上 下
9 / 11

(9)姫君は竜に告げる

しおりを挟む
 見事勝利を収めたはずが、この勝負は無効だと主張する姿にエルヴィスの瞳に剣呑な光が宿った。そんな竜をなだめながら、王女は従兄弟に立ち向かう。
  
「従兄弟殿、何をおっしゃっているのでしょうか。意味がわかりませんわ」
「ステファニー、竜競べは神聖なものだ。乗り手を突き落とした上に竜を奪い、勝負を台無しにするとは。父上もそうは思いませんか!」
  
 無茶苦茶な言い分に、思わずステファニーも頭に血が上る。いくら法的に認められているとはいえ竜競べの直前で出場者を変更し、素人と騎士を対決させた分際で何を言うのか。

 そもそもステファニーは竜に何もしていない。竜たちがエルヴィスを認め付き従ったのは、きっとエルヴィスの方がより強い竜だったからだと思っている。それを「卑怯」だとか「ズルい」だとか言われるなんて心外だ。

 伯父はというと、息子の言い分など興味がなさそうだった。彼はただ穏やかにステファニーを見つめていた。どんな反論を聞かせてくれるのか、それを心から楽しみにしているように。
  
「伯父さま、竜競べを汚したのは一体どちらのほうでしょうか。まず竜選びの場において、私の装飾品を銀細工ではなく鉄のものにすり替えましたね。おかげで戦を嫌う竜たちからは威嚇され、私は危うく竜競べに参加すらできないところでした」
「その装飾品とやらをわたしが用意したという証拠は?」

 ぼろを出して「かんざし」と名指しすることなく、尋ねてくる。

「あの髪飾りは、もともと装身具として作られたものではありません。当初は優れた剣で、とある事情から装身具に作り変えられたそうです。誰にでもできるものでありません。特殊な加工ができる職人は少なく、彼らに聞けば、それが誰の命で作られたものかすぐにわかりました。伯父さまの印が入った手紙も残っています」
「ふふふ、よく調べられているね」

 姪の答えに彼は楽しそうに相槌を打った。

「それに先ほどの従兄弟殿の発言。竜競べでは終了後の異議申し立てはできません。竜は神の代理人。結果には必ず従わねばならないということは、伯父さまとてご理解していることでしょう?」
「確かに先ほどの息子の弁が見苦しかった。それは認めよう」

 従兄弟の顔が醜く歪む。ステファニーに恥をかかされたと、内心怒り狂っているに違いない。この従兄弟は、自分の父親を神か何かのように崇めたてているのだから。

「そして、私が弟を見舞った日、侍女に毒入りの薬湯を持って来させたのも伯父さまたちですよね。これは侍女をこちらで確保して、経緯を確認しています。ああ、彼女を探しても無駄ですよ。伯父さまの手が届かないところに匿っています。貴重な証人ですから」
「ふうん、言いたいことはそれだけかい?」
「これらの件については、先ほど立会人である神殿の神官長さまにもお話してあります。また毒は、竜の鱗で浄化しましたが、その時に使用した器を神殿に預けています。神殿に伝わる術で、分析をかけることができるそうです」

 ステファニーが言葉を発するたびに、答え合わせをする家庭教師のように小さくうなずきながら、伯父は先を続けるように促した。王の座から引きずり下ろされようとしているのに、彼はなぜ怒らないのか。従兄弟の口汚い罵りを聴きながら、王女として最後の言葉を告げる。

「このような振る舞いをなさる方が国王や王太子にふさわしいとは思えません。約束はお守りください。伯父さまは退位を。国王にふさわしいのは、我が弟です。そして私は、あなたの息子とは結婚いたしません」
「なるほど。ステファニー、時間はかかったが頑張ったね。思った以上に使える人材がいたみたいだけれど?」
「ええ、ありがたいことに、弟が協力してくれましたので」

 従兄弟は信じられないと睨みつけてくるばかりだ。彼は死にかけの棺桶王子しか知らないのだろう。そこへ、話は終わりだとでも言わんばかりに、てのひらを叩く音が響いた。

「大変よくできました。さあ、最後の仕上げだ。ここからは、お片づけの時間だよ。必要なものとそうでないものは、もう十分に分別できているだろう? この日のために、腐りかけていた貴族たちを引っ掻き回しておいたんだから」

 伯父は小さな子どものお遊戯を褒めるかのように目を細めた。言われていることの意味がわからず、王女はひとり固まってしまう。

(伯父さまは、一体何を言っているの?)

