旦那さまが欲しければかかっていらっしゃい。愛人だろうが、妾だろうが全力でお相手してあげますわ。

石河 翠

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(3)私の夫は浮気をしているらしい−3

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 転生先は、何と言ってよいものやら、転んでもタダでは起きない人間ばかりが集まった家だった。転生前の私は生真面目なだけが取り柄の、陰気くさい人間だったと思う。相手の迷惑にならないかをただひたすら気にして、夜寝る前にその日の会話を振り返り、もっとこう言えばよかった、もっとこんな反応をすればよかったと、気にしても仕方のないことを反省し続けるようなタイプだったのだ。

 あっけらかんとして失敗しても気にせず前に突き進む家族に囲まれていると、夫の浮気にうじうじと悩んでいた自分が馬鹿らしくなった。さっさと浮気の証拠ともども夫をゴミ箱に捨てなかったことを後悔しているくらいだ。そしてそんな家族から、私はどんな逆境であろうと楽しむ術を叩きこまれたのである。おかげで今世の私は、前世とはかけ離れたちょっとばかりイカれた女に成長してしまった。人生楽しいので、別に気にしてはいない。

 そんな私の結婚相手は、もちろん政略で選ばれたものだった。相手は我が家とは異なり、建国の時からある名門貴族の嫡男である。相手には金がなく、我が家には歴史がない。よくある話の、ちょうどいい感じにお互いの欠けた部分を埋めるための結婚だった。テンプレで非常によろしい。

 ちなみに結婚式当日に初めて会った新郎は、真っ青な顔で今にもぶっ倒れるのではなかろうかと思われた。そういうのは、か弱い女性である私の役割として残しておいてほしい。けれどぷるぷると震える彼の姿は、私の大好きな小動物によく似ていて私は一目で気に入ってしまったのである。人間嫌いで社交を苦手とする夫だったが、領地経営の手腕は優れていたし、農業への造詣も非常に深いものだった。貧しかった領地は彼に代替わりしてから、ずいぶんと良い方向に変わってきており、私の実家からの評価も高い。これで夫も私のことを好いてくれれば万々歳だったのであるが、まあ世の中そううまくはいかないのだろう。

 だが、あの線が細く気が弱そうに見える夫が結婚早々、女への贈り物を部屋に溜め込むような人間だったとは。まったくひとは見かけによらないものだ。ちなみに初夜は涙目で固まっていたので、こちらで引導を渡してやった。翌日、顔を真っ赤にして私の元から逃げ去った旦那さまは非常に可愛らしかったので満足している。

「おーほほほほ、まったくふてぇ野郎ですわ!」
「お嬢さま、か弱い女性は『ふてえ野郎』だなんて言葉は使いません」
「あら、褒めているのよ。結婚式当日に子鹿のように震えていたくせに、新婚早々妾を囲うなんて面白過ぎるわ。一体、どんな女性なのかしら。やっぱり、私みたいな派手な女じゃなくって、おしとやかで風が吹けば倒れるような可憐な女性なのかしらね」

 前世クソ真面目に生きてきた反動からか、今世の私はとんでもなく派手な女である。だって、派手でケバい格好が似合うのだから仕方がないのだ。叶姉妹みたいなゴージャスな身体付きをしていたら、見せびらかしたくなるのが普通なのである。

「お嬢さまは、旦那さまに振り向いていただきたいのですか?」
「全然? 涙目でこちらを見つめてくるあの顔を見られたら満足だわ」

 部屋に戻り、見つけたペンダントをもてあそびながら力説すればやんわりと侍女にたしなめられた。さらに驚くべき質問を受けて、目を瞬かせる。

「では、どうしてわざわざ当て擦りのように、家探しをしてまでそのように贈り物を探し出すのです?」
「いや、隠されているとわかったら、探してあげるのが礼儀かと思って。ほったらかしにしておいて、部屋の隅で腐ったりカビが生えても困るじゃない?」
「お嬢さま、旦那さまは犬ではありませんから、すぐに腐ったりするようなものは部屋に隠さないと思いますが」
「あら、それもそうね。いつまで経っても相手の女性を見れないのはつまらないし、はっきり聞いてみましょうか。いつになったら、あなたの秘密の恋人を紹介してくれるのかしらって」
「旦那さま、泣くでしょうねえ」
「本当よね。泣くくらいなら最初から白状するか、きっちり隠し通せばよいのにね」
「お嬢さま、わたくしが言いたかったのはそういう意味ではないのですが」
「じゃあどういう意味?」
「それはお嬢さまご自身が気づくべきことですので」

 私から聞いて前世の話を知っている侍女は、困ったものだと肩をすくめつつも私のやることに付き合ってくれている。さあ、楽しい夕食の始まりだ。
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