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「さあ、急ぎましょう」
「トビアス、何で急いでんの?」
「早くしないと終わってしまいます」
よくわからないままトビアスに付いていくと、いきなりぐにゃりと視界が歪んだ。おええええええ、急に転移するなよな。私とトビアスは、魔力量も近いし魔力の型も良く似ているから問題ないけれど、普通なら身体が爆発四散してもおかしくないんだぞ。
うぷっ、ちょっと酔ったわ。普段はもうちょっと丁寧に運んでくれるのに、これが知人から奴隷に落ちるってことなのか。うえーん、寂しくて泣いちゃいそうだぜ。
「何をぶつぶつ言っているんですか」
「おえっぷ、吐きそう。ちょっとマジックボックス貸して」
「貸しません! さっさと薬を飲んでください」
「何これ、めっちゃスッキリする。お口爽やか~」
「お静かに」
「ちぇっ」
その時、りんごん、りんごんと鐘がなった。どうやら連れて来られたのは教会だったらしい。まさか、トビアス。私をそんな速攻で妻にしたかったの。馬車で行くのも我慢できないほどだったなんて。そんなの、そんなの……。
「うえーん、今夜トビアスに切り刻まれるんだあああああ。こいつ魔術師じゃなくって、マッドサイエンティストだったんだあああああ」
「何を人聞きの悪いことを言っているんです。ほら、主役の登場ですよ」
「へ?」
ちょうど誓いの言葉が終わったところだったのだろう。教会の扉が開き、中から本日の主役が現れた。両親や親戚、友人知人に囲まれて幸せそうに微笑む新郎新婦の姿は、まるで美しいお伽話のよう。
「どうですか。あなたが、自分の人生をドブに捨ててまで見たかった光景ですよ」
「……」
「まったく、好きな相手と一緒になるためではなく、他人の幸福のために自分を犠牲にするなんて」
「よがっだあああああ。よがっだよおおおおおおおお」
ふたりのへにゃりとした笑顔を見るだけで、自分が選んだ道は間違いではなかったと思えた。絶対に見ることは叶わないと思っていたふたりの結婚式。それを見れただけで大満足だ。
「僕に何か言うことはないんですか?」
「ドビアズ、ありがどおおおお。お礼にがんばるがらねええええ」
非合法な人体実験も、きっとこれから迎えるに違いない本当の奥さん――ちゃんとした貴族令嬢――にはできないような変態プレイも耐えてみせるから!
「また、馬鹿なことを考えているようですが。あのふたりに挨拶に行かなくていいんですか?」
「無理無理。ここから見られただけで十分だよ」
「ここまで来て、彼らに会わないつもりだと?」
「お祝いなんか言える立場にないもん。天才のくせに、そんなこともわかんないの」
「唯一のお友だちだったのでは?」
「唯一じゃないよ。唯二だよ。婚約者……元婚約者と親友……元親友。え、元が付いちゃったよ。びええええええん、ふたりとも私のこと忘れないでねえええええ」
「自分で言って何で泣くんです。まったく世話の焼けるひとですね」
トビアスが不本意そうに指を鳴らした。けれどそれは目を奪われるような優美な動きで、こういう時にトビアスが上級貴族なことを思い知る。本来なら軽口を叩けるような相手ではないのだと。
「特別ですよ」
空から花が降ってくる。生成りのレースのように優しく繊細な白い花。それは、私と元婚約者と元親友がお庭の片隅で大切に育てていたものと同じだ。大きく育つ前に、継母と異母妹に切られてしまったけれど。もしもちゃんと育ったら、それでブーケを作ってあげるとかつて約束した花だ。
「何で知ってるの?」
「あなたが散々泣いて愚痴ったからでしょうが。根っこが残っていればどうにかしてあげられましたが、懇切丁寧に引き抜かれた挙句燃やされてしまっては僕もお手上げでしたからね」
「どうしようもないことで、泣きついてごめんよ」
「本当にあのときは、どうしたら良いか困りました」
ずっと昔の私の泣き言さえ覚えていてくれる、頭脳明晰なトビアス。こんな馬鹿みたいな私の面倒を見てくれる、なんだかんだ優しいトビアス。すごいなあ。トビアスは昔からそこにいるだけで光輝いているみたい。
「綺麗ね」
「当然でしょう。この僕が渾身の力を込めた魔術ですから」
「ありがとう」
綺麗だと思ったのは、花じゃなくてトビアスだったことは言わないまま、何度も頭を下げる。
このあと、トビアスのマントで涙と鼻水を拭いたのがバレて無茶苦茶怒られた。
