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「さて、これまでレッスンを続けてきたわけだが」
「はい」
「どうだ、告白できそうか」
「心の準備ができないので、もう少し待ってください」
「度胸試しに、この建家の二階から飛び降りてみるか?」
「すみません、本気で死にます」
高所恐怖症の身では、度胸試しの前に昇天してしまう。
「決心がつかないなどと言っているが。いつになれば決心がつくんだ」
「いやむしろ、いつまでレッスンをやれば美人として完成するんですかね?」
「それは、一生続けるものだ。手を抜いたら、すぐに元に戻るだろう」
「くっ、人生は厳しい」
「とはいえ、ある程度習慣化させることができればそう恐れることも」
「意識しないと節制できない人間に、それは無理な話ですよ」
遠い目をする私に、店長さんが笑いかけた。
「美容サロンを経営している人間が言うのもなんだが、人間は顔がすべてではない」
「店長さんの顔でそんな戯れ言を言われると、本気で頭にきますね」
「あばたもえくぼ、蓼食う虫も好きずき。好きになってしまえば、どんな短所だって可愛く見えてくる」
なぜか自信満々に店長さんはうなずいている。選ぶ立場の人間に言われても、まったく説得力がない。
「だから?」
「自信を持て。この店に通い始めてから、職場で何か反応をもらったりしてないのか?」
「ああ、確かに話しかけられることが増えました。髪型や服装って、天気の話みたいに当たり障りのない話題みたいで」
「相手はそういうつもりではないだろうが、まあいい。それで、どう答えている?」
「恋人ができたのかと聞かれるので、振られる準備をしていると答えています」
「いい加減にしろよ」
頭を抱えながらソファに崩れ落ちる店長さん。いやあ、こうやって見てみると、びっくりするくらい足が長いですね。
「なんでお前は、そんなに自己評価が低いんだ」
「昔からたいして可愛いくないから、しっかり勉強して就職しろって言われていたんです。見た目に気を使うと、『勉強の邪魔』とか『色気づいている』と言われることも多くて」
「お前の親の方針は、もっとどうにかならなかったのか」
「親だけじゃないんですよね。成人の記念に肖像画を描いてもらったときも、見合いの釣書に使えて便利だと言われて。私はそんなものかと笑っていたんですけれど、どうも『自分で結婚相手を見つけられない人間』だって馬鹿にされていたらしくて」
「どうして笑うんだ」
「どうしようもないことが多すぎると、笑うしかないんです。でもこんな風にじたばたするなら、もっと早く頑張るべきでしたね」
「何かを変えたいと思うことに、遅すぎるってことはないよ」
「……ありがとうございます」
お礼の言葉は、少しだけひっかかり、けれど途切れることなく伝えることができた。やはり、ここら辺が潮時なのだろう。
「店長さん、私、決めました。明日、告白に行ってきます」
「ようやく踏ん切りがついたか」
「といいますか。もう制限時間いっぱいでして。これ以上、引き伸ばせません」
「何の話だ」
「実家から、帰ってこいと言われています。大見得を切った癖に、いまだに結婚相手が見つけられない。だから、こちらでみつくろった相手に嫁げと。なんと役に立ってしまいましたよ、あの肖像画が!」
「それでいいのか」
「よくはありませんが……。売れ残った商品の行く末としては、こんなものでしょう。言い方が悪いですが、女性は鮮度が命ですから。もともと学校に行っていたことも、周囲に叩かれたんですよ。私が進学している間に、田舎の友人たちは結婚して、子どもも生んでいます」
「明日、振られてそのまま帰郷するつもりじゃないだろうな」
「その予定だったんですけれど、やっぱり寂しいです。だから、失恋パーティーで慰めてください。美味しいものをお腹いっぱい食べましょう。あ、ちゃんとお金を払うので、私が払えるレベルのお店でお願いします!」
私は、しっかり失恋して、憧れの店長さんにお別れを言って田舎に帰るのだ。
自分を変えるためにこれだけ頑張ることができた。だから、お見合いで見知らぬひとの元に嫁いだとしても、何とかなるだろう。黙って頑張ることだけは、誰よりも得意なのだから。
「お前は、この店に転がり込んできたときから目が離せないくらい輝いていたよ。大丈夫、きっとうまくいく」
「努力だけじゃ、結果はついてこないんですよ」
「まったくお前はバカだな」
店長さんの毒舌を聞くのも、あと少し。そう思うと、なんだかほんのり寂しくなった。
