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1、夢にまで見たあの娘
初日
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破裂音にも似た音が響き渡る。
打突部位、いわゆる面や小手、胴、突垂を捉えた時に発生するその音は、とても500グラム程度の重さの竹の棒がもつ力には思えない。
その音は踏み込みの力も相まって、築50年を越える木造の道場を、壊さんばかりに振動させる。
S県T市にある県立古寄高等学校剣道部は、夏休み初日から絶賛稽古中だった。
眼前に対峙するひとつ上の先輩、竹村博紀は竹刀を中段で構え、私の正中線、正確に言えば喉仏のあたりに竹刀を合わせる。
「ーーーーーーーーーッッ!」
気勢を充実させるべく、先輩が吠える。
正直、俺は剣道を小学1年から高校2年の現在まで続けてきたが、このとき大体の人は何を叫んでるのかすらわからない。もちろんそれは自分にも言えることで、ビデオ等で撮った試合をあとで見返しても、何を言ってるのか全く分からない。これはもう一種の咆哮だろう。人間が自然界から離脱したことでしなくなった、威嚇に近い何かなのだ。
武道とは理性の皮で、暴力を包み込んだモノだと最近は思う。
と、そんなことを考えていると、先輩は声の勢いそのままに、雪崩のような咆哮と共に、私の面を目掛けて技を繰り出した。
「面ッッイヤァーーーッ!」
莫大な推進力をもって蹴り出された体は、一瞬にして私との間合いを削り取った。
このときの技の起こりから完結、要するに竹刀が部位に到達するまでは凡そ0,2秒程であり、とても人間の目に追える代物ではない。
しかし、俺はその先輩の繰り出した渾身の面をさばき、既に返し胴で腹を横凪ぎにして打ち取っている。
「胴ッッ!」
相手が動いてからじゃ遅い。先の先を狙え。中学時代の顧問はよく言っていた。
俺は相手の面を予測したのだ。いや、正確に言えば相手を誘いだし、面を打ってくるように操作したのだ。
それはボンヤリ上の空で考え事をしていた俺に出来ることではない。やろうとして出来ることではない。もう体に染み付いているのだ。勝ち方というものが。
残心を取って振り替えると先輩がジェスチャーで両肩をすくめ、おどけたようにこちらを向く。
稽古の中ではあったものの、そこには明確な勝利があった。
数年前の自分ならば素直に喜べたのだろう。きっと無邪気に勝利したことの喜びを噛み締めただろう。
しかし、今の俺は心から喜べなかった。
俺は先輩の顔を面越しに見た。小窓から入った夏の日差しでよく見えなかった。
シャワーを浴びたばかりの体を、夏特有の粘っこさを孕んだ風がなぞる。
暑さとも寒さともつかない感覚に、俺は真夏の陽射しの下で震える。
「疲れたぁ……」
そんな俺の横では、同じ2年の田嶋寛貴が弱音を吐きながら、だらだらと体を引きずるように歩いていた。
「まぁ、他の高校に比べれば楽な方だろ」
俺は寛貴を諭すように言った。
「いやぁ、でもしんどいぜ? 結構」
「まぁ、それは同感だよ」
推薦で古寄高校に入学した俺には、差ほど苦では無かったが(むしろ中学時代と比べれば楽な方だろう)、寛貴にあわせてそう言った。
寛貴はぶつくさと、「夏休みの初日くらい休ませろや」とか「あの鬼コーチめ」だったりと愚痴を言っていた。
俺はそんな寛貴の言葉を右から左に流しつつ、夏の日差しに照らされる古寄町の風景を眺めていた。
俺たちの通学路は田んぼ以外なく、学校までは一本道のようになっていた。というか、この町は基本的に田んぼと自然豊かな森や川しかない。それがいいところでもあるのだが、つまらないとこでもある。
なにもすることがないのは高校生にとっては苦痛でしかないのは確かだった。
今さら虫取りなどしないし、外で遊ぶこともない。まぁ、部活で疲れて寝てしまうのが当たり前なのだが……。
「い……おい、聞いてんのか?」
「あ、ああ悪い。考え事してた」
「おめぇそういうとこあるよなぁ」
寛貴は両腕を頭を後ろに組み、ズカズカと俺の2歩ほど前を歩いていた。
