上 下
5 / 6

『らり』ーの終わり

しおりを挟む
 わたしのつとめる会社かいしゃには、図書部としょぶがある。
 まるで小学校しょうがっこうのようだが、これが案外あんがい使つか勝手がってがいい。つきにわずか三百円さんびゃくえん部費ぶひだけで、話題わだい新刊しんかん放題ほうだいなのだ。

 部長ぶちょうである古参こさん女性社員じょせいしゃいんがすべてを仕切しきるため、とくにやるべきこともなく、購入こうにゅう要望ようぼうだってちゃんとせる。おまけにつき一度いちど部内向ぶないむけメールには、購入こうにゅうした新刊しんかん評論ひょうろんだけでなく、図書部としょぶ蔵書目録ぞうしょもくろくだって添付てんぷされている。小規模しょうきぼ図書館としょかんなど足元あしもとにもおよばない優秀ゆうしゅうさであった。

 そのもわたしは本棚ほんだなながめていた。
 政府せいふびかけによるノー残業ざんぎょうデーとはいえ、特別とくべつ予定よていなど皆無かいむである。プレミアムとはいえないようなごしかただが、面白おもしろほん片手かたてあたたかい部屋へやくつろぐのもまた一興いっきょう。インドアのわたしは、退社時間たいしゃじかんになるとこうやって部署ぶしょ片隅かたすみにある本棚ほんだな物色ぶっしょくするのだ。

 本屋ほんやとはちがってほかだれもいないので、気兼きがねする必要ひつようもないのがたすかっている。じつのところ、この本棚ほんだな使つかう人にわたしはったことがない。なんとも勿体もったいないことに、いで図書部としょぶ所属しょぞくするひとがほとんど。部長ぶちょうである彼女かのじょとわたしだけが完全かんぜん丸儲まるもうけである。

 そのせいなのだ。きゅう名前なまえばれて、悲鳴ひめいをあげたのは。ひと気配けはいがつかなったわたしは、正直しょうじきなところ挙動不審きょどうふしんだったとおもう。そんなわたしをてあのときおなすこしだけこまったかおで、営業部えいぎょうぶのエースはおだやかにたずねてきた。おすすめのほんなにかあるだろうかと。

 はなしけば、海外かいがいにいるとある支社長ししゃちょうに、出張しゅっちょうのついでに日本語にほんご書籍しょせきってくるようにわれたそうだ。ネットで購入こうにゅうすると、おどろくような金額きんがく関税かんぜいがかかるのだとか。
 それに電子書籍でんししょせき簡単かんたんはいるようになったとはいえ、かみのページをめくる心地良ここちよさにはがたいものがある。縁遠えんとお支社長ししゃちょうを、すこしだけ身近みぢかかんじた。それにしてもこんな個人的こじんてきたのみごとをされるなんて、かれはよほど信用しんようされているのだろう。

 支社長ししゃちょうおもかべ、本棚ほんだなをやる。どんなジャンルがおこのみだろうか。海外生活かいがいせいかつはきっと気疲きづかれするだろう。気軽きがるめて、読後感どくごかんさわやかなものがふさわしいにちがいない。
 いくつかあたまなかにピックアップしてみたものの、あいにくこの本棚ほんだなにはなさそうだ。自宅じたくにはわたしがもとめたものがあるのだけれど、まあタイトルだけつたえておこう。そうおもっていたはずなのに、わたしはなぜかとんでもないことを口走くちばしってしまった。

 わたしのものでよろしければ、おししましょうか。支社長ししゃちょうのおこのみにうかたしかかめてみて、そのあと本屋ほんやさんにってみてはいかがですか。
 そんなわたしの言葉ことばに、かれたすかるよとやさしく微笑ほほえむ。名前なまえそのままのシュガーな笑顔えがおけて、わたしはひそかに赤面せきめんした。

 空想くうそうなか電話でんわメモの余白よはく恋文こいぶみつづるうちに、妄想もうそうはげしくなってしまったのだろうか。ほんのおれいにとお菓子かしいただいた。ゆめのような美味おいしさに、たのまれていた書類しょるい超特急ちょうとっきゅう仕上しあげると、今度こんど食事しょくじさそわれた。しかも大衆居酒屋たいしゅういざかやではない、お洒落しゃれなフレンチだ。
 こんなかんじではやすうげつぎている。いつかわるだろうこのおだやかなボールのいは、たのしい反面はんめんどうしようもなくせつない。けれどわたしには、決定打けっていだはな勇気ゆうきなどない。今日きょうもためいきをひとつつき、ただあまうずきにゆだねる。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?

石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。 ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。 ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。 「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。 扉絵は汐の音さまに描いていただきました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

リポグラム短編集~『あい』を失った女~

石河 翠
現代文学
一話完結型の短編集です。 特定の文字や語句を入れないなど、制限付きの作品(掌編)を書く予定です。 第一話からの現行ルール。 タイトルでカギカッコに入った文字を抜くこと。 濁音、半濁音、促音がある場合にはそれも使用不可。 例えば、第八話の場合には「つ」「て」「づ」「で」「っ」が使用不可。 こちらは小説家になろうにも投稿しております。 表紙は、秋の桜子様に描いて頂きました。

一夜の男

詩織
恋愛
ドラマとかの出来事かと思ってた。 まさか自分にもこんなことが起きるとは... そして相手の顔を見ることなく逃げたので、知ってる人かも全く知らない人かもわからない。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫に元カノを紹介された。

ほったげな
恋愛
他人と考え方や価値観が違う、ズレた夫。そんな夫が元カノを私に紹介してきた。一体何を考えているのか。

処理中です...