転滅アイドル【1部 完結しています】

富士なごや

文字の大きさ
上 下
14 / 35
1部 2章

死と避 1

しおりを挟む
 凄まじい音圧の雄叫びに、オレは反射的に四つん這いの体勢のまま頭を低くした。
「な、何っ今のっ!」
 恐怖心のせいだろう、ネルの声は金切り声だった。
「わかんねぇよ!」
 怖いのはオレも同じで。出そうとしたわけでないのに、怒鳴り声が出た。
「け、獣よねっ! そうよねっ!」
「だからわっかんねぇってば!」
「獣じゃないならなんだって言うのよっ!」
 ネルの声には、もう涙が滲んでいた。

 雄叫びの正体が獣だと信じたい。
 その気持ちは、オレの中にもある。
 でも、そうじゃないだろうなって考えも、あった。
 具体的にその言葉を言いたくなくて、ネルに対してわからないと言い続けたけれど。
 多分……という考えがあった。
 この辺りに、あんな雄叫びの獣は生息していない。
 離れたところを生息地にしている獣が移動してきた可能性はもちろんある。
 けれど、あんな雄叫びを上げられる獣なんて、果たしているかどうか。
 こんな、空気を、地面を、聞く者の細胞を、震わせるほどの威圧的なものを……。

 いや、今は正体について考えるより、ここからどうするかを考えるべきだ。
 獣だろうが別の何かであろうが、町に異変が起きていることは間違いない。
 幸いにも離れたところにいるオレたちは、どう動くべきだ。
 町に戻るべきなのか。
 ここに留まるべきなのか。
 それとも……二人で町から少しでも離れるべきなのか。
 何が自分たちにとっての最善だ?

 ――ァァァァァ。

 そのとき、遠くから、聞こえた音。
 ゾワッと、背筋が震えた。
 今のは、多分、悲鳴だ。
 人間の、悲鳴だった。

 シルキア。
 妹の顔が、目の前に現れた。
 すぐに消えて見えなくなったのと同時に、オレは一つの答えを出せた。

「ネル。お前、独りでここに残れるか?」
「えっ、えっ?」
「町、多分、よくないことが起きてる。煙も上がってるし、悲鳴、薄ら聞こえるだろ」
「いっ今のっ、やっぱり悲鳴だった⁉」
「多分な。だから、町に行かないほうが、安全だと思う」
「……いっ、嫌っ! 独りなんてっ嫌っ!」
 オレの意図を理解したネルが、ギュッとオレにしがみついてきた。
 
「……わかった。じゃあ、悪いけど、自力で走れるか?」
「だっ、大丈夫っ!」
 声はピンと張り詰めていて、カノジョからは一切の余裕なんて感じられない。
 だから、本当に大丈夫か?と思いながらも、とりあえず背中から降りてもらった。
「きゃ」
 しかし、自分の足で立とうとしたカノジョは、まだ微かに揺れている地面に適応できなくて、くずおれてしまった。すぐに立とうとするも、その身は強く震えている。

 しょうがない。
「ネル。背負うから、捕まり続けることだけは頑張ってくれ」
「ごっ、ごめんっ! ほんとっごめんっ!」
 一気に感情が高まってしまったのか、大きな目から涙がぼろぼろと流れ出す。
「大丈夫っ、大丈夫だからっ、なっ」
 わんわんと幼子のように泣き出してしまったネルが少しでも安心できればと声を掛けながら、オレはまたカノジョに身を寄せ、上手いこと背負った。

 ネルは強いヤツだ。
 オレはそれを知っている。
 でも、どんなに強い人だって、弱くなってしまうときはあるだろ。
 そういうことだ。
 そんなときは、傍にいる、動けるヤツが動けばいい。
 頑張れるヤツが、踏ん張れるヤツが、やればいいんだ。

 ふらつきながらも、なんとか立ち上がる。
 揺れ続けている地面は、地面ではない別の何かになってしまったみたいに、気持ち悪い。
 足の裏だ、足の裏を意識しよう。ちゃんと足裏を置く、接地させる、そして歩く。
 歩くことだけに集中する。
 そして両足を前に出すことを、少しずつ少しずつ速くしていく。

 ――ァァァァァ
 ――ォォォォォ
 ――ァァァァァ

 町のほうから聞こえてくる幾つもの悲鳴に、何度も何度も足が竦みそうになりながら。
 小走り、と呼べるくらいの速度で林の中を進んでいく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界成り上がり物語~転生したけど男?!どう言う事!?~

ファンタジー
 高梨洋子(25)は帰り道で車に撥ねられた瞬間、意識は一瞬で別の場所へ…。 見覚えの無い部屋で目が覚め「アレク?!気付いたのか!?」との声に え?ちょっと待て…さっきまで日本に居たのに…。 確か「死んだ」筈・・・アレクって誰!? ズキン・・・と頭に痛みが走ると現在と過去の記憶が一気に流れ込み・・・ 気付けば異世界のイケメンに転生した彼女。 誰も知らない・・・いや彼の母しか知らない秘密が有った!? 女性の記憶に翻弄されながらも成り上がって行く男性の話 保険でR15 タイトル変更の可能性あり

愛すべき『蟲』と迷宮での日常

熟練紳士
ファンタジー
 生まれ落ちた世界は、剣と魔法のファンタジー溢れる世界。だが、現実は非情で夢や希望など存在しないシビアな世界だった。そんな世界で第二の人生を楽しむ転生者レイアは、長い年月をかけて超一流の冒険者にまで上り詰める事に成功した。  冒険者として成功した影には、レイアの扱う魔法が大きく関係している。成功の秘訣は、世界でも4つしか確認されていない特別な属性の1つである『蟲』と冒険者である紳士淑女達との絆。そんな一流の紳士に仲間入りを果たしたレイアが迷宮と呼ばれるモンスターの巣窟で過ごす物語。

引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る

Greis
ファンタジー
旧題:引きこもり転生エルフ、強制的に旅に出される ・2021/10/29 第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞 こちらの賞をアルファポリス様から頂く事が出来ました。 実家暮らし、25歳のぽっちゃり会社員の俺は、日ごろの不摂生がたたり、読書中に死亡。転生先は、剣と魔法の世界の一種族、エルフだ。一分一秒も無駄にできない前世に比べると、だいぶのんびりしている今世の生活の方が、自分に合っていた。次第に、兄や姉、友人などが、見分のために外に出ていくのを見送る俺を、心配しだす両親や師匠たち。そしてついに、(強制的に)旅に出ることになりました。 ※のんびり進むので、戦闘に関しては、話数が進んでからになりますので、ご注意ください。

異世界転生!俺はここで生きていく

おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。 同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。 今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。 だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。 意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった! 魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。 俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。 それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ! 小説家になろうでも投稿しています。 メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。 宜しくお願いします。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

暇つぶし転生~お使いしながらぶらり旅~

暇人太一
ファンタジー
 仲良し3人組の高校生とともに勇者召喚に巻き込まれた、30歳の病人。  ラノベの召喚もののテンプレのごとく、おっさんで病人はお呼びでない。  結局雑魚スキルを渡され、3人組のパシリとして扱われ、最後は儀式の生贄として3人組に殺されることに……。  そんなおっさんの前に厳ついおっさんが登場。果たして病人のおっさんはどうなる!?  この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。

処理中です...