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「……もう二度とお目にかかることもないと思っていたのですがねえ」
どこか既視感のある台詞に、アデレイドは目を瞬かせた。
「ええ、ジーンさまがそのおつもりだったことは理解しているわ」
「では、一体どうしてこんなことになっているのでしょうか」
あの日、屋敷を追い出されたアデレイドは、なぜかジーンの隣にいる。今日が小春日和なのは、アデレイドが幸せそうに笑っているからかもしれない。
「それは、ジーンさまがお優しいからよ」
「逃亡先を見に行ったら、仕事先でしょっちゅう変な男に絡まれているんですから」
「あれでもあしらえるようになったほうなのよ」
「思ったよりも所作が美しすぎましたね」
アデレイドは自分を売った実家に身を寄せることは望まず、市井で暮らす道を選んだ。多少の現金はあったが、一生遊んで暮らせるほどの余裕はさすがにない。すぐにでも働き始める予定だったのだ。
しかしもともとの美しさのせいか行く先々で男からのつきまといが発生。様子を見にきていたジーンが手を貸し、今は一緒に行動している。
「ご迷惑をかけて申し訳ないとは思っているの」
ジーンは微かに苦笑する。本来なら、彼がアデレイドを救出する必要はなかった。ジーンが王家から依頼されていた仕事は侯爵家の悪事を暴くことで、被害者とは言え彼女のアフターフォローまでする義務はなかったのだ。
見て見ぬふりをできなかったのは、いつの間にかアデレイド自身に心ひかれていたから。彼女の言葉に一喜一憂する自分は、もしかしたらおかしくなってしまったのかもしれない。
「でももう少しだけ、一緒にいさせていただけるかしら。男性の独り身よりも、夫婦者の方が、お仕事的にも目立たないのではないかしら?」
ふむ、とジーンは考えた。ここまで女性に言わせるなんて、男の風上にもおけないやつだと。
「アデレイドさま、結婚しましょうか」
「え? と、突然、何を?」
「アデレイドさまもわたしに好意を持っていてくださっていると判断したのですが、勘違いでしたか?」
「で、でも、私は、離縁された身で……」
「そうそう、離婚できて本当に良かったです。どんな事情があっても、やはり不倫は良くありませんからね」
「でも、私は……」
「アデレイドさま、わたしは仕事であればどんなことだってやりますよ。それは汚いことですか? 許されないことですか?」
「いいえ、そんなことは」
「ならば、何の問題があるのでしょう」
ジーンの言葉に、アデレイドが瞳をうるませる。その目尻に吸い付きたくなるのをこらえて、彼は指先で愛しいひとの涙をぬぐった。
「さあ、行きますよ。これからはわたしと一緒に、楽しいことばかりして暮らしましょうね」
「……いいのかしら?」
「たくさん苦しんだんですから、少しくらいのんびりしても誰も怒りませんよ。わたしも少しばかり休暇を取らせていただきます。これから寒くなりますし、せっかくなら南のほうへ新婚旅行に出かけましょうか」
そっと絡めた互いの手のあたたかさに、ふたりは口元をほころばせた。
どこか既視感のある台詞に、アデレイドは目を瞬かせた。
「ええ、ジーンさまがそのおつもりだったことは理解しているわ」
「では、一体どうしてこんなことになっているのでしょうか」
あの日、屋敷を追い出されたアデレイドは、なぜかジーンの隣にいる。今日が小春日和なのは、アデレイドが幸せそうに笑っているからかもしれない。
「それは、ジーンさまがお優しいからよ」
「逃亡先を見に行ったら、仕事先でしょっちゅう変な男に絡まれているんですから」
「あれでもあしらえるようになったほうなのよ」
「思ったよりも所作が美しすぎましたね」
アデレイドは自分を売った実家に身を寄せることは望まず、市井で暮らす道を選んだ。多少の現金はあったが、一生遊んで暮らせるほどの余裕はさすがにない。すぐにでも働き始める予定だったのだ。
しかしもともとの美しさのせいか行く先々で男からのつきまといが発生。様子を見にきていたジーンが手を貸し、今は一緒に行動している。
「ご迷惑をかけて申し訳ないとは思っているの」
ジーンは微かに苦笑する。本来なら、彼がアデレイドを救出する必要はなかった。ジーンが王家から依頼されていた仕事は侯爵家の悪事を暴くことで、被害者とは言え彼女のアフターフォローまでする義務はなかったのだ。
見て見ぬふりをできなかったのは、いつの間にかアデレイド自身に心ひかれていたから。彼女の言葉に一喜一憂する自分は、もしかしたらおかしくなってしまったのかもしれない。
「でももう少しだけ、一緒にいさせていただけるかしら。男性の独り身よりも、夫婦者の方が、お仕事的にも目立たないのではないかしら?」
ふむ、とジーンは考えた。ここまで女性に言わせるなんて、男の風上にもおけないやつだと。
「アデレイドさま、結婚しましょうか」
「え? と、突然、何を?」
「アデレイドさまもわたしに好意を持っていてくださっていると判断したのですが、勘違いでしたか?」
「で、でも、私は、離縁された身で……」
「そうそう、離婚できて本当に良かったです。どんな事情があっても、やはり不倫は良くありませんからね」
「でも、私は……」
「アデレイドさま、わたしは仕事であればどんなことだってやりますよ。それは汚いことですか? 許されないことですか?」
「いいえ、そんなことは」
「ならば、何の問題があるのでしょう」
ジーンの言葉に、アデレイドが瞳をうるませる。その目尻に吸い付きたくなるのをこらえて、彼は指先で愛しいひとの涙をぬぐった。
「さあ、行きますよ。これからはわたしと一緒に、楽しいことばかりして暮らしましょうね」
「……いいのかしら?」
「たくさん苦しんだんですから、少しくらいのんびりしても誰も怒りませんよ。わたしも少しばかり休暇を取らせていただきます。これから寒くなりますし、せっかくなら南のほうへ新婚旅行に出かけましょうか」
そっと絡めた互いの手のあたたかさに、ふたりは口元をほころばせた。
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