上 下
8 / 11

(8)

しおりを挟む
 青年を見送った後、ロージーはひとりロケットをもてあそんだ。手に馴染む心地よい重さ。懐かしい重み。

 ――本当にこの女性はあなたではないのか。こんなに似ているのに?――

 まさかそんな言葉を聞く日が来るだなんて。あの日枕を濡らした小さな子どもが慰められたような気がして、ロージーはわずかに口元をほころばせた。

「私、あなたのこと、ちっとも怒ってなんかいなかったのよ。だってどうせ私では、貴族として暮らすことなんてできなかったわ。駆け落ちして、平民として慎ましく生きた母さんはとても満足そうだった。私もそれでいいと思っているの」

 ペンダントにひとつ口づけを落とし、その細い首にかける。ロージーは宣言した通り、嘘をつくことはなかった。ただ真実をすべて告げることもなかった。それだけのことだ。

 出奔した伯爵令嬢を母に持っていたのは、ロージーの方だった。ロージーの母は、駆け落ちした相手と貧しいながらも仲睦まじく暮らしていた。流行り病にかかることさえなければ、平凡な人生を全うしたにちがいない。

『可愛いロージー。先に逝くわたしたちを許してね。貴族の世界は、きっとあなたを苦しめる。好きなひとがその世界にいるのなら構わないけれど、そうでないならうかつに名乗り出てはダメよ。わたしのペンダントも、誰にも見せてはダメ。どうしようもなくなったらその時は……あなたの判断に任せるわ』

 両親を失くしたロージーは、自分の判断で孤児院の門を叩いた。周囲の人々も裕福とは言いがたい。孤児院に入ると「売られる」のではないかと心配する近所の人々をなだめながら、ロージーはここへとやって来たのだ。母のペンダントを手放したくなかったということ以上に、質屋を通して追っ手をかけられることを恐れたのだ。

 そこで出会ったのが、エドワードの母だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】悪女ラリエット王太子妃は旦那様の妾に毒盛される。

百合蝶
恋愛
妾のユリアに毒を盛られ倒れた王太子妃ラリエット。 旦那様の妾に毒を盛られーーー三日間熱に浮かされ、目覚めたときのは記憶を失っていた。 「貴方は誰でしょうか?」 そこには−−−−−−妾のユリナを虐めていた意地悪なラリエットの面影はなかった。 厚い化粧の下の素顔はとても美しく儚げな美人がそこにいた−−−−−−。

レンタル悪女を始めましたが、悪女どころか本物の婚約者のように連れ回されています。一生独占契約、それってもしかして「結婚」っていいませんか?

石河 翠
恋愛
浮気相手の女性とその子どもを溺愛する父親に家を追い出され、家庭教師として生計を立てる主人公クララ。雇い主から悪質なセクハラを受け続けついにキレたクララは、「レンタル悪女」を商売として立ち上げることを決意する。 そこへ、公爵家の跡取り息子ギルバートが訪ねてくる。なんと彼は、年の離れた妹の家庭教師としてクララを雇う予定だったらしい。そうとは知らず「レンタル悪女」の宣伝をしてしまうクララ。ところが意外なことに、ギルバートは「レンタル悪女」の契約を承諾する。 雇用契約にもとづいた関係でありながら、日に日にお互いの距離を縮めていくふたり。ギルバートの妹も交えて、まるで本当の婚約者のように仲良くなっていき……。 家族に恵まれなかったために、辛いときこそ空元気と勢いでのりきってきたヒロインと、女性にモテすぎるがゆえに人間不信気味だったヒーローとの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

告白さえできずに失恋したので、酒場でやけ酒しています。目が覚めたら、なぜか夜会の前夜に戻っていました。

石河 翠
恋愛
ほんのり想いを寄せていたイケメン文官に、告白する間もなく失恋した主人公。その夜、彼女は親友の魔導士にくだを巻きながら、酒場でやけ酒をしていた。見事に酔いつぶれる彼女。 いつもならば二日酔いとともに目が覚めるはずが、不思議なほど爽やかな気持ちで起き上がる。なんと彼女は、失恋する前の日の晩に戻ってきていたのだ。 前回の失敗をすべて回避すれば、好きなひとと付き合うこともできるはず。そう考えて動き始める彼女だったが……。 ちょっとがさつだけれどまっすぐで優しいヒロインと、そんな彼女のことを一途に思っていた魔導士の恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

