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(9)姫君は竜に告げる
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見事勝利を収めたはずが、この勝負は無効だと主張する姿にエルヴィスの瞳に剣呑な光が宿った。そんな竜をなだめながら、王女は従兄弟に立ち向かう。
「従兄弟殿、何をおっしゃっているのでしょうか。意味がわかりませんわ」
「ステファニー、竜競べは神聖なものだ。乗り手を突き落とした上に竜を奪い、勝負を台無しにするとは。父上もそうは思いませんか!」
無茶苦茶な言い分に、思わずステファニーも頭に血が上る。いくら法的に認められているとはいえ竜競べの直前で出場者を変更し、素人と騎士を対決させた分際で何を言うのか。
そもそもステファニーは竜に何もしていない。竜たちがエルヴィスを認め付き従ったのは、きっとエルヴィスの方がより強い竜だったからだと思っている。それを「卑怯」だとか「ズルい」だとか言われるなんて心外だ。
伯父はというと、息子の言い分など興味がなさそうだった。彼はただ穏やかにステファニーを見つめていた。どんな反論を聞かせてくれるのか、それを心から楽しみにしているように。
「伯父さま、竜競べを汚したのは一体どちらのほうでしょうか。まず竜選びの場において、私の装飾品を銀細工ではなく鉄のものにすり替えましたね。おかげで戦を嫌う竜たちからは威嚇され、私は危うく竜競べに参加すらできないところでした」
「その装飾品とやらをわたしが用意したという証拠は?」
ぼろを出して「簪」と名指しすることなく、尋ねてくる。
「あの髪飾りは、もともと装身具として作られたものではありません。当初は優れた剣で、とある事情から装身具に作り変えられたそうです。誰にでもできるものでありません。特殊な加工ができる職人は少なく、彼らに聞けば、それが誰の命で作られたものかすぐにわかりました。伯父さまの印が入った手紙も残っています」
「ふふふ、よく調べられているね」
姪の答えに彼は楽しそうに相槌を打った。
「それに先ほどの従兄弟殿の発言。竜競べでは終了後の異議申し立てはできません。竜は神の代理人。結果には必ず従わねばならないということは、伯父さまとてご理解していることでしょう?」
「確かに先ほどの息子の弁が見苦しかった。それは認めよう」
従兄弟の顔が醜く歪む。ステファニーに恥をかかされたと、内心怒り狂っているに違いない。この従兄弟は、自分の父親を神か何かのように崇めたてているのだから。
「そして、私が弟を見舞った日、侍女に毒入りの薬湯を持って来させたのも伯父さまたちですよね。これは侍女をこちらで確保して、経緯を確認しています。ああ、彼女を探しても無駄ですよ。伯父さまの手が届かないところに匿っています。貴重な証人ですから」
「ふうん、言いたいことはそれだけかい?」
「これらの件については、先ほど立会人である神殿の神官長さまにもお話してあります。また毒は、竜の鱗で浄化しましたが、その時に使用した器を神殿に預けています。神殿に伝わる術で、分析をかけることができるそうです」
ステファニーが言葉を発するたびに、答え合わせをする家庭教師のように小さくうなずきながら、伯父は先を続けるように促した。王の座から引きずり下ろされようとしているのに、彼はなぜ怒らないのか。従兄弟の口汚い罵りを聴きながら、王女として最後の言葉を告げる。
「このような振る舞いをなさる方が国王や王太子にふさわしいとは思えません。約束はお守りください。伯父さまは退位を。国王にふさわしいのは、我が弟です。そして私は、あなたの息子とは結婚いたしません」
「なるほど。ステファニー、時間はかかったが頑張ったね。思った以上に使える人材がいたみたいだけれど?」
「ええ、ありがたいことに、弟が協力してくれましたので」
従兄弟は信じられないと睨みつけてくるばかりだ。彼は死にかけの棺桶王子しか知らないのだろう。そこへ、話は終わりだとでも言わんばかりに、てのひらを叩く音が響いた。
「大変よくできました。さあ、最後の仕上げだ。ここからは、お片づけの時間だよ。必要なものとそうでないものは、もう十分に分別できているだろう? この日のために、腐りかけていた貴族たちを引っ掻き回しておいたんだから」
伯父は小さな子どものお遊戯を褒めるかのように目を細めた。言われていることの意味がわからず、王女はひとり固まってしまう。
(伯父さまは、一体何を言っているの?)
さらには、息子であるはずの従兄弟に向かって厳しい目を向けた。
「まったく、残念だ。同じように育てた……いや、ステファニーよりも随分ぬるい環境においてやったというのに、結局お前はこうなったね」
従兄弟の顔がどす黒く染まる。
「父上、何をおっしゃって」
「不義の子として生まれても、わたしは王族としてあるべき生き方をしてきたつもりだよ。私を守ってくれた義姉上のためにも、ステファニーたちの踏み台になれるようにね。だが、わたしと同じように生まれてきたお前は、最初から手助けがあったにも関わらず、どうしてそうも捻くれている? なぜ国のために生きられない?」
「伯父さま!」
(伯父さまは、王族ではないの? 従兄弟殿も? だから、竜競べに代理人を立てた? 竜に乗るのが危ないからではなく、竜に乗る資格がないから? 最初からこうやって終わらせるつもりだったとでも言うのかしら。義姉上……お母さまへの恩を返すため、悪役を引き受けていたと?)
