが怖い顔をしてナオヤを見る。
「毒混ぜてるのね?」
「うん…、…よし。全部入れた」
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