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「クララのお母さまがおっしゃることも確かにその通りだと思います。特に、ボニフェースさまに奥さまがいらっしゃったり、お子さんがいらっしゃったりした場合には、夫あるいは父親を盗られたような気持ちになる可能性もあるでしょうね」
「やっぱり、そういうものなのね」
「距離感や頻度の問題ですし、各家族によって感じ方は違いますから。ですが、伝えてみてもいいのではないかと思うのです。年をとると、後悔することの方が多いですから。ああすればよかった、こうすればよかったと嘆いてもどうしようもありませんから、試してましょうよ」
「ナンシーも、そう思うことがあるの?」
「どうでしょう? 大人になると後悔は増えるものかもしれませんね」
「わかった、ありがとう」
はにかんだクララの笑みがまぶしくてたまらない。クララが幸せになってくれるのは嬉しいことなのに、急にひとりぼっちになったような気がした。ああ、寂しい。結局どこにいても、私は余りものになってしまう。実家でも、かつての嫁ぎ先でも要らないものだった。この家で、あと何年、私は必要とされるだろう。
ぼんやりとしていたからかもしれない。クララとの会話で失敗してしまったのは。
「あの、ナンシー」
「なあに、クララ」
「母の日の贈り物って、今さら準備しては遅いかしら?」
「いいえ、そんなことはありませんよ」
「それじゃあ」
「お花とお菓子を準備しましょうか。週末は天気もよさそうですし、お墓参りにちょうどよさそうですね」
クララの母親の命日は別の日だ。私が義母としてここに越してきた日にクララと共に墓前に挨拶に行ったが、久しぶりに顔を出すのもいいだろう。娘が無事に大きくなっている姿を見ることは、早くして亡くなってしまった彼女にとって何よりの供養になるはずだ。
せっかくなら、お菓子はクララの手作りにするのもよいかもしれない。最近、クララは料理長の指導のもと料理を楽しんでいた。庭で咲いている花も、クララが庭師と一緒に考えて庭づくりをしている。娘の成長を見せる良い機会になるだろう。
「……え?」
「どうしました?」
「ナンシーは、わたしからの母の日の贈り物はほしくないの?」
「え?」
「だって、普通は自分だってもらえると思うでしょう? それなのに自分には関係ないみたいな顔をして。ナンシーも迷惑なの? わたしから、母の日の贈り物をもらいたくないってこと? なによ、ナンシーの馬鹿」
どんっとクララに突き飛ばされた。この家に来て初めて見たクララの涙。いつも聞き分けが良くて穏やかに笑ってくれていたから、すっかり甘えてしまっていた。彼女は無邪気にボニフェースさまに甘えているように見えて、感謝の気持ちを伝えることにだってとても気を遣っていたというのに。
形式上の継母である私には縁のない母の日。クララが父の日の準備をしていると知ってからも、意図的に目を背けていた話題だ。だから当たり障りのない返事をしたつもりだった。クララが望んでいた言葉は、こんなものではないと少し考えればわかったはずなのに。
私は自分が恥をかきたくない一心で、クララを思い切り傷つけたのだ。痛いのは突き飛ばされた身体ではなく、距離をとられた心のほうだった。
「やっぱり、そういうものなのね」
「距離感や頻度の問題ですし、各家族によって感じ方は違いますから。ですが、伝えてみてもいいのではないかと思うのです。年をとると、後悔することの方が多いですから。ああすればよかった、こうすればよかったと嘆いてもどうしようもありませんから、試してましょうよ」
「ナンシーも、そう思うことがあるの?」
「どうでしょう? 大人になると後悔は増えるものかもしれませんね」
「わかった、ありがとう」
はにかんだクララの笑みがまぶしくてたまらない。クララが幸せになってくれるのは嬉しいことなのに、急にひとりぼっちになったような気がした。ああ、寂しい。結局どこにいても、私は余りものになってしまう。実家でも、かつての嫁ぎ先でも要らないものだった。この家で、あと何年、私は必要とされるだろう。
ぼんやりとしていたからかもしれない。クララとの会話で失敗してしまったのは。
「あの、ナンシー」
「なあに、クララ」
「母の日の贈り物って、今さら準備しては遅いかしら?」
「いいえ、そんなことはありませんよ」
「それじゃあ」
「お花とお菓子を準備しましょうか。週末は天気もよさそうですし、お墓参りにちょうどよさそうですね」
クララの母親の命日は別の日だ。私が義母としてここに越してきた日にクララと共に墓前に挨拶に行ったが、久しぶりに顔を出すのもいいだろう。娘が無事に大きくなっている姿を見ることは、早くして亡くなってしまった彼女にとって何よりの供養になるはずだ。
せっかくなら、お菓子はクララの手作りにするのもよいかもしれない。最近、クララは料理長の指導のもと料理を楽しんでいた。庭で咲いている花も、クララが庭師と一緒に考えて庭づくりをしている。娘の成長を見せる良い機会になるだろう。
「……え?」
「どうしました?」
「ナンシーは、わたしからの母の日の贈り物はほしくないの?」
「え?」
「だって、普通は自分だってもらえると思うでしょう? それなのに自分には関係ないみたいな顔をして。ナンシーも迷惑なの? わたしから、母の日の贈り物をもらいたくないってこと? なによ、ナンシーの馬鹿」
どんっとクララに突き飛ばされた。この家に来て初めて見たクララの涙。いつも聞き分けが良くて穏やかに笑ってくれていたから、すっかり甘えてしまっていた。彼女は無邪気にボニフェースさまに甘えているように見えて、感謝の気持ちを伝えることにだってとても気を遣っていたというのに。
形式上の継母である私には縁のない母の日。クララが父の日の準備をしていると知ってからも、意図的に目を背けていた話題だ。だから当たり障りのない返事をしたつもりだった。クララが望んでいた言葉は、こんなものではないと少し考えればわかったはずなのに。
私は自分が恥をかきたくない一心で、クララを思い切り傷つけたのだ。痛いのは突き飛ばされた身体ではなく、距離をとられた心のほうだった。
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