 さらには、息子であるはずの従兄弟に向かって厳しい目を向けた。

「まったく、残念だ。同じように育てた……いや、ステファニーよりも随分ぬるい環境においてやったというのに、結局お前はこうなったね」

 従兄弟の顔がどす黒く染まる。

「父上、何をおっしゃって」
「不義の子として生まれても、わたしは王族としてあるべき生き方をしてきたつもりだよ。私を守ってくれた義姉上のためにも、ステファニーたちの踏み台になれるようにね。だが、生まれてきたお前は、最初から手助けがあったにも関わらず、どうしてそうも捻くれている? なぜ国のために生きられない?」
「伯父さま!」

(伯父さまは、王族ではないの? 従兄弟殿も? だから、竜競べに代理人を立てた? 竜に乗るのが危ないからではなく、竜に乗る資格がないから? 最初からこうやって終わらせるつもりだったとでも言うのかしら。義姉上……お母さまへの恩を返すため、悪役を引き受けていたと?)

 頭の中がぐちゃぐちゃになる中、とっさに伯父を止めるべく声を上げた。しかし、時すでに遅し。周囲にいた人々はどよめき、顔を青ざめさせている者もたくさんいる。

「もはや、我々にできることは多くはない。まずは彼女たちに詫びること、そしてよりよき治世のために、速やかに退場することだ。まあ、その際には首と胴が離れ離れになってしまうかもしれないが、別に構いはしないだろう? この十年、甘い蜜は十分に吸い付くしたはずだ」
  
 伯父の言葉を聞くや否や、従兄弟がステファニーに剣を向けた。どうやら隠し持っていたらしい。けれど、伯父は驚くそぶりさえ見せなかった。

「ああ、お前はやっぱり愚かだ。誇りを持って出ていくことさえできないのか」
「父上、どうして俺じゃ駄目だったんですか。口を開けば従姉妹たちのことばかり」

 ゆっくりと従兄弟の剣の切っ先はステファニーからそれる。刃を向けられているはずの伯父は、なんの感慨もなさそうに、ただどこか疲れたように肩を落とした。

「ステファニー、竜と神殿に行って今の状況を伝えなさい。神聖なる竜競べの約束は果たされなかったと。勝利は踏みにじられ、儀式は血で汚されたと」
「皇国からの裁きを得るための手段として、むざむざ殺されてやるつもりですか?」
「それくらいしか、もうわたしの使い道はないからね」
  
 王女の問いかけに、伯父は困ったように微笑んだ。
  
 竜競べは神聖なる儀式。万一血で穢されるようなことがあれば、皇国が裁きを下すと言われている。だから、言い逃れができないように決定的な疵瑕をつけようというのだ。ステファニーたちが、憂いなく王族として正しくあるために。
  
「ああなると、あの子はもう抑えが効かないのだよ。これでもずいぶんと頑張ったのだが。あの子だけではないな。妻との関係も破綻した。不義の子ごと引き受けたが、妻はそれさえも気に入らなかったようだね」
「伯父さま……」
「可愛いステファニー。これから、幸せにおなり。わたしたちのことは、早く忘れなさい」

 従兄弟が剣を振りかぶる。ゆっくりと、刃が弧を描いた。
  
「やめて、嫌、伯父さまを助けて! お願い、エルヴィス!」

 ステファニーが無我夢中で叫ぶと、竜はその身をよじらせた。突然晴天に稲妻が走る。金の光はまっすぐに竜の身体を貫いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

公爵閣下の契約妻

秋津冴
恋愛
 呪文を唱えるよりも、魔法の力を封じ込めた『魔石』を活用することが多くなった、そんな時代。  伯爵家の次女、オフィーリナは十六歳の誕生日、いきなり親によって婚約相手を決められてしまう。  実家を継ぐのは姉だからと生涯独身を考えていたオフィーリナにとっては、寝耳に水の大事件だった。  しかし、オフィーリナには結婚よりもやりたいことがあった。  オフィーリナには魔石を加工する才能があり、幼い頃に高名な職人に弟子入りした彼女は、自分の工房を開店する許可が下りたところだったのだ。 「公爵様、大変失礼ですが……」 「側室に入ってくれたら、資金援助は惜しまないよ?」 「しかし、結婚は考えられない」 「じゃあ、契約結婚にしよう。俺も正妻がうるさいから。この婚約も公爵家と伯爵家の同士の契約のようなものだし」    なんと、婚約者になったダミアノ公爵ブライトは、国内でも指折りの富豪だったのだ。  彼はオフィーリナのやりたいことが工房の経営なら、資金援助は惜しまないという。   「結婚……資金援助!? まじで? でも、正妻……」 「うまくやる自信がない?」 「ある女性なんてそうそういないと思います……」  そうなのだ。  愛人のようなものになるのに、本妻に気に入られることがどれだけ難しいことか。  二の足を踏むオフィーリナにブライトは「まあ、任せろ。どうにかする」と言い残して、契約結婚は成立してしまう。  平日は魔石を加工する、魔石彫金師として。  週末は契約妻として。  オフィーリナは週末の二日間だけ、工房兼自宅に彼を迎え入れることになる。  他の投稿サイトでも掲載しています。

