転滅アイドル【1部 完結しています】

富士なごや

文字の大きさ
17 / 35
1部 2章

魔を焼き尽くした炎の名はルシェル=モクソン

しおりを挟む
 洞の外に出たオレの目に映ったのは、人の形をした炎だった。
 いや、違う。
 あれは人だ。一人の女性だ。
 鮮烈に感じるほどの赤や橙色を基調にした華やかなドレスを着ていて、その両手に持っているものが轟々と燃え盛っているから、ひと塊にして炎に映ったのだ。
 あの人は、あの炎は、一体なんなんだろう。

「――オノレ、オノレッ、オロカナニンゲンガァァァア!」

 低い、地鳴りのような怒声に、オレはハッとする。
 あまりに猛々しく、神々しさすら感じるほどの炎に見惚れていたオレは、横っ面を殴られたかのように声のしたほうへと勢いよく顔を向ける。
 魔族――猫のような図体だ。ただし頭は魚類のソレで、酷く気色が悪い。魚にはない左腕と両脚は白色の長毛で覆われていて、筋肉が盛り上がっている。右腕はまるで焦げているかのように黒く、白い煙を上げていた。ひょろりと長い尾は、先端が矢じりのように鋭利な形状をしている――が左腕を振り上げ、女性との間合いを詰めていく。

「愚かなのはお前たちだろうっ! 燃え盛れっ! 焔剣えんけんナスロペ!」
 気高い声に呼応するかのように、カノジョが手にする炎が勢いを増す。轟々と唸りながら膨れ上がっていく赤橙の揺らめきに、青と白が混じる。
 オレは眼球に痛みを感じ、目を細めた。
 空気が爆ぜている音がするし、凄まじい熱を感じる。
 それでも顔を逸らすことだけは耐えた。
 見ていたかったから。

 女性が炎の先端を左斜め下に向ける。
 その様は、両手持ちした剣の切っ先を下げるかのようだ。
 殺意に満ちた咆哮を上げながら、魔族が左腕を女性に向かって振り下ろしていく。
 迎え撃つ女性は、右斜め上へと炎を振り上げていく。
 激突。
 ゴォオ!という轟音が唸った、刹那、魔族の腕が青白く燃え上がる。
 魔族の腕が弾かれたように撥ね上がった、かと思えば、腕だけでなくその巨体そのものも吹き飛んだ。凄まじい速度で吹っ飛んだ魔族は、その重量もあってかすぐに落ちたが、それでもまだ勢いはおさまらず、地面を削りながら滑っていく。一本、二本と、木を薙ぎ倒しながら。そして――ようやく止まったとき、魔族の背後には木と土が盛り上がっていた。

 魔族の腕で燃え上がっていた青白い炎が、赤橙へと変色し、やがて消える。
 その太い腕は、右腕と同じく真っ黒だ。体毛が白いだけに、よく目立つ。
 ……凄い。魔族を吹き飛ばすなんて。
 信じられなかった。
 驚愕、なんて言葉では足りないくらいの、強い衝撃だった。
 オレは、倒れたままの魔族から、炎の女性へ改めて目を向ける。

 舞踏会の衣装のような華やかな真紅のドレス。
 青や白といった色はなくなったが、それでも未だ轟々と燃え盛っている赤橙の炎。

 恐ろしかった。
 あれは、脅威だ。
 人類にとって。
 この世界にとって。
 間違いなく、脅威だ。
 ………………。
 …………。
 ……え?
 今、なんて?
 自分自身に抱く疑問。
 恐ろしい?
 脅威?
 なんでそんなことを思ったんだ?
 ……いや、まあ、恐ろしいといえば恐ろしいか。
 あの炎。魔族を吹き飛ばしたあの力。
 自分の理解の範疇にあるものに対する恐怖だろう。
 そうだ。そうに決まっている。
 でも。
 脅威と思ったことは、よくわからない。
 ……まあ、そういうこともあるか。
 人間なんだから、適当なことを思うときもあるだろう。
 オレは余計なことは頭からなくして、目の前で起きていることに集中する。

「グゥゥゥ、クソガァアア……」
 重低の呻き声を上げる魔族。傷が深く痛みが激しいのか、起き上がる気配がない。
 その巨体の傍に、女性が立った。
 炎の先端が突き付けられる。
「……ワカッテイルノカ」
「何? 命乞い?」
「キサマラノ、ツカウ、ソレハ――」

 ブォオン!

