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1部 4章
平穏村の異常事態 1
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《ストラク》が見えたときに、「帰ってこられた」というディパルさんの呟きを聞いて、オレは心の底からよかったと思えた。
カノジョと出会ってからまだ日数は短く、関係性に名を付けるとしたらまだまだ『赤の他人』が相応しいのだろうけれど。
それでも、オレは。
本当に、心からよかったと思えたんだ。
それくらいには、セオ=ディパルという人に対し、もう心を許しているのだろう。
近づくにつれ、村の在り様がわかってきた。
思い切り跳躍するだけでオレでもてっぺんに触れることができそうな程度の高さの柵で囲われている土地は、中に入らなくともあまり活気はなさそうだ。
いや、活気がないは失礼か。
言い換えるとすれば……そう。
静かなんだ、全体的に。
よく言えば、のどか、か。
のどかはのどかでも、《ポラック》とは比べ物にならないくらい、のどか。
この静けさがこの村の日常だとしたら、オレには少し寂しいところだ……。
村の出入り口まで来た。
ディパルさんが、灰毛を撫でながら「お疲れ様」と愛馬を労い、地面に降りる。カノジョは続けざまに、フィニセントさんに両手を差し出した。
抱えられ、フィニセントさんが地面に降り立つ。
オレも倣って栗毛を撫で労ってからまず降り、シルキアを抱えて降ろした。
手綱を引くディパルさんの後を、オレも栗毛を引いて追う。
木製の、門にしてはあまりにも粗雑な造りの門を押し開いて、中へと入る。
ディパルさんが立ち止まったから、オレもシルキアも足を止めた。
フィニセントさんだけが、何を考えているのか、歩調も歩幅も変えずに進んでいく。
おいおいディパルさんが足を止めたのに何やってるんだよ! と憤りにも近い感情がカッとオレの中に芽生えたけれど、グッと堪えた。ここで「おい!」なんて呼び止めるのも何か場違いというか、空気が台無しになってしまうというか、そんな気がして。
帰郷の感傷に浸っているのか、ディパルさんはゆったりと辺りを見回している。
先に行っていたフィニセントさんも、どうしてその地点なのかわからないが不意に立ち止まり、キョロキョロと辺りを窺っている。その横顔は変わらず平淡だ。
……それにしても、誰もやって来ないな。
人が誰も来ない。
門番のような人も見当たらない。
これは、さすがに……。
おかしくないだろうか。
いくら小さな、静かな村だとしても、来訪者に備えておくものだろう。野盗のような悪人の襲来があるかもしれないのだ、村を守るためにも番人はいたほうがいいに決まっている。
決まっている、はずなのだが。
いない。
誰も、いない。
オレたちに気が付いている様子もない。
門に閂もしていなかったし、こんなんじゃあ誰でも入り放題だ。
この状況が、この村の日常なのだろうか。
オレはディパルさんに目を向ける。
「……村役場?」
一点を見詰めながら、ディパルさんが呟いた。
カノジョの見る方向へ、オレも顔を向ける。
点々と建つ木製の家々の中で、ひと際大きな建物がある。ほかとは違う、ほかの建物にはない目的のために存在していることは明らかだった。
村役場とディパルさんは言ったが、確かに役場と言われれば納得のいく建物だ。
「アクセル。シルキア。ここで待っていますか? それとも、一緒に来ますか?」
村役場に行くけれどどうする? という意味だろう。
「行きます」
「シルキアもっ」
こんなところでぽつんと待っていてもしょうがない。
頷いたディパルさんが手綱を引いて歩き出す。
オレたち兄妹と栗毛も続く。
フィニセントさんの脇を通ったとき、一緒に来るらしく、ディパルさんの横に並んだ。
恐らくその全容は《コテキ》よりも小さな《ポラック》のさらに半分ほどしかないような広さの村だから、村役場だと言うその建物にはすぐに辿り着いた。
「――ぁ、――ぅ、――ぁ」
中から話し声が聞こえてくる。複数人のものだ。
