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(1)姫君は竜に賭ける
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「ステファニー、意地を張らずに諦めたらどうだい。わが息子は見てくれはともかくとして、それなりの優良物件だと思うよ。こちらとしては、最大限譲歩しているのだがね」
伯父の言葉にステファニーは目を釣り上げる。
(いけない、ここで怒っては相手の思うつぼだわ)
冷静さを取り戻すため小さく頭を振り、前を向き直した。玉座に座った男は、そんな彼女を前に常と変わらず堂々としている。美麗な顔に柔らかな微笑みを浮かべて。
優しげに見えて伯父はかなり腹黒い。両親が亡くなり、いまだ成人に達していないステファニーの弟の代わりに、国王の座をさらりと奪い取ってしまうくらいにはしたたかな御仁だった。
(昔はあんなに優しい伯父さまだったのに。何が伯父さまを変えてしまったのかしら)
なにせ、もともとは「自分は王に不向きである」と、弟であるステファニーの父親に王位を譲り渡しているのだ。今さら王位を簒奪する理由がわからなかった。
ため息を吐きたくなるのをこらえながら、策を巡らす。彼女の味方はとても少ない。そもそもステファニーの母の実家は、古くからこの国を支える名門貴族だが、政治的に発言力があるとは言いがたい。麗しい容貌と甘い言葉、そして豊富な資金で各方面に根回しを行う伯父にはどうしても遅れをとってしまう。
「意地を張るだなんて、私は当然の権利を主張しているだけのこと。亡き父の後を継ぐのは、弟です。私が従兄弟殿と結婚して子を生めば、無用な争いを生みかねません。弟に説明もなく伯父さまが王位に就き、さらには伯父さまの息子である従兄弟殿と私が結婚だなんて、これではまるで……」
言いよどんだ彼女の言葉を、伯父自ら引き継いでみせる。
「王位簒奪のようだとでも? まったく人聞きが悪い。弟君はまだ子どもで、しかも病弱だ。彼が王にふさわしくなるまでの間、わたしが代わりに仕事をするのは当然のこと」
(どの口が言うのやら)
王位を継ぐべきものが国王に相応しい年齢でないときには、成人に達するまで中継ぎとして代理の王を立てる場合がある。伯父は、あくまで善意で仕事をこなしているだけだと主張してきた。
(周囲への根回しは完璧、一方で私たちには同意をとることすらしなかったくせに)
「わたしは時が来れば王座を譲りわたすつもりでいるとも。弟君が無事に成人できたならの話だが」
伯父の物言いに、ステファニーは唇を噛んだ。
色を好んだ先々代は実子とともに多くの火種を残している。その反省もあり、側室を持つことのなかったステファニーの父は、ただひとりの妃であった母をとても大切にしていた。ところがステファニー誕生後はなかなか子宝に恵まれず、ようやっと生まれた待望の男児は、残念ながら虚弱体質。
部屋のベッドから起き上がることもままならず、食事も満足に取ることができない。もちろん宮中行事で国民の前に姿を現わすなどもってのほかだ。文字通り、棺桶に足を突っ込んだ死にかけの王子さま。それがステファニーの弟のあだ名だ。
病弱な弟への薬も、届かなくなって久しい。質素ながら食事だけは一応毎食用意されているのは、生存確認を兼ねてのことなのだろう。
これ以上自分の邪魔をするようであれば、伯父は弟が寿命を迎えるのを待つことなく、すぐさま殺してしまうに違いない。
「周りを見てごらん。君以外の誰も異議を唱えない。つまり誰も不服になんて思っていないのだよ」
辺りを見渡せば、皆が彼女から視線を逸らした。誰もわざわざ国王に楯突いて不利益を被りたくなどないのだ。後ろ盾のない王女と王子のために、彼らは動かない。もちろん彼女だってそれくらいわかっている。
「そもそも弟君を国王として立てたところで、実際に政治を行うのはこのわたしだ。……つまり結局のところ、どちらに転んだところで何も変わりはしない」
こうまで言われても、黙っているしかない。それが悔しくて、彼女は必死で策を巡らせる。何か、何か方法はないものか。
「君にできることなど何もない。わかったのなら、良い子だから諦めなさい。わたしは優しいからね、国想いの可愛い姪っ子をいじめたいとは思っていない。今なら、君の謝罪を受け入れよう。最初の提案通り、我が息子、君にとっては従兄弟と結婚すればいい。そうすれば、君は願い通り王国の行く末を見守ることができるだろうよ。君の病弱な弟も、君とわが息子の子どもが成人するまでの間は少なくとも健やかに生きられるだろうしね」
伯父の横に陣取る従兄弟が、にやけ顔で下卑た笑い声をあげた。美貌の伯父から生まれたとは思えないずんぐりむっくりした男の、舐め回すような視線に思わず肌が粟立つ。
(なんてこと。こうやって反対派の反論も抑え込むつもりなのね)
子どもが生まれれば可愛い弟は控えの駒としての役割さえ失うとわかっていて、誰が結婚を承諾するだろう。なぶるような伯父の言葉に唇がわななくばかり。
従兄弟は信じられないくらいの女狂いだ。軽んじられているとはいえ王女という身分がステファニーの貞操を守っていたが、伯父の発言があった以上いつ襲われてもおかしくはない。
絶望の中、思わず天を仰ぐ。天井に描かれているのは、この世界の始まりについての神話だ。神が残した空を翔ける生きる宝石――竜――と目があう。そして彼女は思い出した。この状況をひっくり返す可能性があるただひとつの方法を。
