義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠

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「マリアベル・ノア・ホワイト! 聞こえましたね!」
「はいはい、わかりました!」
「返事は一回で結構です」

 あれ以来、マリアベルのわがままが落ち着いた……ということはない。遠慮のない関係になれた、ということでよいのだろうか。いわゆる反抗期が来た時にどうなるのか、ちょっと心配な気もするけれど。

「もう、せっかく楽しいことをしようと思ったのに。お母さまは、すぐにダメダメばっかり言うんだから」

 どすんどすんと足音を立てて、マリアベルが部屋を出ていく。

 目の前に面白いことがあればとびついて追いかける。
 身体中に力がみなぎっていて、一瞬だってじっとしていられない。

 生きる力に満ちたマリアベルの姿を見ていると、不思議なほど愛おしく思えてくる。旦那さまがついつい甘やかしてしまうのもわかるような気がした。

「先生とのお勉強が終わったら、今日のお昼は庭でいただきましょう。気分転換にはなるはずです」
「はい、お母さま!」

 むっつりと曲がっていた彼女の唇が、一瞬で弧を描いた。つられて私も微笑む。せっかくだから、マリアベルがとってくれたサクランボでチェリーパイを作るのも良いかもしれない。

「そのピクニックには、僕も参加していいのかな」

 旦那さまの発言に目を丸くしながら、私は頷いた。まったくこの旦那さまときたら、本当に神出鬼没なのだ。

「もちろんです。旦那さまが来てくだされば、マリアベルもきっと喜ぶでしょう。あの子は根っからのお父さんっ子ですから」
「君は喜んでくれないのかい?」

 旦那さまが来てくれて、私が嬉しいか?
 不思議なことを尋ねられて、私は戸惑った。そもそも私たちは、マリアベルを守る同志のようなもの。そこに特別な感情など存在するのだろうか。マリアベルの父親としての、信頼以外の何かを?

「僕と君の関係は何かな?」
「家族……ではありませんか」

 旦那さまと私の関係は、実際のところ家庭教師のような雇用関係に近いような気もしたけれど、旦那さまが望んでいる言葉はきっとそうではないだろう。

「確かにマリアベルの父親であり、母親だからね。でも僕はね、君と本当の意味で夫婦になりたいんだよ」
「それは……」
「マリアベルの次でいい。少しずつ僕のことも知ってほしい」

 そっと手を握られ、私は頬が熱くなるのを感じた。旦那さまの好意は、嫌われることに慣れた私にはまだ刺激が強すぎる。

「あの……、ゆっくりでお願いします」

 まずは家族として、過ごさせてほしい。いつか、マリアベルの父親ではなく、ひとりの男性として旦那さまを見ることができる日まで。

「のんびり待っているからね」
「のんびりなんて、だめよ!」

 自分の部屋に戻ったはずのマリアベルが飛び込んできた。

「お友だちから、お父さまとお母さまがなかよくしていたら、赤ちゃんがおうちに来てくれると聞いたもの! 早く、弟や妹がほしいわ!」

 マリアベルの言葉に、私たちは目を白黒させた。

「いっしょに馬にのったり、木登りをして遊ぶのよ。お勉強も教えてあげるの!」

 笑顔で一生懸命に話してくれるマリアベルは、たぶん世界一可愛い。ああ、これもまた親の欲目と言われるものなのかもしれないけれど。

「わたしだけではできないことも多いもの。でも、弟や妹といっしょなら、なんだってできるわ!」

 マリアベルが少しだけお姉さんに見えて、私はゆっくりと瞬きをした。これからさらなる広い世界へ飛び出した時、彼女はどんな幸福を見つけることになるのだろう。

「マリアベル、大好きよ」
「わたしも、お母さまのこと大好き」

 窓の向こうで、カササギが数羽、空に向かって羽ばたいているのが見えた。
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