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24.火消婆と「僕」のおはなし

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 庭で花火パーティーをすることになったきっかけを思い出し、わたしは肩をすくめた。くっちゃくっちゃに噛み砕かれた風の神と枕返したちは、真っ白になった部屋を見て青ざめ、そのままどこかへ逃げ去っていく。いや、あれだけ味のなくなったガムみたいにされておきながら、今まで庭の中でぐうたらしていた根性は相当なものだと思うわ。時々管理人さんのほうきで吹き飛ばされても、意地で居座っていたものね。捨て台詞を吐く彼らに向かって、お化けひまわりが歯をしゃきしゃきさせながら威嚇しているのが見えた。

「うわあ、まっしろ!」

 ざしきわらしたちが、なぜか部屋の窓を見て喜んでいる。ちなみに部屋が真っ白になっているのは、バルサンを焚いているからではなくて、煙系の妖怪、煙羅煙羅えんらえんらががんばっているから。管理人さんいわく、最後に薬剤を拭き取る必要もなく、人間にも妖怪にも優しく、環境にもエコとのことなのだけれど、どうなのかなあ。まあ毎日蚊取り線香を使っている管理人さんのお願いだからこその、出血大サービスなのかもしれないわね。

「そーれそれそれ!」

「川辺さん、危ないから手持ち花火を振り回してはいけません! いくつもいっぺんに火をつけたり、ほかのひとに花火を向けてもいけません!」

 河童の川辺さんは、のりのりで花火を楽しんでいる。しょうがないひと……妖怪だなあ。それを注意する管理人さん、本当にお疲れ様です。そして、花火パーティーにナチュラルに参加している自称ご近所さんたちも、もちろん妖怪だったりする。わたしの隣でタマ姐の飼い主と談笑している妙齢のナイスガイなおじ様は、火間虫入道ひまむしにゅうどうだ。この方、メゾン・ド・比嘉の裏住人だったの。どうして裏という言い方になるかと言うと、正式なお部屋を契約しているわけではないから。そして過去形なのは、すでに昨日の段階で避難……もとい引っ越しが完了してしまったから。火間虫入道とその眷属たちが住んでいたのは、屋根裏と配管なのよね。

 何とも微妙な契約なのだけれど、その方が彼らのお嫁さん探しには都合が良いのだとか。眷属の姿を見ても悲鳴をあげず、優しく接してくれる女性を探して、全国を放浪しているらしい。婚活の成果は芳しくなく、いまだ独身と聞く。良い感じになるたびに結婚を切り出すのだけれど、女性たちは彼の正体を知るたびに泣きながら逃げ出してしまうのだそうだ。時々、斥候に出た眷属たちが儚く命を散らしている事実がまた切ない。

 そうね、昔よりも異類婚姻譚の成功率が上がっているとはいえ、さすがに恋人の本性が「蜚蠊ごきぶり」というのは厳しいでしょうね。見た目がイケオジなだけにショックが大きいのかもしれない。爬虫類好きとか、もふもふ好きは結構多いから、蛇、狐狸、猫又あたりだと逆にモテたりもするのだけれど……。穏やかな笑顔と哀愁を帯びた背中の対比が逆に物悲しい。……人間のお嫁さん、諦めた方が良いんじゃないかしら。

 そして花火をやりながら、おんおんと涙を流しまくっているのは、火消婆ひけしばばだ。おばあさんったら、いろいろと苦労されているんだねってうちの彼が綺麗な話にまとめていたけれど、違うから。大体、おばあちゃんが泣いているのはあなたが原因だから。……楽しそうにろうそくを選んでいたから止められなかったけれど、こうなる事態はすでに予想がついていたのよね。

 このおばあちゃんは、火消婆という文字通り火を消す妖怪。でも、最近じゃ灯篭とうろうやちょうちんなんて滅多に使わない。あっても中身は電飾のことがほとんど。お仏壇ですらろうそくを使わない時代、花火というイベントはろうそくを使う貴重なイベント。だからこそ、火消婆はイメージトレーニングまでして、今日に臨んだらしいの。ところがやってきてみれば、アパートの庭では「消えないろうそく選手権」が開催されていたわけで……。

 ああ、現場を見ているだけにちょっとわたしも涙が出てきちゃったわ。だって、人の良さそうなしわくちゃのおばあちゃんが、必死な顔でろうそくを吹き消そうとしているのよ。途中から酸欠になっちゃってひいひい言ってるし、お星様になって消えてしまわないか、心配でたまらなかったもの。

 もういいの! あなたは十分に頑張ったから! お願い、みんなの心の平穏のために休んでちょうだい! あ、ざしきわらしたちが「普通のろうそく」に火をつけて差し出しているわ。優しいわね。でもね、火消婆が首を振る気持ちもわかるの。そうよね、そういう問題じゃないのよね……。自分の存在意義、あるいはアイデンティティーに関わる重要な部分なのよね。

 わたしは線香花火を手に取る。たくさんある花火の中でも、線香花火が一番好きだ。派手さはないけれど、儚いずっと見ていたくなるような美しさは、ほかにはないものだと思う。この美しさは、人間の一生に似ていると思う。限られた命だからこそ、一瞬一瞬が輝く。無心に線香花火を見つめるわたしをみて、彼が嬉しそうに笑った。あなたが嬉しそうだと、わたしも嬉しい。だからわたしも、一緒になって笑うの。

 こうしていろいろありつつも、基本的には和やかに花火パーティーは幕を閉じたのだった。その後、隣町ではとある不快害虫が大量発生し、保健所に通報が殺到したらしい。わたしの住む地域でも、なぜかゴキジェットやらバルサンが完売続出しているのを見てわたしは思わず涙がこぼれてしまった。……火間虫入道さん、婚活がんばれ!
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