サブバックをリュックサックのように無理やり背負い、上下にそれを揺らしながら歩く姿はおもちゃの人形のように見えた。笑いそうになってしまった。
東京ではそんな背負い方してるやつは見たことなかったからだろう。
「だからさ、夏が終わったから大会だからさ、気張っていこうって話よ」
「新人戦か」
「せやで。これに勝てなかったから六年ぶりインハイなんて夢のまた夢だぜ?」
そうだ、インターハイである。
古寄高校は強豪校として知られる古豪。しかし、6年前のインターハイ出場を皮切りに、ピタリと全国への道は途絶えてしまった。
それを憂いたうちの顧問、現古寄高校剣道部師範 清水町彰は選手層を厚くするべく、様々な高校から推薦で生徒を取ったのだ。
古豪であるにしても、一県立高校が、何故ここまで推薦をとれるのかは分からないが、そのお陰で生徒は集まり、剣道部は大所帯となった(他の強豪と比べると少ないものの)。
俺もそのうちの一人というわけだ。ちなみに、俺の眼前を闊歩するコイツも、一応推薦組だ。
「出てぇな、インハイ」
寛貴はボソッと呟いた。
しかし、俺はその言葉に答えることは出来なかった。
そのことに気づいたのか気づかないのかは定かではないが、寛貴は突然話題は切り替えた。
「あ、そういえばさ」
振り返りながら寛貴が言う。
「なんだよ」
「お前見た?」
「だから何をだよ」
「あの昨日の隕石みたいなやつ」
「は? 何のことだよ」
寛貴は俺たちが歩いてきた通学路を振り返り、出発点である古寄高校、ではなく、その裏手にある裏山を指差した。
「昨日、俺みたんよ。なんか光ってるものがあそこに落ちるの」
「はぁ? 」
ついに頭でもいかれたかのと思った。とてもまともに受け入れられる話ではない。
そんな俺の疑いの目を感じ取ったのか、寛貴は怪訝な表情を浮かべる。
「いや、嘘じゃねえって」
「いくらド田舎だって、隕石が落ちたりすれば誰かが気づくし、警察とか消防とか色々来るだろ」
「まぁ、そうなんだどさ……ホントに見たんだけどなぁ……」
信じてもらえないことを不満そうに、帰り道をまた歩き出す。
俺もそのあとに続く。
「ホントかよ。で、何時ぐらいに見たんだよそれ」
興味本位で聞く。
「うーん。3時ぐらいだったかなぁ?」
「確定。おめぇの夢だ」
あははと笑い飛ばす。これは完全に寛貴のみまちがい、もしくは夢だろう。
「馬鹿にしやがって! ぜってぇ見たんだって!」
「はいはい。」
「くそぉ! マジでムカつく!」
寛貴の声は晴天の青空に吸い込まれていった。
俺は軽くあしらったつもりだったが、何故だかその話に少し興味があった。こんなことを寛貴に言えば、すぐに馬鹿にされるから言わないが……。
視線を前を歩く寛貴の後ろ姿から、裏山へと移した。
しかし、そこにはいつもと変わらない山が聳えているだけだった。
「おい! 早く帰るぞ!」
「お、おう」
その声に慌てて振り替える。
しかし、寛貴はこちらを向きもせず、叫んで俺を呼んだけだった。
苛立ちからか、足音が地団駄のようになっている寛貴に続き、歩き出す。
俺たちの歩く道路の遥か向こうは、陽炎のせいで、輪郭がつかめなかった。
「ただいま」
俺はドアを開けた。
そこは、殺風景な部屋があった。もちろん俺の部屋だ。
俺は玄関に靴を脱ぎ捨て、ベットに倒れ込んだ。
俺は天井についた壁の染みを見た。
寛貴の話が蘇ってきた。
いつもおちゃらけてふざけている奴だから、あんな風にあしらってしまったが、いつにも増して真剣だったような気がしなくもない。あんなやつに今まで罪悪感など抱いたことなかったのに、何故だか悪いと思ってしまった。
それはきっと心のなかでは、俺自身もあのことを否定しきれていないからかもしれない。
不思議なことは案外あるから否定しきれないのだ。
現に俺は今、毎晩見る夢に悩まされている。いや、悩まされてはいないが、気になっている。
悪夢というわけではないが、必ず1人の少女が出てくるのだ。どんな内容かは毎晩変わるのだが、必ず1人少女が出てくるのだ。
この夢を見るようになって既に一ヶ月程がたつが、心当たりは全くない。
むしろ、そんな夢なんかが左右されるほどの要因などあるはずもない。