「トビアス、何で急いでんの?」
「早くしないと終わってしまいます」
よくわからないままトビアスに付いていくと、いきなりぐにゃりと視界が歪んだ。おええええええ、急に転移するなよな。私とトビアスは、魔力量も近いし魔力の型も良く似ているから問題ないけれど、普通なら身体が爆発四散してもおかしくないんだぞ。
うぷっ、ちょっと酔ったわ。普段はもうちょっと丁寧に運んでくれるのに、これが知人から奴隷に落ちるってことなのか。うえーん、寂しくて泣いちゃいそうだぜ。
「何をぶつぶつ言っているんですか」
「おえっぷ、吐きそう。ちょっとマジックボックス貸して」
「貸しません! さっさと薬を飲んでください」
「何これ、めっちゃスッキリする。お口爽やか~」
「お静かに」
「ちぇっ」
その時、りんごん、りんごんと鐘がなった。どうやら連れて来られたのは教会だったらしい。まさか、トビアス。私をそんな速攻で妻にしたかったの。馬車で行くのも我慢できないほどだったなんて。そんなの、そんなの……。
「うえーん、今夜トビアスに切り刻まれるんだあああああ。こいつ魔術師じゃなくって、マッドサイエンティストだったんだあああああ」
「何を人聞きの悪いことを言っているんです。ほら、主役の登場ですよ」
「へ?」
ちょうど誓いの言葉が終わったところだったのだろう。教会の扉が開き、中から本日の主役が現れた。両親や親戚、友人知人に囲まれて幸せそうに微笑む新郎新婦の姿は、まるで美しいお伽話のよう。
「どうですか。あなたが、自分の人生をドブに捨ててまで見たかった光景ですよ」
「……」
「まったく、好きな相手と一緒になるためではなく、他人の幸福のために自分を犠牲にするなんて」
「よがっだあああああ。よがっだよおおおおおおおお」
ふたりのへにゃりとした笑顔を見るだけで、自分が選んだ道は間違いではなかったと思えた。絶対に見ることは叶わないと思っていたふたりの結婚式。それを見れただけで大満足だ。
「僕に何か言うことはないんですか?」
「ドビアズ、ありがどおおおお。お礼にがんばるがらねええええ」
非合法な人体実験も、きっとこれから迎えるに違いない本当の奥さん――ちゃんとした貴族令嬢――にはできないような変態プレイも耐えてみせるから!
「また、馬鹿なことを考えているようですが。あのふたりに挨拶に行かなくていいんですか?」
「無理無理。ここから見られただけで十分だよ」
「ここまで来て、彼らに会わないつもりだと?」
「お祝いなんか言える立場にないもん。天才のくせに、そんなこともわかんないの」
「唯一のお友だちだったのでは?」
「唯一じゃないよ。唯二だよ。婚約者……元婚約者と親友……元親友。え、元が付いちゃったよ。びええええええん、ふたりとも私のこと忘れないでねえええええ」
「自分で言って何で泣くんです。まったく世話の焼けるひとですね」
トビアスが不本意そうに指を鳴らした。けれどそれは目を奪われるような優美な動きで、こういう時にトビアスが上級貴族なことを思い知る。本来なら軽口を叩けるような相手ではないのだと。
「特別ですよ」
空から花が降ってくる。生成りのレースのように優しく繊細な白い花。それは、私と元婚約者と元親友がお庭の片隅で大切に育てていたものと同じだ。大きく育つ前に、継母と異母妹に切られてしまったけれど。もしもちゃんと育ったら、それでブーケを作ってあげるとかつて約束した花だ。
「何で知ってるの?」
「あなたが散々泣いて愚痴ったからでしょうが。根っこが残っていればどうにかしてあげられましたが、懇切丁寧に引き抜かれた挙句燃やされてしまっては僕もお手上げでしたからね」
「どうしようもないことで、泣きついてごめんよ」
「本当にあのときは、どうしたら良いか困りました」
ずっと昔の私の泣き言さえ覚えていてくれる、頭脳明晰なトビアス。こんな馬鹿みたいな私の面倒を見てくれる、なんだかんだ優しいトビアス。すごいなあ。トビアスは昔からそこにいるだけで光輝いているみたい。
「綺麗ね」
「当然でしょう。この僕が渾身の力を込めた魔術ですから」
「ありがとう」
綺麗だと思ったのは、花じゃなくてトビアスだったことは言わないまま、何度も頭を下げる。
このあと、トビアスのマントで涙と鼻水を拭いたのがバレて無茶苦茶怒られた。
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