 爆発した。
 それくらいの勢いで炎が膨張した。
 魔族が包み込まれる。橙に、赤に、青に、白に。
 その眩さは、もう炎というより、光だった。
「ッ」あまりの熱に、オレは耐えられなくて顔を背けた。
「ッッ」俯くだけではダメで、眼球が干上がりそうでキツく目を瞑る。
「ッッッ」加えて、呼吸も止めた。ひと吸いして、胸が急激に熱くなったから。

 ゴウゴウという狂暴な音が止んだ。
 もう終わったのかと、オレは顔を上げ目を開く。
 呼吸を再開しながら、何がどうなったのか状況確認する。

 塵になっていた。
 炭化している、と言ったほうが正しいか。
 魔族は、全身が黒々とし、ボロボロと輪郭が崩れ、細かくなって空気と混ざっていく。
 もはや息絶えていることは、確かめるまでもなかった。

 女性が、両手で持ったままの炎を立て、首を捻る。その様は、愛用している武具の状態を確かめている熟練の剣士のようだ。
「おかしいなぁ。まだ力入れてなかったのに。勝手に燃え上がっちゃった」
 まあいいや、と言って女性は炎を右手だけで持つ。
「鎮まって、ナスロペ」
 言葉に呼応して、炎が揺らぎ、弱まり、やがて消えた。
 視界が一気に暗くなった。女性の姿が消えるくらいに。
 それほどの猛々しい炎だったのだ。

「――さってと」
 目が慣れ、再びその姿が見えたとき、女性はこちらを向いていた。
「キミ、コテキから逃げてきた子?」
 近づいてきながら、話しかけてきた。
「はっ、はいっ。ま、町が魔物に襲われてっ、それでっ、それでっ」
 オレの中に、警戒心は微塵もなかった。
 魔族を殺してくれた。
 それだけで、同じ人間という存在として、信頼できる。

「うん、うん、落ち着いて落ち着いて」
 すぐ傍に立った女性からは、その衣装に合った華やかで甘い香りがした。
「ッ」ズキンと頭に痛みが走った。
 ゾワッと、全身を襲う嫌な感覚。
 オレは一歩、後ろに下がっていた。
 怖い。
 恐ろしい。
 そんな感情で一杯になる。
 なんでだ? 戦っている最中も思ったけれど、どうしてこんなことを抱く?
 魔族を倒してくれた人なのに。助けてくれた人なのに。

「ん? どうしたの?」
「あ、や、ハハハ……」
 自分の状態をどう表現すればいいかわからず、オレは苦笑いするしかなかった。
「ふぅん、まあいいや。ケガしてない? 大丈夫?」
「は、はい、大丈夫です……」
「そ、よかったよかった。じゃあ、自力で逃げられるかな。私さ、これからキミの故郷を襲った魔族どもを燃やし尽くしてこなきゃいけなくって。行けそう?」
 ぶんぶんと、オレは強く頷く。

 早くこの人と離れたかった。
 …………。
 ……いや。
 いや、違うだろ。
 なんだよ、離れたいって。おかしいだろ。
 助けてくれた人なんだぞ!
 さっきから、なんでこんな、意味不明なことが頭に浮かぶんだ。

「なら、ここからイツミ川に出て。で、まずは対岸に渡るの。最悪、渡れそうになかったら無理しなくていいけど、そのほうが安全だから」
 オレは頷く。
 カノジョはオレの目を、反応を見ながら、言葉を続けた。
「でね? 対岸に渡れたら、そのまま真っ直ぐ真っ直ぐ走って行って、だいぶ距離を取ったら、上流のほうに進んで。渡れなくても、一緒。リーリエッタに向かって。近道しようとしちゃダメ。ここからリーリエッタまでの間は、攻めてきた魔族たちと私たち国軍で、いくつも戦場になってるから。巻き込まれないように、できるだけ遠回りして」
 オレは頷く。
 カノジョは「イイ子だね」と笑った。

「そうだ。御守り代わりに、自己紹介しよっか」
「自己紹介、ですか」
「お互いの名前を憶えておいて、いつかリーリエッタで会えたら、元気に呼び合おっ」
「イイですね。自己紹介しましょう」

 オレはすんなりと了承していた。
 だって、名前は知っておいたほうがいいから。
 危険な存在の情報は、できるだけ集めたほうがいいから。
 …………。
 ……いやっ! だからさっ!
 なんなんだよ、一体!
 頭でも打って、脳がおかしくなってしまったのだろうか。
 どうしてさっきから、この人に対して悪感情ばかり抱くんだ。

 にこりと、女性が笑う。
「私から言うね。私の名前は、ルシェル=モクソン。キミは?」
「オレは……アクセル=マークベンチ、です」
「アクセルくんね。イイ名前だ」
「……ありがとう、ございます」
「それじゃあ、アクセルくん。私は行くから。また、リーリエッタで会おう!」
「……はい。また、絶対に」

 また、絶対に。
 約束のその言葉を、オレは力強く言った。

 笑顔で手を振ったカノジョは、背を向けると駆け出した。

「……ルシェル=モクソン……」
 覚えた名前を、大事なところに刻みつける。

 ――いつか絶対に殺してやるために。
 頭の中、いや心の内、いや……どこか自分でもわからないところで。
 自分の声のようなものが、そう言った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~

北条新九郎
ファンタジー
 三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。  父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。  ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。  彼の職業は………………ただの門番である。  そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。  お気に入り・感想、宜しくお願いします。

ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者

哀上
ファンタジー
チートを貰い転生した。 何も成し遂げることなく35年…… ついに前世の年齢を超えた。 ※ 第5回次世代ファンタジーカップにて“超個性的キャラクター賞”を受賞。 ※この小説は他サイトにも投稿しています。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る

マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・ 何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。 異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。  ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。  断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。  勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。  ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。  勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。  プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。  しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。  それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。  そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。  これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。

処理中です...