「あなたの好きなひとを盗るつもりなんてなかった。どうか許して」と親友に謝られたけど、その男性は私の好きなひとではありません。まあいっか。

石河 翠

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「あなたたち、わたくしのことを騙したのね!」

 ハリエットにつかみかかろうとしていた伯母は、空から舞い落ちてきた花びらが肩に触れるやいなや、へなへなと座り込んでしまった。

「ご婦人、こちらには浄化や癒しの作用がありましてね。興奮した民衆が暴動を起こさないようにするための効果もあるのですよ」

 その声が聞こえているのかいないのか。座り込む伯母のことを、ハリエットは伯父に託した。

「それにお怒りになるなら、まずはご自身のことを振り返られるべきです。の身勝手が、どれだけハリエットたちを苦しめたか、ご存知ないとは言わせませんよ」

 いつの間に連れてこられていたのか、ハリエットの母親もエミリーの母親同様にぐったりと座り込んでいる。

「それでも今回のやり方について何か言いたいことがあるのなら、どうぞ僕の方まで。この作戦を考えたのは僕ですから、いつでも相手になりますよ。その代わり、ハリエットの実家であることは考慮せずに徹底的に対応させていただきますが」
「それは俺も同じだ。エミリーの実家であろうとも容赦はしない」

 魔術師団長と騎士団長は、それぞれの最愛のひとをその背に庇うようにして立つ。だからこそ、ハリエットとエミリーは彼らの背の後ろではなく、隣に並び立った。共に戦ってくれるひとがいるなら、もう何も怖くないから。

「何を言っているの。ハリエットは一人娘よ。家を潰すなんてそんな」
「そうよ。エミリーと結婚したのだから、婿に入るのが当然でしょう」

 床に座り込み、夫に支えられながら、それでもその口は止まらない。その我の強さには感心するばかりで、ハリエットとエミリーは困ったように顔を見合わせた。

「彼女たちは家を継ぎませんよ。必要なら、養子を取るなり、もう一度子作りに励むなり頑張ってください。あなた方は余暇があるとすぐに下らないことばかりお考えになるので、これくらい窮地に追い込まれたほうが静かでいいんです」

 真っ青になって震えているのはハリエットとエミリーの母親たちだけ。ふたりの隣に立つ父親たちが何も言わないところを見ると、すでに話はついているらしい。

 ハリエットとエミリーにとって、母親たちはあまりにも理不尽で、父親たちは母親を野放しにする頼りない存在だった。

 けれどこうやって見ると、彼らにとっては子どもの存在よりも、妻の方が大切なだけだったのかもしれなかった。巻き込まれた子どもにとっては、迷惑以外のなにものでもなかったが。

「お父さま、お母さま、どうぞお元気で」

 ハリエットたちは美しく一礼すると、新しい一歩を踏み出した。
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