頭の中がぐちゃぐちゃになる中、とっさに伯父を止めるべく声を上げた。しかし、時すでに遅し。周囲にいた人々はどよめき、顔を青ざめさせている者もたくさんいる。
「もはや、我々にできることは多くはない。まずは彼女たちに詫びること、そしてよりよき治世のために、速やかに退場することだ。まあ、その際には首と胴が離れ離れになってしまうかもしれないが、別に構いはしないだろう? この十年、甘い蜜は十分に吸い付くしたはずだ」
伯父の言葉を聞くや否や、従兄弟がステファニーに剣を向けた。どうやら隠し持っていたらしい。けれど、伯父は驚くそぶりさえ見せなかった。
「ああ、お前はやっぱり愚かだ。誇りを持って出ていくことさえできないのか」
「父上、どうして俺じゃ駄目だったんですか。口を開けば従姉妹たちのことばかり」
ゆっくりと従兄弟の剣の切っ先はステファニーからそれる。刃を向けられているはずの伯父は、なんの感慨もなさそうに、ただどこか疲れたように肩を落とした。
「ステファニー、竜と神殿に行って今の状況を伝えなさい。神聖なる竜競べの約束は果たされなかったと。勝利は踏みにじられ、儀式は血で汚されたと」
「皇国からの裁きを得るための手段として、むざむざ殺されてやるつもりですか?」
「それくらいしか、もうわたしの使い道はないからね」
王女の問いかけに、伯父は困ったように微笑んだ。
竜競べは神聖なる儀式。万一血で穢されるようなことがあれば、皇国が裁きを下すと言われている。だから、言い逃れができないように決定的な疵瑕をつけようというのだ。ステファニーたちが、憂いなく王族として正しくあるために。
「ああなると、あの子はもう抑えが効かないのだよ。これでもずいぶんと頑張ったのだが。あの子だけではないな。妻との関係も破綻した。不義の子ごと引き受けたが、妻はそれさえも気に入らなかったようだね」
「伯父さま……」
「可愛いステファニー。これから、幸せにおなり。わたしたちのことは、早く忘れなさい」
従兄弟が剣を振りかぶる。ゆっくりと、刃が弧を描いた。
「やめて、嫌、伯父さまを助けて! お願い、エルヴィス!」
ステファニーが無我夢中で叫ぶと、竜はその身をよじらせた。突然晴天に稲妻が走る。金の光はまっすぐに竜の身体を貫いた。
「従兄弟殿、何をおっしゃっているのでしょうか。意味がわかりませんわ」
「ステファニー、竜競べは神聖なものだ。乗り手を突き落とした上に竜を奪い、勝負を台無しにするとは。父上もそうは思いませんか!」
無茶苦茶な言い分に、思わずステファニーも頭に血が上る。いくら法的に認められているとはいえ竜競べの直前で出場者を変更し、素人と騎士を対決させた分際で何を言うのか。
そもそもステファニーは竜に何もしていない。竜たちがエルヴィスを認め付き従ったのは、きっとエルヴィスの方がより強い竜だったからだと思っている。それを「卑怯」だとか「ズルい」だとか言われるなんて心外だ。
伯父はというと、息子の言い分など興味がなさそうだった。彼はただ穏やかにステファニーを見つめていた。どんな反論を聞かせてくれるのか、それを心から楽しみにしているように。
「伯父さま、竜競べを汚したのは一体どちらのほうでしょうか。まず竜選びの場において、私の装飾品を銀細工ではなく鉄のものにすり替えましたね。おかげで戦を嫌う竜たちからは威嚇され、私は危うく竜競べに参加すらできないところでした」
「その装飾品とやらをわたしが用意したという証拠は?」
ぼろを出して「簪」と名指しすることなく、尋ねてくる。
「あの髪飾りは、もともと装身具として作られたものではありません。当初は優れた剣で、とある事情から装身具に作り変えられたそうです。誰にでもできるものでありません。特殊な加工ができる職人は少なく、彼らに聞けば、それが誰の命で作られたものかすぐにわかりました。伯父さまの印が入った手紙も残っています」
「ふふふ、よく調べられているね」
姪の答えに彼は楽しそうに相槌を打った。
「それに先ほどの従兄弟殿の発言。竜競べでは終了後の異議申し立てはできません。竜は神の代理人。結果には必ず従わねばならないということは、伯父さまとてご理解していることでしょう?」
「確かに先ほどの息子の弁が見苦しかった。それは認めよう」
従兄弟の顔が醜く歪む。ステファニーに恥をかかされたと、内心怒り狂っているに違いない。この従兄弟は、自分の父親を神か何かのように崇めたてているのだから。
「そして、私が弟を見舞った日、侍女に毒入りの薬湯を持って来させたのも伯父さまたちですよね。これは侍女をこちらで確保して、経緯を確認しています。ああ、彼女を探しても無駄ですよ。伯父さまの手が届かないところに匿っています。貴重な証人ですから」