言葉がわからないので適当にはいはい返事していたら、異国の王子さまの嫁になりました。

石河 翠
恋愛
主人公は、山奥に住む自称平凡な村娘。 ある日村長である変わり者の父の言いつけで、訳ありの異国の美少年と同居することに。ところが相手は、身分の高い貴族だった上に、言葉がまったく通じなかったのだ。 頭を抱える彼女だったが、 不思議なほど懐く少年に絆され、彼を弟のように可愛がるようになる。言葉が通じないために、「はい、はい」と返事をしていたことで、少年の執着は日々加速するのだった。 そして別れの日、少年のお願いに応じて、主人公は自分の名前を真っ白な紙に記す。彼女を手に入れるために知恵を巡らせた少年の思惑が隠されていることも知らずに。 そして、主人公の淡い初恋が思い出に変わった頃、見知らぬ美青年が主人公を訪ねてきて……。 平凡と見せかけて実はとんでもないパワフルなヒロインと、ヒロインに出会ってから腹黒く、したたかになったヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

かつて聖女だった森の魔女は、今日も誰かの恋バナで盛り上がっている。~復讐なんて、興味ありません。激甘な恋バナこそ至高なのです!~

石河 翠
恋愛
かつて聖女だった主人公は、今は森の魔女としてひそやかに暮らしている。彼女が三度の食事よりも楽しみにしているのは、他人の恋バナ。仕事の依頼を受けるかどうかも、相手が自分好みの恋バナを語れるかで判断する始末だ。 恋バナ以上に彼女が大切にしているのは、ぬいぐるみのヒューバート。実は、ヒューバートにはとある秘密があったのだ。そんな主人公のもとにある日、助けてほしいと少年が泣きついてきて……。 主人公の幸せのためなら死んでもかまわない男と、本当に愛しているなら泥水をすすってでも生き残ってほしいと思っている主人公の恋のお話。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、あっきコタロウさまのフリーイラストをお借りしています。

王太子エンドを迎えたはずのヒロインが今更私の婚約者を攻略しようとしているけどさせません

黒木メイ
恋愛
日本人だった頃の記憶があるクロエ。 でも、この世界が乙女ゲームに似た世界だとは知らなかった。 知ったのはヒロインらしき人物が落とした『攻略ノート』のおかげ。 学園も卒業して、ヒロインは王太子エンドを無事に迎えたはずなんだけど……何故か今になってヒロインが私の婚約者に近づいてきた。 いったい、何を考えているの?! 仕方ない。現実を見せてあげましょう。 と、いうわけでクロエは婚約者であるダニエルに告げた。 「しばらくの間、実家に帰らせていただきます」 突然告げられたクロエ至上主義なダニエルは顔面蒼白。 普段使わない頭を使ってクロエに戻ってきてもらう為に奮闘する。 ※わりと見切り発車です。すみません。 ※小説家になろう様にも掲載。(7/21異世界転生恋愛日間1位)

氷のメイドが辞職を伝えたらご主人様が何度も一緒にお出かけするようになりました

まさかの
恋愛
「結婚しようかと思います」 あまり表情に出ない氷のメイドとして噂されるサラサの一言が家族団欒としていた空気をぶち壊した。 ただそれは田舎に戻って結婚相手を探すというだけのことだった。 それに安心した伯爵の奥様が伯爵家の一人息子のオックスが成人するまでの一年間は残ってほしいという頼みを受け、いつものようにオックスのお世話をするサラサ。 するとどうしてかオックスは真面目に勉強を始め、社会勉強と評してサラサと一緒に何度もお出かけをするようになった。 好みの宝石を聞かれたり、ドレスを着せられたり、さらには何度も自分の好きな料理を食べさせてもらったりしながらも、あくまでも社会勉強と言い続けるオックス。 二人の甘酸っぱい日々と夫婦になるまでの物語。

処理中です...