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 さらに歌を口ずさむ――炎を吐く――素振りを見せれば、大剣がこちらに向かって振るわれた。迷いのない動き。きらめく刃が、私に迫ってくる。私は翼を広げ、そのまま騎士さまに向かって勢いよく飛び込んだ。自分を守るための結界はすべて解除しているから切っ先が狙いを外すことはない。胸を貫く大剣は焼け付くように痛いはずなのに、なぜか少しだけほっとしていている自分がいた。

「ああ、結構疲れちゃいました」

 もともとあの日、すべてを終わらせるつもりだった。
 騎士さまのいない世界なんて、生きる意味がないから。そのまますべてを無に帰そうと決め、好き勝手にあちこちを破壊して回っていた時、私は自分がひとりではないことを知った。だからあの子のために生きようと決めたのだ。

 竜の力を使って自分だけでなく周囲の人々を守ったのも、私の子どもには家族や友人、仲間と呼ばれるひとたちに囲まれて暮らしてほしかったから。だから過程がどれほど乱暴なものであれ、私は新しい世界を創り続けたつもりだ。

 傲慢で神を冒涜する神殿も、平民を踏み潰す王さまも、いなくなった。けれど、やっぱり力が強いだけの竜の私には、世界は治められない。何も知らない平民たちだけでは、この生まれたての世界はすぐに崩れ落ちるだろう。この世界には、導き手が必要だ。私を保護し、導いてくれた騎士さまのような誠実なひとが。

 ごぽりと口から何かがあふれた。
 炎ではない。同じ赤でもまったく異なるそれは、血だ。

 死んだことはないけれど、これだけの量を吐けば助からないと一瞬で理解できた。

 騎士さまの後ろで、私とよく似た色を持つ少女が目を丸くして何かを叫んでいる。すごく大きな声のはずなのに、何を言っているのかがよく聞き取れない。どうしてあなたが傷ついた顔をするの。泣きたいのは私のほうなのに。

 本当は、騎士さまの隣には私が立っていたかった。一緒に年をとり、よぼよぼのおじいちゃんとおばあちゃんになっても、騎士さまの隣にいられるのならそれで十分に幸せだった。それでも、騎士さまが死んでしまった世界をひとりで生きるよりも、騎士さまに殺されるほうがよっぽどいい。

「おかえりなさい」

 ああ、騎士さまの匂いがする。目をつぶって、かたい胸に頬を寄せれば、また口から鉄臭いものが溢れ出てきた。まったく困ってしまう。最後の時くらい、口からいろんなものを吐き出さずに、綺麗に逝きたいのに。神さまは、乙女心をもう少し尊重すべきなのではないだろうか。竜の時点でどうしようもないのはわかっているけれど。その上どうしてだろう。こんな時だというのに、なんだか眠くなってきてしまった。

「どうぞ、お幸せに」

 ただいまの声は聞こえなかったけれど、騎士さまがこの国に帰ってきてくれた。悪しき竜を討ち取ってくれた。それだけでもう十分。

 民を虐げる悪い王さまは、恐ろしい竜に殺されました。そして恐ろしい竜は、強く正しい勇者に打ち滅ぼされました。なんと勇者は、本当は王子さまだったのです。美しい恋人と結婚して、勇者はこの国を正しく平和に治めていくことでしょう。めでたしめでたし。ほら、問題なんてないでしょう? なんて見事なお伽噺とぎばなし

 竜だって、頑張れば可愛く笑うことができるはずだ。精一杯意識して微笑みかければ、騎士さまが大剣を取り落としていた。

 もう、騎士さま、そんな風に雑に扱ってはいけません。剣がまるで怒ったように赤く光り始めているではありませんか。

「さようなら」

 神託の意味が、少しだけわかったような気がした。きっとこれが、神さまの望まれた最高の結末。

 神さま、あなたの神託はどうやら実を結んだようですよ。これでご満足いただけましたか? 

 それにしても神さまというのは、ずいぶんとまどろっこしいことをなさる。悪い王さまを懲らしめるために、枯れた大地を再生させるために、わざわざ災厄を送り込んで人々を奮起させるなんて。

 私は知っている。動物のむくろは、やがて森に変わることを。災厄と呼ばれた竜には、大きな力がある。やせ衰えた大地も、私が朽ちた後には豊かな緑に変わるだろう。ほら、世界に光が降り注いでいる。

 ねえ、騎士さま。どうして、騎士さまは泣いていらっしゃるのですか? こんなにも世界は美しいというのに。

 騎士さま、もしもいつか、ちらりと私のことを思い出したなら、桜草プリムラの花を御屋敷に飾ってくださいませ。
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