上 下
1 / 5

幸運を運ぶ猫は、雨の日に傘をさしてやってくる(1)

しおりを挟む
 小さなスーツケースとキャリーバッグを抱えた奈々美ななみさんは、公園のベンチに座って小さくため息をつきました。

「これからどうしようかしら」

 奈々美さんは、何年もの間お父さんの介護をしていたのですが、お父さんが亡くなった途端、お姉さんとお兄さんに家から追い出されてしまったのです。

 奈々美さんのお姉さんは、家族のお姫さまでした。お父さんが遺したお金はお姉さんが全部持っていってしまいました。

 奈々美さんのお兄さんは、家族の王子さまでした。お父さんが遺した家と土地は、お兄さんが全部売り払ってしまいました。

 奈々美さんには、お父さんが飼っていた黒猫が一匹、遺されただけだったのです。

「ペット可のアパートなんて、簡単に見つかるものかしら」

 奈々美さんは悲しくなりましたが、猫を手放す気はありません。お姉さんとお兄さんに任せたら、すぐに保健所に連れていかれてしまうことがよくわかっていたからです。

 奈々美さんは、キャリーケースの猫を見ながらつぶやきました。

「お前が長靴をはいた猫なら、わたしも幸せになれるのにね」

 黒猫はキャリーの中で、ぐっすり夢の中です。奈々美さんは猫相手に愚痴をこぼしたことを恥ずかしく思い、またため息をつきました。

 困ったことに急に雨が振りだしてきました。

 ペットを連れたまま、コーヒーショップに入るのはいやがられるでしょう。それにあまり無駄遣いのできない身の上です。

 奈々美さんは慌てて雨に濡れないように、遊具の中に潜り込みました。

 朝からいろいろなことがあったせいでしょうか、なんだか眠たくなってきます。うつらうつらしたその時です。

「いっしょに、あまやどりさせてください」

 はっと前を向くと、不思議なふたり組が立っていました。雨具をばっちり装備した完全猫型の男の子と、猫耳と猫しっぽを付けたJK女子高生な女の子です。

「あら、まあ。最近の猫は、長靴をはくだけでなく、傘にレインコートも持ってるのね」

 感心した奈々美さんは、もちろん一緒に雨宿りをすることにしました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小さな歌姫と大きな騎士さまのねがいごと

石河 翠
児童書・童話
むかしむかしとある国で、戦いに疲れた騎士がいました。政争に敗れた彼は王都を離れ、辺境のとりでを守っています。そこで彼は、心優しい小さな歌姫に出会いました。 歌姫は彼の心を癒し、生きる意味を教えてくれました。彼らはお互いをかけがえのないものとしてみなすようになります。ところがある日、隣の国が攻めこんできたという知らせが届くのです。 大切な歌姫が傷つくことを恐れ、歌姫に急ぎ逃げるように告げる騎士。実は高貴な身分である彼は、ともに逃げることも叶わず、そのまま戦場へ向かいます。一方で、彼のことを諦められない歌姫は騎士の後を追いかけます。しかし、すでに騎士は敵に囲まれ、絶対絶命の危機に陥っていました。 愛するひとを傷つけさせたりはしない。騎士を救うべく、歌姫は命を賭けてある決断を下すのです。戦場に美しい花があふれたそのとき、騎士が目にしたものとは……。 恋した騎士にすべてを捧げた小さな歌姫と、彼女のことを最後まで待ちつづけた不器用な騎士の物語。 扉絵は、あっきコタロウさんのフリーイラストを使用しています。

瑠璃の姫君と鉄黒の騎士

石河 翠
児童書・童話
可愛いフェリシアはひとりぼっち。部屋の中に閉じ込められ、放置されています。彼女の楽しみは、窓の隙間から空を眺めながら歌うことだけ。 そんなある日フェリシアは、貧しい身なりの男の子にさらわれてしまいました。彼は本来自分が受け取るべきだった幸せを、フェリシアが台無しにしたのだと責め立てます。 突然のことに困惑しつつも、男の子のためにできることはないかと悩んだあげく、彼女は一本の羽を渡すことに決めました。 大好きな友達に似た男の子に笑ってほしい、ただその一心で。けれどそれは、彼女の命を削る行為で……。 記憶を失くしたヒロインと、幸せになりたいヒーローの物語。ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:249286)をお借りしています。

白銀の狼と暁の国

石河 翠
児童書・童話
雪に閉ざされた王国を救うため、お姫さまは森に住む狼のもとに嫁ぐことになりました。愛を知らないお姫さまと、人間に仲間を殺されたひとりぼっちの狼。彼らはひと冬をともに過ごし、やがて本当の家族になるのです。ところがある時、彼らに予想もしない出来事が訪れ……。愛する家族を守るため、お姫さまと狼はそれぞれの大切なものを差し出すのでした。 ※この作品は、『月は夢など見るはずもなく』の第7話「十三夜」の中で、ヒロイン月玲(ユエリン)がヒーローに聞かせた昔話です。 ※イラストは、さお様に描いていただきました。本当にありがとうございました。 ※この作品は小説家になろうにも投稿しております。

紅薔薇と森の待ち人

石河 翠
児童書・童話
くにざかいの深い森で、貧しい若者と美しい少女が出会いました。仲睦まじく暮らす二人でしたが、森の周辺にはいつしか不穏な気配がただよいはじめます。若者と彼が愛する森を守るために、少女が下した決断とは……。 こちらは小説家になろうにも投稿しております。 表紙は、夕立様に描いて頂きました。

「羊のシープお医者さんの寝ない子どこかな?」

時空 まほろ
児童書・童話
羊のシープお医者さんは、寝ない子専門のお医者さん。 今日も、寝ない子を探して夜の世界をあっちへこっちへと大忙し。 さあ、今日の寝ない子のんちゃんは、シープお医者んの治療でもなかなか寝れません。 そんなシープお医者さん、のんちゃんを緊急助手として、夜の世界を一緒にあっちへこっちへと行きます。 のんちゃんは寝れるのかな? シープお医者さんの魔法の呪文とは?

クリスマス・アリス

雨宮大智
児童書・童話
サンタクロースは実在するのだろうか⎯⎯。それが少女アリスたちの学校で話題になる。「サンタはいない」と主張する少年マークたちのグループと、「サンタはいる」というアリスたちのグループは対立して……。そんな中、少女アリスは父親のいないクリスマスを迎える。至極のクリスマス・ファンタジー。 【旧筆名、多梨枝伸時代の作品】

おねしょゆうれい

ケンタシノリ
児童書・童話
べんじょの中にいるゆうれいは、ぼうやをこわがらせておねしょをさせるのが大すきです。今日も、夜中にやってきたのは……。 ※この作品で使用する漢字は、小学2年生までに習う漢字を使用しています。

魔女は小鳥を慈しむ

石河 翠
児童書・童話
母親に「あなたのことが大好きだよ」と言ってもらいたい少女は、森の魔女を訪ねます。 本当の気持ちを知るために、魔法をかけて欲しいと願ったからです。 当たり前の普通の幸せが欲しかったのなら、魔法なんて使うべきではなかったのに。 こちらの作品は、小説家になろうとエブリスタにも投稿しております。

処理中です...