「誰かっ! 誰かいないのかっ!」
建物に向かって、ディパルさんが声を上げた。
それが身体にはかなり悪かったらしく、次の瞬間に激しく咳き込み始めてしまう。
上半身が前後にブレるほどの激しさで、あまりにも痛々しい。
オレは反射的に「大丈夫ですかっ?」なんて、どう考えても大丈夫なわけがないのにバカなことを尋ねながら、オロオロしてしまう。背中を擦ったほうがいいだろうか。
そんな中、建物の扉が開かれた。
「誰?」
低めの声は、怪しむ感情が隠されていなかった。
咳が止まないディパルさんに代わり対応するため、オレはその人に顔を向ける。
女性だった。胸の前に垂らした赤毛を白色の花輪で束ねている様が、印象的だ。
「あのっ、オレたちはっ、あ、えと、この人はディパルさんでっ」
代わりに対応しようと意気込んだはいいが、何を言えばいいのか頭の中で準備していなかったせいで、口から出た言葉は酷くちぐはぐな断片だけのようなものになってしまった。
しかし、それでも、険しかった女性の表情には明確な変化があった。
「ディパル? もしかして、セオなの?」
そこで、ようやく。
ディパルさんの咳が治まった。
しかし治まったけれど、また別の問題が生じてしまった。
「あなたっ、血がっ!」
驚愕と焦燥の混ざった声を上げた女性。
オレも見れば、ディパルさんの口を塞いでいたその右手にはベッタリと赤いものが付着していた。それも、垂れるほどの量だ。尋常な吐血ではない。吐血の時点で尋常ではないけれど。
「ディパル? 今、ディパルと言ったか?」
女性の後ろから、ぞろぞろと人が出てきた。扉が開けっ放しだったから、会話が丸聞こえだったのだ。確認できる限り、男女八人はいた。全体的に年齢層が高い。
女性が振り返る。
「セオがっ、セオが帰ってきましたっ! あっ、いや今はそれよりもっ!」
再びカノジョはディパルさんに顔を向ける。
「来て。あたしの家で休んだほうがいいわ」
「……あり、がと……ハーナ」
肩で息をするディパルさんの声は、胸が痛くなるくらい掠れていたし、痰か血かその両方かが絡んでいるせいで濁りきっていた。
先が長くない。
そう言っていたカノジョの言葉が、嫌でも頭に浮かんだ……。
カノジョと出会ってからまだ日数は短く、関係性に名を付けるとしたらまだまだ『赤の他人』が相応しいのだろうけれど。
それでも、オレは。
本当に、心からよかったと思えたんだ。
それくらいには、セオ=ディパルという人に対し、もう心を許しているのだろう。
近づくにつれ、村の在り様がわかってきた。
思い切り跳躍するだけでオレでもてっぺんに触れることができそうな程度の高さの柵で囲われている土地は、中に入らなくともあまり活気はなさそうだ。
いや、活気がないは失礼か。
言い換えるとすれば……そう。
静かなんだ、全体的に。
よく言えば、のどか、か。
のどかはのどかでも、《ポラック》とは比べ物にならないくらい、のどか。
この静けさがこの村の日常だとしたら、オレには少し寂しいところだ……。
村の出入り口まで来た。
ディパルさんが、灰毛を撫でながら「お疲れ様」と愛馬を労い、地面に降りる。カノジョは続けざまに、フィニセントさんに両手を差し出した。
抱えられ、フィニセントさんが地面に降り立つ。
オレも倣って栗毛を撫で労ってからまず降り、シルキアを抱えて降ろした。
手綱を引くディパルさんの後を、オレも栗毛を引いて追う。
木製の、門にしてはあまりにも粗雑な造りの門を押し開いて、中へと入る。
ディパルさんが立ち止まったから、オレもシルキアも足を止めた。
フィニセントさんだけが、何を考えているのか、歩調も歩幅も変えずに進んでいく。
おいおいディパルさんが足を止めたのに何やってるんだよ! と憤りにも近い感情がカッとオレの中に芽生えたけれど、グッと堪えた。ここで「おい!」なんて呼び止めるのも何か場違いというか、空気が台無しになってしまうというか、そんな気がして。
帰郷の感傷に浸っているのか、ディパルさんはゆったりと辺りを見回している。
