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男爵令嬢リリスの事情(7)

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「リリス、おい、リリス」
「……ダミアン?」

 ゆっくりと目を開ければ、そこはふたりが暮らす小さな部屋の中だった。魔女の一撃をくらったときに飲んだハーブティーによく似た、けれどあれよりもさらに甘く濃い香りが部屋に充満している。

「大丈夫か。俺を追いかけてきたリリスが転んで気絶していたから、雑貨屋に頼んでここまで運んでもらったんだ」

 バツが悪いのかそっぽを向いたまま、ダミアンが説明してくれる。

 まさか先ほどまでの出来事はすべて夢だったというのか。リリスは不思議に思いながら、全身を確認した。

 幸いなことに大きなケガはないようだ。もちろん、矢傷も血の跡もない。しかしどこかの木の枝にひっかけたのか、左の肩口が大きく破れていた。

 最後に見た人影は、雑貨屋の御用聞きのものだったのだろうか。けれどなぜかリリスには、それがダミアンのものであったように思えて仕方がなかった。

「ダミアンが大きくなった夢を見ていたわ」
「どうだ、カッコよかっただろう」
「ええ、とっても素敵だったわ。でも、あんな風に強くなってしまうのはもう少し先でいいと思うの」
「何でだよ」
「ただでさえ口が悪いのに、思春期になって『クソババア』なんて言われたら耐えられないわ」
「今のリリスが老婆なのは事実だろう」
「こら、『ババア』なんて言わないの!」
「いや、今のはリリスが自分で言っていただろうが!」

 ぎゃあぎゃあ騒ぐダミアンの目は、いつの間にか真っ赤に染まっていた。笑ったり、怒ったり、感情が爆発しやすい少年が泣いたところを、リリスはこれまで一度も見たことがない。けれどダミアンは、リリスを看病している間、瞳をずっと潤ませていたのかもしれない。

 自分と同じくらい、ダミアンもリリスのことを大切に思ってくれているのだ。それを知ったリリスは、嬉しさを噛み締めながらダミアンのこめかみにそっと優しく口づけた。

 この夜以降、リリスの行方を追い回す貴族の話はぴたりと聞こえなくなった。
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