1 / 6
(1)
しおりを挟む
駅前の老舗百貨店で夫の姿を見かけたのは、偶然だった。好みのうるさい義母に送るためのお中元を探しにきていたのだ。今日は残業で遅くなると言っていたのではなかっただろうか。疑問に思いながらも声をかけようとして、私は息を呑む。
夫の隣には、見知らぬ女。はじけるような若さとみずみずしい肌が羨ましい。爪の先まで念入りに手入れされた美しい手。耳たぶで揺れる大ぶりのピアス。唇の上で艶めくリップグロス。私が10年ほど前に手放したものを持つ彼女が、甘えるように夫にまとわりついていた。
彼らは当たり前のように腕を組み、1階にあるブライダルジュエリーコーナーへと進んでいく。そして笑顔でペアリングの試着を始めたのだ。そこはかつて私が希望し、予算オーバーだと伝えられたとあるブランドでもあった。
その幸せそうな光景を見せつけられて、私はたまらず踵を返した。本当なら、彼らを問い詰めるべきなのだろう。あるいは、証拠となる写真の一枚でも撮るべきだっただろう。けれど自分の姿が惨め過ぎて、私は今すぐ消えてしまいたかった。ずきずきと頭が痛む。
いつ美容院に行ったかも覚えていない、伸ばしっぱなしの黒髪。子どもにひっぱられては危ないからとしまいこんでいたら、すっかり塞がってしまったピアスの穴。ネイルもやめ、短く切りそろえてしまった爪。服装だって、清潔ではあるけれど今の流行とは無縁の、歩きやすさ重視の代物だ。
視線に気がついたのか、あるいは偶然か。夫が私のいる方向へ顔を向けた。彼らに見つかりたくなくて、隠れ場所を探して慌てて辺りを見回す。むしろ隠れるべきは向こうの方なのに。
目についたのは、鮮やかに彩られたとあるブランドの化粧品売り場だった。気後れするほどの華やかな香り。子どもを産んでからは久しく訪れていない場所だ。サマーコフレやクリスマスコフレを毎年予約していた独身時代が懐かしい。
ああ、今年のオススメはこの色なのか。誘蛾灯に吸い寄せられた虫のように自然と足が動く。私は食い入るように限定品のアイシャドウを見つめていた。
夫の隣には、見知らぬ女。はじけるような若さとみずみずしい肌が羨ましい。爪の先まで念入りに手入れされた美しい手。耳たぶで揺れる大ぶりのピアス。唇の上で艶めくリップグロス。私が10年ほど前に手放したものを持つ彼女が、甘えるように夫にまとわりついていた。
彼らは当たり前のように腕を組み、1階にあるブライダルジュエリーコーナーへと進んでいく。そして笑顔でペアリングの試着を始めたのだ。そこはかつて私が希望し、予算オーバーだと伝えられたとあるブランドでもあった。
その幸せそうな光景を見せつけられて、私はたまらず踵を返した。本当なら、彼らを問い詰めるべきなのだろう。あるいは、証拠となる写真の一枚でも撮るべきだっただろう。けれど自分の姿が惨め過ぎて、私は今すぐ消えてしまいたかった。ずきずきと頭が痛む。
いつ美容院に行ったかも覚えていない、伸ばしっぱなしの黒髪。子どもにひっぱられては危ないからとしまいこんでいたら、すっかり塞がってしまったピアスの穴。ネイルもやめ、短く切りそろえてしまった爪。服装だって、清潔ではあるけれど今の流行とは無縁の、歩きやすさ重視の代物だ。
視線に気がついたのか、あるいは偶然か。夫が私のいる方向へ顔を向けた。彼らに見つかりたくなくて、隠れ場所を探して慌てて辺りを見回す。むしろ隠れるべきは向こうの方なのに。
目についたのは、鮮やかに彩られたとあるブランドの化粧品売り場だった。気後れするほどの華やかな香り。子どもを産んでからは久しく訪れていない場所だ。サマーコフレやクリスマスコフレを毎年予約していた独身時代が懐かしい。
ああ、今年のオススメはこの色なのか。誘蛾灯に吸い寄せられた虫のように自然と足が動く。私は食い入るように限定品のアイシャドウを見つめていた。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
[完結]空気の刑
夏伐
ホラー
どこにでもあるスクールカースト。
その最下層になってから、彼女はいじめられている人間をはげまし、そしていじめっこに復讐をするようになった。
カクヨムにも投稿しています。
とあるバイト
玉響なつめ
ホラー
『俺』がそのバイトを始めたのは、学校の先輩の紹介だった。
それは特定の人に定期的に連絡を取り、そしてその人の要望に応えて『お守り』を届けるバイト。
何度目かのバイトで届けに行った先のアパートで『俺』はおかしなことを目の当たりにするのだった。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
お前の娘の本当の父親、ガチでお前だったよ。酷えだろ、お前のカミさん托卵してやがったんだ。
蓮實長治
ホラー
え?
タイトルが何かおかしいって……?
いや、気にしないで下さい。
「なろう」「カクヨム」「アルファポリス」「Novel Days」「ノベリズム」「GALLERIA」「ノベルアップ+」「note」に同じモノを投稿しています。
※R15指定は残酷描写の為です。性描写は期待しないで下さい。
蜥蜴の尻尾切り
柘榴
ホラー
中学3年生の夏、私はクラスメイトの男の子3人に犯された。
ただ3人の異常な性癖を満たすだけの玩具にされた私は、心も身体も壊れてしまった。
そして、望まない形で私は3人のうちの誰かの子を孕んだ。
しかし、私の妊娠が発覚すると3人はすぐに転校をして私の前から逃げ出した。
まるで、『蜥蜴の尻尾切り』のように……私とお腹の子を捨てて。
けれど、私は許さないよ。『蜥蜴の尻尾切り』なんて。
出来の悪いパパたちへの再教育(ふくしゅう)が始まる。
快適に住めそうだわ!家の中にズカズカ入ってきた夫の浮気相手が家に住むと言い出した!私を倒して…
白崎アイド
大衆娯楽
玄関を開けると夫の浮気相手がアタッシュケースを持って立っていた。
部屋の中にズカズカ入ってくると、部屋の中を物色。
物色した後、えらく部屋を気に入った女は「快適ね」と笑顔を見せて、ここに住むといいだして…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる