「僕」と「彼女」の、夏休み~おんぼろアパートの隣人妖怪たちによるよくある日常~

石河 翠

文字の大きさ
24 / 30

24.火消婆と「僕」のおはなし

しおりを挟む
 庭で花火パーティーをすることになったきっかけを思い出し、わたしは肩をすくめた。くっちゃくっちゃに噛み砕かれた風の神と枕返したちは、真っ白になった部屋を見て青ざめ、そのままどこかへ逃げ去っていく。いや、あれだけ味のなくなったガムみたいにされておきながら、今まで庭の中でぐうたらしていた根性は相当なものだと思うわ。時々管理人さんのほうきで吹き飛ばされても、意地で居座っていたものね。捨て台詞を吐く彼らに向かって、お化けひまわりが歯をしゃきしゃきさせながら威嚇しているのが見えた。

「うわあ、まっしろ!」

 ざしきわらしたちが、なぜか部屋の窓を見て喜んでいる。ちなみに部屋が真っ白になっているのは、バルサンを焚いているからではなくて、煙系の妖怪、煙羅煙羅えんらえんらががんばっているから。管理人さんいわく、最後に薬剤を拭き取る必要もなく、人間にも妖怪にも優しく、環境にもエコとのことなのだけれど、どうなのかなあ。まあ毎日蚊取り線香を使っている管理人さんのお願いだからこその、出血大サービスなのかもしれないわね。

「そーれそれそれ!」

「川辺さん、危ないから手持ち花火を振り回してはいけません! いくつもいっぺんに火をつけたり、ほかのひとに花火を向けてもいけません!」

 河童の川辺さんは、のりのりで花火を楽しんでいる。しょうがないひと……妖怪だなあ。それを注意する管理人さん、本当にお疲れ様です。そして、花火パーティーにナチュラルに参加している自称ご近所さんたちも、もちろん妖怪だったりする。わたしの隣でタマ姐の飼い主と談笑している妙齢のナイスガイなおじ様は、火間虫入道ひまむしにゅうどうだ。この方、メゾン・ド・比嘉の裏住人だったの。どうして裏という言い方になるかと言うと、正式なお部屋を契約しているわけではないから。そして過去形なのは、すでに昨日の段階で避難……もとい引っ越しが完了してしまったから。火間虫入道とその眷属たちが住んでいたのは、屋根裏と配管なのよね。

 何とも微妙な契約なのだけれど、その方が彼らのお嫁さん探しには都合が良いのだとか。眷属の姿を見ても悲鳴をあげず、優しく接してくれる女性を探して、全国を放浪しているらしい。婚活の成果は芳しくなく、いまだ独身と聞く。良い感じになるたびに結婚を切り出すのだけれど、女性たちは彼の正体を知るたびに泣きながら逃げ出してしまうのだそうだ。時々、斥候に出た眷属たちが儚く命を散らしている事実がまた切ない。

 そうね、昔よりも異類婚姻譚の成功率が上がっているとはいえ、さすがに恋人の本性が「蜚蠊ごきぶり」というのは厳しいでしょうね。見た目がイケオジなだけにショックが大きいのかもしれない。爬虫類好きとか、もふもふ好きは結構多いから、蛇、狐狸、猫又あたりだと逆にモテたりもするのだけれど……。穏やかな笑顔と哀愁を帯びた背中の対比が逆に物悲しい。……人間のお嫁さん、諦めた方が良いんじゃないかしら。

 そして花火をやりながら、おんおんと涙を流しまくっているのは、火消婆ひけしばばだ。おばあさんったら、いろいろと苦労されているんだねってうちの彼が綺麗な話にまとめていたけれど、違うから。大体、おばあちゃんが泣いているのはあなたが原因だから。……楽しそうにろうそくを選んでいたから止められなかったけれど、こうなる事態はすでに予想がついていたのよね。

 このおばあちゃんは、火消婆という文字通り火を消す妖怪。でも、最近じゃ灯篭とうろうやちょうちんなんて滅多に使わない。あっても中身は電飾のことがほとんど。お仏壇ですらろうそくを使わない時代、花火というイベントはろうそくを使う貴重なイベント。だからこそ、火消婆はイメージトレーニングまでして、今日に臨んだらしいの。ところがやってきてみれば、アパートの庭では「消えないろうそく選手権」が開催されていたわけで……。

 ああ、現場を見ているだけにちょっとわたしも涙が出てきちゃったわ。だって、人の良さそうなしわくちゃのおばあちゃんが、必死な顔でろうそくを吹き消そうとしているのよ。途中から酸欠になっちゃってひいひい言ってるし、お星様になって消えてしまわないか、心配でたまらなかったもの。

 もういいの! あなたは十分に頑張ったから! お願い、みんなの心の平穏のために休んでちょうだい! あ、ざしきわらしたちが「普通のろうそく」に火をつけて差し出しているわ。優しいわね。でもね、火消婆が首を振る気持ちもわかるの。そうよね、そういう問題じゃないのよね……。自分の存在意義、あるいはアイデンティティーに関わる重要な部分なのよね。

 わたしは線香花火を手に取る。たくさんある花火の中でも、線香花火が一番好きだ。派手さはないけれど、儚いずっと見ていたくなるような美しさは、ほかにはないものだと思う。この美しさは、人間の一生に似ていると思う。限られた命だからこそ、一瞬一瞬が輝く。無心に線香花火を見つめるわたしをみて、彼が嬉しそうに笑った。あなたが嬉しそうだと、わたしも嬉しい。だからわたしも、一緒になって笑うの。

 こうしていろいろありつつも、基本的には和やかに花火パーティーは幕を閉じたのだった。その後、隣町ではとある不快害虫が大量発生し、保健所に通報が殺到したらしい。わたしの住む地域でも、なぜかゴキジェットやらバルサンが完売続出しているのを見てわたしは思わず涙がこぼれてしまった。……火間虫入道さん、婚活がんばれ!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...