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「あれ、手ぶら? 落とし物は見つからなかったの?」
「いや、ちゃんと見つかったよ。はい、これ」
形のよい手から差し出されたのは、朝からわたしの下駄箱で見た白い封筒。慌てていたのか、少しだけ手紙にしわがよっている。
「あの……これ……」
「それはね、最初から渡辺さん宛の手紙だったんだよ」
「え?」
「だからね、そもそも、間違いなんかじゃなかったんだ」
斎藤君が、わたしの目を見てもう一度はっきり口にした。こころなしか、顔が赤いようにみえる。
「オレが、渡辺さんに手紙を書いたんだよ。ずっと前から渡辺さんのことが好きだったから」
震える手で手紙を受け取った。これは、今読むべきなのだろうか? どうしたらいいのだろう? 心臓が痛くなるのを感じながら、封筒を見る。そのままつい、カウンターに置いてあるはずのハサミに目を向けた。
「ごめん、手紙はまたあとから読んでもらってもいいかな。目の前で読まれるのは、さすがに恥ずかしい」
「ごっ、ごめん!」
「それに、ちゃんと自分の言葉で伝えたいから」
斎藤くんは、まっすぐわたしを見ていた。深々と頭を下げる。
「渡辺さん、好きです。付き合ってください」
「どうして、わたしに? 『そうじゃないほうのワタナベさん』なのに?」
戸惑うわたしに、斎藤くんが微笑んだ。こんなときでも斎藤くんは、爽やかだ。斎藤くんのことを「地味」だとわらうひとたちは、一体斎藤くんのどこを見ているのだろう。
「少し長くなるけれど、オレの話を聞いてくれる?」
わたしは斎藤くんを見つめたまま、首を縦にふった。
「もともと、図書室の本は好きじゃなかったんだ。誰が触ったのかわからない本。どんな手で触れたのか、どんな風に保管しているのかだってわからない。しかも古くて黄ばんでいたり、ページが破れていたり。明確に汚れがついているときだってあって。だから、正直触りたくなんてなかった。『汚い』とすら思っていた」
「確かに、去年からごたごたしてるものね。消毒してほしいって要望もきてるし、わかるよ」
斎藤くんの言葉にわたしは同意する。本はその性質上、アルコールで拭いて消毒することもなかなか難しい。斎藤くんはそっと首を横にふった。
「違うよ、オレは小さい頃からずっとそう思って生きてきた。なんだったら、他人に文房具を触らせるのだって嫌いだったよ。『ちょっと貸して』って言われるのが苦痛で、大事な文房具は家に置くようにしていたくらいだからね。だから不特定多数のひとに借り回されている本は、オレにとってどうしても『汚い』ものの象徴だったんだ」
斎藤くんは、他の図書委員のひとたちよりも真面目に作業に参加してくれている。貸し出し業務や蔵書整理、補修作業だって全部だ。そんないつもの斎藤くんの姿と今の斎藤くんの言葉が一致しなくて、わたしはゆっくりとまばたきをした。
「それなら、どうして図書委員に入ったの? もっと他に向いているものがあったでしょう?」
「一年のときにね、どうしても学校にいる間に調べものをする必要があって、図書室へ行ったんだ。そのときに、渡辺さんが本の補修の手伝いをしているのを見かけてね。この子は、本が大好きなんだってすぐにわかったよ。そこからかな、昼休みに図書室に来てきみを見始めたのは。本の貸し出しの手伝いをしていても、棚の整理や図書室の飾りつけをしていても、きみはいつでも楽しそうだった。そんな渡辺さんを見ていたら、学校の本を『汚い』だなんて思わなくなっていた。むしろ、渡辺さんから本を借りたいと思ったんだ。渡辺さんが修理した本なら、オレも大事にしたくなった。少しでも近くにいたくて、二年生にあがってすぐ図書委員会に入ったってわけ」
「……全然、気がつかなかった」
「そうだよね。渡辺さんはオレのことより、司書さんにリクエストしておいた新刊が入荷するかどうかのほうが大事でしょ」
「そ、それは……」
慌てるわたしを見て、斎藤くんはおかしそうに肩をすくめる。口を開けばあふれてくるのは、柔らかい、けれど真剣さが伝わる声音。