ストレスなどからの悪夢ならわかるが、女の子の夢など見ることなどあるのだろうか。
これほどまでに同じ少女が出てくる夢を見るというのは、不思議なこと、というより異常としか言えないのではと思い始めている。
前にテレビでそんなような都市伝説を見たことがあるが、それは男だったから違うのだろう。女バージョンもあるのかもしれないが。
案外、その隕石みたいなやつも関係あるのかもしれない。結構不思議なことと不思議なことは繋がっていると聞く。
だから、俺のこの夢と隕石は関係なあるのかもしれない。いや、ないか……多分思い過ごしだろう。
俺は時計を見た。時刻はまだ1時半過ぎだったが、睡魔と疲労に体を押し潰されそうになっていた俺は、既に眠る一歩手前のコンディションだ。
部活での疲労と難しいことを考えたせいか、体が倦怠感に包まれていた。
俺はベットの上で大きく伸びをした。
「あぁ、つかれたぁ」
誰に聞かせるわけでもなくこぼれでた独り言は、壁に染み込んだ。
推薦で古寄高校に入学する過程で引っ越したこのアパート。母方の親戚が営んでいるここに、俺は高1から住んでいる。
はじめの方は、何故だか解放感や自由が、不安なんかを押し潰していたが、二年目ともなると後者が浮き彫りになってくるのは致し方ない。
しかし、俺はここが気に入らないわけではない。
すると、突然鍵を閉めた筈のドアノブが回転し、開け放たれた。
そこに1人の女が入ってきた。
「また、靴を脱ぎ散らかしにして」
不法侵入してくるこいつ以外は……。
俺は足もとの向こう、ドアを見る
「ノックくらいしてくれよぉ」
「いいじゃない従兄弟なんだし」
ため息しかでない。
京極波奈。彼女は俺の従兄弟でアパートの管理人、要するに母さんの姉の娘だ。
合鍵を使って部屋に侵入してくるやつだ。
ついでに言えば、俺の隣の部屋に住んでいる。自分の家があるのに住んでいるのである。
何故だかはよく分からない。
まぁ、一人暮らししたい気持ちは分からなくないでもないが。
「で、何の用?」
「カレー多く作りすぎたからお裾分けで持ってけて、母さんが」
「なるほどね」
小脇にか抱えていたタッパーを台所に置く波奈。そのままの流れで、気づくと波奈は、ナチュラルに俺の部屋の食卓(ちゃぶ台擬きみたいな小さい机)の前に腰を下ろしくつろいでいた。
そんな波奈に、ベットから起き上がった俺は水を出す。
「あ、ありがとう……って水じゃない」
「来客なんて想定してねぇっての」
いや、嘘だ。ほんとはある。ただこいつに使うのは惜しいだけだ。別に仲が悪いわけではない。まぁ、ずかずかと毎回上がり込んでくることは気にくわないが、悪いやつではない。
一人暮らしで不自由がないのは、こいつがお節介を焼いてくれてるからというのも一理ある。
小学6年までは近状に住んでいたので、何かあるごと遊んだりしていた。
しかし、親の都合で古寄町に引っ越して行ったのだ。
まさか、俺がそのあとを追うように古寄町に越してくるとは双方思っていなかった。
「もう、用は済んだだろ?」
「何よ、帰れっていうの? 冷たいわね」
「まぁ、そうだな」
「ひどいなぁ」
俺たちはこんな他愛もない会話をかわす。
「あ、そういえばさ!」
突然、波奈が身をのりだし、興奮したように話を始めた。
そんな波奈を制止するかのように俺は言った。
「隕石を見たとかならお腹一杯だぞ?」
「あら、彰人も見たの?」
マジかよ……。まさか本当にその話だとは思わなかった。
嘘だと断言できない自分はいたものの、この時点まで寛貴の戯れ言だと思っていたそれが、もう1人の目撃者によって確信に変わってしまった。
興味がないといったら嘘になる。しかし、寛貴にあんなことをいってしまった手前、ここから詮索に入ることもできない。
俺はさりげなく、波奈に問いかけた。
「いや、寛貴に聞いたんだ。なぁ、それって本当なのか?」
俺の問いかけのあと、波奈は鼻の穴を大きく広げ、興奮したように話し出す。
昔から心霊現象やオカルトの類いが好きな波奈にとって、人生初の(多分)超常的な体験なのだ。無理もない。
よく小学生の頃は、幽霊を見るだとか、宇宙人を呼ぶだとか、訳のわからないことに付き合わされたものだ。まぁ、いい思い出だ。
