脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。

石河 翠

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「ああせめて、私の愛しい安心毛布があればなあ」

 指をわきわきさせて、何もない宙を握りしめてみる。小さな頃から大事にしていたお気に入りの毛布。すっかりぼろ雑巾みたいになっていたけれど、あれさえあれば三秒で眠りにつけたのに。

 元恋人との将来を考えていた時はこの毛布がなくても眠れていたから、未練を断ち切るために思い切って燃やしてしまった。今この機会を逃したら、もう永遠に卒業できないような気がしたから。

 私にとっては人生を揺るがす決断をしたそのすぐ後に、彼は私ではない女性を選んだわけで、私ってば本当に男を見る目がなかったらしい。結婚してからそういう男だったとわかるよりもマシだったのかしら。

 周囲の同僚たちが元恋人を締め上げてくれたところで、私の可愛い安心毛布は帰ってこない。自分の気持ちに折り合いがつけられないまま、今日も今日とて、思い出の中の毛布ちゃんを抱きしめながらいい感じの酒場を探していた。

「うん、なんだあれ?」

 そんなときに、私は見つけてしまった。うきうきと楽しそうに先を急ぐふわふわもこもこの大型犬を。まるでこれからお仕事にでも行くかのように、夜の街を迷いなく颯爽と歩いている。あんな可愛らしい姿、人目を引かないはずがないのに誰も気が付いていないらしい。見上げるくらい大きな満月の下、お日さまを溶かしたみたいな色合いのわんこがいるというのに!

「あの子を抱きしめて横になったら、三二一ばたんきゅうで眠れそう」

 わんこの身体に顔を埋めてみたい。ちょっと妄想しただけなのに、お日さまの香りと一緒に、ふわふわで滑らかな毛皮が頬をくすぐったような気がする。久しぶりに、忘れていたあくびが出ちゃいそう。そう思うといてもたってもいられず、わんこを追跡することにした。

 うきうきのわんこがたどり着いたのは、とある一軒の酒場だった。一見するとお店だとは思わない、控えめな外観。お日さまみたいなわんこをつけていなければ、私だって見落としていたと思う。その店の扉を器用に前足で叩くと薄く扉が開き、わんこはあっという間に見えなくなってしまった。

「ああ、待って!」

 思わず叫んだ私の声が聞こえたのか、閉まりかけた扉が再びゆっくりと開く。

「珍しいお客さんだね。いらっしゃい」

 目を丸くしながら私を迎えてくれたのは、ふわふわの尻尾みたいな蜂蜜色の髪が印象的な店長さんだった。
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