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 自分が賢くないことはわかっていたから、有用な人間は身分を問わず登用した。自分にないものを持っている人間を見つけることだけは得意だったから。劣等感の塊だったがゆえにできることだと思うと、素直に誇れないような気もしたが。けれど、まさかこんなことになるなんて思ってもみなかった。

 遠ざけていたはずの「災厄」に自ら関わり、何度諫めても深い関係になろうとする異母弟。あげくの果てに、自分を「殿下」と呼び、今までの関係をなかったかのようにふるまい始めた。腹立たしかったが、ぐっとこらえた。こらえたつもりだった。少々頭を冷やしてもらおうと戦争に引っ張りだしたのも、物理的に距離が離れれば異母弟も目が覚めるかもしれないと考えたからだった。まさか、前線にまで飛ばされて死んでしまうなんて思ってもみなかった。

 だって、異母弟は賢かった。剣の腕も立った。自分にはない人望があった。「災厄」に関わらなければ、「英雄」にはならないと思っていた。優しい異母弟には、父のような外道になってほしくなかっただけなのに。

 そんなにあっけなく死ぬことがあるのかと、自分の前で頭を下げる部下の報告を聞きながら、魂が抜け出てしまいそうになった。部下は、異母弟の動向を探るために付けていた近衛だ。間諜でも暗殺者でもない。ごくごく真面目で、気のいい男だった。

「どうして、殺した?」
「殿下の苦しそうなお顔を見るのが辛かったのです。それでも殿下は、きっと弟君を切り捨てることはなさらないでしょう。手を汚すのは己ひとりでかまわないと思いました」

 何を馬鹿なことを言っているのだ。誰もそんなことは頼んでいない。自分の心の折り合いは、自分でつけねばならない。呑み込めない感情を他人にぶつけてはならないし、他人から救ってもらおうと思ってはいけない。

 どうしてお前は、そんなことをしたのだ。お前の帰りを待っている家族がいるだろう。お前は異母弟のことを剣士として尊敬していただろう。そんな顔をして報告するくらいなら、こちらのことなど忘れて異母弟に一生仕えていればよかったのに。

 異母弟が亡くなったことを受け入れられずに過ごしていたある日のこと。先の見えない戦にのめり込む王の代わりに仕事をしていれば、空に見たこともない閃光が走るのが見えた。疑問に思うのと、身体に衝撃が走るのは同時だった。

 信じられない勢いで城が崩れていく。圧倒的な力。神の鉄槌とでもいうべき強さ。赤々と魅入られるほどに美しい炎は、そっと撫でるだけですべてを焼き尽くしていく。ここで死ぬのも悪くはないな。ぼんやりと立ち尽くす自分を庇ったのは、例の異母弟を殺したことを懺悔した部下だった。どこからやってきたのか、自分の代わりに炎になめられながら、それでも盾になって自分を掴んで離さない。城の崩壊とともに、ふたり下へと落下していく。

 本当に馬鹿な男だ。どうして自分なんかを庇ったんだ。自分は、ここまでされるほど素晴らしい主人ではなかっただろうが。お前は生きるべきだったのに。愛する家族のいるお前は、自分などよりもずっと生きる価値があったのに。

 大切なはずなのに、異母弟を見ると腹立たしいことが多かったのはなぜなのか、わかったような気がした。

 要はこちらが、自分勝手に過保護だったのだろう。
 親子ですら分かり合えないことは多い。それなのに、異母弟のことをわかったような気になっていた。こちらの言うとおりにしていれば、何の憂いもない人生を歩ませてやれると思っていた。そのすべてがこちらの身勝手な押し付けでしかなかったのに。

 ただ、幸せにしてやりたかっただけだった。愛されたことがないから、愛し方を間違えてしまうのだろうか。自分は異母弟への愛し方を間違えた。異母弟はどうだっただろう。「災厄」と相思相愛の関係になれていたのだろうか。

 自分の愛し方が間違っていたから、やっぱり異母弟も愛し方を間違えているのかもしれないとは思わなかった。この城が崩れた理由が、「災厄」によるものだと思えたからだ。それならば異母弟は確かに、「災厄」に愛されていたのだろう。異母弟こそが世界だと「災厄」が感じるほどに熱烈に。

 羨ましいと思ったが、耳を塞いで叫び出したくなるような孤独と妬ましさは生じなかった。ようやく心穏やかに過ごせる。たとえそこが、現世ではなかったとしても。


 ***


 死んだと思ったはずが、なぜか生き残ってしまった。顔には大きな火傷の跡が残っているが、生きていくには支障はなさそうだ。崩れ落ちる城とともに焼け死んだはずの自分を守ってくれたのは、部下だったのだろう。気が付いた時、部下の姿は影も形もなかった。

 部下の家族が心配で探し回ったが、彼らが流行り病で既に死んでいたことをその時初めて知った。遺体は墓に葬られることなく、家財と共に焼かれたのだそうだ。そのことを部下はいつどこで知ったのだろうか。

 謝るべき相手がどこにもいない。頭が真っ白になる中で思ったのは、彼らを弔わなければならないということだった。だが、政情はいまだ不安定だ。適当なところに何かを供えたところで、荒らされるのが関の山。

 だから自分は、王家の墓地に彼らの墓標を立てた。そして勝手に墓守を名乗り、暮らし始めたのだ。何せ元は王族だ。それなりの礼節は持ち合わせているため、時々ここを訪れる相手を言いくるめるのは難しくはなかった。

 本物の墓守は城が焼け落ちた時にいなくなってしまったようで、不謹慎だがそれもまたちょうどよかった。そもそも顔の半分と喉が火に焼かれており、外套を被ってさえいれば老人にしかみえない。そんな自分を、しつこく疑う者はいなかったのだ。

 結局、城にいたほとんどの王族が助からなかった。まあ、母は父と偶然一緒にいたそうだから、死に方に満足しているかもしれない。何せ自分が子どもの頃から、「死ぬときは、あの方に見送られて逝きたいの。あの方ただひとりだけいてくださるなら、それ以上何も望まないわ。あなたが、そばにいなくてもね」などと言い切っていたのだから。

 とはいえここには、父と母の身体はない。竜の炎に焼き尽くされて、骨のひとかけらも残らなかった。それでも墓を作り、祈りを捧げているのはなぜなのだろう。死んだら何もできないのだから、生きているうちにやり尽くすと豪語した父と、父さえいれば他には何もいらないと夢見るように語った母。彼らのことを、自分はどう思っているのか。自分のことだというのに、いまだによくわからない。

 死者とは対話できない?
 好きなようにこちらが気持ちを押し付けているだけ?
 そうかもしれない。けれど、ここはこの国の中でどこよりも静かだ。死を象徴する場所だというのに、血の臭いもなく、王宮よりも穏やかなのが昔はひどく不思議だった。

 そしてこの場所だからこそ、自分の想いを言葉にすることができるような気がした。もちろん返事はないけれど、自分が何を求めているのかをわかるということは素晴らしいことだ。ひとりになったはずなのに、心は凪いでいる。

 神託は、なるほど間違っていないようだった。ここには、確かに歴代の王が眠っている。彼らの墓を守りながら、この国の行く末を見守る生活は思ったよりも悪くはない。

 かつての自分に、未来は自分が思った以上に穏やかで気楽なものだと教えてやれたらどんなによいだろうか。そんなことを考えながらのんびり暮らしていたところ、思わぬ来客が訪れたのだ。
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