そんなこんなでオカルト好きな波奈だが、こいつはそのくせ俺の夢の話をしたら、病院行けばとか言いやがったので信用ならんところもある。
俺が不審の目を向けていることに構わず、話始める波奈。
「いやぁ、朝の四時頃にね、部屋の窓の外を覗いてたんよ! なんだか寝られないからって! そしたらさ、裏山の方に一筋の光が落ちていったのよ! それも隕石とかそういうのじゃなくて、ふわふわゆっくりとさ! あれは絶対宇宙人とか何かだよ!」
机をバンバン叩きながら力説する波奈に気圧されながらも、俺は返答する。
「わかった……わかったから」
興奮した波奈を落ち着かせるべく、同意する。
一体その光と言うのはなんなのだろうか。二人が目撃したと言い張る以上、嘘ではないのだろう。まぁ、集団幻覚かもしれないがそんなことはないだろう。
俺は波奈を見る。
はぁ、ため息しかでないなホントに。
小学生の頃と変わらないあの目で俺を見つめていた。
「で、何で俺にそれを話したんだ?」
波奈はニコニコしながら言う。
「わかってるくせにぃ!」
きっとその落ちた場所を見に行こうということだろう。
こいつはホントに変わってないなと思いながら、俺は考えた。
俺の見ている夢について。
そういえば昨日見た夢は、隕石が落ちてくる夢だったことを思い出した。
いつも出てくる女の子と広大な平原で、遠くに落ちてくる隕石を見るというものだった。
確かに俺の夢とは実際なにも関係ないかもしれない。
しかし、確証はないものの、何か夢のことが解決するのではという期待もあった。
そんな訳もあり俺は波奈に返答した。
「はぁ……明日の部活が終わったあとでもいいか?」
波奈は両手を広げて大声をあげて喜んだ。
「やったぁ!!!」
ホントに変わってないな。
俺は、そんな波奈から視線を移した。その先は自室の窓から見える裏山だった。
あそこに何かがあるのは確からしい。
一体なのんなのかは分からないが、俺の夢のことが少しでもわかればいいなという淡い期待はあった。
蝉の鳴き声が耳鳴りみたいに五月蝿い。
打突部位、いわゆる面や小手、胴、突垂を捉えた時に発生するその音は、とても500グラム程度の重さの竹の棒がもつ力には思えない。
その音は踏み込みの力も相まって、築50年を越える木造の道場を、壊さんばかりに振動させる。
S県T市にある県立古寄高等学校剣道部は、夏休み初日から絶賛稽古中だった。
眼前に対峙するひとつ上の先輩、竹村博紀は竹刀を中段で構え、私の正中線、正確に言えば喉仏のあたりに竹刀を合わせる。
「ーーーーーーーーーッッ!」
気勢を充実させるべく、先輩が吠える。
正直、俺は剣道を小学1年から高校2年の現在まで続けてきたが、このとき大体の人は何を叫んでるのかすらわからない。もちろんそれは自分にも言えることで、ビデオ等で撮った試合をあとで見返しても、何を言ってるのか全く分からない。これはもう一種の咆哮だろう。人間が自然界から離脱したことでしなくなった、威嚇に近い何かなのだ。
武道とは理性の皮で、暴力を包み込んだモノだと最近は思う。
と、そんなことを考えていると、先輩は声の勢いそのままに、雪崩のような咆哮と共に、私の面を目掛けて技を繰り出した。
「面ッッイヤァーーーッ!」
莫大な推進力をもって蹴り出された体は、一瞬にして私との間合いを削り取った。
このときの技の起こりから完結、要するに竹刀が部位に到達するまでは凡そ0,2秒程であり、とても人間の目に追える代物ではない。
しかし、俺はその先輩の繰り出した渾身の面をさばき、既に返し胴で腹を横凪ぎにして打ち取っている。
「胴ッッ!」
相手が動いてからじゃ遅い。先の先を狙え。中学時代の顧問はよく言っていた。
俺は相手の面を予測したのだ。いや、正確に言えば相手を誘いだし、面を打ってくるように操作したのだ。
それはボンヤリ上の空で考え事をしていた俺に出来ることではない。やろうとして出来ることではない。もう体に染み付いているのだ。勝ち方というものが。
残心を取って振り替えると先輩がジェスチャーで両肩をすくめ、おどけたようにこちらを向く。
