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僕を待つ君、君を迎えにくる彼、そして僕と彼の話(3)
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「ねえ、聞いているの?」
「もちろんだよ。綾乃さん、それからどうなったんだっけ?」
綾乃さんのおしゃべりは、話題の移り変わりが目まぐるしい。ちょっとした連想ゲームのように、ふわふわとあちらこちらへ飛んでしまう。
「だから、あの時はあの子の夜泣きが大変だったという話を……。あら、違ったかしら。結婚式の日に、渋滞してタクシーが遅刻しそうだったという話だったかしら……。ええと、たしか……」
遠くを見つめたまま、不明瞭なひとり言をつぶやく。思い出の世界に入り込んだ綾乃さんは、しばらくこのままだ。とりあえず僕は肩をすくめて、タイミングよく届いたコーヒーを口に含んだ。
「っ!」
エスプレッソはやっぱりまだ僕には早すぎたみたいだ。喉の奥が熱い。思わずお冷やを流し込み、ついでとばかりに溶けかけた氷を噛みくだいた。走り回ったあとにきちんと汗を拭かなかったせいか、今ごろになって体が冷えてくる。
誰でもいいから僕と手を繋いでほしい。だらしない猫背で携帯をいじってみる。スマホの画面に流れるのは、他愛もない友人たちの呟き。それに僕は、いいねを押して回る。まるで何かの儀式のように。
不意に、心地よいテノールが響く。
「綾乃さん、もうこんな時間ですよ。そろそろ家に帰りましょうか」
ぼんやりとしていた綾乃さんの目の焦点がゆっくりと合う。まばたきを繰り返し、綾乃さんはにっこりと微笑んだ。お帰り、綾乃さん。お迎えの時間だよ。
「まあ、昭彦さん。お帰りなさい。今日は、お早いのね」
「仕事が思ったよりも早く片付いたからね」
「ねえ、今夜はクリームシチューなのよ。あなたの大好物の!」
「それは嬉しいね」
きっちりと背広を着込んだ長身の彼が、綾乃さんの手を取る。かつて町内一と褒めそやされた美丈夫。頬を染めた綾乃さんは、可憐な少女のようだ。きっとふたりは、トレンディドラマのような恋人たちだったのだろう。半世紀前であれば、の話だけれど。
「もちろんだよ。綾乃さん、それからどうなったんだっけ?」
綾乃さんのおしゃべりは、話題の移り変わりが目まぐるしい。ちょっとした連想ゲームのように、ふわふわとあちらこちらへ飛んでしまう。
「だから、あの時はあの子の夜泣きが大変だったという話を……。あら、違ったかしら。結婚式の日に、渋滞してタクシーが遅刻しそうだったという話だったかしら……。ええと、たしか……」
遠くを見つめたまま、不明瞭なひとり言をつぶやく。思い出の世界に入り込んだ綾乃さんは、しばらくこのままだ。とりあえず僕は肩をすくめて、タイミングよく届いたコーヒーを口に含んだ。
「っ!」
エスプレッソはやっぱりまだ僕には早すぎたみたいだ。喉の奥が熱い。思わずお冷やを流し込み、ついでとばかりに溶けかけた氷を噛みくだいた。走り回ったあとにきちんと汗を拭かなかったせいか、今ごろになって体が冷えてくる。
誰でもいいから僕と手を繋いでほしい。だらしない猫背で携帯をいじってみる。スマホの画面に流れるのは、他愛もない友人たちの呟き。それに僕は、いいねを押して回る。まるで何かの儀式のように。
不意に、心地よいテノールが響く。
「綾乃さん、もうこんな時間ですよ。そろそろ家に帰りましょうか」
ぼんやりとしていた綾乃さんの目の焦点がゆっくりと合う。まばたきを繰り返し、綾乃さんはにっこりと微笑んだ。お帰り、綾乃さん。お迎えの時間だよ。
「まあ、昭彦さん。お帰りなさい。今日は、お早いのね」
「仕事が思ったよりも早く片付いたからね」
「ねえ、今夜はクリームシチューなのよ。あなたの大好物の!」
「それは嬉しいね」
きっちりと背広を着込んだ長身の彼が、綾乃さんの手を取る。かつて町内一と褒めそやされた美丈夫。頬を染めた綾乃さんは、可憐な少女のようだ。きっとふたりは、トレンディドラマのような恋人たちだったのだろう。半世紀前であれば、の話だけれど。
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