異世界転移した私と極光竜(オーロラドラゴン)の秘宝

饕餮
恋愛
その日、体調を崩して会社を早退した私は、病院から帰ってくると自宅マンションで父と兄に遭遇した。 話があるというので中へと通し、彼らの話を聞いていた時だった。建物が揺れ、室内が突然光ったのだ。 混乱しているうちに身体が浮かびあがり、気づいたときには森の中にいて……。 そこで出会った人たちに保護されたけれど、彼が大事にしていた髪飾りが飛んできて私の髪にくっつくとなぜかそれが溶けて髪の色が変わっちゃったからさあ大変! どうなっちゃうの?! 異世界トリップしたヒロインと彼女を拾ったヒーローの恋愛と、彼女の父と兄との家族再生のお話。 ★掲載しているファンアートは黒杉くろん様からいただいたもので、くろんさんの許可を得て掲載しています。 ★サブタイトルの後ろに★がついているものは、いただいたファンアートをページの最後に載せています。 ★カクヨム、ツギクルにも掲載しています。

この度、青帝陛下の番になりまして

四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。

王子好きすぎ拗らせ転生悪役令嬢は、王子の溺愛に気づかない

エヌ
恋愛
私の前世の記憶によると、どうやら私は悪役令嬢ポジションにいるらしい 最後はもしかしたら全財産を失ってどこかに飛ばされるかもしれない。 でも大好きな王子には、幸せになってほしいと思う。

どうやら私(オタク)は乙女ゲームの主人公の親友令嬢に転生したらしい

海亜
恋愛
大交通事故が起きその犠牲者の1人となった私(オタク)。 その後、私は赤ちゃんー璃杏ーに転生する。 赤ちゃんライフを満喫する私だが生まれた場所は公爵家。 だから、礼儀作法・音楽レッスン・ダンスレッスン・勉強・魔法講座!?と様々な習い事がもっさりある。 私のHPは限界です!! なのになのに!!5歳の誕生日パーティの日あることがきっかけで、大人気乙女ゲーム『恋は泡のように』通称『恋泡』の主人公の親友令嬢に転生したことが判明する。 しかも、親友令嬢には小さい頃からいろんな悲劇にあっているなんとも言えないキャラなのだ! でも、そんな未来私(オタクでかなりの人見知りと口下手)が変えてみせる!! そして、あわよくば最後までできなかった乙女ゲームを鑑賞したい!!・・・・うへへ だけど・・・・・・主人公・悪役令嬢・攻略対象の性格が少し違うような? ♔♕♖♗♘♙♚♛♜♝♞♟ 皆さんに楽しんでいただけるように頑張りたいと思います! この作品をよろしくお願いします!m(_ _)m

【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
 リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。  お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。  少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。  22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

【完結】もったいないですわ!乙女ゲームの世界に転生した悪役令嬢は、今日も生徒会活動に勤しむ~経済を回してる?それってただの無駄遣いですわ!~

鬼ヶ咲あちたん
恋愛
内容も知らない乙女ゲームの世界に転生してしまった悪役令嬢は、ヒロインや攻略対象者たちを放って今日も生徒会活動に勤しむ。もったいないおばけは日本人の心! まだ使える物を捨ててしまうなんて、もったいないですわ! 悪役令嬢が取り組む『もったいない革命』に、だんだん生徒会役員たちは巻き込まれていく。「このゲームのヒロインは私なのよ!?」荒れるヒロインから一方的に恨まれる悪役令嬢はどうなってしまうのか?

婚約者の王子に殺された~時を巻き戻した双子の兄妹は死亡ルートを回避したい!~

椿蛍
恋愛
大国バルレリアの王位継承争いに巻き込まれ、私とお兄様は殺された―― 私を殺したのは婚約者の王子。 死んだと思っていたけれど。 『自分の命をあげますから、どうか二人を生き返らせてください』 誰かが願った声を私は暗闇の中で聞いた。 時間が巻き戻り、私とお兄様は前回の人生の記憶を持ったまま子供の頃からやり直すことに。 今度は死んでたまるものですか! 絶対に生き延びようと誓う私たち。 双子の兄妹。 兄ヴィルフレードと妹の私レティツィア。 運命を変えるべく選んだ私たちは前回とは違う自分になることを決めた。 お兄様が選んだ方法は女装!? それって、私達『兄妹』じゃなくて『姉妹』になるってことですか? 完璧なお兄様の女装だけど、運命は変わるの? それに成長したら、バレてしまう。 どんなに美人でも、中身は男なんだから!! でも、私達はなにがなんでも死亡ルートだけは回避したい! ※1日2回更新 ※他サイトでも連載しています。

処理中です...