稽古の中ではあったものの、そこには明確な勝利があった。
数年前の自分ならば素直に喜べたのだろう。きっと無邪気に勝利したことの喜びを噛み締めただろう。
しかし、今の俺は心から喜べなかった。
俺は先輩の顔を面越しに見た。小窓から入った夏の日差しでよく見えなかった。
シャワーを浴びたばかりの体を、夏特有の粘っこさを孕んだ風がなぞる。
暑さとも寒さともつかない感覚に、俺は真夏の陽射しの下で震える。
「疲れたぁ……」
そんな俺の横では、同じ2年の田嶋寛貴が弱音を吐きながら、だらだらと体を引きずるように歩いていた。
「まぁ、他の高校に比べれば楽な方だろ」
俺は寛貴を諭すように言った。
「いやぁ、でもしんどいぜ? 結構」
「まぁ、それは同感だよ」
推薦で古寄高校に入学した俺には、差ほど苦では無かったが(むしろ中学時代と比べれば楽な方だろう)、寛貴にあわせてそう言った。
寛貴はぶつくさと、「夏休みの初日くらい休ませろや」とか「あの鬼コーチめ」だったりと愚痴を言っていた。
俺はそんな寛貴の言葉を右から左に流しつつ、夏の日差しに照らされる古寄町の風景を眺めていた。
俺たちの通学路は田んぼ以外なく、学校までは一本道のようになっていた。というか、この町は基本的に田んぼと自然豊かな森や川しかない。それがいいところでもあるのだが、つまらないとこでもある。
なにもすることがないのは高校生にとっては苦痛でしかないのは確かだった。
今さら虫取りなどしないし、外で遊ぶこともない。まぁ、部活で疲れて寝てしまうのが当たり前なのだが……。
「い……おい、聞いてんのか?」
「あ、ああ悪い。考え事してた」
「おめぇそういうとこあるよなぁ」
寛貴は両腕を頭を後ろに組み、ズカズカと俺の2歩ほど前を歩いていた。
サブバックをリュックサックのように無理やり背負い、上下にそれを揺らしながら歩く姿はおもちゃの人形のように見えた。笑いそうになってしまった。
東京ではそんな背負い方してるやつは見たことなかったからだろう。
「だからさ、夏が終わったから大会だからさ、気張っていこうって話よ」
「新人戦か」
「せやで。これに勝てなかったから六年ぶりインハイなんて夢のまた夢だぜ?」
そうだ、インターハイである。
古寄高校は強豪校として知られる古豪。しかし、6年前のインターハイ出場を皮切りに、ピタリと全国への道は途絶えてしまった。
それを憂いたうちの顧問、現古寄高校剣道部師範 清水町彰は選手層を厚くするべく、様々な高校から推薦で生徒を取ったのだ。
古豪であるにしても、一県立高校が、何故ここまで推薦をとれるのかは分からないが、そのお陰で生徒は集まり、剣道部は大所帯となった(他の強豪と比べると少ないものの)。
俺もそのうちの一人というわけだ。ちなみに、俺の眼前を闊歩するコイツも、一応推薦組だ。
「出てぇな、インハイ」
寛貴はボソッと呟いた。
しかし、俺はその言葉に答えることは出来なかった。
そのことに気づいたのか気づかないのかは定かではないが、寛貴は突然話題は切り替えた。
「あ、そういえばさ」
振り返りながら寛貴が言う。
「なんだよ」
「お前見た?」
「だから何をだよ」
「あの昨日の隕石みたいなやつ」
「は? 何のことだよ」
寛貴は俺たちが歩いてきた通学路を振り返り、出発点である古寄高校、ではなく、その裏手にある裏山を指差した。
「昨日、俺みたんよ。なんか光ってるものがあそこに落ちるの」
「はぁ? 」
ついに頭でもいかれたかのと思った。とてもまともに受け入れられる話ではない。
そんな俺の疑いの目を感じ取ったのか、寛貴は怪訝な表情を浮かべる。
「いや、嘘じゃねえって」
「いくらド田舎だって、隕石が落ちたりすれば誰かが気づくし、警察とか消防とか色々来るだろ」
「まぁ、そうなんだどさ……ホントに見たんだけどなぁ……」
信じてもらえないことを不満そうに、帰り道をまた歩き出す。
俺もそのあとに続く。
「ホントかよ。で、何時ぐらいに見たんだよそれ」
興味本位で聞く。
「うーん。3時ぐらいだったかなぁ?」
「確定。おめぇの夢だ」
あははと笑い飛ばす。これは完全に寛貴のみまちがい、もしくは夢だろう。
「馬鹿にしやがって! ぜってぇ見たんだって!」
