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「今年の夏さぁ~、これで冷夏なんだって。知ってた? れ・い・か」
「冷たい夏って書くヤツでしょ? 夏の割には涼しいって意味の」
「そそっ。信じられるぅ? これで涼しいなんてさぁ」
「涼しくないよね、ちっとも」
「うんうんっ。ぜんっっっぜん! 涼しくないっ!」
「冷夏ってなんだよ~って感じ」
「感じ感じっ!」
見合って、ハハッと、オレたちは吹き出した。
可愛い。マジで可愛い。
艶々としている桜色の薄い唇の間で、白い歯を光らせて笑う道林。二重が綺麗なアーモンド型の双眸が、笑顔に合わせて細くなっている。
身体が急に熱くなった。
気温のせいで暑いんじゃなくって、身体の内に今までなかった熱が生まれたような熱さだ。ドクドクと、体内に震えを感じる。血管だけではなく、何か別の、形ないものが脈打っているようだ。
……ああ、ヤバイな、ほんっと。
もう改めての改めてって感じだけど、本当に好きなんだ、オレは。
道林のことが。
告白するんだ、絶対。
でも、せっかくだから、本題に入る前にもう少し、話をしたかった。
だってもし告ってダメだったら、すぐにサヨナラになるだろうから。
二人きりで話せるのも、今が最後になっちゃうかもしれないし。
「でも、マジで意外っていうか、道林も汗っかきなんだね」
「うん。もう子どものころからず~っとそうだよ。人よりたっくさん汗かいちゃうから、いろいろと苦労してきたなぁ~」
苦労、か。
同じだ。
「けど、道林、学校じゃあそんな感じないよね」
「そんな感じって、汗っかきに思えないってこと?」
「そそ。っていうか、汗なんてかきません、みたいな女子だと思ってた」
「えぇ~、何それどんな女子だよ~」
ハハハ、とオレは笑って返す。
「まぁ、でもそうだね、学校じゃあひと工夫してるから、確かに人から指摘されないくらいには、汗をコントロールできてるかも」
「コントロール?」
「うん」彼女はフフンと、誇らしげに笑った。「舞妓さんとかもやってるんだけど、皮膚圧反射って聞いたことない?」
「んー、ないと思う。それ、どんなことなの?」
「胸の辺りとかをね、帯とかでキュッと締めたら、顔とか脇の汗を抑制することができるの。まあ、私みたいな汗っかきは、それをやっても完璧には止められないんだけど、顔とか脇に全く汗をかかなくなるような人もいるんだよ」
汗をまったくかかなくなる人もいる、だってぇ?
そこまで効き目がなくたって、少しでも汗の量を減らせるなら最高じゃないか! まさかそんな裏技みたいなものがこの世に存在するなんてっ!
「帯ってさ、なんでもいいの?」
「いいと思うけど、今は専用のものが売ってるよ。私が使ってるのも、それ」
「へえ。あれ、でも、今はしてないってこと?」
今の道林は、発汗している。
ということは、その、皮膚圧反射ってヤツが発動されてないってことでは?
「うん。学校で汗っかきを隠してるぶん、休日はできるだけ汗を目一杯かいて過ごすことにしてるの。だって本当の自分、素の私は、汗っかきだからね。休日くらいはちゃんと、自分自身でいたいんだ」
自分自身でいたい。
だから汗を目一杯かくことにしている。
そんなこと、今までオレは考えたことがなかった。
「え、なぁに? ぽかんとしちゃって。顔、何か付いてる? あっ、もしかしてメイク落ちちゃってるっ?」
「や、そんなことないよ。大丈夫大丈夫」
「そう? ん~、でもじゃあ、どうしたの?」
「ん、その……カッコイイなと思って」
「カッコイイ? え、もしかして私がってこと?」
「うん」
「えぇ~、何が? そんな風に言われるとこ、今の会話であった?」
「……自分をさ、大事にしてるっていうか。その、オレは汗のことでいろいろとさ、暗いっていうか、悪いほうにばっか考えちゃってさ。誰と会うときでも緊張するし、何思われてるかなとか気になるし。汗っかきの自分でいたいとか、素の自分でいたいとか、そんな風に思ったことないっていうか。うん。ハハハハ。ごめん。なんか上手く言えてないかも」
伝わっていたらいいけれど、それほど言葉巧みなほうではないから、難しいかもしれない。
「ん~、私だってネガティブに考えちゃうことあるよ? だから同じだよ、お・な・じ。汗っかき仲間として、助け合っていけるだろうし」
「ハハハ、汗っかき仲間、か。そうだね」
「うんうん、そうそうっ」
オレは笑って返す。
彼女も応えるように笑う。
二人の笑い声が重なり、やがて、どちらからともなく静かになる。
沈黙。
心地好い風が吹いた。
傍で桜の樹が枝葉を揺らし、ザザザザザァァァ~と爽やかな音を上げる。
砂場では相変わらず親子がバドミントンをしていて、ヒカリと呼ばれていた女の子の甲高い声が楽しげだ。満面の笑顔で、キラキラと輝いている。
少し離れたところから聞こえてくるのは、グラウンドにいるカップルの声、ボールが弾んだような音。まだバスケとテニスの練習に励んでいるのかな。
夏だ、なんて唐突に思った。
