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「カルロ、あなたはあの馬鹿王子に脅されている。そうですね?」
「恥ずかしながらその通りだ。品物を欲しがるだけならまだしも、製法から技術者まで全部取り上げられてしまったら、故郷の人々の暮らしは立ち行かなくなる。今でさえ、王都の商人に買いたたかれている状態で、それを改善するために俺がやってきたというのに」
「この店にあなた以外の使用人がいないのは、王子のせいですか?」
「王子のせいというよりも、安全のために実家に帰したんだ。俺だけなら、多少剣で斬られようが、魔術で攻撃されようが死にはしないが、下働きや職人たちはそうもいかないからな」
「……なるほど、わかりました」
「何がわかったんだ?」
「わたくし、婚約者と戦う覚悟ができましたわ」

 きらりと少女の目が光った。燃えるような激しさを持つその瞳は、思わず目が離せなくなるほど美しい。自称天使の美しさは、この意志の強さにこそある気がした。

「そうかい。そりゃあ、よかったな」
「あら、カルロも頑張るのでしょう?」
「ああん? 何を言っている」
「だって、先ほどから瞳がきらきらしていらっしゃいますもの。戦うの、お好きなのでしょう?」
「はっ、まあ嫌いじゃないさ」
「大好きだというお顔をしていらっしゃいますのに。素直ではないのですから」

 故郷の人間は脳筋ばかりだ。俺の剣の腕はそこそこ、魔術だってそこそこだが、金銭のやり取りに関しては家族よりはまあまあできる。だからこそ、自ら手を挙げて王都へやってきたのだ。このまま負けっぱなしというのは、俺の誇りが許さない。

「それで、今後の方針は決まったのか」
「ええ。まずは、一度家に戻らなくてはなりません。今回のお礼を差し上げるのは、少し……いいえだいぶ先になりそうですが」
「心配する必要はない。こちらは、俺が誘拐犯に仕立て上げられなければそれでいい」
「そこは大丈夫でしょう。ここに来た時と同じように、きっと簡単に家まで帰れますわ」
「どういうことだ?」
「その時が来れば、きっとわかります」

 そこで、自称天使は俺の手を握りしめた。婚約者との戦いを想像しているのだろうか、その手が小さく震えている。俺は安心させるように、ゆっくりと握り返してやった。彼女がなぜか驚いたような顔でこちらを見上げてくる。

「勝算はありそうか?」
「細かいことは、お教えできませんけれど。でも、きっと面白い結果になりますわ。ですがもしもわたくしが……」

 少女は口ごもる。「もしもわたくしが失敗したら」、聞きたいことはそういうことだろう。口に出せば真実になるような気がして、言葉にできないのなら、俺が安心させてやるしかあるまい。

「どうしようもなくなったら、俺のところに来い。都落ちで悪いが、故郷まで連れて行ってやる」
「本当、ですか?」
「急になんだ」
「わたくしのこと、面倒を見てくださるのですか!」
「なんだ、失敗前提で動くのか」
「答えてください」
「君ひとりくらい養ってやるさ。一族全体となるとお手上げだから、その辺りは先に相談しろよ」

 王族相手の喧嘩なら、そう簡単にことは運ばないだろう。それでもいろいろなことを諦めていた少女が自分の足で立ち上がるのを見て、協力しないほど落ちぶれてはいないつもりだ。

「約束ですよ?」
「わかった、わかった」
「神に誓えますか?」
「君は天使なんだろう? 神と君の名に誓って、約束してやる。何かあったら、俺が面倒をみてやる。安心して、喧嘩してこい」
「絶対ですよ。破ったら、承知しませんからね!」
「わかった。俺は、約束は守る。男に二言はない」
「わかりました!」

 俺の答えを聞くと、天使は嬉しそうに笑う。がくんと、身体から魔力が吸われるのがわかった。

「おい、いきなり魔力を吸うなと言っただろうが」
「ごめんあそばせ。ついうっかり、嬉しくて力を押さえることができませんでしたの」
「おい、待て。今の言い方では、また何か誓約を結んだな?」
「大したことではありません。約束を守ってくださるのなら、命に別状はありません」
「おい!」
「また逢う日まで。どうぞ、いい夢を」

 そのまま頬にキスを落とされた。子ども扱いは嫌じゃなかったのか? 寝かしつけの際に、子ども向けのおやすみの挨拶をしようとして、へそを曲げられたのはまだ記憶に新しい。まったくもって、子どもというのはよくわからない。

 思った以上に魔力を抜かれていたのか、気が付いた時には翌日だった。どうやったのか、寝台まできちんと運ばれている。ここまでできるのなら、どの家に帰るのかまできちんと教えやがれ。そして自称天使の姿は、予想通り影も形もなくなっていた。
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