「はいはい。」
「くそぉ! マジでムカつく!」
寛貴の声は晴天の青空に吸い込まれていった。
俺は軽くあしらったつもりだったが、何故だかその話に少し興味があった。こんなことを寛貴に言えば、すぐに馬鹿にされるから言わないが……。
視線を前を歩く寛貴の後ろ姿から、裏山へと移した。
しかし、そこにはいつもと変わらない山が聳えているだけだった。
「おい! 早く帰るぞ!」
「お、おう」
その声に慌てて振り替える。
しかし、寛貴はこちらを向きもせず、叫んで俺を呼んだけだった。
苛立ちからか、足音が地団駄のようになっている寛貴に続き、歩き出す。
俺たちの歩く道路の遥か向こうは、陽炎のせいで、輪郭がつかめなかった。
「ただいま」
俺はドアを開けた。
そこは、殺風景な部屋があった。もちろん俺の部屋だ。
俺は玄関に靴を脱ぎ捨て、ベットに倒れ込んだ。
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寛貴の話が蘇ってきた。
いつもおちゃらけてふざけている奴だから、あんな風にあしらってしまったが、いつにも増して真剣だったような気がしなくもない。あんなやつに今まで罪悪感など抱いたことなかったのに、何故だか悪いと思ってしまった。
それはきっと心のなかでは、俺自身もあのことを否定しきれていないからかもしれない。
不思議なことは案外あるから否定しきれないのだ。
現に俺は今、毎晩見る夢に悩まされている。いや、悩まされてはいないが、気になっている。
悪夢というわけではないが、必ず1人の少女が出てくるのだ。どんな内容かは毎晩変わるのだが、必ず1人少女が出てくるのだ。
この夢を見るようになって既に一ヶ月程がたつが、心当たりは全くない。
むしろ、そんな夢なんかが左右されるほどの要因などあるはずもない。
ストレスなどからの悪夢ならわかるが、女の子の夢など見ることなどあるのだろうか。
これほどまでに同じ少女が出てくる夢を見るというのは、不思議なこと、というより異常としか言えないのではと思い始めている。
前にテレビでそんなような都市伝説を見たことがあるが、それは男だったから違うのだろう。女バージョンもあるのかもしれないが。
案外、その隕石みたいなやつも関係あるのかもしれない。結構不思議なことと不思議なことは繋がっていると聞く。
だから、俺のこの夢と隕石は関係なあるのかもしれない。いや、ないか……多分思い過ごしだろう。
俺は時計を見た。時刻はまだ1時半過ぎだったが、睡魔と疲労に体を押し潰されそうになっていた俺は、既に眠る一歩手前のコンディションだ。
部活での疲労と難しいことを考えたせいか、体が倦怠感に包まれていた。
俺はベットの上で大きく伸びをした。
「あぁ、つかれたぁ」
誰に聞かせるわけでもなくこぼれでた独り言は、壁に染み込んだ。
推薦で古寄高校に入学する過程で引っ越したこのアパート。母方の親戚が営んでいるここに、俺は高1から住んでいる。
はじめの方は、何故だか解放感や自由が、不安なんかを押し潰していたが、二年目ともなると後者が浮き彫りになってくるのは致し方ない。
しかし、俺はここが気に入らないわけではない。
すると、突然鍵を閉めた筈のドアノブが回転し、開け放たれた。
そこに1人の女が入ってきた。
「また、靴を脱ぎ散らかしにして」
不法侵入してくるこいつ以外は……。
俺は足もとの向こう、ドアを見る
「ノックくらいしてくれよぉ」
「いいじゃない従兄弟なんだし」
ため息しかでない。
京極波奈。彼女は俺の従兄弟でアパートの管理人、要するに母さんの姉の娘だ。
合鍵を使って部屋に侵入してくるやつだ。
ついでに言えば、俺の隣の部屋に住んでいる。自分の家があるのに住んでいるのである。
何故だかはよく分からない。
まぁ、一人暮らししたい気持ちは分からなくないでもないが。
「で、何の用?」
「カレー多く作りすぎたからお裾分けで持ってけて、母さんが」
「なるほどね」
小脇にか抱えていたタッパーを台所に置く波奈。そのままの流れで、気づくと波奈は、ナチュラルに俺の部屋の食卓(ちゃぶ台擬きみたいな小さい机)の前に腰を下ろしくつろいでいた。