気持ちいい。夏ってこんなにも爽快だっただろうか。
「冷たい夏って書くヤツでしょ? 夏の割には涼しいって意味の」
「そそっ。信じられるぅ? これで涼しいなんてさぁ」
「涼しくないよね、ちっとも」
「うんうんっ。ぜんっっっぜん! 涼しくないっ!」
「冷夏ってなんだよ~って感じ」
「感じ感じっ!」
見合って、ハハッと、オレたちは吹き出した。
可愛い。マジで可愛い。
艶々としている桜色の薄い唇の間で、白い歯を光らせて笑う道林。二重が綺麗なアーモンド型の双眸が、笑顔に合わせて細くなっている。
身体が急に熱くなった。
気温のせいで暑いんじゃなくって、身体の内に今までなかった熱が生まれたような熱さだ。ドクドクと、体内に震えを感じる。血管だけではなく、何か別の、形ないものが脈打っているようだ。
……ああ、ヤバイな、ほんっと。
もう改めての改めてって感じだけど、本当に好きなんだ、オレは。
道林のことが。
告白するんだ、絶対。
でも、せっかくだから、本題に入る前にもう少し、話をしたかった。
だってもし告ってダメだったら、すぐにサヨナラになるだろうから。
二人きりで話せるのも、今が最後になっちゃうかもしれないし。
「でも、マジで意外っていうか、道林も汗っかきなんだね」
「うん。もう子どものころからず~っとそうだよ。人よりたっくさん汗かいちゃうから、いろいろと苦労してきたなぁ~」
苦労、か。
同じだ。
「けど、道林、学校じゃあそんな感じないよね」
「そんな感じって、汗っかきに思えないってこと?」
「そそ。っていうか、汗なんてかきません、みたいな女子だと思ってた」
「えぇ~、何それどんな女子だよ~」
ハハハ、とオレは笑って返す。
「まぁ、でもそうだね、学校じゃあひと工夫してるから、確かに人から指摘されないくらいには、汗をコントロールできてるかも」
「コントロール?」
「うん」彼女はフフンと、誇らしげに笑った。「舞妓さんとかもやってるんだけど、皮膚圧反射って聞いたことない?」
「んー、ないと思う。それ、どんなことなの?」
「胸の辺りとかをね、帯とかでキュッと締めたら、顔とか脇の汗を抑制することができるの。まあ、私みたいな汗っかきは、それをやっても完璧には止められないんだけど、顔とか脇に全く汗をかかなくなるような人もいるんだよ」
汗をまったくかかなくなる人もいる、だってぇ?
そこまで効き目がなくたって、少しでも汗の量を減らせるなら最高じゃないか! まさかそんな裏技みたいなものがこの世に存在するなんてっ!
「帯ってさ、なんでもいいの?」
「いいと思うけど、今は専用のものが売ってるよ。私が使ってるのも、それ」
「へえ。あれ、でも、今はしてないってこと?」
今の道林は、発汗している。
ということは、その、皮膚圧反射ってヤツが発動されてないってことでは?
「うん。学校で汗っかきを隠してるぶん、休日はできるだけ汗を目一杯かいて過ごすことにしてるの。だって本当の自分、素の私は、汗っかきだからね。休日くらいはちゃんと、自分自身でいたいんだ」
自分自身でいたい。
だから汗を目一杯かくことにしている。
そんなこと、今までオレは考えたことがなかった。
「え、なぁに? ぽかんとしちゃって。顔、何か付いてる? あっ、もしかしてメイク落ちちゃってるっ?」
「や、そんなことないよ。大丈夫大丈夫」
「そう? ん~、でもじゃあ、どうしたの?」
「ん、その……カッコイイなと思って」
「カッコイイ? え、もしかして私がってこと?」
「うん」
「えぇ~、何が? そんな風に言われるとこ、今の会話であった?」
「……自分をさ、大事にしてるっていうか。その、オレは汗のことでいろいろとさ、暗いっていうか、悪いほうにばっか考えちゃってさ。誰と会うときでも緊張するし、何思われてるかなとか気になるし。汗っかきの自分でいたいとか、素の自分でいたいとか、そんな風に思ったことないっていうか。うん。ハハハハ。ごめん。なんか上手く言えてないかも」
伝わっていたらいいけれど、それほど言葉巧みなほうではないから、難しいかもしれない。
「ん~、私だってネガティブに考えちゃうことあるよ? だから同じだよ、お・な・じ。汗っかき仲間として、助け合っていけるだろうし」
「ハハハ、汗っかき仲間、か。そうだね」
「うんうん、そうそうっ」
オレは笑って返す。
彼女も応えるように笑う。
二人の笑い声が重なり、やがて、どちらからともなく静かになる。
沈黙。
心地好い風が吹いた。
傍で桜の樹が枝葉を揺らし、ザザザザザァァァ~と爽やかな音を上げる。
砂場では相変わらず親子がバドミントンをしていて、ヒカリと呼ばれていた女の子の甲高い声が楽しげだ。満面の笑顔で、キラキラと輝いている。
少し離れたところから聞こえてくるのは、グラウンドにいるカップルの声、ボールが弾んだような音。まだバスケとテニスの練習に励んでいるのかな。
夏だ、なんて唐突に思った。
気持ちいい。夏ってこんなにも爽快だっただろうか。
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