「ふうん、言いたいことはそれだけかい?」
「これらの件については、先ほど立会人である神殿の神官長さまにもお話してあります。また毒は、竜の鱗で浄化しましたが、その時に使用した器を神殿に預けています。神殿に伝わる術で、分析をかけることができるそうです」
ステファニーが言葉を発するたびに、答え合わせをする家庭教師のように小さくうなずきながら、伯父は先を続けるように促した。王の座から引きずり下ろされようとしているのに、彼はなぜ怒らないのか。従兄弟の口汚い罵りを聴きながら、王女として最後の言葉を告げる。
「このような振る舞いをなさる方が国王や王太子にふさわしいとは思えません。約束はお守りください。伯父さまは退位を。国王にふさわしいのは、我が弟です。そして私は、あなたの息子とは結婚いたしません」
「なるほど。ステファニー、時間はかかったが頑張ったね。思った以上に使える人材がいたみたいだけれど?」
「ええ、ありがたいことに、弟が協力してくれましたので」
従兄弟は信じられないと睨みつけてくるばかりだ。彼は死にかけの棺桶王子しか知らないのだろう。そこへ、話は終わりだとでも言わんばかりに、てのひらを叩く音が響いた。
「大変よくできました。さあ、最後の仕上げだ。ここからは、お片づけの時間だよ。必要なものとそうでないものは、もう十分に分別できているだろう? この日のために、腐りかけていた貴族たちを引っ掻き回しておいたんだから」
伯父は小さな子どものお遊戯を褒めるかのように目を細めた。言われていることの意味がわからず、王女はひとり固まってしまう。
(伯父さまは、一体何を言っているの?)
さらには、息子であるはずの従兄弟に向かって厳しい目を向けた。
「まったく、残念だ。同じように育てた……いや、ステファニーよりも随分ぬるい環境においてやったというのに、結局お前はこうなったね」
従兄弟の顔がどす黒く染まる。
「父上、何をおっしゃって」
「不義の子として生まれても、わたしは王族としてあるべき生き方をしてきたつもりだよ。私を守ってくれた義姉上のためにも、ステファニーたちの踏み台になれるようにね。だが、わたしと同じように生まれてきたお前は、最初から手助けがあったにも関わらず、どうしてそうも捻くれている? なぜ国のために生きられない?」
「伯父さま!」
(伯父さまは、王族ではないの? 従兄弟殿も? だから、竜競べに代理人を立てた? 竜に乗るのが危ないからではなく、竜に乗る資格がないから? 最初からこうやって終わらせるつもりだったとでも言うのかしら。義姉上……お母さまへの恩を返すため、悪役を引き受けていたと?)
頭の中がぐちゃぐちゃになる中、とっさに伯父を止めるべく声を上げた。しかし、時すでに遅し。周囲にいた人々はどよめき、顔を青ざめさせている者もたくさんいる。
「もはや、我々にできることは多くはない。まずは彼女たちに詫びること、そしてよりよき治世のために、速やかに退場することだ。まあ、その際には首と胴が離れ離れになってしまうかもしれないが、別に構いはしないだろう? この十年、甘い蜜は十分に吸い付くしたはずだ」
伯父の言葉を聞くや否や、従兄弟がステファニーに剣を向けた。どうやら隠し持っていたらしい。けれど、伯父は驚くそぶりさえ見せなかった。
「ああ、お前はやっぱり愚かだ。誇りを持って出ていくことさえできないのか」
「父上、どうして俺じゃ駄目だったんですか。口を開けば従姉妹たちのことばかり」
ゆっくりと従兄弟の剣の切っ先はステファニーからそれる。刃を向けられているはずの伯父は、なんの感慨もなさそうに、ただどこか疲れたように肩を落とした。
「ステファニー、竜と神殿に行って今の状況を伝えなさい。神聖なる竜競べの約束は果たされなかったと。勝利は踏みにじられ、儀式は血で汚されたと」
「皇国からの裁きを得るための手段として、むざむざ殺されてやるつもりですか?」
「それくらいしか、もうわたしの使い道はないからね」
王女の問いかけに、伯父は困ったように微笑んだ。
竜競べは神聖なる儀式。万一血で穢されるようなことがあれば、皇国が裁きを下すと言われている。だから、言い逃れができないように決定的な疵瑕をつけようというのだ。ステファニーたちが、憂いなく王族として正しくあるために。
「ああなると、あの子はもう抑えが効かないのだよ。これでもずいぶんと頑張ったのだが。あの子だけではないな。妻との関係も破綻した。不義の子ごと引き受けたが、妻はそれさえも気に入らなかったようだね」
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