おかえりなさい。どうぞ、お幸せに。さようなら。

石河 翠

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 ――お前の声が、世界を滅ぼす――

 それが私に下された神託だった。


 この世界では、子どもが生まれて三月ほどが過ぎると神からの神託を授けられる。どの国であろうと、それは変わらないやり方らしい。各国にそれぞれ置かれている神殿は、貴族の子どもから貧しい平民の子どもまで分け隔てなく歓迎しているのだとか。神官さまいわく、どんな才能を持っているのか、どんな大人になる可能性があるのかを知ることで、世界の宝である子どもたちがより良い人生を進むことができるからだそうだ。

 今日もまた幸せそうな一組の夫婦が神殿にやってくるのが見えた。生まれたばかりの小さな赤子を抱え、ふたりはくすくすと笑いあっている。腕の中の小さな命におっかなびっくり手を伸ばす男性と、少し疲れは見えるけれど喜びに満ちた輝く笑顔の女性。そして彼らの視線を一身に受けている無垢なる存在。目に入る光景がどうにも眩しくて、そっと目をすがめた。

 神殿奥深くにあるというのに、私の部屋は風の吹き溜まりになっているせいか、外を歩くひとの声がよく聞こえる。まるで何も持たないこちらへあてつけるように。

「もしもこの子に、特別な才能が授けられていたらどうする?」
「どんな祝福だったとしても、この子はわたしたちの可愛い娘だろう?」
「ええ、そうね。わたしとしては、お針子の才能やお料理の才能なんかがお勧めなのだけれど。お嫁に行くときに困らずに済むわ」
「お嫁になんかやるもんか。婿として来てくれる男とじゃなきゃ結婚させてやれん」
「もう、あなたったら。生まれたばかりだっていうのに、もうお嫁に行く心配をしているの?」

 そんな風に笑いさざめく家族たちの後姿を、指をくわえて見守ることしかできない。彼らのような家族の形は、私からあまりにも遠すぎるものだったから。幸福を約束するはずの聖なる神託。けれど私にあるのは、残酷な現実だけ。

 ――お前の声が、世界を滅ぼす――

 恐ろしい神託が下されたとき、私の家族はどんな反応をしたのだろう。気味が悪いと家族で私を捨てたのか。あるいは何の後ろ盾もない平民の手には余るだろう、まだ幼い命が消えるのは忍びないと神殿が救いの手を差し伸べたのか。細かい事情はよくわからない。ただひとつ確かなことは、私は神殿の中でも隠されるように育てられてきた厄介者だということ。

 私の存在は「穢れ」らしい。関われば自身が穢れるのだとか。おかげさまで私は物心ついてこの方、ただの一度も誰かに触れた記憶がない。

 手を繋ぐこともなく、頭を撫でられることもなく。抱きしめられること、言葉をかけられることもなく。少しでも接触したのなら身体が腐り落ちるのだと言わんばかりに、徹底して存在を無視される。時々、私は本当にこの世に存在している存在なのかわからなくなる。

 そもそも、光の射しこまない神殿の奥で最低限の世話をされることは生きていると言えるのだろうか。それでも私にとっては、罪人のような暮らしが生まれた時からの当たり前で、それ以上を望むべくもなかった。あの方――私の騎士さま――に出会うまでは。
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