先に行っていたフィニセントさんも、どうしてその地点なのかわからないが不意に立ち止まり、キョロキョロと辺りを窺っている。その横顔は変わらず平淡だ。
……それにしても、誰もやって来ないな。
人が誰も来ない。
門番のような人も見当たらない。
これは、さすがに……。
おかしくないだろうか。
いくら小さな、静かな村だとしても、来訪者に備えておくものだろう。野盗のような悪人の襲来があるかもしれないのだ、村を守るためにも番人はいたほうがいいに決まっている。
決まっている、はずなのだが。
いない。
誰も、いない。
オレたちに気が付いている様子もない。
門に閂もしていなかったし、こんなんじゃあ誰でも入り放題だ。
この状況が、この村の日常なのだろうか。
オレはディパルさんに目を向ける。
「……村役場?」
一点を見詰めながら、ディパルさんが呟いた。
カノジョの見る方向へ、オレも顔を向ける。
点々と建つ木製の家々の中で、ひと際大きな建物がある。ほかとは違う、ほかの建物にはない目的のために存在していることは明らかだった。
村役場とディパルさんは言ったが、確かに役場と言われれば納得のいく建物だ。
「アクセル。シルキア。ここで待っていますか? それとも、一緒に来ますか?」
村役場に行くけれどどうする? という意味だろう。
「行きます」
「シルキアもっ」
こんなところでぽつんと待っていてもしょうがない。
頷いたディパルさんが手綱を引いて歩き出す。
オレたち兄妹と栗毛も続く。
フィニセントさんの脇を通ったとき、一緒に来るらしく、ディパルさんの横に並んだ。
恐らくその全容は《コテキ》よりも小さな《ポラック》のさらに半分ほどしかないような広さの村だから、村役場だと言うその建物にはすぐに辿り着いた。
「――ぁ、――ぅ、――ぁ」
中から話し声が聞こえてくる。複数人のものだ。
「誰かっ! 誰かいないのかっ!」
建物に向かって、ディパルさんが声を上げた。
それが身体にはかなり悪かったらしく、次の瞬間に激しく咳き込み始めてしまう。
上半身が前後にブレるほどの激しさで、あまりにも痛々しい。
オレは反射的に「大丈夫ですかっ?」なんて、どう考えても大丈夫なわけがないのにバカなことを尋ねながら、オロオロしてしまう。背中を擦ったほうがいいだろうか。
そんな中、建物の扉が開かれた。
「誰?」
低めの声は、怪しむ感情が隠されていなかった。
咳が止まないディパルさんに代わり対応するため、オレはその人に顔を向ける。
女性だった。胸の前に垂らした赤毛を白色の花輪で束ねている様が、印象的だ。
「あのっ、オレたちはっ、あ、えと、この人はディパルさんでっ」
代わりに対応しようと意気込んだはいいが、何を言えばいいのか頭の中で準備していなかったせいで、口から出た言葉は酷くちぐはぐな断片だけのようなものになってしまった。
しかし、それでも、険しかった女性の表情には明確な変化があった。
「ディパル? もしかして、セオなの?」
そこで、ようやく。
ディパルさんの咳が治まった。
しかし治まったけれど、また別の問題が生じてしまった。
「あなたっ、血がっ!」
驚愕と焦燥の混ざった声を上げた女性。
オレも見れば、ディパルさんの口を塞いでいたその右手にはベッタリと赤いものが付着していた。それも、垂れるほどの量だ。尋常な吐血ではない。吐血の時点で尋常ではないけれど。
「ディパル? 今、ディパルと言ったか?」
女性の後ろから、ぞろぞろと人が出てきた。扉が開けっ放しだったから、会話が丸聞こえだったのだ。確認できる限り、男女八人はいた。全体的に年齢層が高い。
女性が振り返る。
「セオがっ、セオが帰ってきましたっ! あっ、いや今はそれよりもっ!」
再びカノジョはディパルさんに顔を向ける。
「来て。あたしの家で休んだほうがいいわ」
「……あり、がと……ハーナ」
肩で息をするディパルさんの声は、胸が痛くなるくらい掠れていたし、痰か血かその両方かが絡んでいるせいで濁りきっていた。
先が長くない。
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