巫女見習い、始めました。

石河 翠

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第一章

(8)巫女見習い、始めました。

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「わ、また神社に来ちゃった。どうして、物置や体育館倉庫から神社に行けるの?」
「神社への扉はどこにでもある。今一番近かったのが、ここだったというだけのこと」
「扉、勝手に繋がるの? お手洗いとかお風呂場の扉が神社に繋がったりしたら嫌だよ」

 切羽詰まった時に扉の向こうが神社だったとか、脱衣所で洋服を脱いでからお風呂場の扉を開けたら神社だったとか、もう絶望しかないと思う。そんなわたしの心配をよそに、ペンギンはよちよちと歩みを進める。鳥居のそばにある例の白い角――鯨の骨――の近くを通るときに、ぶわっと全身の毛を逆立てていたけれど、一体何だったのかな。

 おそるおそる鳥居をくぐると、なんだか空気が変わったような気がした。もともと冬の海の近くだから空気は冷たいのだけれど、何となく凛としていて、透明感が高くなった感じがする。ちりんと、澄んだ鈴の音が聞こえた。

 ゆっくりと一度瞬きをすると、先ほどまでいなかったはずなのに目の前にあの男の子が現れた。今日は前回、前々回と違い、一歩引いた場所に立ち止まっている。彼はわたしに見せつけるように、ゆっくりと右手を伸ばしてきた。彼のてのひらにあるもの、それは。

「キーホルダー! 見つけてくれたの?」

 友だちが作ってくれたキーホルダーだ。落としたときの衝撃だろう、金属の枠が少しだけこすれていたけれど、そんなことは気にならないくらい嬉しい。男の子の手に飛びつくようにして、キーホルダーを受け取る。ちょっとはしたなかったかもしれないけれど、身体が勝手に動いちゃったんだ。

「これ、どうやって見つけてきたの?」
「海の中に落ちたものなら、時間をかければ見つけられる。本来なら、もっと早く届けられるはずだったんだ。それなのに、拾い主が自分の物にするんだと言い張っていたせいで、取り返すのに時間がかかった」
「そうなの? 大変だったんじゃない?」
「まあな。さすがに河童を説得するのは疲れた」

 はあ? 河童? わたしの聞き間違いだろうか。今、男の子の口から河童と聞こえたような? 同じ水辺の生き物とはいえ、池や川に住む河童が海に落ちたキーホルダーを見つけられるものなのだろうか。そもそも河童は伝説上の生き物だったはずなのに、妙なことが気になって首を傾げた。

「吾輩が少しばかり力を貸してやったのだ」

 えへんと胸を張るペンギン。謎のしゃべるペンギンが、存在そのものがあやふやな河童を説得? もうわけがわからない。


 ***


「それで、あなたはわたしに何を頼みたいの?」
「巫女見習いには、巫女見習いをやってほしい」
「わたしは、美優みゆうっていう名前があるの。巫女見習いって呼ばないで」
「……ごめん。美優、って呼んでいいか?」
「いいよ。わたしは、あなたのことなんて呼べばいいの?」
「……なんでもいい」
「なんでもいいっていうのは逆に難しいよ。あだ名でもいいから教えて」
「じゃあ、なぎ
「じゃあって何よ、じゃあって」

 ぷりぷりと怒って見せながら、わたしは腕を組んだ。

「そもそも、どうして島にゆかりのないわたしに、巫女見習いをさせたいの? 別にわたしが巫女見習いをしなくても、他に候補はいっぱいいるでしょう?」
「美優にしかできないことだ」
「それ、単純に面倒くさいからみんなに断られたりしていない?」
「断られたりなんてしていないさ」
「でも押し付けられている雰囲気をひしひしと感じる」

 この島の子どもの数は少ないけれど、いないわけじゃない。それなのに、どうしてわたしなの?

「押し付けたりなんかしない。巫女見習いは、誰にでもできるお役目じゃないんだ。それに、美優は引き受けてもいいって言ったじゃないか」
「え、そんなこと言っていないよ」
「いいや、言った。キーホルダーを探して持ってこれたら、やってもいいって」
「それは、話を聞いて『やってもいい』って言ったんだよ」
「……そうなのか? それじゃあ俺の勘違いなのか。でも悪いが、もう遅い」
「ちょっと、それってどういう意味?」
「鳥居をくぐった時点で、巫女見習いを引き受けたとみなされている。よく見てみろ。格好だって、既に白衣と緋袴になっているじゃないか」
「え?」

 自分の服装を確認してみると、お正月によく見る神社の巫女さんみたいな格好になっていた。そんなのおかしい。だってわたしはさっきまで学校にいて、いつも通りの普段着を着ていたはずなのに……。

「美優、そんなに難しいことを頼みたいんじゃないんだ。この島にいる間だけでいい。巫女見習いとして、海に祈りを捧げてほしい」
「だからなんで勝手に話を進めちゃうの? だいたいわたしが巫女見習いをやらなかったら、何が起きるっていうのよ」

 唇とがらせて文句を言うと、凪は困ったように私に頭を下げてくる。

「巫女見習いがいなくなってしまったら、この島と、この島に住んでいるひとたちが、家族じゃなくなる」

 なんだそれ。島と島の住人が家族ってどういうこと? 島の住人同士が家族みたいなものって言うのはわかるけれど。島が家族? まったくもって意味が変わらない。

 巫女がいないと島が沈むとか、魚が取れなくなるとか、海が干上がるとか、そういうわけじゃないなら、別に死なないし、無視してもいいんじゃないの?

 でもどうしてだか、「島と家族じゃなくなっても別によくない? たぶん何にも困らないよ?」とは言えなかった。『家族』という言葉がちくちく痛い。頭の中を、またあの言葉がよぎっていく。

 ――あんたなんか大嫌い。あんたさえ、いなければ――

 口の中が砂だらけになったような気がして、気持ちが悪くなる。一瞬えずきそうになって、ペンギンにつんつんと突かれた。はっと現実に引き戻される。家族か。家族って、一体なんなのだろう?

「お願いだ。もしも、君が頑張っても無理だったなら、俺も諦めがつくと思うんだ」

 巫女見習いが何をどうやってお役目を果たすべきなのか、結局今の私にはさっぱりわからない。それでもこの男の子に何度もお願いされていると、なんとなく頑張った方がよいような気がした。

 そういうわけで、わたしはなし崩し的に巫女見習いとして働くことになってしまったのである。
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