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城の謁見の間に窓から飛び込んで啖呵を切り、公開プロポーズ。そのまま飲めや歌えの結婚式に突入してから、しばらく後。たっぷりと蜜月を過ごし、久しぶりに城の執務室に夫とともに顔を出したカレンは、ふと疑問を口にした。
「それにしても、私の母国から婚礼用の荷物が届きませんね。いくら政略結婚とはいえ、いいえ、政略結婚だからこそ我が国以外の人族の国々から贈り物やら挨拶がくると思っていたのですが。結婚式に間に合わなかったから、送っても意味がないと思われたのかしら?」
「カレンは、誰か会いたいひとでもいたのかい?」
「いいえ、特に? むしろ今さら誰にここまで来られても、ひっかき回されるだけですし、ちょうどよかったかもしれませんね。ただ個人的に、和睦のための政略結婚なのに立会人やら調印やら不要だったのかということだけは気になっていますが」
「それならよかった。大丈夫だよ。ちゃんと、向こうからお祝いの品は届いている。それに君にぜひ会いたいというひとも来ていてね。ただ彼は二度も君を裏切っているし心配でね、奥方ともに大丈夫そうだと確信できるまで例の塔に入ってもらうことにしたんだ」
魔王が窓の外に見える白い塔を指差す。
「もしかして元婚約者と妹がここまで来ていたのですか。外交に向いているひとたちではないのに、何を考えているのでしょう。ですが、あの塔というのは私たちが蜜月を過ごした塔のことでしょう? わざわざ新婚生活を満喫させてあげてどうするおつもりなのです?」
「ははは、カレンならきっとそう言うだろうと思った」
「だって、私も執務なんてせずにあの塔でのんびり過ごしていたいですもの。誰にも邪魔されることなく、愛するひととのふたり暮らし。羨ましい以外の何があるのでしょう。まあ、確かに公務で来たはずの他国で新婚イチャラブ生活を公認してもらうのは、羞恥プレイかもしれませんが」
「ちなみに、わたしが日本で無意識に創ろうとしていたのも、あの白い塔と同じようなものだったのだよ。わたしが浄化されてこちらに戻ってきたせいで、ほころびが生じて、家屋が崩壊してしまったのだけれども」
「ええ、そうなのですか。あの屋敷、あんなにきらきらしていませんでしたよ。どちらかといえば、おどろおどろしい蜘蛛の巣みたいでしたが」
「本能だけが暴走していた状態だったからね。面目ない」
もしかしたら存在していたかもしれない未来――愛してもいない相手に愛され、閉じ込められ、ひたすらに愛を乞われる状態――と、今ある地獄――お互いに相手にうんざりしていながらひとつどころに閉じ込められる――は、どちらがより不幸なのか。魔王はひとりただ静かに口角を上げる。
カレンの鉄拳により記憶を取り戻したらしい元婚約者が、彼女に近づくことはないように、けれど遠くにおいて何か自分の知らないことを勝手にやり始めることがないように、魔王は元婚約者たちを手元で監視することにした。既にカレンの祖国へは、通達済みだ。力が違いすぎることもあり、彼らは魔王の申し出をすべて受け入れてくれるそうだ。
塔の中からは、カレンの幸せそうな姿がよく見えることだろう。永遠に手の届かない愛しいひとを目の前にして、いつまで元婚約者――今代の勇者――が正気を保っていられるか。魔王は側近たちと賭けをすることにしている。
カレンは、頬杖をつきながら執務室の窓からうっとりと見上げた。彼女の脳内にあるのは、魔王との甘い日々だけ。もはや、元婚約者たちのことなど欠片も記憶に残ってはいない。惜しみない愛を注がれて、カレンは完全に魔王に染められた。『愛の女神の花かご』と呼ばれる硝子細工のような白い塔は、今日も光を反射してきらきらときらめいている。
「それにしても、私の母国から婚礼用の荷物が届きませんね。いくら政略結婚とはいえ、いいえ、政略結婚だからこそ我が国以外の人族の国々から贈り物やら挨拶がくると思っていたのですが。結婚式に間に合わなかったから、送っても意味がないと思われたのかしら?」
「カレンは、誰か会いたいひとでもいたのかい?」
「いいえ、特に? むしろ今さら誰にここまで来られても、ひっかき回されるだけですし、ちょうどよかったかもしれませんね。ただ個人的に、和睦のための政略結婚なのに立会人やら調印やら不要だったのかということだけは気になっていますが」
「それならよかった。大丈夫だよ。ちゃんと、向こうからお祝いの品は届いている。それに君にぜひ会いたいというひとも来ていてね。ただ彼は二度も君を裏切っているし心配でね、奥方ともに大丈夫そうだと確信できるまで例の塔に入ってもらうことにしたんだ」
魔王が窓の外に見える白い塔を指差す。
「もしかして元婚約者と妹がここまで来ていたのですか。外交に向いているひとたちではないのに、何を考えているのでしょう。ですが、あの塔というのは私たちが蜜月を過ごした塔のことでしょう? わざわざ新婚生活を満喫させてあげてどうするおつもりなのです?」
「ははは、カレンならきっとそう言うだろうと思った」
「だって、私も執務なんてせずにあの塔でのんびり過ごしていたいですもの。誰にも邪魔されることなく、愛するひととのふたり暮らし。羨ましい以外の何があるのでしょう。まあ、確かに公務で来たはずの他国で新婚イチャラブ生活を公認してもらうのは、羞恥プレイかもしれませんが」
「ちなみに、わたしが日本で無意識に創ろうとしていたのも、あの白い塔と同じようなものだったのだよ。わたしが浄化されてこちらに戻ってきたせいで、ほころびが生じて、家屋が崩壊してしまったのだけれども」
「ええ、そうなのですか。あの屋敷、あんなにきらきらしていませんでしたよ。どちらかといえば、おどろおどろしい蜘蛛の巣みたいでしたが」
「本能だけが暴走していた状態だったからね。面目ない」
もしかしたら存在していたかもしれない未来――愛してもいない相手に愛され、閉じ込められ、ひたすらに愛を乞われる状態――と、今ある地獄――お互いに相手にうんざりしていながらひとつどころに閉じ込められる――は、どちらがより不幸なのか。魔王はひとりただ静かに口角を上げる。
カレンの鉄拳により記憶を取り戻したらしい元婚約者が、彼女に近づくことはないように、けれど遠くにおいて何か自分の知らないことを勝手にやり始めることがないように、魔王は元婚約者たちを手元で監視することにした。既にカレンの祖国へは、通達済みだ。力が違いすぎることもあり、彼らは魔王の申し出をすべて受け入れてくれるそうだ。
塔の中からは、カレンの幸せそうな姿がよく見えることだろう。永遠に手の届かない愛しいひとを目の前にして、いつまで元婚約者――今代の勇者――が正気を保っていられるか。魔王は側近たちと賭けをすることにしている。
カレンは、頬杖をつきながら執務室の窓からうっとりと見上げた。彼女の脳内にあるのは、魔王との甘い日々だけ。もはや、元婚約者たちのことなど欠片も記憶に残ってはいない。惜しみない愛を注がれて、カレンは完全に魔王に染められた。『愛の女神の花かご』と呼ばれる硝子細工のような白い塔は、今日も光を反射してきらきらときらめいている。
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