「伯父さま、竜競べで勝負を決めましょう。それで私が負ければ、これ以上何も申しません」
周囲のざわめきをよそに、ステファニーは小さく頭を下げた。
伯父の言葉にステファニーは目を釣り上げる。
(いけない、ここで怒っては相手の思うつぼだわ)
冷静さを取り戻すため小さく頭を振り、前を向き直した。玉座に座った男は、そんな彼女を前に常と変わらず堂々としている。美麗な顔に柔らかな微笑みを浮かべて。
優しげに見えて伯父はかなり腹黒い。両親が亡くなり、いまだ成人に達していないステファニーの弟の代わりに、国王の座をさらりと奪い取ってしまうくらいにはしたたかな御仁だった。
(昔はあんなに優しい伯父さまだったのに。何が伯父さまを変えてしまったのかしら)
なにせ、もともとは「自分は王に不向きである」と、弟であるステファニーの父親に王位を譲り渡しているのだ。今さら王位を簒奪する理由がわからなかった。
ため息を吐きたくなるのをこらえながら、策を巡らす。彼女の味方はとても少ない。そもそもステファニーの母の実家は、古くからこの国を支える名門貴族だが、政治的に発言力があるとは言いがたい。麗しい容貌と甘い言葉、そして豊富な資金で各方面に根回しを行う伯父にはどうしても遅れをとってしまう。
「意地を張るだなんて、私は当然の権利を主張しているだけのこと。亡き父の後を継ぐのは、弟です。私が従兄弟殿と結婚して子を生めば、無用な争いを生みかねません。弟に説明もなく伯父さまが王位に就き、さらには伯父さまの息子である従兄弟殿と私が結婚だなんて、これではまるで……」
言いよどんだ彼女の言葉を、伯父自ら引き継いでみせる。
「王位簒奪のようだとでも? まったく人聞きが悪い。弟君はまだ子どもで、しかも病弱だ。彼が王にふさわしくなるまでの間、わたしが代わりに仕事をするのは当然のこと」
(どの口が言うのやら)
王位を継ぐべきものが国王に相応しい年齢でないときには、成人に達するまで中継ぎとして代理の王を立てる場合がある。伯父は、あくまで善意で仕事をこなしているだけだと主張してきた。
(周囲への根回しは完璧、一方で私たちには同意をとることすらしなかったくせに)
「わたしは時が来れば王座を譲りわたすつもりでいるとも。弟君が無事に成人できたならの話だが」
伯父の物言いに、ステファニーは唇を噛んだ。
色を好んだ先々代は実子とともに多くの火種を残している。その反省もあり、側室を持つことのなかったステファニーの父は、ただひとりの妃であった母をとても大切にしていた。ところがステファニー誕生後はなかなか子宝に恵まれず、ようやっと生まれた待望の男児は、残念ながら虚弱体質。
部屋のベッドから起き上がることもままならず、食事も満足に取ることができない。もちろん宮中行事で国民の前に姿を現わすなどもってのほかだ。文字通り、棺桶に足を突っ込んだ死にかけの王子さま。それがステファニーの弟のあだ名だ。
病弱な弟への薬も、届かなくなって久しい。質素ながら食事だけは一応毎食用意されているのは、生存確認を兼ねてのことなのだろう。
これ以上自分の邪魔をするようであれば、伯父は弟が寿命を迎えるのを待つことなく、すぐさま殺してしまうに違いない。
「周りを見てごらん。君以外の誰も異議を唱えない。つまり誰も不服になんて思っていないのだよ」
辺りを見渡せば、皆が彼女から視線を逸らした。誰もわざわざ国王に楯突いて不利益を被りたくなどないのだ。後ろ盾のない王女と王子のために、彼らは動かない。もちろん彼女だってそれくらいわかっている。
「そもそも弟君を国王として立てたところで、実際に政治を行うのはこのわたしだ。……つまり結局のところ、どちらに転んだところで何も変わりはしない」
こうまで言われても、黙っているしかない。それが悔しくて、彼女は必死で策を巡らせる。何か、何か方法はないものか。
「君にできることなど何もない。わかったのなら、良い子だから諦めなさい。わたしは優しいからね、国想いの可愛い姪っ子をいじめたいとは思っていない。今なら、君の謝罪を受け入れよう。最初の提案通り、我が息子、君にとっては従兄弟と結婚すればいい。そうすれば、君は願い通り王国の行く末を見守ることができるだろうよ。君の病弱な弟も、君とわが息子の子どもが成人するまでの間は少なくとも健やかに生きられるだろうしね」
伯父の横に陣取る従兄弟が、にやけ顔で下卑た笑い声をあげた。美貌の伯父から生まれたとは思えないずんぐりむっくりした男の、舐め回すような視線に思わず肌が粟立つ。
(なんてこと。こうやって反対派の反論も抑え込むつもりなのね)
子どもが生まれれば可愛い弟は控えの駒としての役割さえ失うとわかっていて、誰が結婚を承諾するだろう。なぶるような伯父の言葉に唇がわななくばかり。
従兄弟は信じられないくらいの女狂いだ。軽んじられているとはいえ王女という身分がステファニーの貞操を守っていたが、伯父の発言があった以上いつ襲われてもおかしくはない。
絶望の中、思わず天を仰ぐ。天井に描かれているのは、この世界の始まりについての神話だ。神が残した空を翔ける生きる宝石――竜――と目があう。そして彼女は思い出した。この状況をひっくり返す可能性があるただひとつの方法を。
「伯父さま、竜競べで勝負を決めましょう。それで私が負ければ、これ以上何も申しません」
周囲のざわめきをよそに、ステファニーは小さく頭を下げた。
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