「今すぐオレのことを好きになってくれとは言わない。少しずつでいいから、意識してほしい。せめて、そこの新刊と同じくらいには」
斎藤くんがカウンターに積まれた、まだ登録前の図書を指差した。これはやっぱり、わたしもちゃんと伝えなくてはいけないよね。
「ずっと前から、斎藤くんのことが気になっていたよ」
小さな声で返したら、みるみるうちに斎藤くんの耳が赤くなった。ゴミと同列にしていたけれど、やっぱりラブレターっていいものかもしれない。手の中の手紙は、なんだかカイロみたいにぽかぽかあたたかい。
「それにしても、まだ下駄箱に手紙が残っていてよかったね」
わたしがそう指摘して笑えば、斎藤くんが頭をかいた。
「実はさっき廊下で渡邊さんに会ってさ。手紙をオレに返してくれたんだ。封筒にはオレの名前なんて書いてなかったのにな。それから、間違いが起こりやすいから、手紙よりも口頭がオススメだよって言われた。ちなみに渡邊さん的告白ワーストワンは、トークアプリのメッセージらしいよ。告白くらい対面で直接言ってほしいって」
百戦錬磨な渡邊さんの気遣いにわたしは崩れ落ちそうになる。やっぱり本当の美人は、性格までパーフェクトなんだ。でも、目の前の斎藤くんは、そんな渡邊さんではなくて、わたしに手紙をくれた。やっぱりこれ、夢なんじゃないのかな。わたしは、手紙と斎藤くんを交互に見つめる。
「だからね、オレが告白したかったのはあっちの『ワタナベさん』じゃなくって、こっちの『ワタナベさん』なの。大体オレに言わせれば、目の前にいる渡辺さんが世界で一番可愛い」
「……斎藤くん、ありがとう」
嬉しいような、むず痒いような。もじもじとしていると、斎藤くんが楽しそうに口の端をあげる。
「それに、名字呼びなんてすぐ終わらせるから。下の名前で呼びまくるから。もちろんオレのことも、下の名前で呼んでもらう。そこのところ、ちゃんと覚えておいてね」
今までの物静かな雰囲気から一変して、どこか圧が強い斎藤くんの姿。わたしは手紙を握りしめ、こくこくとただひたすらうなずいた。
「いや、ちゃんと見つかったよ。はい、これ」
形のよい手から差し出されたのは、朝からわたしの下駄箱で見た白い封筒。慌てていたのか、少しだけ手紙にしわがよっている。
「あの……これ……」
「それはね、最初から渡辺さん宛の手紙だったんだよ」
「え?」
「だからね、そもそも、間違いなんかじゃなかったんだ」
斎藤君が、わたしの目を見てもう一度はっきり口にした。こころなしか、顔が赤いようにみえる。
「オレが、渡辺さんに手紙を書いたんだよ。ずっと前から渡辺さんのことが好きだったから」
震える手で手紙を受け取った。これは、今読むべきなのだろうか? どうしたらいいのだろう? 心臓が痛くなるのを感じながら、封筒を見る。そのままつい、カウンターに置いてあるはずのハサミに目を向けた。
「ごめん、手紙はまたあとから読んでもらってもいいかな。目の前で読まれるのは、さすがに恥ずかしい」
「ごっ、ごめん!」
「それに、ちゃんと自分の言葉で伝えたいから」
斎藤くんは、まっすぐわたしを見ていた。深々と頭を下げる。
「渡辺さん、好きです。付き合ってください」
「どうして、わたしに? 『そうじゃないほうのワタナベさん』なのに?」
戸惑うわたしに、斎藤くんが微笑んだ。こんなときでも斎藤くんは、爽やかだ。斎藤くんのことを「地味」だとわらうひとたちは、一体斎藤くんのどこを見ているのだろう。
「少し長くなるけれど、オレの話を聞いてくれる?」
わたしは斎藤くんを見つめたまま、首を縦にふった。
「もともと、図書室の本は好きじゃなかったんだ。誰が触ったのかわからない本。どんな手で触れたのか、どんな風に保管しているのかだってわからない。しかも古くて黄ばんでいたり、ページが破れていたり。明確に汚れがついているときだってあって。だから、正直触りたくなんてなかった。『汚い』とすら思っていた」
「確かに、去年からごたごたしてるものね。消毒してほしいって要望もきてるし、わかるよ」