「はい」
「どうだ、告白できそうか」
「心の準備ができないので、もう少し待ってください」
「度胸試しに、この建家の二階から飛び降りてみるか?」
「すみません、本気で死にます」
高所恐怖症の身では、度胸試しの前に昇天してしまう。
「決心がつかないなどと言っているが。いつになれば決心がつくんだ」
「いやむしろ、いつまでレッスンをやれば美人として完成するんですかね?」
「それは、一生続けるものだ。手を抜いたら、すぐに元に戻るだろう」
「くっ、人生は厳しい」
「とはいえ、ある程度習慣化させることができればそう恐れることも」
「意識しないと節制できない人間に、それは無理な話ですよ」
遠い目をする私に、店長さんが笑いかけた。
「美容サロンを経営している人間が言うのもなんだが、人間は顔がすべてではない」
「店長さんの顔でそんな戯れ言を言われると、本気で頭にきますね」
「あばたもえくぼ、蓼食う虫も好きずき。好きになってしまえば、どんな短所だって可愛く見えてくる」
なぜか自信満々に店長さんはうなずいている。選ぶ立場の人間に言われても、まったく説得力がない。
「だから?」
「自信を持て。この店に通い始めてから、職場で何か反応をもらったりしてないのか?」
「ああ、確かに話しかけられることが増えました。髪型や服装って、天気の話みたいに当たり障りのない話題みたいで」
「相手はそういうつもりではないだろうが、まあいい。それで、どう答えている?」
「恋人ができたのかと聞かれるので、振られる準備をしていると答えています」
「いい加減にしろよ」
頭を抱えながらソファに崩れ落ちる店長さん。いやあ、こうやって見てみると、びっくりするくらい足が長いですね。
「なんでお前は、そんなに自己評価が低いんだ」
「昔からたいして可愛いくないから、しっかり勉強して就職しろって言われていたんです。見た目に気を使うと、『勉強の邪魔』とか『色気づいている』と言われることも多くて」
「お前の親の方針は、もっとどうにかならなかったのか」
「親だけじゃないんですよね。成人の記念に肖像画を描いてもらったときも、見合いの釣書に使えて便利だと言われて。私はそんなものかと笑っていたんですけれど、どうも『自分で結婚相手を見つけられない人間』だって馬鹿にされていたらしくて」
「どうして笑うんだ」
「どうしようもないことが多すぎると、笑うしかないんです。でもこんな風にじたばたするなら、もっと早く頑張るべきでしたね」
「何かを変えたいと思うことに、遅すぎるってことはないよ」
「……ありがとうございます」
お礼の言葉は、少しだけひっかかり、けれど途切れることなく伝えることができた。やはり、ここら辺が潮時なのだろう。
「店長さん、私、決めました。明日、告白に行ってきます」
「ようやく踏ん切りがついたか」
「といいますか。もう制限時間いっぱいでして。これ以上、引き伸ばせません」
「何の話だ」
「実家から、帰ってこいと言われています。大見得を切った癖に、いまだに結婚相手が見つけられない。だから、こちらでみつくろった相手に嫁げと。なんと役に立ってしまいましたよ、あの肖像画が!」
「それでいいのか」
「よくはありませんが……。売れ残った商品の行く末としては、こんなものでしょう。言い方が悪いですが、女性は鮮度が命ですから。もともと学校に行っていたことも、周囲に叩かれたんですよ。私が進学している間に、田舎の友人たちは結婚して、子どもも生んでいます」
「明日、振られてそのまま帰郷するつもりじゃないだろうな」
「その予定だったんですけれど、やっぱり寂しいです。だから、失恋パーティーで慰めてください。美味しいものをお腹いっぱい食べましょう。あ、ちゃんとお金を払うので、私が払えるレベルのお店でお願いします!」
私は、しっかり失恋して、憧れの店長さんにお別れを言って田舎に帰るのだ。
自分を変えるためにこれだけ頑張ることができた。だから、お見合いで見知らぬひとの元に嫁いだとしても、何とかなるだろう。黙って頑張ることだけは、誰よりも得意なのだから。
「お前は、この店に転がり込んできたときから目が離せないくらい輝いていたよ。大丈夫、きっとうまくいく」
「努力だけじゃ、結果はついてこないんですよ」
「まったくお前はバカだな」
店長さんの毒舌を聞くのも、あと少し。そう思うと、なんだかほんのり寂しくなった。
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