転滅アイドル【1部 完結しています】

富士なごや

文字の大きさ
上 下
9 / 35
1部 1章

夜。寝静まった頃、作戦会議

しおりを挟む
 たった今、日付が変わった。
 だからといって、町のそこかしこで起きていることで、急に大きく変わることはない。
 ほとんどの子どもたちは寝入っていて、とくにやることもない大人たちも朝仕事に備えて夢の中へと旅立っている。路地裏では、野良猫たちも丸まって、心地よさそうだ。
 町のほとんどは寝静まっている。
 そんな中、一カ所だけ、活気に満ちた場所があった。

 町に一つだけあるギルドでは、今、二十人の大人たちが会議をおこなっている。
 町長を始めとした行政に携わる者たち。
 町の経済や近隣の人流や商品の動向に詳しい商人たち。
 そして、町の防衛を担っている守備隊たち。
 ここ《コテキ》の根幹となる仕事に従事している大人たちは、この辺りで最も大きな規模を誇る都市《リーリエッタ》から配給されている電力で光る電灯の下、大きなテーブルに広げられた地図を囲み、言葉を飛ばし合っていた。
 一同、険しい顔つきをしている。

「グレンさん。改めて確認させてください。アナタの得た情報の信頼性は?」
 議題に対して各々が好き勝手口を開いていた中、不意に空白が生まれたのを逃さず、町長のホシュレ=ソーマが言葉を発した。
 カノジョは改めて確認したかったのだ、事の重大さを。

 今回の集会を開くように働きかけた張本人であるグレン=ロットマンは、背凭れに預けていた上体を前のめりにし、テーブル上の地図の一カ所をトンと右手人差し指で叩いた。
「ワシがボケてきておると、お前たちは思うわけか? ん?」
 トン、トンと続けて指で同じ個所を叩きながら、グレンは鋭い目でホシュレを睨んだ。
 びくっと、カノジョは身を竦ませる。
 町長であるカノジョのほうがこの町での立場は上だ。しかし、いち商人でしかないとはいえ、グレンほどの場数を踏んではいない。カノジョは自らの経験不足を素直に受け止められる才覚の持ち主だった。
「いえっ、アナタのことは信頼しております」

 グレンは続けて、周りにいる者たちもジロリと睨む。
 みんな、まるで子どものように姿勢を正した。
 若かりし頃、この国全土だけでなく他国も巻き込んで、多くの商店を経営し、複雑な金銭や商品の流れを支配し莫大な利益を得ていた大商人に逆らえる者など、ここにはいない。
 なぜならば、この町の今の発展は、今の便利さは、この大商人が築いてくれたものだから。
 莫大な財産を、公共のためにと、ほとんど寄付に近い形で投じることによって。

「ワシが懇意にしている情報屋だ。つまり、ワシは信頼しているということ」
「では、イツミ川で人が惨殺されているというのは、本当なのですね」
「ワシはそう思っている。だからこうしてお前たちを集めたのだから」
「そして、それをおこなったのが――」

 この町の傍を流れている《イツミ川》で、ここ一週間、連続で人が殺されている。
 人が死ぬことは、何も珍しいことではない。国土には無数の野生生物がいるのだから。町の近隣の林で平野でも、人を捕食する獣や蟲は確認されている。死は珍しくもない。
 しかしそれは、獣や蟲の場合は、だ。

「――魔族かもしれない、のですね?」
 魔族という言葉の重みが、場の空気そのものを重苦しいものに変えた。
「ああ。発見された死体は、どれも弄ばれたようなものだったようだ。殺すことを、解体することを楽しんでいるような。そこに意味を見出しているような。そんなものだと聞いた」
 人は死ぬ。
 それは日常だ。
 しかし、魔族に殺されたのであれば、話は変わってくる。

 魔族は、非日常なのだから。

「でもよぉ、魔族の姿そのものは目撃されてねぇんだろ?」
 守備隊士の一人、ニア=マークベンチが言葉を挟んだ。
 グレンはその目を見返し、うむと頷いた。
「だったら、獣や蟲って可能性もあるんだろ? いくら、その、死体が惨くてもよぉ」
「ならばお前は、何も備えなくてよい、と言いたいのか?」
「や、それは……」
 がしがしと、ニアがその短い黒紫色の髪を大きな右手で掻く。
 考えが上手くまとまっていないときのクセだと、グレンはよく知っている。

「魔族でなくても、近くで人が殺されている。つまり、ここ最近、人の血肉の味を知った獣か蟲がいるということだ。ならば、備えることは何も負債にはならない」
 何も起きなければ、それでいい。
 でも人の多くは、備えることで消費する時間や労力を損だと考えがちだ。
 愚かしい。
 何か起きてしまったときの損害のほうが、備えることによる損よりも、遥かに甚大である場合が大半だというのに。

「まあ、備えたほうがいいって言うのも理解できるよ。守備隊でも人員を割いて調査したっていい。けど、問題が解決するまで川へ行くことを禁止するって言うのは……なぁ」
 ニアの同僚の一人が、すぐ隣にいる同僚に意見を求めた。
「グレンさんに言うようなことではないですが、イツミ川はこの町の商売の、生活の土台になっています。日々、川へ行く町民も多い。それを禁止するというのは、不満が噴出するかと。具体的な理由を説明できれば、まだ、受け入れてくれるかもしれませんが」
「ダメだダメだ。魔族がいるかもしれないから~なんて言ったら、町は騒動になるぞ。大混乱になっちまう」
「いや、魔族のことはもちろん言わないが」
「人を殺す獣や蟲がいますって言うのか? そんなの、そこの林にだっているだろ、って受け止められるだけだろ。言う意味があるとは思えない」
「注意喚起という意味では、意味はあるだろう」

