あなたが私を愛さないとおっしゃるのなら、いっそこのまま殺してくださいませ

石河 翠

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 カレンには、かつて華恋かれんとして生きていた記憶がある。当時、日本で社会人として生きていた華恋もまた、激重女子だった。好きになったら一直線。華恋の見た目が可愛らしかったおかげか、ストーカー扱いされないことだけは救いだったものの、付き合ってもすぐに相手に「重い」と言われて振られてしまう。

 それでもまだ結婚が視野に入っていない学生の頃ならばよかったが、そういうお年頃になり婚約までした相手に捨てられた華恋は、とうとうおかしな方向に突き進んでしまった。裏切った相手が自分の実の妹とできちゃった結婚をしてしまったという事実に、タガが外れてしまったらしい。

 絶対に自分を裏切らない相手を見つけようと決心した挙句、何をとち狂ったのか地元でも評判の悪霊と添い遂げようとしたのである。

 華恋が目をつけたのは、近所の古びた一軒家に出るという悪霊だった。その一軒家は、何か事件や事故があったわけでもない。唐突に悪霊が湧いて出たあげく、ある日突然いわくつき物件になってしまった気の毒な建物なのである。

 何人もの有名な霊能力者やら撮影クルーが出入りするものの、建物の雰囲気は日に日に悪くなるばかり。霊感どころか0感の華恋ですら何かが変だと思うくらいなのだから、きっといるのだろうという確信もあった。そしてある日、彼女はその家から出てくる霊能力者が首を振りながらこう呟くのを耳にしたのである。

「あれは、いかん。自分のために命と心を捧げてくれるような、そんなけったいな女子でもおらねば祓えん。しかも、素直に天に昇るわけでもなく、一生離れず執着するに決まっておる。まったく難儀な男じゃて」

 それを聞いた華恋は歓喜した。ようやく、自分を裏切らない相手に出会えると思ったのだ。相手にも選ぶ権利はあると思ったが、押して押して押しまくって相手が絆されたところで勝負を決めるのは華恋の得意技である。

 何があっても決して訴えないと大家に頼み込み、住み始めた華恋が出会ったのは真っ黒で巨大な人影だった。そして嬉々として「彼」との共同生活を始めたのだ。

 霊感ゼロの華恋には、人影が何を考えているかなどさっぱりわからない。けれど、華恋が家にいればそれは華恋のそばに来たし、食事を出せばどうやっているのかしっかりと皿の上から消えていく。ことあるごとに華恋を邪魔扱いし、作った食事も無駄にする元婚約者とは雲泥の差だ。勝手にサンディと名前を付けてからは、人影もそれが自分の名前だと認識しているように見えた。

 その日あったことを人影には話していれば、人影は何か言いたいことのあるあひるのように縦に伸び縮みしたり、驚いた猫のようにまんまるに膨れ上がったり、ご機嫌な犬のように身体を揺らしたりした。そんな風にちょっとした反応を返してくれるだけで、華恋は満たされたのだ。人影だって、そんな華恋のことは嫌っていなかったように思う。けれど、終わりはある日突然訪れた。

 真っ黒だった人影が、唐突に光の欠片になって消えていく。こんな話は聞いていない。死ぬときは一緒だ。相手に執着し、一生離れずにそばにいる。そういう約束ではなかったのか。霊能力者の言葉からは予想できなかった結末に、華恋は絶叫する。

「……どうして、私を置いていくんですか。永遠に一緒って誓ったくせに。死んでも離れないっていうのは嘘だったと? サンディの裏切り者おおおおおおお」

 華恋の叫びが引き金になったのか、家がぱらぱらと崩れ出す。いつの間にか、廃屋同然に強度が弱くなっていたのかもしれない。それを見て少し慌てたような動きをしていた人影だったが、もうもうと湧く埃やらなにやらにまみれてすっかり見えなくなってしまった。

「ひどい。最後の最後に、私のことをひとりぼっちにしていくなんてあんまりです。絶対に許さないんですから!」

 その後のことを華恋は覚えていない。悪霊が成仏した直後に、建物が崩壊したため、きっと華恋は圧死したのだろう。その時、彼女は決めたのだ。生まれ変わった次こそは、絶対に幸せラブラブカップルになってやるのだと。

 まあ結局のところ、前世と同じように今世でも婚約者と妹に裏切られたし、前世の悪霊的な魔王にはよくわからない難癖をつけられているのだけれど。そう思っていたけれど、もしや魔王というのは。
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