そんな波奈に、ベットから起き上がった俺は水を出す。
「あ、ありがとう……って水じゃない」
「来客なんて想定してねぇっての」
いや、嘘だ。ほんとはある。ただこいつに使うのは惜しいだけだ。別に仲が悪いわけではない。まぁ、ずかずかと毎回上がり込んでくることは気にくわないが、悪いやつではない。
一人暮らしで不自由がないのは、こいつがお節介を焼いてくれてるからというのも一理ある。
小学6年までは近状に住んでいたので、何かあるごと遊んだりしていた。
しかし、親の都合で古寄町に引っ越して行ったのだ。
まさか、俺がそのあとを追うように古寄町に越してくるとは双方思っていなかった。
「もう、用は済んだだろ?」
「何よ、帰れっていうの? 冷たいわね」
「まぁ、そうだな」
「ひどいなぁ」
俺たちはこんな他愛もない会話をかわす。
「あ、そういえばさ!」
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そんな波奈を制止するかのように俺は言った。
「隕石を見たとかならお腹一杯だぞ?」
「あら、彰人も見たの?」
マジかよ……。まさか本当にその話だとは思わなかった。
嘘だと断言できない自分はいたものの、この時点まで寛貴の戯れ言だと思っていたそれが、もう1人の目撃者によって確信に変わってしまった。
興味がないといったら嘘になる。しかし、寛貴にあんなことをいってしまった手前、ここから詮索に入ることもできない。
俺はさりげなく、波奈に問いかけた。
「いや、寛貴に聞いたんだ。なぁ、それって本当なのか?」
俺の問いかけのあと、波奈は鼻の穴を大きく広げ、興奮したように話し出す。
昔から心霊現象やオカルトの類いが好きな波奈にとって、人生初の(多分)超常的な体験なのだ。無理もない。
よく小学生の頃は、幽霊を見るだとか、宇宙人を呼ぶだとか、訳のわからないことに付き合わされたものだ。まぁ、いい思い出だ。
そんなこんなでオカルト好きな波奈だが、こいつはそのくせ俺の夢の話をしたら、病院行けばとか言いやがったので信用ならんところもある。
俺が不審の目を向けていることに構わず、話始める波奈。
「いやぁ、朝の四時頃にね、部屋の窓の外を覗いてたんよ! なんだか寝られないからって! そしたらさ、裏山の方に一筋の光が落ちていったのよ! それも隕石とかそういうのじゃなくて、ふわふわゆっくりとさ! あれは絶対宇宙人とか何かだよ!」
机をバンバン叩きながら力説する波奈に気圧されながらも、俺は返答する。
「わかった……わかったから」
興奮した波奈を落ち着かせるべく、同意する。
一体その光と言うのはなんなのだろうか。二人が目撃したと言い張る以上、嘘ではないのだろう。まぁ、集団幻覚かもしれないがそんなことはないだろう。
俺は波奈を見る。
はぁ、ため息しかでないなホントに。
小学生の頃と変わらないあの目で俺を見つめていた。
「で、何で俺にそれを話したんだ?」
波奈はニコニコしながら言う。
「わかってるくせにぃ!」
きっとその落ちた場所を見に行こうということだろう。
こいつはホントに変わってないなと思いながら、俺は考えた。
俺の見ている夢について。
そういえば昨日見た夢は、隕石が落ちてくる夢だったことを思い出した。
いつも出てくる女の子と広大な平原で、遠くに落ちてくる隕石を見るというものだった。
確かに俺の夢とは実際なにも関係ないかもしれない。
しかし、確証はないものの、何か夢のことが解決するのではという期待もあった。
そんな訳もあり俺は波奈に返答した。
「はぁ……明日の部活が終わったあとでもいいか?」
波奈は両手を広げて大声をあげて喜んだ。
「やったぁ!!!」
ホントに変わってないな。
俺は、そんな波奈から視線を移した。その先は自室の窓から見える裏山だった。
あそこに何かがあるのは確からしい。
一体なのんなのかは分からないが、俺の夢のことが少しでもわかればいいなという淡い期待はあった。
蝉の鳴き声が耳鳴りみたいに五月蝿い。
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