 ああだこうだと、また議論が白熱し始める。
 ひとつ息を吐いたホシュレが、諫めるように両手を一回叩いた。
「……グレンさん。こうなったら、アナタが采配していただけませんか?」
「それはダメだ。病や事故などの例外を除いて、順当にいくなら、ワシはお前たちよりも早く死ぬ。お前たちよりもワシが先にこの町から消えるのだ。ならば、この町のことは、若いお前たちが決めていかなければならない。決めていく習慣を、能力をつけていかなければならない。ワシがやることは、情報収集など、あくまでも補助。お前たちが決めて、動け」

 グレンは、日頃の鍛錬や健全な食生活などの成果もあって、今のところ心身に問題は感じていない。とはいえ、もはや老人の部類だ。高齢による綻びも、さすがに近いうち現れるだろう。時間は、人生は、有限ではないのだから。
 であれば、町のことは可能な限り若者たちに任せるべきだ。
 年の功を活かした手助けはいくらでもするが、何かに対する決定を下すのは常に若い世代でなければならない。
 事あるごとに一つ一つ決定を下すことも、よい未来を築いていくための訓練なのだ。

「……わかりました。では、町長として、決断させていただきます」
 みなの視線が、ホシュレに集まる。
「……念のため、備えはしましょう。まず、川の見回りを、今晩から早速、二人ずつ。朝、昼、夕、夜、夜中で、交代でおこなっていきます。これは主に守備隊のみなさんで」
「……よっしゃ! 備えておいて、何もなければ、笑って酒を飲めばいいんだよな!」
 ニアが分厚い胸の前で、右拳を左掌に打ち付けた。
 ほかの守備隊も頷いて同調する。

「あと、商人のみなさんには、いざというとき、すぐに町民を逃がせるよう、馬車の整備をお願いします。携帯食などの備蓄の確認もしてください。足りなければ、補充を。かかった費用に関しては、あとで請求してください。公金で賄いますので」
 町の若き商人たちが頷いた。
「守備隊のみなさんが今晩から早速始めるなら、ボクたちも取りかかろう」
「もちろんだ。ワタシは店の干し肉や干し果物の量を調べてくる」
「アタシは早朝、薬品類について動くわ。エネスさん、ミーシャさんにも話を通しておいてくださいね。薬草の種類や量についても調整したいから」
「わかった。妻には朝イチで話しておく」

 前向きな作戦会議の始まりを聞きながら、グレンは口元だけで笑んだ。
 まだまだ未熟だとしても、間違いなく成長はしている。
 この町は大丈夫だ。
 そんな確信を持つことができた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

冴えない経理オッサン、異世界で帳簿を握れば最強だった~俺はただの経理なんだけどな~

中岡 始
ファンタジー
「俺はただの経理なんだけどな」 ブラック企業の経理マンだった葛城隆司(45歳・独身)。 社内の不正会計を見抜きながらも誰にも評価されず、今日も淡々と帳簿を整理する日々。 そんな彼がある日、突然異世界に転生した。 ――しかし、そこは剣も魔法もない、金と権力がすべての世界だった。 目覚めた先は、王都のスラム街。 財布なし、金なし、スキルなし。 詰んだかと思った矢先、喋る黒猫・モルディと出会う。 「オッサン、ここの経済はめちゃくちゃだぞ?」 試しに商店の帳簿を整理したところ、たった数日で利益が倍増。 経理の力がこの世界では「未知の技術」であることに気づいた葛城は、財務管理サービスを売りに商会を設立し、王都の商人や貴族たちの経済を掌握していく。 しかし、貴族たちの不正を暴き、金の流れを制したことで、 王国を揺るがす大きな陰謀に巻き込まれていく。 「お前がいなきゃ、この国はもたねえぞ?」 国王に乞われ、王国財務顧問に就任。 貴族派との経済戦争、宰相マクシミリアンとの頭脳戦、 そして戦争すら経済で終結させる驚異の手腕。 ――剣も魔法もいらない。この世を支配するのは、数字だ。 異世界でただ一人、"経理"を武器にのし上がる男の物語が、今始まる!

1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!

マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。 今後ともよろしくお願いいたします! トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕! タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。 男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】 そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】 アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です! コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】 ***************************** ***毎日更新しています。よろしくお願いいたします。*** ***************************** マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。 見てください。

とあるおっさんのVRMMO活動記

椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。 念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。 戦闘は生々しい表現も含みます。 のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。 また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり 一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。 また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や 無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという 事もございません。 また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。

異世界転生!俺はここで生きていく

おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。 同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。 今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。 だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。 意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった! 魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。 俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。 それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ! 小説家になろうでも投稿しています。 メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。 宜しくお願いします。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

プラス的 異世界の過ごし方

seo
ファンタジー
 日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。  呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。  乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。 #不定期更新 #物語の進み具合のんびり #カクヨムさんでも掲載しています

処理中です...