斎藤くんの言葉にわたしは同意する。本はその性質上、アルコールで拭いて消毒することもなかなか難しい。斎藤くんはそっと首を横にふった。
「違うよ、オレは小さい頃からずっとそう思って生きてきた。なんだったら、他人に文房具を触らせるのだって嫌いだったよ。『ちょっと貸して』って言われるのが苦痛で、大事な文房具は家に置くようにしていたくらいだからね。だから不特定多数のひとに借り回されている本は、オレにとってどうしても『汚い』ものの象徴だったんだ」
斎藤くんは、他の図書委員のひとたちよりも真面目に作業に参加してくれている。貸し出し業務や蔵書整理、補修作業だって全部だ。そんないつもの斎藤くんの姿と今の斎藤くんの言葉が一致しなくて、わたしはゆっくりとまばたきをした。
「それなら、どうして図書委員に入ったの? もっと他に向いているものがあったでしょう?」
「一年のときにね、どうしても学校にいる間に調べものをする必要があって、図書室へ行ったんだ。そのときに、渡辺さんが本の補修の手伝いをしているのを見かけてね。この子は、本が大好きなんだってすぐにわかったよ。そこからかな、昼休みに図書室に来てきみを見始めたのは。本の貸し出しの手伝いをしていても、棚の整理や図書室の飾りつけをしていても、きみはいつでも楽しそうだった。そんな渡辺さんを見ていたら、学校の本を『汚い』だなんて思わなくなっていた。むしろ、渡辺さんから本を借りたいと思ったんだ。渡辺さんが修理した本なら、オレも大事にしたくなった。少しでも近くにいたくて、二年生にあがってすぐ図書委員会に入ったってわけ」
「……全然、気がつかなかった」
「そうだよね。渡辺さんはオレのことより、司書さんにリクエストしておいた新刊が入荷するかどうかのほうが大事でしょ」
「そ、それは……」
慌てるわたしを見て、斎藤くんはおかしそうに肩をすくめる。口を開けばあふれてくるのは、柔らかい、けれど真剣さが伝わる声音。
「今すぐオレのことを好きになってくれとは言わない。少しずつでいいから、意識してほしい。せめて、そこの新刊と同じくらいには」
斎藤くんがカウンターに積まれた、まだ登録前の図書を指差した。これはやっぱり、わたしもちゃんと伝えなくてはいけないよね。
「ずっと前から、斎藤くんのことが気になっていたよ」
小さな声で返したら、みるみるうちに斎藤くんの耳が赤くなった。ゴミと同列にしていたけれど、やっぱりラブレターっていいものかもしれない。手の中の手紙は、なんだかカイロみたいにぽかぽかあたたかい。
「それにしても、まだ下駄箱に手紙が残っていてよかったね」
わたしがそう指摘して笑えば、斎藤くんが頭をかいた。
「実はさっき廊下で渡邊さんに会ってさ。手紙をオレに返してくれたんだ。封筒にはオレの名前なんて書いてなかったのにな。それから、間違いが起こりやすいから、手紙よりも口頭がオススメだよって言われた。ちなみに渡邊さん的告白ワーストワンは、トークアプリのメッセージらしいよ。告白くらい対面で直接言ってほしいって」
百戦錬磨な渡邊さんの気遣いにわたしは崩れ落ちそうになる。やっぱり本当の美人は、性格までパーフェクトなんだ。でも、目の前の斎藤くんは、そんな渡邊さんではなくて、わたしに手紙をくれた。やっぱりこれ、夢なんじゃないのかな。わたしは、手紙と斎藤くんを交互に見つめる。
「だからね、オレが告白したかったのはあっちの『ワタナベさん』じゃなくって、こっちの『ワタナベさん』なの。大体オレに言わせれば、目の前にいる渡辺さんが世界で一番可愛い」
「……斎藤くん、ありがとう」
嬉しいような、むず痒いような。もじもじとしていると、斎藤くんが楽しそうに口の端をあげる。
「それに、名字呼びなんてすぐ終わらせるから。下の名前で呼びまくるから。もちろんオレのことも、下の名前で呼んでもらう。そこのところ、ちゃんと覚えておいてね」
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